氷の王威
時間があるって素晴らしいですわ〜
氷槍と火焔槍が一つ、二つと音を奏でる。
穂先にかかる重量はこちらが負けているが、その分素早く動ける。まともにかち合えば押し負けるだろう重量の差を、技術を用いていなして弾く。
三合目の打ち合いを弾くことに成功したオレは、体勢を崩すウェービスに氷王の両眼を使おうとした。
しかしその瞬間、ウェービスは弾かれた火焔槍を地面に叩きつけ、雪を溶かした水蒸気と土煙を盛大にまき散らし姿をくらませた。
(なるほど、やっぱりか)
オレは風の魔法で視界を確保しつつ、状況をリセットするために後ろへ飛ぶ。だがそれを見越されていたのか、炎の塊がオレを目掛けて突進してくる。
「ちっ!」
迫りくる火の玉を氷王の両眼で凍結すると背後から気配を感じ取った。前方と後方からの連続攻撃か。振り向いて防御する暇がないと判断したオレは、障壁魔法を背につくほどの場所に展開した。
直後、オレは一も二もなく障壁を蹴って前へ飛ぶ。障壁はかわすための時間稼ぎにすぎない。そしてその判断が功を奏して、オレがさっきまでいた所は火焔槍の斬撃で彩られる。
火を纏いながら振り払われた火焔槍は、障壁を紙でも切るかのように易々と破壊して、周囲に熱をばら撒いた。クーゴの火爪とは比べものにならない熱量に、思わず息を呑む。
五つ残っていた染白雪の鏃も、今の熱の余波で全て溶けてしまった。
(強い……今まで見た魔将軍の中でも特に)
「ふむ、やはり今日の私は幸運だ。先の挟撃を避けるほどの戦士はそうはいない」
「おうそうかよ。お前ずいぶんとテンション高いな」
「当然だ。強敵との闘争こそが我ら魔族の本懐。ようやくその願いが叶ったのだ。嬉しくもなろう」
「んじゃ嬉しいついでに教えてくれるか? 魔族の作戦を練ってるのはお前だろ?」
オレの問いかけにウェービスは迷いなく答えた。
「いかにも。我らは闘争を好むが、死にたがりというわけでもないからな。戦って勝つ。そのために策を講じることも珍しくはない」
「なるほどな。じゃあ指示もだいたいお前か、まあ聞きてえことはそれぐらいだ」
実をいうとそれだけではない。オレたちの存在を察知して作戦を実行した行動の早さも、今ので理解できた。
氷王の両眼の発動前に目眩しをしたことといい、おそらくウェービスは魔力を見られる、いわゆる魔眼持ちだ。
魔力を見る技術自体は珍しくはないし、事実オレも魔力視認はできる。だが、魔眼はわざわざ目に魔力を流さなくともそれを視認できる。技術的な部分を省いて魔力を見られるアドバンテージは大きい。
そして魔眼持ちは得てして強い魔力反応に敏感だ。開戦前に遠くにいたオレたちの魔力を感じ取れていても不思議はない。
現に暴れ回るオレの元に真っ先に来て奇襲を仕掛けたウェービスだった。
つまりこいつには魔法や闘気術の魔力操作が丸見えだということ。それに加えて素の戦闘技術もかなりの腕前。
それでオレが臆するわけではないが、魔眼持ちという情報がウェービスの討伐難易度をぐんと引き上げた。
(まずはヤツの魔眼をどう攻略するかだな……)
オレは握りしめる氷槍に再度氷王の両眼を使用して、変形した部分を直す。
氷王の両眼の完全凍結をしようとしても、先ほどと同じく目眩しで有耶無耶にされるだけ。ウェービスの魔眼による察知と、あの反応速度はかなり手強い。
なら……
『其は深き泥にして純白の災い……』
オレは再度、染白雪の詠唱をしながら、ウェービスに突撃する。
「ふむ、またその魔法か。何度やろうと同じことだ」
またその魔法か、詠唱を聞いてもいなかったはずのウェービスが、染白雪の呪文だと即座に判別できるのはおかしい。
魔眼持ちでもなければ説明がつかない現象によって、先ほどの推測は確信へと変わる。
呪文を唱え始めると同時に繰り出したオレの突きは火焔槍の柄で防がれるが、そこから連続で攻撃を繰り出した。
詠唱を続けながら、槍を振るう。
振り下ろし、突き出し、振り払う。そのどれもウェービスは防ぎ、あるいはかわし続けたが、やはり速度はこちらが上。
明確に対処が遅れ始めた瞬間、オレは槍を振るう速度を一気に引き上げ、引き戻す勢いをそのまま突きに乗せて繰り出す。
「ぬっ……!?」
ウェービスが怪訝な顔を見せた。そしてそれは、わずかだがオレの攻撃がヤツに届いたことの証明。
ほんの少し対応が遅れたウェービスの右腕をオレの氷槍がかすめ、少量の血がヤツの衣服に滲み出す。
このままでは速度で押し負けると感じたのか、ウェービスが飛び退き、火の玉を三つこちらに飛ばしてくる。
『……詩妖順節・第四番《染白雪》』
火の玉を槍で打ち落とす最中、詠唱が完成し、周囲の空気が冷え始める。火焔槍が纏う炎は少しばかりの遠慮を見せ、オレとウェービスがほぼ同時に白い息を吐き出す。
次々と現れる氷の鏃をオレの眼前に集め、十の刃をウェービスに向けた。
「言ったはずだ。何度やろうと同じことだと!! 《炎天華》!!」
声と同時に火焔槍から巨大な炎が噴き出す。一目見て分かるその大きさは、先の火の玉とは比べようもないほどの熱量をはらんでいる。
赤い軌道を描きながら、上空からオレにめがけて突っ込んでくる炎の塊。熱をばら撒き、地面を焦がす。
周囲に少しばかり積もっていた雪も今ではすっかり溶けてなくなり、火焔槍の大規模火力に思わず息を呑む。まるで空が全て炎に覆われてしまったかのようだ。
だが巨大ということはそれだけ視界に入りやすいということ。それはオレにとって、いや氷王の両眼にとって好都合だった。
パキィィィン!! 巨大な炎が凍りつき、すぐさま崩れ去る。氷塊は粉々に砕け、空気中の魔素へ溶け出した。
オレとウェービスを隔てていた炎が消えた瞬間、眼前にはヤツの姿があった。
《炎天華》を氷王の両眼で凍らされることは折り込み済みで、それを目眩しに利用したのか。
「隙あり!」
声を出すよりも速く、火焔槍が真一文字に振るわれた。火の粉をまき散らしオレの胴体を切り裂こうと襲いかかる。
しかしそれに対してオレが感じていたのは、恐怖でも怯えでもなく、一つの確信。
「お前がな」
ウェービスの慢心とそれに伴う油断を、まんまと突いたのだという確信だった。
「なに!?」
響く金属音、振るわれる火焔槍とカチあったのはオレの氷槍だ。だがヤツが驚いたのは防がれたことじゃない。火焔槍を取り巻く炎の勢いが著しく弱まっていることだ。そして……
「ぐっ……!?」
上空、つまりウェービスの視界の外から降ってきた染白雪の鏃が、ヤツの腕や足を傷つけたこと。驚愕の核心はそこだった。
(チッ……やっぱ避けるか)
とはいえすんでのところで身をよじって、頭部や心臓に当たるはずの鏃はしっかり避けている。驚きながらもその反応速度はやはり厄介だ。
「なぜまだその鏃が……!?」
ウェービスは先ほどの大規模攻撃による放熱で、染白雪を溶かし尽くしたと思い込んでいたようだ。
その疑問も当然と言えば当然だ。今しがた刃に炎を纏わせた斬撃で溶ける様子を目の当たりにしているのだから。
しかもそれは直撃ですらなく、熱の余波で染白雪は溶け切った。火焔槍の火力の高さがそうしたのだ。
ならばそれよりも火力を上げた炎天華で、すぐさま溶かして無効化できると思うのは当然の帰結だった。
しかしそれこそが慢心。油断の生む原因だった。なんのためにもう一度、染白雪の呪文を唱えたのか。そこに疑問を持たなかったのがウェービスの致命的なミスだ。
そして魔眼とそれに伴う魔力察知も、視界外からであればかなり効果的というのもわかった。
実を言うと染白雪が溶けずにいたのは氷王の両眼の作用によるものだ。他の魔法には術式破壊という形で作用するが、氷魔法に使った場合のみ威力と強度を大幅に上昇させつつ、術者の自他を問わず操作することができる。
つまりあらゆる氷魔法は氷王の両眼の使用で支配下に置けるということ。
まさに氷の王に相応しい能力だ。だがここで律儀に自分の手札を明かす義理もないか。
「わざわざ答えるつもりはねえよ……っと!」
槍を振るいながら言葉を紡ぐ。染白雪で傷を負ったウェービスだが、出血部位の凍結が見られず、衣服に赤色が滲んだ。やはり火焔槍という熱源が凍らせる機能を阻害しているのか。
(そういえばクーゴの傷口も染白雪で凍らなかったな……)
身体から熱を奪い動きを鈍らせる効果が発揮されないというのは痛いが、それでも傷を負ったことでウェービスの動きにもかげりが見えてくる。
……と思っていたんだが。
「ふふふ、あはははは! 素晴らしいぞミリア! 生を受けてこれまで、今日ほど心躍る瞬間は無かった!」
やはり魔族といったところか。命のやり取りを心底から楽しんでやがる。
出血による体力低下や魔力消費などまるで無かったかのように、ウェービスの動きにキレが増す。
「クッ……気安く呼んでんじゃねえ……!」
力で負けても速度で勝っていたはずの槍さばきは、いつの間にやら互角の速さになっていた。
「敬意を込めているのだ。死合うに足る強者への礼儀として、その名を忘れぬように」
「じゃあ忘れんじゃねえぞ。冥土の土産に覚えていけよ!」
互角の速度、斧槍の重さに押されつつ、染白雪を上空へと移動させる。
「同じ手は喰らわぬぞ?」
「さてな、どうだか」
視界の外というのにその動きを感知したのか。
(突然の攻撃でも致命傷を避けたしな。思ってるよか魔眼の察知は手強いか)
攻撃手段が魔法であるからか、魔眼による魔力感知能力はかなりの難敵だ。
だが突破口は見えた。あとはそれを実行するだけ。
「さあ、心ゆくまで楽しもうぞ!」
「一人でやってろ、クソ魔族が!」
負けじと吠える。ここが戦いの最前線だ。
魔将軍ウェービスとの決戦は最終局面を迎える。