戦いの終わりに
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……きなさい、目を開けなさい。ユヅキ、意識を保って……
でないと、きっとあなたは後悔してしまう。瞼を閉じてはいけません
ユヅキ……
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(なん……だ? 今の声……)
奇妙な声とともに、オレは意識を取り戻す。
聞いたことのない……おそらく女の人の声だろうか。耳から聞こえる声とは違っていたように感じる。念話の魔法? いったい誰が?
疑問符を浮かべると同時に、重たい瞼をなんとか開ける。
なぜ意識を失っていたのか、ぼんやりと靄がかかった脳みそで理解した瞬間、ガバッと起き上がる。
「ハッ! そうだ! 戦いは!? いでっ……!」
体を動かすと左脇腹の痛みを感じる。そしてウェービスを倒した直後に意識が飛んだことを思い出した。その後、戦場はどうなったのか。
確認するため、周囲を見渡すと不思議な光景が視界に入る。
「なんだ? この結界……?」
《氷点花》の魔法を使い、広範囲攻撃をしたことは覚えている。そしてその範囲内で倒れてしまったことも。
だがオレの周囲には、氷の花に埋もれてしまわないように半球体状の形をした結界魔法が張られていた。
遠くに居た一般魔法兵がオレを守ってくれたのか? と一瞬だけ考えたがすぐにその結論はありえないと切り捨てる。
なにせ《染白雪》を媒介とした連結魔法の《氷点花》だ。
それも今となっては魔法にて他の追随を許さなかったリーナを、あの赤髪の聖女すらも超えたオレが繰り出す連結魔法。
それを防げる結界魔法なんて、少なくとも一般兵が出せるものではない。
とそこまで考えてから思考を振り払う。
(いや違うだろ。今はそんなことは後回しだ。何より戦場の状況確認と……)
そして一人、魔族四天王との一騎討ちに臨んだガラドの安否確認だ。意識を失ってからどれだけの時間が経ったのかも知りたい。
この結界を張ってくれたどこかの誰かには心の中でだけ感謝しつつ、オレは周囲を見渡した。
ドーム状の結界の外側は、氷の花で埋め尽くされている。
地面に咲いた最初の花からどんどん重なって、あたり一面が氷の牢獄のように変わっている。
広範囲魔法といえどここまでの規模で氷の花が咲くとは、やはり連結魔法による影響だろう。
分厚く重なった氷の壁がどこまでも続いているように見えた。
そこから外側になるともうわからない。戦闘が続いているのかあるいはもう逃げ回る魔族を掃討し始めているのか。
状況がわからない以上、闇雲にこの結界から出るのは危険すぎる。
オレは左脇腹の傷口を覆い隠していた氷の花を解除し、治癒魔法を自分に使う。
《治癒の翼》を持つリーナほどではないが、オレもパーティ内では二番目に治癒魔法がうまく扱える。
痛みを堪えながら、治癒魔法を終えると今度は体内に魔力を循環させる。
左の肺に入ってしまった少量の血を、闘気術を使って口から吐き出した。
体内の異物を排出する闘気術はかなり高度な魔力操作を要求するため、戦闘中にする暇はなかったがようやくスッキリした気がする。
「ガハッ! ……ふう、これで応急処置はいいか」
他にも体中に傷はあるが、緊急性の高いものは他にはない。何より状況確認を優先するべき。
そう判断して、オレは結界の外側を埋め尽くす氷の花に意識を向けた。
その瞬間、オレの意思を受け取ったのか、結界が消え去ってしまう。結界がかなり大きかったのもあり、上部には氷点花がなく、氷に押し潰されるようなことにはならなかった。
だが疑問は大きくなる。
持続的に張る結界魔法や、物質的に氷の花が残るこの《氷点花》などは、破壊されるか術者本人が解除しない限り消え去ることはない。
他者に破壊された場合は残骸をまき散らし、次第に空気中の魔素へと還っていくが、瞬時に消える今の様子から見て間違いなく術者による解除だ。
どこかの親切な誰かが、オレを守るために結界を張り、オレが意識を取り戻して結界から出ようとした瞬間に解除した。
つまりその誰かはまだオレを見ている。
明らかに敵意はない。あったらわざわざ結界でオレを守るわけもない。
だがこれほどの魔法の使い手は知り合いの中にはいないのも事実。こんな人間離れした芸当はリーナでもできないだろう。
(だあ〜〜クソ! 後回しだって言ったろ!)
またもや思考を巡らせようとした自分の脳みそに悪態をつきながら、周囲の氷を解除していく。
かなりの規模ではあるが、少しずつ氷点花を解いていると人の気配を感じ取った。
魔族ではない、一般兵士だ。探知魔法の範囲を広げると、氷に埋もれた魔族の反応がいくつかあることがわかる。
そして氷点花の範囲外を、多くの一般兵が取り囲んでいるのが見えた。
(なるほど、氷点花に囚われた魔族を片付けようと思ったが、異常な硬度で手を出せなかった……ってとこか)
この氷点花はオレの渾身の連結魔法だ。
一般兵じゃ魔法でも物理攻撃でも破壊は難しいだろう。
(ん〜、氷点花の中にいる魔族はだいぶ弱ってるな。戦闘中は魔族の軍勢ど真ん中だったこの場所まで一般兵が来てるなら、もう敗残兵の掃討にシフトしてるだろうし……)
そこまで考えてから、オレは全ての氷点花に魔力操作をして、一気に解除する。
状況はある程度理解できた。
魔族側は強い個体に従うことで集団を形成する。だから呪装持ちがいなくなると途端に破綻し、すぐさま逃げる者や自殺のような特攻を仕掛けてくる者などが現れる。
単体としては強い魔族が、集団としては弱い理由でもある。そういった理由もあって、防衛戦を維持することができていた。
そしてある程度欲しい情報はわかった。呪装持ち、魔将軍ウェービスと四天王ナーグが居なくなり、統率を失った魔族は行動がばらけ、それを確認した防衛軍は掃討を開始。
方々に逃げる魔族を追いかける部隊と、戦場に残ろうとする好戦的な魔族の対処をする部隊。そして氷点花に埋もれた魔族を片付ける部隊の三つに分かれて行動中。
だいたいこんなところか。
もし四天王が生き残っていたら前線に合流してオレたちは負けていたはず。つまりガラドも勝ったということだ。
その事実を認識すると、次第に心の奥底から喜びが溢れそうになる。
だがまだ全てが片付いたわけではない。オレはすぐに気を取り直す。すると一人の一般兵がこちらに走ってきた。
「ミリア殿! 今すぐお伝えしたいことが!」
だがその男の声からは、勝利の喜びも、戦いが終わった安堵も感じ取れなかった。
焦り、緊張、そして不安。どう足掻いても勝利した兵士が抱く感情ではない。
「どうしましたか!?」
彼の感情に触発され、オレも不安を覚えながら返答する。
そして近づいてきた彼の口から出てきたのは……
「ガラド殿が、まだ前線に戻ってきておりません! 最後に彼といた場所へ案内してください!」
オレが最も聞きたくなかった言葉。
「え……?」
恐怖と絶望がオレの心を覆い隠す。
狭まる喉からわずかに漏れ出たのは、たった一文字だけだった。