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始まり

更新は気持ちが乗ったらします。

「ミリア、君にはこのパーティーから出ていってもらうことにしたよ」

 ある晴れた日、豊かで雄大な森を思わせる緑の髪を揺らしながら勇者シドニスはオレにそう告げた。


 青天の霹靂、というわけでもない。

 予想通りの当然の結論だった。


 ことの発端はつい昨日のこと。


 〜〜〜〜〜〜


 それは、二人目の四天王オルデムとの決戦を終え宿屋での出来事。

 深夜、誰もが寝ているはずの時間帯に聞こえてきた会話……というか怒号。


『おいちょっと待てよシドニス!! てめえ自分が何言ってんのか分かってんのか!?』

 あまりにも大きな声で、オレはベッドから飛び上がった。

 全く寝付けなかったのはついさっきのこと。もう少しで眠れそうだったのになんだというのか。


 隣の部屋から聞こえたのはオレの幼馴染の声。

 こと近距離戦闘に限れば並ぶ者無しと称される虎人族の拳闘士ガラドのものだった。


 大雑把で快活なパーティーの兄貴分として皆を支えてきた彼は、大きな声で笑うことはあってもこのように声を荒げることは無かったのに、一体どうしたのだろう?

 壁に耳当てて聞いてみよう。


『この筋肉バカ……! 声抑えなさいよ! ミリア君に聞こえちゃうでしょ!?』

 ガラドを咎めたのは魔法使いのリーナ。

 燃えるような赤い髪が特徴的な、勇者シドニスの幼馴染。


 世界中の魔法使いが口を揃えて褒め称える天才にして、聖女と呼ばれるほどの能力と人格を兼ね備えた人物だ。


 けれどリーナの制止の声を無視するように、ガラドは再度声を発する。

『おいシドニス、もっぺん言ってみろよ……俺の親友を、どうするって?』

 恫喝するように、声に明らかな怒りを乗せて訊ねる。


 しかしその怒りなど涼風とでも思っているのか、シドニスは淡々とした声で答える。

『ああ、何度でも言おう。ミリアにはこのパーティーから降りてもらう』


 魔法と剣術の二つを極め、遠、中、近距離どれをとっても世界最高クラス。人類史上最強の勇者シドニス。彼の声を聞いても不思議と何の感情も出てこなかった。いや、出てくるはずがなかった。


 なぜってそれは……。

『なんでだよ! アイツは今までずっと俺たちと一緒に戦って……』

『ガラド、君もわかっているだろう? 今日のオルデムとの戦いで、彼は何が出来ていた?』


 途端にオレの親友は口をつぐんでしまう。

 反論などできようはずもない。


 そう、オレは今回の戦いで全く役に立たなかったのだ。

 一人目の四天王ケルメとの時はまだオレの戦い方は通用していたが、オルデム戦ではそういかなかった。


 ケルメとの戦いの情報からオレが狙い目と思われてしまったのか、あるいは単純に力量が追いついていなかったのか。

 どちらにしろ、オレは仲間の足を引っ張ることしか出来ていなかった。


 今日、どれだけ危険な目に会ったか。どれだけみんなに助けられたか。

 そんなの……。

「そんなの、オレが一番わかってるよ……」

 そんな、空気に消えるような声しか、出てこなかった。


 オレは勇者の仲間に相応しくない。

 薄々気付いてはいたことだ。今日の戦いでそれが明るみに出ただけのこと。

 悲しむ権利すらないほどに、オレは弱い。


『彼は今後の戦いにはついてこれない。二人もそう思っただろう?』

『だが、シドニス……俺は……』


『ガラド……君が親友のミリアを庇うのもわかる。けれど力量の伴わない人物を戦場に連れていくのは、殺すことと同義だ。違うかい?』

 優しく、諭すような声には慈悲さえも感じられた。


『それとも、君はミリアが死ぬ瞬間を見たいのかい? 僕は絶対に嫌だけど』

『いや………分かった。でけぇ声出しちまってすまなかったな、シドニス』


 頑固で頭の悪いアイツですら説得できるのだから大したものだ。


『それと、彼にこのことを伝えるのは僕がやるよ。リーダーの僕が背負うべき責任だから』


 そのあとのことは聞かないことにして、ベッドに入る。

 オレが聞いてはいけない気がするし、何より少しばかり眠かったから。


 〜〜〜〜〜〜


 そして翌朝。オレたちが眠っていた部屋で。

「もう一度言おう。ミリア、君はこのパーティーから出ていってもらうことにしたよ」

 オレは戦力外通告を受けていた。


 ああ、とオレは短く返事をした。

 するとシドニスは突然捲し立てるように言葉を連ねる。


 やれ前々から気に食わなかっただの、僕の幼馴染に言いよってきただの、悪口のようなことを言ってくるのだが、悪人ぶるにはあまりにも下手くそすぎだ。


 そもそも、オレが早朝から稽古をしていて飯を食い損ねた時に、わざわざオレの分も取っておいてくれたような優しい奴が、面と向かって人をけなすなんておかしすぎる。


 オレはすぐにそれが気遣いだと分かった。

 自分を悪人にすることで、オレが責任を感じてしまわぬようにという、シドニスなりの最後の気遣い。


 生真面目で不器用で嘘が下手なくせに、そういうところは気が回るのだ。

 異性にモテまくることをガラドが不思議に思っていたことがあったっけなぁ。

 まあきっとこういう部分なのだろう。


 懐かしんでいるとどうやらそろそろお別れの時が来たらしい。

「……とまあ色々言ったけど、僕らが仲間を追放する人だと言いふらされるのも困るからね、口止め料としてこれを持っていくといい」


 言うや否や、シドニスが小さな袋を投げてくる。

 キャッチするとじゃらりという音と結構な重さを手に感じる。


 口止め料なんて言ってこんなに金を入れる奴なんてそういねえぞ?

(全く……お前ら、追放すんの下手くそすぎだろ……)


 声に出したかったが、それはコイツらの気持ちを無視することにもなってしまう。

 オレにできることと言えばコイツの、お世辞にも上手いとは言えない芝居を早く終わらせてやることだけ。


「ああ、ありがたく受けとっとくぜ。だが半分は返す。これは流石にもらいすぎだからな」

 袋の中から金を引っ掴み、シドニスの両手にしっかりと握らせてからオレは部屋を出ていく。


 背後から聞こえる親友の声を無視したのは、これが最初で最後のことだった。

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