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虎の過去

 〜〜〜〜〜〜


「なあ父ちゃん、今日も狩りについて行っていいか?」

「お? なんだガラド。父ちゃんの仕事を手伝ってくれるのか、ありがとなぁ。でもお前はまだ小さいから、友だちと遊んでていいんだぞ?」


「いいよ別に、あんな弱虫なヤツらと遊んでも楽しくねーし……」

「……そうか、じゃあ一緒に狩りにいくか」



 昔の俺は捻くれたクソガキだった。

 もちろん生まれた時からじゃない。そうなる理由はある程度大きくなってからのこと。


 同い年や年上の子と遊んでいると必ず聞こえてきた、文句と悪口のせいだ。


『アイツと遊んでもつまんねーよ』

『どうせあいつが勝つしな』


『ちょっと足が速いからちょーしに乗ってんだ』

『年下のくせに生意気だよなー』


 物心ついた時から、俺は異能が使えた。

 それが理由で身体能力が高くて、獣人族でも対等に遊べるやつはいなかった。


 こんな小さな村でできる遊びなんてたかが知れてる。

 かけっこ、鬼ごっこ、かくれんぼ。だいたいそれくらい。


 体を使った遊びで、俺に勝てるやつは誰もいなかった。

 俺に勝てねえからって愚痴を言って、勝とうと工夫することもない。


 それでもいつか笑って遊べる日が来ると思ってたが、そう時間も経たないうちに俺ははぶられるようになった。


「別にあんなヤツらと遊ぶ理由もねえし……」

 そう言って、俺は逃げるように父ちゃんについて回るようになった。


 仕事を手伝えば父ちゃんは褒めてくれるし、俺も役に立てて嬉しかった。それは事実だ。

 でもやっぱり、誰かと楽しく遊べたらいいのにって心のどこかではそう思っていたんだ。




 狩りについていくようになって、どれくらい経った頃だったか。

 あの時のことを今でも鮮明に覚えている。


 ある日、森の中で悲鳴が聞こえてきた。小さな子供の叫び声。

 俺はすぐに声のする方へ走り出した。


 草や木の枝をかき分けて、声の発生源にたどり着くと、地面にへたれ込んだ子どもと向き合う魔物、巨兎ビッグラビットの姿があった。


 五歳くらいに見える子どもが、同じ大きさの巨兎ビッグラビットとばったりあって驚いた声だったのか。


 子どもの大声を至近距離で聞いた巨兎ビッグラビットは、警戒した様子で子どもを睨みつけていた。

 悲鳴を威嚇と思ったのか、今にも飛びかかりそうなほど、怒りを露わにする巨兎ビッグラビット


「《獣王の拳(ビースト・フィスト)》!」


 俺は走る勢いをそのままに、右手を獣化させて魔物の頭を殴りつける。


 地面に叩きつけるように上から振り下ろした拳は、確かな感触とともに巨兎ビッグラビットを仕留めた。


 魔物が動かなくなったことを確認してから、地面に座る子どもを睨んだ。

「ったく、おい! 勝手に森に」


「すっごおおおぉぉぉい! ねえねえなに今の!? かっこいいーー!」


 文句を言いかけた俺の声を塗りつぶすように、そいつは俺を褒めまくった。

「え……? ああ、んーと……獣王の拳(ビースト・フィスト)って言ってな、俺は自分の体を虎に変えられるんだ」


 勢いに押されて、俺はさっきまでの言葉を忘れて、素直に答えてた。

「へー! そうなんだ! あっ、ボクねボクね、ミリア! よろしくね!」


「おう……俺はガラドって名前だ。よろしく……」

 花が咲いたような笑顔。明るい子だな。

 最初はそんな印象だった。


 それからというもの、俺はミリアに連れられて、いろんな遊びをすることになった。

 最初は、どうせまたしばらくしたら離れていくだろと思っていたが、俺の予想は良い意味で裏切られることになる。


 俺が異能持ちで身体能力が高いことは、他のやつらには生意気に映るが、年下の子たちにとっては「かっこいい」とか「すごい」みたいに見えるらしい。


 それにミリアは頭がよく、俺の身体能力が生かされない遊びや、体を動かす遊びでも工夫してみんなが楽しめるようにしてくれた。


 ミリアにとってそれは、普通のことだったんだと思う。

 でもそれが、俺にとってどれだけ救いだったか。もしあいつがいなかったら、俺はきっと今もあの小さな村で捻くれたままだっただろう。


 そして俺が友だちと遊ぶようになって、一年が経った時のことだ。あいつが自分の弱さに泣いていたのは。

 あの時、実はすごく嬉しかったんだ。


 強くなる方法なら俺が教えてあげられる。ミリアの助けになれることが、何よりも嬉しかった。

 そこからのミリアの成長はすごかった。


 村の門番をしている自分の父ちゃんに槍術を教わって、魔法が得意な雪人族の母ちゃんに魔法を教わって。


 あいつはすぐに強くなっていった。俺も負けないように頑張り続けて、十歳になった頃に見えない鎧を纏う闘気術、虎魄こはくを編み出した。


 ミリアは俺に追いつくために頑張っていたみたいだ。俺もミリアに追いかけてもらうために、強くなりたかった。



 それからは、本当にいろんなことが起こった。

 村に出てくる魔物が強くなったり、数が増えたり。それで国が王都を守る騎士団とは別の防衛組織、軍を設立したり。


 俺が十二の時に、リナトー皇国の大穴から魔族が大量に出てきて戦争を始めたのは、本当に驚いたな。

 そして十六になったら、戦争が終わってリナトー皇国の城が魔族に落とされた。


 王都周辺や俺の村にも、リナトーから逃げてきた人が来たことを思い出す。それこそ昨日のことみたいに。


 そして魔族は次の標的として、俺たちの居るセルトール王国に戦争を仕掛けた。四方を囲み、包囲網を敷いた。


 俺が防衛軍に志願して一年後、十七の時に騎士団と防衛軍から精鋭を集めて、部隊を編成した。

 それが今の勇者パーティだ。


 俺たちが持つ異能は、みんなにとっての希望ホープになって……いろんな人を助けて、いろんな期待を背負ってきた。


 なあ、ミリア。俺は嬉しかったんだ。

 お前が追いかけてくれることも、特訓をすることも。一緒に防衛軍に志願した時も、一緒に四天王を倒す旅をしていた時も。


 ずっとずっと嬉しかった。お前が希望ホープに目覚めた時なんかは、小躍りしそうな気持ちを抑えてたんだ。


 お前が俺を目標にしてくれるから、俺は強くなりたいって思える。

 お前がどんどん強くなるから、俺ももっと前に進みたいと思える。


 お前があの時、俺の手を引っ張って友だちと遊ぶ楽しさを教えてくれたから、今の俺がいるんだ。


 なあ、親友。

 お前にとっての俺は、兄貴分としてかっこいい姿を見せられているか?


 ほんとの俺は、臆病なんだ。

 仲間はずれにされた時は、あいつらなんかこっちから願い下げだって強がって……自分が傷つくのを怖がってただけのくせにな。


 お前はいつも明るくて優しくて、自然と人が集まってくる。頭も良いし、だいたいなんでも器用にこなす。


 ああ、そうだ。

 そうだったのか。


 殻に閉じこもってた俺の手を引いてくれたお前にとって、胸を張れる兄貴分でいたくて、俺は……


 俺は……お前に憧れてたんだ。




 あれ……俺、何してたんだっけ?




 …

 ……。

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