北の防衛線
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「……ぐすっ……」
「やっぱここにいたか。ミリアは落ち込むと、いつもこの木のかげにかくれるよな」
「ガラド兄ちゃん……ボク、べつにおちこんでないよ……」
「じゃあ、なんで泣いてんだよ」
「……くやしいんだ。あいつらに、おまえみたいな弱虫が、ガラド兄ちゃんとなかよしなわけないって言われて……」
「それで、ケンカしちゃったのか?」
「うん……でも負けちゃった……ボク、ガラド兄ちゃんと友だちなのに……ぜんぜん、兄ちゃんみたいに強くない……」
「そっか、じゃあ明日からとっくんしようぜ!」
「とっくん……?」
「おう! 強くなってみかえしてやろう! そしたらもうみんな、ミリアをバカにしないだろ?」
「……うん。やる! ボクとっくんして強くなって、こんどは勝つよ!」
「よっしゃ、その意気だ。じゃあほら、立つぞ?」
「うん……兄ちゃんの手、あったかいね」
「おまえが冷たいだけだろ? おまえの母ちゃんがゆきびとぞく? で、ちょっと体温が低いんだって。おれの母ちゃんが言ってた」
「そうなんだ……へへっ、ガラド兄ちゃんと手つないでると、なんか元気でてきた……」
「おまえのそーゆー甘えんぼなとこ、なおさないとまたバカにされちゃうぞ?」
「えへへ、はーい」
「ほんとーにわかったのか? まあいいや、じゃあ今日はもう帰るぞー……」
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「…‥リア、おーい起きろミリアー?」
「……んぬぇい? な、なんだガラド?」
突然声をかけられ、オレは自分が寝ていたことに気づく。
「ほら見えてきたぞ。城壁があるってことは砦かなんかか?」
ガラドが疑問符を浮かべて聞いてくる。寝ぼけてはいない自分の目に感謝しつつ目線を辿ると、前方には大きな壁が視認できた。
その壁には監視塔のような部分もあり、確実に人がいるであろうことがわかった。
「ん……ああ、町かもしれねえな。よし、おろしてくれ」
ガラドの腕から降りると、さっきまで寝ていたからか、欠伸が出てしまった。
「ふわぁぁ……そういやオレ、どんくらい寝てた?」
「ん? さあなぁ、たぶん二十分くらいじゃねえか?」
「割と長えな……ってかその間ずっと走ってたのかよ!?」
オレが驚きながら訊くと、ガラドは歯を見せながら笑って答えた。
「おう! いい運動になったぞ!」
「二十分走りっぱなしでいい運動ねぇ……相変わらず馬鹿げた持久力だな……あ、そうだ」
話していて、オレはガラドに伝えておくべきことを思い出す。
「オレたちが二人なのは、オルデムを倒した後にオレが希望に目覚めたから、二手に分かれて魔王軍と戦うためだってことにしとくぞ」
それを聞いたガラドはキョトンとはてなマークを浮かべる。
「そりゃなんでだ?」
確かに端折りすぎたか。反省しつつ、ガラドに順序立てて説明する。
「考えてもみろよ。「勇者パーティが魔族の罠にハマって分断されました」って話を聞いたら、みんなが不安になるだろ? 嘘も方便だ。魔王軍をいち早く倒すために、二手に分かれて援軍に来ましたって方が士気が上がるだろが」
「あーまあ、そう言われればそうだな」
「だろ? 幸い、オレに希望が発現したのは事実だしな」
そんな話をしていると門に辿り着き、門番に声をかけられる。
「止まってください。ここは城砦都市ダボライ、西門の関所です。通行許可証と身分を証明できる物を……って、あなたは勇者様御一行の……!」
いつも通りの対応をしていた門番が、ガラドを顔を見てからギョッとする。
「おう! これが王様からもらった通行許可証と、身分証明は俺の顔面でいいか? ダッハハハハ! なんてな!」
その反応が面白かったのか、調子に乗ったガラドが冗談を言い、オレはため息を吐きつつ門番さんに話しかけた。
「よし門番さん。コイツの口を塞ぐための針と糸をくれますか?」
「おい! そんなにひどいジョークじゃねえだろ!?」
「るっせぇ! つか敬語使えバカ、明らかに年上だろが! そこにキレてんだよ!」
「あ、そっか。すんませんつい……」
ガラドが頭を下げると門番さんが、
「ああいえ、こちらこそ不躾な対応をしてしまい、申し訳ありません」
と謝る。
「はい、通行許可証と身分証が確認できました。ガラド様と……そちらの方は、ミリア様となっていますが、これは……?」
身分証を見て、やはりというかなんというか、門番さんは首を傾げる。
「その身分証の通り、オレは勇者の仲間のミリアです。そのことも含めて詳しく話したいのですが、ダボライの領主様との面会は可能ですか?」
その後、ダボライの領主との情報交換はすぐに始まった。
勇者パーティが離れ離れになってしまったことは一応伝えた。王都には本当のことを報告しなければいけないからだ。
そして事実を伏せたうえで、「勇者パーティが二手に分かれて魔王軍の対処に向かった」ということにして欲しい旨も伝えた。
オルデムの討伐から三日経ち、その報はすでに王都に届いている。王都と東西南北の前線付近にある都市にのみ置かれた通信魔道具によって、すぐに連絡が取れるからだ。
しかしこの通信魔道具は開発されたばかりの代物で、二対の魔道具によってのみ連絡が取れるだけ。つまり王都と都市を結ぶ二点間でしか連絡はできないため、この町にオルデム討伐の情報が届いたのは、西の前線都市ではなく王都から。
離れた土地に即座に情報を届けることができる優れた魔道具ではあるが、今のところ量産の目処は立っておらず、四セットしか製造されていないのがネックだ。
まあ、何はともあれ領主は急いでこのことを王都に連絡すると言ってくれた。勇者パーティの動向は戦況にも大きな影響を及ぼすから、このダボライから少し北に位置する前線基地の隊長にも手紙を書いてくれるそうだ。
ちなみにオレの体の変化は、事情を話していくと領主は怪訝な顔になっていた。
そりゃそうなる。魔族の四天王に出会ったことも、戦闘中に希望に目覚めたことも、その後に女の体に変わっていたことも、たとえばその内の一つだけでも驚くような出来事ばかりだ。
そのどれもオレしか体験したことはないと断言できる。
まあ、これらは正直どれだけ疑われても仕方ないとしか言えない。
なんとかオレの身に起きたことを説明し終わり、次にオレたちの今後の動きを相談した。
勇者パーティの分断を成功させた魔族側は、おそらくこの城砦都市ダボライに対しての攻撃もより一層激しくなるだろう。オレとガラドを仕留めるために絶対にそうするはずだ。
そうなると一般兵士の犠牲は多くなり、前線は押され、最終的にこの城砦都市までもが魔族の手に堕ちかねない。町を守り、市民を救うために立ち上がったのが勇者パーティだ。たとえ二人だけでもそれは変わらないと、オレたちは戦闘に加わる意思を示した。
実を言えばこのダボライならば雪の里に近いだろうし、《氷王の両眼》のことや、あわよくばオレの体のことも調べられるかもしれないと思っていた。
だがもし自分のことを優先して雪の里に向かい、その間にダボライが陥落すれば、オレは必ず後悔するだろう。それは絶対にあってはならない。
「そう言っていただけて嬉しいです。兵士たちも喜ぶでしょう。ではこの後、少し時間をおいてから、前線基地の隊長のもとへ向かうことにしましょう」
ダボライの領主は感謝を述べ、前線基地に向けての手紙を書く作業に移る。
オレたちはその間、領主からの提案もあり、休憩室を借りることにした。