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離れ離れ

 どうする? どうすれば生きてここを切り抜けられる!?


 オレは今この瞬間ほど、脳みそを高速回転させたことはないだろう。

(障壁魔法を足場にするか? いや、もうこれだけの落下スピードになれば障壁なんざ砕けて終わりだ)


 あるいは連続で障壁を作り出して足場にすれば、いつかは減速し地面に当たる前に止まれるだろうが、それだけ体は衝撃を受けるということ。


 かろうじてガラドなら無傷でいられるかもしれないが、オレは骨が数本へし折れるのを覚悟しなければならない。


 それにレテンはおそらく、オレたちを狙ってここに飛ばした。

 魔王軍四天王は残り二人。その拠点は北と南にある。きっとオレたちを始末するために南北に分けて瞬間移動させたはずだ。


 魔王軍や魔物と遭遇する危険性を考慮すると、骨折は論外。無傷で着地することが絶対条件。


 しかもこの高度から周囲を見渡しても町や砦は見当たらない。オレたちの現在位置を確認するためにも、戦闘に備えるためにも、怪我をするわけにはいかない。


「どわあああああぁぁぁぁ!! ミリアーーー!! 無事かああああああ!」

「ガラド!! こっちに来い!! 《氷王の両眼(アイス・アイズ)》!!」


 オレは空中に作り出した長い棒をガラドに向ける。

 それを伝ってオレとガラドは手を繋いだ。


 そしてまたオレは考えを巡らせる。


 もしリーナかシドニスのどちらかがいれば、もっと簡単に解決した話だ。

 治癒の翼(ヒーリング・ウィング)剣王(ソード・ロード)の自在に動く魔力剣があれば、落下死するなどあり得ない。


 しかし今はオレたちしかいない。さすがにガラドの闘気術でも、この速度の落下には耐えられないだろう。


「おいミリア! なんか策はねえのか!? ねえなら俺が地面ぶっ叩いて……」

「いやいい! オレがなんとかする! お前は離れねえようにオレを抱きしめてろ!」

 痺れを切らしたガラドが言いかけた言葉を遮り、オレは思いついた一つの策を決行する。


 もう考える時間はない。地面との激突が迫る中、オレはある魔法を行使した。

 水槽結界。文字通り水槽のように水を立方体に作り出して維持する魔法だ。


 規模は最大、大きな建物も余裕で包み込めるほどのサイズにする。

 しかしこのままでは水面に激突してしまいだ。シドニスから聞いた話によると、水面は衝突する物体の速度と体積によって衝撃が変わるという。


 それは時に鋼鉄すら歪めて砕くほどの力になる。今のオレたちの落下速度も例外じゃないだろう。

 だから体を守るために、次は球体障壁を使う。


 オレたち二人を中心に設定して十層の障壁を重ねた。障壁の同時展開はこれが限界。

 そして水槽結界の水面はもう目の前!


「目を閉じろ!」

 オレが短くそう言うと、ガラドはぎゅっと瞼に力を入れる。


 球体障壁と水面が衝突する瞬間を、ガラドとは対照的にオレは目を見開いて観察する。

 下手をすればこれで死ぬからか、その瞬間はとてつもなくゆっくりに見えた。


 水面にぶつかる。障壁はバキバキと音を立てて、一枚、また一枚と割れては消える。

 球体障壁もかなりの硬度を誇るはずだが、まるで紙でも破るかのようにあっさりと消え去って、オレの焦燥感をあおる。


 キリアナと対峙した時以来の死の迫る感覚、引き伸ばされた一秒間でさらにもう一枚、障壁が消えるのを確認した。

(残り三、二……)

 そしてオレたちを包む障壁が全て水中に入るのを見届けた。


 残る一枚が水の衝撃に耐えられるか否か、それが重要だ。見逃さないように目を開いたまま集中していると……


 ぷかぁ、という浮遊感に包まれ、唐突に訪れた上方向の移動に尻もちをついた。

「いて!」

 オレではなくガラドが。


 どうやらオレを抱きしめたまま、押し潰してしまわぬように自分から後ろに倒れたようだ。

 全く過保護な兄貴分だ。

「おいミリア、怪我ねえか?」

「どっちがだよ……ケツついたのはお前の方だろ……」


 互いに無事を確認すると、ガラドと目が合う。抱きしめた状態で。

 至近距離から見るガラドの顔からは安堵が見てとれた。

「おし、ならよかった」

「……ふんっ。オレの魔法に感謝しとけ」


 球体障壁に二人を入れるためには仕方ないとはいえ、ずっと抱き合ってたことが急に気恥ずかしく感じたオレは、ガラドの腕をよけて立ち上がる。

「ほら、お前も立て。障壁と水槽結界を解除するぞ」

「おう! ありがとな」


 ガラドが立ち上がり、闘気術を使ったことを確認したオレは氷王の両眼(アイス・アイズ)で魔法を凍結させる。


 結界や障壁といった規模の大きな魔法は、たとえ一部分でも視界に入っていれば全体を凍らせることができる。


 魔力を視認して凍らせる氷王の両眼(アイス・アイズ)は、凍結によって魔法の術式そのものを破綻させるから、視界内に全体であっても一部であっても入っていればいい。


 そして氷になり、砕けた魔法の残骸はすぐさま空気に溶けるように粉々になる。

 足場を失ったオレたちに、再度落下の感覚が襲いかかるが、この程度の高さならばもう問題ない。


「よっしゃ、マジで助かったぜ。俺だけだったら両腕を犠牲にして地面ぶっ叩くしかなかったからな」

 着地した瞬間にガラドが話しかけてくる。


「いやあの高さから落ちて両腕だけで済むわけ……いやワンチャンいけるのか……?」

 獣王の拳(ビースト・フィスト)のパワーならあるいは……とか考えていると、ガラドがまた話しかけてくる。


「んでどうする? まずは周辺の町やらを探すとして、そのあとはシドニスたちを探すか?」

「いや、あいつらは多分南の方に飛ばされただろうな。レテンの目的はオレたちパーティの分断だった」

 オレがガラドの意見を否定すると、もう一つ疑問を投げかけてくる。


「そうか、なら王都を目指すか? とりあえず集まるならあそこだろ?」


「それもなしだ。何日かかるかってのもそうだが、オレたちを離れ離れにして、はいおしまいってわけじゃないと思う。わざわざ残りの四天王がいる方角に分断しつつ転移させたんだ。だったら」


「このまま仕掛けて各個撃破が定石……ってか?」

「ま、十中八九そうだろうな」

 オレはガラドの言葉に頷く。合流は時間的にも難しく、南北の四天王は間違いなくこの好機を逃さないだろう。


 最速で動いて王都に行くこともできるが、そうなれば魔族の侵略を許すことになる。

 一般の兵士たちでは魔王軍相手に勝つことはできない。わずかに前線を後退させつつ耐え凌ぐので精一杯だそうだ。


 東西で魔王軍の侵攻を阻止したから、その分の援軍が北と南の防衛線に向かっているだろうが、それでも四天王を討ち取ることはできない。


 だからこその勇者パーティ。オレたちの異能が希望ホープと呼ばれる所以ゆえんだ。


「だから、オレたち二人で北にいる魔族どもをぶっ倒すしかねえってことだ。やるぞガラド」

「そうだな……よしなら行くとするか!」


 オレの言葉に呼応して気合を入れたガラドは、突然オレを抱きかかえる。

 ……なんで?


「おいコラなんだこれ説明しろ」

 目を細めて抗議すると、ガラドはため息をついた。


「はあ、なんだお前気付いてねえのか? けっこう疲れた顔してんぞ。少し休んどけ」

 確かにレテンを完全凍結させ、大規模な魔法も使って魔力はもう半分以下だ。


「なら魔力回復薬を……」

 オレの言葉は言い切る前に遮られる。


「それも安いもんじゃあねえだろ? いいから甘えとけ。お前はさっきめっちゃ頑張ったし、それに」

 言いながら、ガラドは自身の足を変化させる。


 獣王の拳(ビースト・フィスト)の肉体変化は両腕だけにはとどまらない。長年の訓練によって全身に作用させることも可能になったガラドは、胴体や足に使用することもできる。


 変化を終えた虎の後ろ脚は地面を踏みしめ、力強く駆け出した。

「走るだけならこれが一番速えからな!」


 風を切る音と、高速で流れる景色がその速さを物語っていた。

(ま、しょうがねえか。疲れてんのはマジだし……)


 それに速いのも確かだ。オレじゃあこの速度は維持できない。

 オレはガラドの厚意に甘えることにした。

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