それは突然
なんか八月から謎にPV数が急上昇してます。
2年経ってるのになんででしょう?
そして翌日、オレは普段通りに開く両目に心から感謝していた。
「たったこれだけのことが、まさかこんなに喜ばしいと思うなんてな……」
「ハッハッハ! 昨日は散々だったなミリア!」
「声でっかいわよ朝っぱらから……」
「よし、みんな揃ったから今日の予定を話そう。とりあえずミリアの槍を買いに行こうと思うんだけど、それ以外に何か用事はあるかな?」
宿屋前でパーティが集まるとシドニスがみんなに質問を投げかける。
「ねえなぁ」
「私も」
ガラドとリーナが言葉少なに返すとシドニスが再び口を開く。
「よしそれじゃあ今日はみんな自由に……」
と全て言い切る前に、聞きなれない大きな声が耳をつんざく。
「そこの宿屋に、勇者様御一行が宿泊されているとお聞きしました!」
「詳細をご存知の方はおられるか!」
何かと目を向けると、甲冑に身を包んだ二人の衛兵が道ゆく人に声をかけていた。
緊迫した様子から、何かが起こったのだろうということは火を見るより明らか。
オレたちはすぐにそちらへと向かう。
「何かありましたか? 衛兵さん」
シドニスが訊ねると一瞬だけほっとしたような雰囲気を出した衛兵は、すぐさま気を取り直し返答してくる。
「勇者様方、事情はすぐに説明いたしますので、こちらの馬車へ」
二人の衛兵は簡潔にそう言うと、近くにあった馬車へとオレたちを案内した。
先日見た魔動車に負けぬほど、大きく立派な馬車の扉が開かれると、そこには……
「ど、どうぞお入りください……」
「あなたは……」
キリアナに襲われ、左手を切り落とされていた男性の姿があった。
〜〜〜〜〜〜
その後、スノーブと名乗った男性が移動中に話したことを要約すると……
キリアナに襲われた当日、彼女には配下の者と思われる魔族が付き従っていた。
男性の乗る魔動車を蹴り一発で横転させ、同乗していた彼の息子を抱えた配下の魔族は、
「しばらくしたら勇者どもがくるだろう。三日後この場所に再度、奴らを連れて来い。それまでこいつは預かっておく」
と一方的に告げてきた。
霞む視界で彼が見たのは泣き叫ぶ息子の姿と、刃物を振るう男魔族の邪悪な笑みだったのだそう。
「息子は連れ去られ、私はこの二日間ただ耐えるしかありませんでした。指示したこと以外の何かがあれば、奴らは息子の命を躊躇いなく奪うでしょう」
悲痛な表情を浮かべたスノーブさんはオレたちに頭を下げてきた。
「私の無力を棚に上げて、厚かましいことは重々承知の上ですが、どうか……どうか息子を助けてください……! あの子が無事ならば、私は全てをなげうっても構いません……!」
「子どもを攫うだけじゃなく、脅して俺たちを誘き出そうってか」
「いかにも下衆の考えそうなことね……!」
ガラドとリーナが怒りをあらわにする。
二人の気持ちは痛いほどわかるが、オレは別のことが気になり、みんなに向けて疑問を投げかけた。
「なあ、さっきの伝言があったなら、どうしてその男はスノーブさんの手を切り落としたんだ?」
「確かに、脅すだけなら子どもを人質にするだけでいいし、その行為には必然性がない」
シドニスの声だった。
「それにオレが駆けつけた時にはすでに出血が多かった。死んじまったら伝言の意味がねえよな」
オレの返答を聞いて、怒りの表情を収めたリーナがはたと気がつく。
「……つまり、なんらかの呪装でスノーブさんの手を切り落とすことが目的だったってこと?」
「うん、その可能性が高いと思う。呪装は僕らにとって謎が多いものだ。四天王や魔将軍が持つ呪装はどれも戦闘に特化した物だったけど、特殊な能力を持つ呪装があっても不思議じゃない」
「そして三日後に指定してきた時間も気になるな。もしかしたらこれも特殊能力の発動条件かもしれないってことか……」
オレが会話を続けていると、ガラドが首を傾げる。
「んで、俺たちはどうする? 罠ってわかってても行かなきゃ子どもは戻って来ねえだろ?」
「そうだね、馬車には少し離れたところで待機してもらって、子どもを保護したらすぐにガラドが馬車に連れて行く。そのままスノーブさんと衛兵さんは町に戻ってください。あとは僕らがなんとかします」
シドニスは前半をオレたちに、後半はスノーブさんに向けて話した。
「んでそっから先は?」
「わかってるでしょ? いつも通り」
ガラドとリーナが横目で見合う。
「ぶっ倒すだけだな!」
威勢よく両手を打ち鳴らすガラド。
「子どもを攫うようなやつに遠慮するこたぁねえよな?」
「もちろん。だけど相手の罠には細心の注意を払ってくれ。いいね?」
「おうよ!」
〜〜〜〜〜〜
そしてオレたちは魔動車の残骸に辿り着く。
あの時のスノーブさんの血痕が黒く残っている。
「ここか……」
オレが呟く、その言葉が合図だったかのように、近くの木々が揺れ動く。
みんなが臨戦態勢に入る中、オレたち四人の誰でもない声が鼓膜を叩いた。
「おやおや皆様お揃いで……お待たせしてしまいましたか?」
出てきたのは黒いローブを身に纏った男。
魔族の特徴であるねじれた角が右の側頭部から顔を出している。
おそらくはスノーブさんが話していたキリアナの部下だろう。
気味の悪い笑みを浮かべながら、男は言葉を続ける。
「さて、皆様の手を煩わせるのも気が引けたので、預かっていた子どもはもうすでにあちらの馬車に向かわせました」
オレたちは驚き、馬車を見る。すると男の言葉通り、スノーブさんと抱き合う子どもの姿が見える。
「勇者様ーー!! 息子は無事です!!」
その声と同時に、リーナが上空に火の魔法を放つ。あらかじめ衛兵と決めていた発車の合図。鞭の音と馬の嘶きがこちらまで聞こえる。
スノーブさんたちがすぐさま離れることができたのは間違いなく良いことだ。
だがオレたちは誰一人として安堵することはなかった。
どういうことだ? 人質を利用することもなく解放したことが信じられない。
しかも真正面からオレたちと戦って勝てる算段があるようには見えないし、キリアナから感じたようなプレッシャーもない。少なくとも四天王が近くにいるということはないだろう。
そして魔力探知にはコイツの反応しかない。つまりは単独、なのになぜこうも大胆な動きができるのか。
人質のアドバンテージを手放す利点も、単独でここまでの余裕を見せるのも、理解できない。
思考を巡らせているとそれを遮るかのように男が話し出す。
「ご紹介が遅れました。私は四天王キリアナ様の配下、魔将軍のレテンと申します。それでは皆様、今日ここに集まっていただいたのは人質の受け渡しだけではありません。お気付きの通り……」
恭しく、丁寧に話すレテンと名乗った男。しかしそこには敬意と呼べるものはなく、どこか他人を見下したような態度に見える。
「私の呪装《転刀》に起因するものです」
言うや否や、ガラドが《獣王の拳》を、シドニスが《剣王》を発動してレテンに攻撃を仕掛ける。
が、どういうわけかガラドの拳もシドニスの魔力剣も空振りに終わる。卓越した空間把握能力を持つあいつらには絶対あり得ないことだった。
「は!?」
まるですり抜けるかのように二人の攻撃を躱した魔族は、困惑の声をよそに演説を続けた。
どこからか取り出した短刀を回転させながら。
「この呪装は発動条件が難しく、加えて戦闘中に即座に影響を与えることができない。非常に扱いづらい能力を備えたものです」
「なら!」
今度はリーナとオレがそれぞれ別の魔法を行使する。だがさっきと同様に、男に命中するかと思ったはずのそれは、何故か当たらず後方の地面に激突し破砕音を響かせた。
「どうなってるの……!?」
戦慄するリーナが呟きが耳に届く。それと同時にオレはこの現象の正体に気付いた。
命中する瞬間、わずかに見えた魔力の揺れがオレに答えを教えてくれた。
「間違いない。瞬間移動だ」
オレはレテンに向けて言葉を放つ。
「おや、ご名答です。この転刀は、切った対象の出血量と経過時間を元に瞬間移動の規模を増幅させます」
(出血量と経過時間、なるほどそれがスノーブさんの手を切り落とした理由か……)
充分な出血量を確保しつつ、三日後にこの場所に連れて来させること。死なせれば意味はないが、リーナの《治癒の翼》を前提とすれば可能な限り出血させられる。
皮肉にもリーナの希望があるが故に、オレたちは罠にはハマったと言える。
そして人質を利用しなかった理由も同時に判明した。
あらゆる攻撃を転移させ、自身が無傷でいられるのなら人質など必要ない。
条件の多さと見合うだけの能力を秘めている。
(だがもう一つ、謎が残ってる)
オレたちはいつも四天王とそれに付き従う三将軍、おまけに大勢の配下を相手にして、例外なく奴らを倒した事実がある。
つまり……
「でも僕たちを相手にするには、一人は舐めすぎじゃないかな?」
そう、いくら鉄壁の防御を誇っていても、瞬間移動が魔力なしで使えるわけがない。いずれ魔力がなくなれば呪装は維持できなくなり、奴の負けが確定する。
そしてレテンはこれまでに見た魔将軍と比べて、特別魔力量が多いようには見えない。いや、なんなら少ない方だ。
そして明らかな単独行動でありながら、オレたちを前にこれほど堂々としている理由……
「「……っ! まさか」」
オレとシドニスの声が重なる。
そしてオレたちの驚きを待っていたかのように、男は口を三日月に割る。
「そう! 相手にする必要などありません! あなたたちには今ここで、今生の別れをしていただくのですから!」
高らかに宣言するレテンに、オレは少しでも抵抗しようと《氷王の両眼》で全身を視界に収める。
その甲斐あってレテンは氷像と化すが、オレたちの足元が仄かに光る。わずかに転移発動よりも遅かったか。
「クソッ!」
悪態をつくと同時に、ガラドの声が耳を叩いた。
「ミリア! 手を伸ばせ!」
言われるがまま、声の方向を見るよりも早く右手を伸ばす。
互いの指先に触れた瞬間、シドニスの大声が響き渡った。
「みんな必ず生きて」
〜〜〜〜〜〜
シドニスが言い切る前に、視界が変わる。
周りを見渡すと雲が目に映る。
遠くに、ではなくすぐそこに。
いやそれも違う。オレはいま雲の中にいる!
地面の感触がない。体に襲いかかる重力、そしてうるさい風の音が空中にいることを否が応でも理解させてくる。
「うおあああああぁぁぁぁぁ!!!」
叫ぶ声は真横から聞こえる。ガラドの声だ。やっぱり触れてりゃ同じ場所に飛ばされんのか。バラバラにならずに済んだのはなによりだ。
親友の存在を認識すると同時に雲を抜けた。
遥か下に見える地面はところどころが白く染まっている。
(北方大陸……!? どんだけの距離なんだよ……!)
オレたちがいたのは、王都から見て西を陣取っていたオルデムを倒した直後に寄った町だ。そこから北方大陸までとなると馬車で何日かかるのか。
いやそんなことは今は後回しだ! まずはこの状況から生き延びることを考えろ!
オレたち二人は今、明らかな死地にいる!




