氷王
「鬼滅の刃」の映画、素晴らしきクオリティでありましたわ!
氷槍よりも先に肌が焼けるようだ。燃え盛る火焔槍の熱に押され、ジリジリと後退せざるを得ない。氷王の両眼で作り出した氷槍はかなり丈夫だが、オレの体はそうはいかない。
低温に耐性のある雪人族の体は反面、高温には滅法弱い。種族特性はいかんともしがたいが、この寒冷地たる北方大陸に居て、まさかこれほどの熱を維持し続けるとは……
(オルデムの火葬鎚に迫る火力だな……)
魔将軍の中で最も強いなどという評価よりも、四天王に張り合うほど強いと言った方が正しい気がしてきた。それほどの技術とセンスを併せ持つウェービスに、どこまで持ち堪えることができるか……
「どうした!? 守ってばかりでは勝てぬぞ!」
「しゃべってばかりじゃ舌噛むぜ?」
言葉を交わしながら、上空から染白雪を落とす。が、オレと向かい合って上を見る余裕はないはずのウェービスは、視界の外から降ってくる氷の鏃を避けつつ、かわしきれないものは火焔槍ではたき落とした。
(やっぱ上空で待機させても、事前に見られていれば警戒されるか……)
さらに言えばそれは、オレとの戦いの最中に上空の鏃を警戒できるほど余裕があることの証明。
対応されてきている、この短時間で。
ウェービスの調子が上がっていることと、抜群の戦闘センスが合わさって急速にオレの槍術を分析しているのか。今までの魔族にはあまり見られなかった知性を感じる。
魔眼の察知能力、呪装の火力の高さ、そして冷静に相手の戦闘スタイルを分析する知性。複数の要素が合わさり、ウェービスという武人の実力を底上げしている。
だが、一筋の光明は見えた。作戦を練っている暇はない。どんな粗があったとして、試さない手はない。
さっきの攻防で火焔槍の直撃を受けた染白雪の鏃だったが、まだ十個全てが健在だ。別々で攻撃を仕掛けるよりも、槍と連携した動きの方が効果的と思い、オレの周囲に漂わせる。
氷王の両眼で強化された染白雪はわずかに冷気を纏い、ウェービスの火焔槍が放つ熱気に対しての抵抗を見せる。
「さあ……死力を賭して、楽しもうではないか! 十火槍!」
ウェービスが嬉々として叫び、小さな火の槍を十個生み出す。
魔法の使い方すら知らないはずの魔族が、見様見真似でオレの染白雪を模倣したのか!?
いや、何も不自然というわけでもないか。ヤツの魔眼には染白雪が作り出される魔力操作が全て見えていたのだから、それをそっくりそのまま真似すれば似たような魔力物質を作り出すことも不可能じゃない。
思い返せば火回も炎天華も、属性は違えど似たはたらきをする魔法がある。他者の繰り出した魔法を解析し、それを自分なりに再現してるということか。
考える間に、ウェービスはオレにめがけて突きを繰り出す。それをかわし槍を振り上げるが、ヤツはそれを易々と避けた。わずかにできた距離を見て槍が届かないと悟ったオレは鏃をウェービスに向けて撃ち出す。
相手も同じことを考えたらしく、小さな火槍がこちらに刃を向け、空中を突進してくる。
正面からぶつかる両者の鏃と槍が二つずつ。だが、火槍は砕けて魔素へと還り、染白雪がウェービスに届く。
またも致命傷は避けられたが、十火槍の操作に気を取られていたウェービスは、わずかに傷を負った。
強化された染白雪と見様見真似の付け焼き刃では、流石にこちらに軍配が上がったようだ。
しかし油断してはいけない。今が好機と攻めの気を強めれば、八つ残った小さな火槍がオレの体を切り裂くだろう。相手して初めて、その厄介さが分かるのは皮肉が効いてる。
ウェービスがすぐに染白雪を溶かそうとした理由を、身を以て実感した。
宙に漂う火槍を処理すべく、氷王の両眼で近くにあった三つの火槍を氷漬けにする。
が……
「痛っ……!」
両眼の奥に鋭い痛みが走る。敵を目の前にして瞼を閉じてしまう事態はどうにか避けたが、まるで眼球の裏側から針を刺されたようなこの感覚には覚えがある。
氷王の両眼の使用限界だ。あと一度でも使えば絶え間ない激痛によって、オレの目は使い物にならなくなるだろう。
そうか。今日は激動の一日だった。魔将軍レテンに完全凍結を使用したことから始まり、上空からの落下の際にも水槽結界を手っ取り早く壊すために使ったし、戦闘面でも多用していた。
性能調査の時よりも凍結能力の使用回数は明らかに少ないはずだが、クーゴの火爪や炎天華などの魔力を多く含む物質を凍らせたせいか?
(クソッ…‥もっと氷王の両眼の性能を確認する時間さえあれば……)
そういえばあの時も、目が開けられなくなって途中で止めるしかなかった。この希望の全てを知ることはできなかったんだ。
(って後悔してる場合か! 今はウェービスに集中し……)
「戦いの最中に考え事か? 褒められた行為ではないな!!」
「クッ……!」
痛みを感じながらも、ウェービスから目を離したはずはないんだが、いつのまにか眼前に来ていた火焔槍が振り下ろされる。
間一髪、氷槍で受け止めるも、その速度と力に押し潰されないように耐えることしかできなくなった。
地面に縫い付けられたこの状態は非常にまずい。宙に浮く小さな火槍がオレに近づく気配を感じ取り、染白雪を盾にする。
だが視界の外から迫りくる火槍全てを防ぐことはできず、右肩と背中に火槍が突き刺さる。
「がっ……!」
火槍の小ささのおかげでそれほどひどい出血にはならなかったが、このままでは的にしかならない。ウェービスを動かすために、十個の鏃をヤツへ向けて操作する。
するとウェービスもようやく疲労を見せ始めたのか、防御しきれずさらに傷を負った。互いの負傷と出血量ならこのまま持久戦に持ち込めばオレの有利になるだろう。
「ははははは!! 血が舞い、肉が裂ける!! 戦場とはこうでなくてはな!!」
しかしこれほど興奮したウェービスの動きを封じ続けるのは不可能か。持久戦にしようという思惑ごと切り伏せられる未来しか見えない。
もう決めるしかない。負傷により調子を上げるウェービスを相手にこれ以上長引いてしまえば、その結末は想像に難くない。
決心したオレは氷槍と鏃を使い、残りの十火槍を全て壊し、続けて染白雪の鏃全てを再び上空へと飛ばした。
「今度は何を企んでいる? 私が貴殿を殺すまでには見せて欲しいものだな!」
「ハッ! オレがテメエを殺すまでに、の間違いだろうが!」
ウェービスの作り出した小さな刃は全て破壊した。そしてオレの染白雪も上空へと移動させ、互いの武器は火焔槍と氷槍のみ。手数の有利を手放したオレに対して、ウェービスは攻勢を強める。
火焔槍の纏う炎の勢いが増す。ヤツもまた、勝負を決するつもりのようだ。燃え盛る突きを必死で身をよじってかわし、ガラ空きの顔面に槍を振り払う。
だがウェービスは未来でも見えているのか、火焔槍の柄でオレの攻撃を受け止め、オレの腹に蹴りをかましてきた。
蹴りを喰らう直前になんとか飛び退きダメージの軽減を試みるが、完全に避けることはできず鈍い痛みが腹部に居座る。
「ちっ!」
受けに回れば不利なままだ。後手に回れば勝機はない。
そう判断したオレは、地面に足がつくと同時に突撃し、即座に槍を突き出した。
最速で繰り出す突きは、狙った胸部には当たらなかったものの、ウェービスの左肩をほんの少しだけ切り裂き、血が飛び散る。
オレの動きも万全のものとはいえないが、ウェービスの方も回避行動に遅れが見えてきた。おそらく次に刃を直撃させた方が、勝利を手にする。
オレは握る氷槍に力を込め、ウェービスもまた地面を砕くかのように踏みしめた。
勝機を前に、一瞬の遅れすら命取りになる。
そう悟ったオレは、闘気術のレベルを一段階引き上げ、接近戦へと臨む。
この量の魔力を身に纏うのは初めてだった。ぶっつけ本番、しかしこうでもしないとウェービスの身体能力には追いつけないだろう。
「「オオオオオオオォォォ!!」」
そこから始まったのは、目にも止まらぬ槍の攻防。
突き、いなす。払って、弾く。振り下ろし、身を守り、振り上げて、回避する。
一つ攻めれば一つ受け止め、一度守って、一度突く。
たった一瞬ですら気を抜けない高速戦闘。一つ手段を誤れば、それがすぐさま死に直結する。
進む足が一歩分変われば、腕の位置がわずかでも違えば、一瞬前の予測は使い物にならない。一手の攻めが一ミリずれたら、反撃を許してしまう。攻めと守りが一度の瞬きで入れ替わる。
もちろん互いに無傷とはいえない。
致命傷に至らぬ攻撃、致命傷になりうる攻撃。それらを織り交ぜ互いに防ぎ、危険な攻撃以外は最小限の動きでかわす。だが疲労と出血により、回避にほんの少しのズレが生じて皮膚を切り裂くことを許してしまう。
いくつの攻撃を防ぎ、いくつの攻撃を繰り出した頃だったか。
ブシッ!
(クソ、皮膚が裂けた!)
攻撃を喰らってもいない腕から血が噴き出る。
初めてこのレベルの闘気術を使うせいで、運動能力を上げる《飛翔》と肉体強度を上げる《金剛》のバランスが崩れたか。筋肉の動きに、皮膚と血管が悲鳴を上げている。
そしてその一瞬の隙を見逃すほど、ウェービスは間抜けじゃなかった。
「フン!」
引き戻す火焔槍を、すぐさま突き出し追い討ちを仕掛けてきた。
心臓を狙う突き、まずいと思った時にはすでに遅く、火焔槍の穂先は眼前。致命傷だけは喰らわぬようにと、咄嗟に体を横にずらす。
だが、回避行動は間に合わず、心臓こそ守れたものの、左脇腹に深く傷をつけた。
「がっ……!」
肺まで到達してしまっただろうか、血とともに息を吐きだす。呼吸は乱れ、足の踏ん張りが一瞬効かなくなる。
「誇り高き氷の戦士ミリアよ。貴殿の魂に敬意を表し、最期に言葉を聞いておこう……」
勝利を確信したウェービスがオレに問う。決着をつけるつもりだ。火焔槍を振りかぶり、いつでもオレを殺せるように準備を整えている。
それを見たオレは、一言。小さな声で呟いた。
「間に……合った……!」
「いや、遅い! さらば!」
声とともに上段から振り下ろされる火焔槍。刹那の後に、オレを真っ二つに切り裂くだろう必殺の刃。
しかしその刹那の間に、赤色を残す軌道を曲げる存在が乱入してきた。
甲高い金属音を響かせ、火焔槍の分厚い刃の横っ面を叩くそれは、オレを殺すはずだった斬撃をずらして地面に亀裂を走らせる。
火焔槍の軌道を逸らした存在は、染白雪の鏃だった。役目を果たした氷の鏃が全て、主を守りきったことを誇るように、光となって空気に消えた。
「何っ!?」
「……ッフ!」
驚愕の声を上げるウェービス。オレは激痛が走る脇腹に力を込め、傷だらけの体に鞭を打ち、決死の突きを繰り出す。
深く地面を切り裂いた火焔槍では防御に間に合わず、わずかに体を動かして回避を図るが、あまりにも遅い。
オレの持つ氷槍はヤツの右肩に深々と突き刺さり、ウェービスの体を赤く染める。
「ハァ……ハァ……」
肩が上がる。息が乱れ汗が頬を伝って地面に落ちた。
「ハァ……言ったろ。間に合った…‥ってよ」
言葉と同時に雪が降った。オレとヤツの間にそれが一粒、視界に入る。
ハッと気付いたウェービスの表情を見て、オレがニヤリと口角を上げた。
そうだ、気付かざるを得ないだろう。火焔槍の炎と熱が保たれている空間で、雪が溶けずに降ってきたという異常事態に。
空を見上げるウェービスの目には、一つの魔法図が飛び込んでくるだろう。青い空に座す、巨大な魔法図が。
そこから降り注ぐ雪が一つ、地面に着いて氷の花を咲かせた。
これがオレの用意した策。広範囲の魔法でウェービスが対応できなくすること。
どれだけ魔眼による魔力察知能力が優れていたとしても、回避も防御もできない飽和攻撃であれば関係ない。
「一つだけ、種明かしをしてやるよ……」
「ぬぅ……っ!!」
空から降ってくる雪を警戒して、ヤツは火焔槍で振り払う。だが熱にも溶けず刃に触れた雪が一輪の花へと変わり、炎を冷気で抑え込む。
「連結魔法って言ってな……魔法そのものを使って図を描き出して、図式魔法を発動すると……通常よりも威力が数段上がるんだ……」
ところどころで息を整えつつ、言葉を吐く。
口の端から血が垂れて地面に落ちるが、後から降った雪が赤い花へと作り変える。
「ま、これのために使った染白雪は自壊したが……その価値はあったみてえだな。ついでに言っとくとな……この魔法の名前は《氷点花》……雪と氷と花の魔法だ。手向けにゃちょうどいいだろうぜ……」
「……クッ! ならば!」
刃に付いた氷の花を、強引に炎で溶かしてこちらに突進してくるウェービス。
手遅れになる前に、術者であるオレを殺してしまえば、氷点花も解除されるはずだと判断したか。
その判断は正しい。だが一つ、致命的な見落としがある。
「左手だけで、オレを殺すつもりかよ!! ウェービス!!」
先のやり取りで右肩を深く切り裂かれ、だらりと垂れ下がったウェービスの右腕。裂傷から流れる血で赤く染まって、ところどころにはもう氷の花が咲いていた。
「オオオオオオオォォォ!」
左手一本で振るわれる火焔槍。決死の覚悟で放たれた横薙ぎの一閃。オレもそれを回避するだけの余力は無かった。
後ろに避けることができないのなら、前に進むしかない。オレは刺し違える覚悟で以って一か八か、渾身の突きを放つ。
「フッ……!」
氷と炎、横薙ぎの赤色と突き進む白が交差する。
その刹那、雪が降りオレの右腕に花を植え付けた。
「グハッ! み、見事……!」
一瞬の間をあけて、敗者が勝者を讃えた。
ヤツの横薙ぎの振り払いは、刃に触れた雪が花へ変化しオレの脇腹にぶつかった。斬撃は打撃へと変わり、炎を冷えて消え去った。氷の花が刃とオレの間に挟まり、クッションの役割を果たしてくれたんだ。
氷点花がまるでオレを守るように、刃と炎を封じ込めてくれたみたいに思える。
そして反面、オレの突きを邪魔するものはなく、狙い過たずウェービスの心臓を刺し貫いた。
「……ふぅ」
決着だ。一つ息を吐く。
相も変わらず心拍数は高いままで、脇腹の傷は痛みを届けてくる。
足の踏ん張りは効かないし、どうにか力を振り絞ってウェービスの胸から引き抜いた氷槍が、カランと音を立てて落ちる。握力も尽きたようだ。
……ってこれ、
「まずい……」
立っていられない。膝から力が抜けて地面に倒れ込む。
氷点花の範囲はとてつもなく広い。このままじゃオレも……
(いや、いいか……)
雪人族は低温耐性がある……良けりゃ凍傷で済む……か。
瞼が力をなくして閉じる寸前、目の前の地面に花が咲く。
オレの意識はそこで途切れた。