反省とその後
今回はかなり細かい部分の話が理屈っぽく書かれています。
設定に注目するタイプの人は好きかもしれないです。
「っぷはー! あー生き返るわー」
「いつも通りなはずなんだけど、今のミリア君がそれ言うと違和感がすごいわね……」
一息ついたオレの様子にリーナが苦笑いしていると、シドニスがこちらに視線を向けた。
「ミリア。さっきの話をしてもいいかい?」
「ん? ああ、なんか気付いたことあるって言ってたやつか」
「そうだね。率直に言うと今の君の槍術には粗があるんだ」
シドニスの発言に、リーナは少しだけ首を傾げた。
「そうかしら? 私から見たらそんなに違うようには見えないけど」
しかしリーナとは対照的にガラドは同意を示した。
「確かにな。俺との訓練を思い出したらわかりやすいかもな。俺が接近した時、ミリアはほんの少しも反応できてなかっただろ? いくら俺が希望を使ってるっつっても、今までのミリアだったら接近戦の方が得意だったはずだ」
思い返せば確かにそうだ。
魔力量も出力も上がった今では魔法も通用しているが、前のオレの魔法はコイツらの前では焼け石に水。戦闘訓練でかろうじてオレが勝った時は必ず槍術で隙を突いた場合だけ。
それが今ではガラドに近づかれても反応できず、シドニスの剣戟も防ぐのがやっとだった。接近戦に限って言えば男だった頃の方がもっと上手くできていた。少なくともオレの主観ではそう断言できる。
「そうだね。でも多分これはミリアの動き方と体が合っていないから起こるものだと思ってる。女性の体に慣れればきっと以前のような、いやそれよりももっと槍術に磨きがかかるんじゃないかな」
そしてその主観的結論はシドニスとガラドの同意によって後押しされた。これまでの戦闘訓練で魔法ばかりに注力していたのは、きっと無意識のうちに槍術のわずかな衰えを察知していたからなのかもしれない。
シドニスの言葉を聞いてオレは「ふぅ」と息を吐き出す。
「まあこればっかりは槍の使い方と体の動かし方を調整してくしかねえからな。一朝一夕じゃどうしようもねえか」
「だろうな。んでこの後はあれか。氷王の両眼の実践訓練だったか」
「そうね。さっき炎の魔法も凍らせたから調べることが増えちゃったし、魔力回復薬も使いながらちゃちゃっとやっちゃいましょうか」
ガラドとリーナが順に話し、オレは氷王の両眼の性能を確かめながら使ってみた。
既知の情報として氷王の両眼はその名の通り、オレの目を主体として発動する希望だ。
オレの目で見ることのできる範囲ならば、どんなものでも瞬時に凍らせることができる。
だが、今までは「なんとなく」でしか使っていなかった。オレの視界内にあったとして、どれほどの距離までなら凍らせることができるのか。また、どれほどの大きさまでなら凍らせられるのか。
そういった細かな部分はしっかり調べなければ、実際の戦闘で使うわけにはいかない。これまではただ訓練で使うだけだったからよかったが、細部まで情報を共有しておかなければいざと言う時に困る。
そしてその後の実践で分かったことはかなり多かった。
まず、この能力の射程範囲は視界内の前方20メートルまでだった。それよりも離れてしまうといくら頑張っても凍らせることはできない。
とはいえ、20メートルというのはかなりの広範囲。想定よりも長かったのは嬉しい誤算だ。
次に、凍らせる対象はかなり自由に選べること。
上へ放り投げた小石を凍らせる時、一つだけを凍らせることも、二つを同時にやることもできたし、槍の破片を凍らせた時のように複数の小石を一つの氷塊にまとめることもできた。
重要なのはオレの感覚だ。何を凍らせるのかを意識しつつ能力を起動することで、氷王の両眼は真価を発揮する。
もしオレが何も考えずにこの能力を使ったら、視界内の前方20メートルの全てを問答無用で凍らせてしまうのだろうか。やろうとも思わないが想像するだに恐ろしい。
そしてさらにそのあと色々と試してみると、かなり面白いことがわかった。
この能力を使って凍らせる時、対象の大きさはそれほど問題ではなく、対象の保有する魔力量に応じてオレの消費魔力が変化するということ。
魔力とは魂、言い換えれば精神体に宿る神秘エネルギーのこと。だから魔力を持つのは生物だけ。
魔力を保有していない岩などは大きさに関わらず消費魔力量は一定で、反面、魔力を持つ生物を凍らせる時はかなりの魔力を消費される仕組みになっていた。
これは魔法に関しても同じようで、火や水といった魔法の種類に関係なく、どれほどの魔力を内包した魔法であるかが重要らしい。
正直に言うと、水は凍りやすく火は凍りづらいというイメージがあったがそんなことはなく、どんな種類のものであれ規模が大きくなり術者の魔力消費量が増えるほどにオレの負担も増えていく。
ちなみに攻撃魔法は凍らせた瞬間に図式魔法の術式が破綻してしまうのか、すぐに砕けてなくなっていた。リーナとの訓練時は気にする余裕はなかったが、これなら凍結させた魔法の残骸が戦いの邪魔になることはないだろう。
そしてこれは、オレが魔力さえ消費すればどれだけ大きな魔法でも無効化できるという事実に他ならない。魔族との戦いにおいてアイツらが魔法を使うことはないが、呪装という武器を展開することがある。
一定以上の実力を備えた魔族だけが使用できる特殊な武装。
判断の基準として魔将軍と四天王ならばこれを展開することができ、これにも当然のごとく魔力が内包されている。付け加えるとこの呪装という代物は、奴らにとっての切り札とも言える。
それだけ重要な武器を、オレは問答無用で凍り付かせることが可能なのだ。
実際にオレが初めて氷王の両眼を発動させた時に、魔族四天王であるキリアナとその呪装である《細斬華》を諸共に凍らせたこともある。
正確に数えることさえ出来なかった数多の花弁の刃と魔族であるキリアナ。両方とも内包する魔力量はかなりのものだろう。オレはそれを完全凍結させることができる。
あの時はそれで決着だと油断したせいで逃走を許してしまったが、キリアナが全身を凍結されてから行動可能になるまでかかった時間はおよそ5秒。
それだけあれば首を落とすことも心臓を貫くことも容易い。そう考えると仲間の中で最も理不尽な能力なのかもしれない。
何せオレの氷王の両眼だけで決着がつくのだから。
そしてシドニスの魔力剣を凍らせた時から薄々勘付いてはいたが、体表数ミリのところで凝縮させた魔力の膜を纏わせる闘気術である虎魄も同様だった。
一応調べられることは全部試してみようということでやってみた。現状では虎魄を扱える戦士がガラドだけなので、オレとしてはかなりやりづらかったな。まあ何故かアイツはかなりウキウキだったが……。
もちろん何が起きても対応できるようにリーナが《治癒の翼》を起動したままの状態で、ガラドの右腕に虎魄を纏わせての話だ。全身は流石に危険すぎるだろう。
結果としては虎魄は凍結できることがわかったが、逆に言えば虎魄しか凍らせることはできなかった。どれだけ頑張っても肉体に能力を作用させることは不可能。
つまり肉体を虎魄で守っている相手にオレの氷王の両眼は通用しないらしい。何度か試してみたが、ガラドの右腕は凍りついた虎魄を砕いてすぐに動くことができるようだった。
そしてこのことから出てきたシドニスとリーナの意見をまとめるとこうなる。
氷王の両眼はおそらく魔力を優先的に凍らせているんじゃないか、ということ。
肉体と精神体は常に同じ座標に存在している。肉体には血液が流れ、精神体には魔力が巡っている。
そしてオレの希望で体を凍らせる時は、肉体ではなく魔力が宿る精神体を標的にしている可能性が高い。
でなければ肉眼で見えているはずの右腕を凍結できない道理が見当たらないからだ。だが肉体の右腕ではなく精神体の右腕を標的にしているならばそれにも説明がつく。
精神体を覆い隠すように虎魄を纏っているから、氷王の両眼はその内側の魔力を認識できずに虎魄だけを凍らせてしまう。
一流の魔法使いである二人の意見は多分間違いないという実感がある。たしかに魔力を消費して発動する希望が、魔力を標的にしているというのはわかりやすい話だとも言える。
それならば、対象の内包する魔力量に応じてオレの負担が増減するという現象にも通じる理屈だとも。
そして今日、最後にわかったことが一つ……。
「ぐぅぅ……!! いっっっっでえええぇぇぇぇ…………!!!」
氷王の両眼の使用を繰り返すとこうなる。
っつうかマジで痛え。ほんの一瞬でさえ目が開けられねえ。
これ大丈夫か? 目ん玉なくなってない?
「だ、大丈夫ミリア君……? 治癒魔法が全然効かないわ……」
「これ多分……外傷とかじゃねえ気がする……うおおおぉぉぉ……!!」
「使用回数によってはこれほどのデメリットもあるのか。僕らの希望には無い現象だね」
「完全凍結のメリットがデカすぎるとは思ったが、なるほどこういう釣り合いの取り方になるのか。戦闘中にこうなっちまえば危険なんてもんじゃねえな」
「テメェら、なに冷静に分析してんだよ……! ふぐぅぅぅ……」
他人事だと思ってやがるな。薄情なヤツらだぜ。
「でも治癒魔法が効かないんじゃどうしようもないわ。今日はもう休みましょう?」
「そうだね。今日はミリアの槍を一緒に買いに行こうかと思ってたんだけど、また明日にしようか。ガラド、ミリアを部屋まで運んであげてくれるかい?」
「おうよ。動くなよミリア」
「ああ、悪いな」
そんなこんなで、氷王の両眼の性能調査は終わりを迎えた。