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7 祝福

 結局のところ、アリスお嬢様と俺の関係にまったく気づいていなかったのは、御家族の中で旦那様だけだった。


「さっさと『アリスと結婚したい』と言ってしまえばよかったんだ。おまえだって父上がああいう方なのはわかってただろ」


 若様は呆れと揶揄いの混じった声で言った。


「旦那様なら許してくださるかもしれないと、考えなかったわけではありませんが……」


 普通の貴族の父親なら、娘が王子の婚約者に選ばれれば泣いて喜ぶに違いない。しかし、旦那様は娘を隣国にやりたくないと泣いて嫌がるような方だ。

 だから逆に、娘が嫡男の侍従と結婚することはさほど反対されないのではないか。

 そう考えたことはあったが、まさか、あれほどあっさり認められるとは思わなかった。


「万が一にも反対されたらと思うと怖かったんです。関係が暴露て何もかも失うことになっても仕方ないとは思えましたが、アリスお嬢様に2度と会えなくなることだけは耐えられる気がしなかったので」


「へえ」


 若様がニヤッと笑うのを見て、またこの人の前で余計なことを口にしてしまったと気づいた。


「おまえ、思ってたよりずっとアリスに惚れてるんだな。兄として安心した。だが、見られたのがロッティだったのはまずかったな。あいつは頭が固いから」


 ロッティお嬢様はアリスお嬢様と俺の結婚を言葉では祝福してくれたものの、その声はやはり冷たく、俺に向けられる視線は刺々しかった。

 ロッティお嬢様の大事な妹と口づけているところを見られたのだから仕方ない。


「そう言えば、ウェディングドレスのことなんですが」


「ああ、大丈夫だ。すべて父上にお任せしておけ」


 すべてとは、デザインや注文先だけでなく金銭的なことも含めて、ということだろう。

 はっきり言って、旦那様が選ぶドレスはいくらするのかと、俺は内心ビクビクしていた。


「それとも、まさか父上の楽しみを奪うつもりか?」


「いえ、まさか」


「父上は姉上のドレスも今だに選んでいるし、セアラのドレスも9割は父上が選んだものだ。おまえも諦めろ」


 御家族の服は正装から普段着までほとんど旦那様が選んでいる。

 特にドレス選びが旦那様の何よりの楽しみで、奥様とロッティお嬢様、アリスお嬢様はもちろん、若奥様やすでに嫁いだメリーお嬢様のものまでほぼ旦那様の見立てだった。

 旦那様がマクニール侯爵家にドレス代を請求しているとは思えないので、俺も気にしないほうがいいのだろうか。


 ちなみに、さすがの旦那様もロッティお嬢様の結婚後はドレスを選べなくなるが、ウェディングドレスはこちらで用意している。

 さらに、タズルナのドレスの伝統や流行や傾向などを念入りに調べて、嫁入り道具としてロッティお嬢様に持たせるためのタズルナ王子妃に相応しいドレスを何着も注文したので、コーウェン家御用達の仕立て屋は今どこも大忙しなのだ。


 それにしても、アリスお嬢様と結婚するということはこの次期公爵はもちろん、隣国の第三王子殿下まで俺の義兄になるわけだ。いまいち実感が湧かない。




「いつになったら打ち明けてくれるのかと思っていたのよ。まあ、コリンならアリスと駆け落ちなんてことはしないでしょうけど」


 あっけらかんとそう仰ったのは、奥様だ。


「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。ですが、アリスお嬢様の結婚相手が私で、奥様は本当によろしいのですか?」


「正直に言えば、最初に気づいた時は複雑な気持ちにもなったわ。アリスにはそれこそ数え切れないくらい縁談が来ていたのよ。上位貴族の御嫡男や、王族の方からも」


 社交の場であれだけ御子息方に囲まれていたのだから当然だ。今さら気持ちは騒つかない。


「だけど、あの娘の幸せがそういうところにあるとは思えなかった。私自身、次期公爵だからセディと結婚したわけではないし、それに、私たちの手元にいるなら物質的経済的援助はいくらでもしてあげられる。何なら、コリンに爵位を持たせることだってね」


 奥様はにっこりと微笑んだ。

 アリスお嬢様にはあんなことを仰っていたが、実際のところ、奥様も娘に「想像できない苦労」などさせるつもりはないようだ。


「爵位まではさすがに……」


「ええ、必要であればということよ。コリンをそれほど信頼している、と受け取ってもらってもいいかしら。あなたのことは赤ん坊の頃から見てきて、人物もよくわかっている。そのうえで、アリスを任せられる相手だと思っているわ。セディだって同じはずよ」


 奥様にそこまで言っていただけて誇らしいのと同時に、身の引き締まる思いだった。




 そうして、俺はアリスお嬢様の婚約者という立場を得た。

 しかし相変わらず若様の侍従でもあり、使用人仲間たちも祝福してくれたが態度は特に変わらず、俺はホッとした。

 ケイトには「コリンもアリスお嬢様が好きだったのね。余計なこと言って悪かったわ」と言われた。


 周囲の目を気にする必要がなくなりアリスお嬢様に会える機会は増えたが、常に誰かしら、主にアリスお嬢様の乳母やメイドたちに見られているので、触れることはほぼできなかった。


 アリスお嬢様の乳母とメイドも、アリスお嬢様と俺のことは気づいていたそうだ。

 やはりアリスお嬢様の気質についてよく理解している彼女たちは、アリスお嬢様の相手が兄の侍従だからといって反対することはできず、さりとて応援するわけにもいかず静観していた。

 そうこうしているうちにアリスお嬢様と俺の結婚が旦那様に認められて胸を撫で下ろしたのも束の間、人目を忍んで口づけをしていたと知り、今度は青くなって旦那様と奥様に謝罪し、もちろんおふたりからのお咎めはなかったものの、アリスお嬢様をひとりにしてくれなくなった、というわけだ。


 俺としては、今になって俺を警戒するくらいならアリスお嬢様が恋愛小説を読みはじめた時に色々なことをきちんと教えてくれればよかったのに、と言いたい。「口づけを強請ってはいけない」とか、「脅迫してはいけない」とか。




 俺は旦那様と奥様からアリスお嬢様のお部屋に出入りすることを許された。

 もちろん俺の在室中は監視の目が光っているが、乳母やメイドも俺がソファに座ることは認めてくれたので、アリスお嬢様と俺はまたふたりでお茶会をするようになった。

 そのうち四阿でもやろうと約束もした。


 さらに、アリスお嬢様の外出時の護衛役を再び命じられるようになった。

 当然、これにも乳母かメイドがついて来たが、デートだと言えなくもない。


 外から見ればアリスお嬢様と俺はまだ公爵家の御令嬢と使用人なので、堂々と腕を組んだり、若様が若奥様にするように腰を抱いたりして歩けるわけではない。

 が、侍従の顔をしてアリスお嬢様に手を貸すことはできるし、買い物をするアリスお嬢様を傍で見守ることもできる。


「コリン、どちらがいいかしら?」


「左のほうがお似合いです」


「それなら、これにするわ」


 そんな会話もできる。




 俺はアリスお嬢様と結婚することを手紙で実家に報せたが、冗談に受け取られた。


 その数日後、今度は両親に会って直接伝えることにした。アリスお嬢様も一緒に行って挨拶をしたいと言う。

 コーウェン家のお屋敷から実家までは近いので普段帰る時は徒歩なのだが、今回ばかりは馬車を使った。


 事前に連絡しておいたにも関わらず、俺が本当にアリスお嬢様を連れていたので両親や兄弟は慌てふためき、ようやく俺たちの婚約を信じてくれた。




 コーウェン家の御親戚にもアリスお嬢様の婚約は報告された。


 結婚後は平民になるが、まだアリスお嬢様も俺も貴族籍に入っているため、宮廷に婚約を届け出る必要があった。

 しかし、届を出す前に旦那様は国王陛下にお伝えした。

 陛下は旦那様の従兄にあたられるので、旦那様にとってはこれも御親戚への報告の一環なのだろう。


 若様によると、メリーお嬢様の婚約が決まった時には悲壮感を漂わせ、ロッティお嬢様の時には寝込んで仕事を休んだ旦那様が、アリスお嬢様の婚約は笑顔で報告したため、宮廷では「コリンとはどこの誰だ」、「よほどすごい人物に違いない」などと噂になったらしい。

 王宮の夜会の時の付き添いや若様の送り迎えなどでごくたまに王宮に行くことはあったが、しばらくは近づくまいと思った。




 しかし、旦那様の報告を受けた国王陛下からもっと重大な問題が提示された。

 王族の結婚式に花嫁の妹とはいえ平民が参列できるのか、ということだ。

 これがエルウェズ国内のことであれば許可されただろうが、ロッティお嬢様が嫁ぐのは隣国タズルナだ。


 アリスお嬢様の結婚をタズルナには当分の間隠す。

 結婚式は予定どおり挙げて、タズルナからの帰国後に役所に届ける。

 俺が爵位を持つ。

 様々な案が出たが、最終的にはロッティお嬢様の将来を思えば下手に嘘を吐いたり誤魔化したりすべきではないという結論に至った。


 そうして、旦那様とロッティお嬢様の連名でタズルナにアリスお嬢様の参列許可を求めたところ、タズルナの国王陛下から婚約を祝福する言葉とともに「アリス嬢は結婚後もその夫とともにコーウェン公爵一家に準じて扱う」と書かれた返信が届き、御家族は揃って安堵した。

 だが俺は、「夫とともに」が気になった。

 もちろん俺は若様の侍従としてタズルナに行く予定になっている。できればタズルナでも、コーウェン家の使用人として扱ってほしい。

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