中
残りの日数が過ぎ、王子が祈りの塔から出る日になった。城の迎えの者が教皇と共に来ると、王子はモリーナに礼を述べた。
「世話になった。感謝する。」
「こちらこそ、楽しいひとときをありがとうございました。」
モリーナが跪いて礼を言うと、王子はモリーナに近づき、思い切り抱きついた。
「そなたは、姉のようで、母のようで、あたたかな存在であった。そなたがここを出るときには、美しい夕日が見える丘に、そなたをつれていくことを約束する。」
モリーナは王子を抱きしめ返すと、そっと王子の腕を己からはがし、頭をたれた。
「この国の安寧が、恒久であることを願います。」
「約束する。よい王になる。」
モリーナの死後、王子は約束通り、モリーナの遺骸を国で一番綺麗な夕日が見える丘に葬った。そして、その丘を、モリーナの丘と名付けた。
モリーナが、前世のことを思い出したのは、10歳の時だった。
モリーナの名は、くしくも、その丘の名にあやかってつけられた。
村は首都からかなり離れているので伝令が遅れたが、当の王子が王位を引き継いだと知ったのは、王子が王になって3ヶ月も後のことだった。
「王様は、いつになったら結婚するんだろうね。」
「いろんな縁談が来てるけど、断ってるらしいよ。」
モリーナの住む山奥の寒村にまでそんな噂話が広まるほど、王は縁談を拒んでいるらしい。
王は30歳。モリーナと王子が会ったときから、20年の時が流れていた。
王は、国民の要望にもよくよく耳を傾け、素晴らしい治世を行い、その評判は国の内外にとどろいていた。
そんなおり、王の別の噂が村へと流れてきた。
「王様は、いろんな村へ視察にいってるらしい。この間まで、2つ向こうの山奥の村まで来たらしいよ。」
「この村にも、いつか来るかねぇ?」
「2つ向こうの山村から、この村まで歩くと10日はかかるよ。」
「でも、国からここに伝令が伝わるのは3ヶ月もかかるんだ。もし来るなら、そろそろじゃないかい?」
モリーナは、大人達が畑仕事をしながらする噂話に、耳をそばだてる。何かの予感がして、胸がざわざわした。
数日後、村に、馬にのった騎士が大勢訪れた。国から来るのは伝令の使者くらいで、村人達は見たこともない甲冑をつけた男達の来訪に、大騒ぎだった。
その騎士達に護衛される形で、ひときわ秀麗な刺繍の衣服をまとった男がいた。その者こそ、王だった。
モリーナは遠目で見ることしかできなかったが、成熟し精悍な顔つきになった王にまみえ、その成長に、まるで自分の孫の成長を喜ぶような、誇らしい気持ちでいた。
そんな中、村人達は全員、広場に集められた。王を守る近衛騎士は、貴族階級の者ばかり。いつも国からの使者に対応する村長以外、貴族への対応の仕方などわからない。
村長が平伏すると、村人達は見よう見まねで同じように平伏した。モリーナも、同様に平伏した。
全員が平伏すると、王は前へ進み出た。
「私には、探している者がいる。全員、顔をあげよ。」
村人達は、少し顔をあげて周りを見回し、近くの者と目が合うと、それを合図に顔をあげた。
まさか、そんな筈がない。
身体全体が心臓になったかのように、ドクドクと血が巡る。モリーナは、名前こそ前世と同じだが、幼い身であることに加え、顔は前世と似ても似つかない。
わかるはずがない。
ぐっと拳を握りしめると、恐る恐る顔をあげた。
王は、一人一人の顔を順繰りに見つめていった。