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憧れの男

 翌朝。


 オレが目を覚ますと、なぜかすぐそばにいたリーナから話しかけられる。

「ねえミリア君」


「んおお……どしたー……」

 まだ起きたばかりで音を通しづらい喉を酷使して返事をする。


 するとリーナは言いづらそうに言葉を探しながら呟いた。

「えっと……その……昨日は、ありがとう。ミリア君の言葉で、うーんと、すごく……スッキリしたから」


 どうやら昨日のことで多少の恩を感じているらしい。シドニス共々律儀な性格をしている。


「あと、これはミリア君は喜ばないかもだけど、お姉ちゃんができたみたいでちょっと嬉しかったわ」


 最後のは褒め言葉として受け取ってもいいのだろうか。

 ほんの少し前まで男だった身からすると微妙なラインだ。


 だがまあ、リーナの心の負担が少しでも軽くなったなら、悪いことだとは思わねえな。

「おう……そーか。そんならよかったぜ……」


 覇気のない声で返すと、リーナがオレのベッドの方に近付いて……どうしたんだ?

「じゃあミリア君もちゃんと起きるわよ! それ!」


 なんといきなりオレの毛布をひったくるという暴挙に出た。

「おわ! 何すんだよリーナ!」


 当然オレは抗議するが、リーナはこちらを見てニヤリと笑みを浮かべる。

「何するもなにも、ミリア君はまだ女の子になって三日目でしょ? 支度を手伝ってあげなきゃできないでしょ。それに昨日一緒に服を買ったんだし、せっかくだから見てあげようと思ってね」


 ウキウキとした表情からは、まるで歌い出しそうなほどの機嫌の良さがうかがえる。

 こうなったリーナに抗うことは不可能だ。なんてったって昨日いやというほど理解したから。


「あー、まあ、そりゃ助かるな。んじゃ頼むわ」

 オレは観念したようにリーナに身を委ねる。


 なあシドニス? リーナが欲しがってたのってたぶん頼れる姉じゃなくて着せ替えできる妹じゃね?


 オレの疑問は言葉になることもなく消えてゆくのだった。


 〜〜〜〜〜〜


 それからオレは綺麗に身支度を終えて、今は戦闘訓練を見ている。

 不思議なものでこうやって綺麗になると気持ちがいいと感じる。


 まるで早朝から稽古をしていて調子がいい時のような感覚だ。

 女になったから身綺麗になっただけでそう感じるのか、それともなにか別の要因か。


 そこは判然としないが、きっと支度を手伝ってくれたのはリーナにとってお礼の意味合いもあったのかもしれない。


 そんなこんなで、今オレとリーナの目の前で戦っているのはガラドとシドニス。男同士の熱い戦いだ。


「おいおい! なんだよ寝不足かシドニス!? 動きのキレがねえぞ!」

「昨日少しね。まあこうして訓練する分には問題……ないよ!」


 シドニスの振るう剣を、ガラドが拳で弾いて反撃を行う。

 なぜ刃物と生身の拳が互角になれるのか。それは闘気術と呼ばれる技術によるものだ。


 魔法というものが魔力を体外に放出する技術なら、こちらは全くの逆。魔力を体内で循環させることで肉体の強化を成し遂げる技術だ。


 今ガラドが行なっている闘気術は骨や皮膚などを魔力で保護して肉体の強度を上げる「金剛こんごう」と、筋肉や神経に魔力を流し込んで身体能力を上昇させる「飛翔ひしょう」。


 そしてこれはガラドが自分自身で生み出した技だが、凝縮した魔力を体表から数ミリのところで纏わせて、まるで鎧を着込んでいるかのごとく体を守る「虎魄こはく」。


 ガラドはこの三つを非常に高度なレベルで維持し続けることで、鋭い刃さえも容易く弾く鋼の肉体と成す。

 今シドニスが持っているのはもちろん刃を潰した訓練用の物ではあるが、それでも金属製の武器には変わりない。


 ただの人間がまともに拳で殴りかかれば一瞬で手が砕けるような硬度。それをああも易々と弾いて攻撃すらできるのは、ひとえにガラドの闘気術の練度の高さゆえだ。


 闘気術は戦士にとっては基本の基本。槍で戦うオレはもちろん、剣術を極めたシドニスも当然のように闘気術をマスターしている。


 だが、ガラドのそれはオレたちの比ではない。

 オレたち、と一括りするとオレとシドニスが同列のように聞こえるが、もちろんそこはシドニスの方が何枚も上手うわてだ。


 だがそんなオレたちの差がチンケなものに見えるほど、ガラドの闘気術はまさに格が違う。


 闘気術の基本は金剛と飛翔のみ。一応それ以外にも、インパクトの瞬間に接触する部分に多くの魔力を流し込んで威力を上げる「ながし」などの応用もあるが、それらは拳で戦う拳闘士が使う技だ。


 そういったアドバンテージを一切なくして、使う闘気術を金剛と飛翔に限定してオレたち三人が殴り合いをすれば、一分やそこらで二人ともガラドに倒されるだろう。


 それくらいガラドは強い。


 ガラドが接近戦において最強だと言われる所以ゆえんは、その闘気術の卓越した練度を讃える意味合いもある。


 勇者パーティーの中で、裸一貫で敵陣に放り込まれても無事に帰って来られるのはガラドだけだろう。


 ちなみに普通の拳闘士であれば拳を保護するために籠手を装着したり、なんらかの対策をするものだが、ガラドは「虎魄こはく」がやりやすいからという理由で素手で戦う。


 全てに於いて規格外の戦士。それがガラドという男だ。


 そしてこれは既知の事実だが、凝縮した魔力を体表に纏わせる「虎魄こはく」はガラドにしか使えない。これがガラドを最強たらしめる要因の一つとも言える。


 戦士にとって天敵は魔法使いだ。武器や拳が届かない中・遠距離から魔法を喰らい続ければ、書いて字のごとく手も足も出ない。

 もちろん大昔は攻撃魔法の隙を突いて接近するのがセオリーだったが、図式魔法の登場により戦術は一気に変わった。


 魔法使いは詠唱という明らかな隙をなくし、卓越した魔法使いであれば一瞬のうちに図式魔法を完成させて撃ち出してくる。それだけでも強いが、そのうえ常に距離を保つために走り続ける魔法使いに近付くのは至難の技だ。


 たとえ金剛と飛翔が使えるといっても、そうなれば戦士はただの的でしかない。図式魔法の登場により、接近戦に持ち込む難易度がぐんと上がってしまったと言える。


 そしてそれを克服するために、多くの戦士は魔法を覚える。決定打としての高威力の魔法というよりも、本職の魔法使いの隙を作り出して接近戦に持ち込むために。


 オレとシドニスが魔法を使うのもそのためだ。まあシドニスに関しては魔法の撃ち合いになったとしても不利にならないほどの強さがあるが、そこは今は無視しておこう。


 だがガラドは違う。ガラドの卓越した才能によって生み出された「虎魄」という技はその前提を覆す。


 それは鋭い刃だけでなく、身を焼き尽くすような炎や空を裂くいかずちからも身を守る。それによってガラドは魔法さえも打ち砕く。

 ガラドの突きや蹴りには、魔法さえもひれ伏すのだ。


 つまりガラドはこの世でただ一人、究極と表現しても差し支えない闘気術を使える。それだけでどれほど強いかわかるだろう。


 唯一にして最大の弱点は持久力がないというところ。

 虎人族を含めて獣人族は基本的に魔力量が少ない。希望ホープの恩恵を受けてか獣人族にしては破格の魔力量のガラドも、パーティー内で見れば最も魔力量が少ないという欠点がある。


 闘気術は魔法と違って肉体に魔力を循環させる技術。だからこそ魔力消費は抑えられるが、それでもゼロではない。ましてやガラドは虎魄という、魔力を凝縮するして体に纏わせる技を使う。


 凝縮すれば当然その分多くの魔力を使わなければならず、魔力の消費量は一気に上がる。


 そういった要素が組み合わさってか、接近戦最強はガラド。人類最強はシドニスと言われている。


 そんな人類最高峰の二人の戦闘訓練は、いつも凄まじい。


 ……が。


「よし! 今日はこんぐらいにしとくか!」

「そうだね」


 毎度のことながらこうして決着がつくまえに、終わってしまう。

 どこまでいっても訓練は訓練。お互いが本気で戦うところを見てみたいと思わなくもないが、それは難しいだろうな。


「よっしゃ、じゃあ次はオレとリーナの番だな」

「そうね。昨日みたいにはいかないから!」


 そんな思考もそこそこに、オレは立ち上がる。

 訓練用の棒を握りしめて。

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