人生の分岐点は突然に
前回学んだこと
1500円引きはデケェ
目が覚めると、知らない天井があった。
ベッドから起き上がり、少ししてから、意識がはっきりしてきた。
夢を見ていた気がするが、どんな夢だったかは分からない。
周りを見て、自分が異世界に来たことを思い出す。
「夢じゃ無いよなぁ……」
正直夢であって欲しかったものだ。
覚めると病院のベッドの上で「何年寝てました」って言われたほうが良かった。
洗面台で顔を洗い、歯を磨き、服を着る。時計を見ると午前10時で、やや遅めの起床だ。
下で朝食を済ませたら、そのまま出掛けるためにも、ナイフを下げ、ローブも手に持つ。
一応、明日、明後日もここに泊まるので、荷物を置いて行っても良いのだが、まあ置いて行くほどのものでもないだろう。
1階に降りる階段の途中、カウンターの方から話し声が聞こえた。
1人は、昨日の受付の人だが、もう1人はどうやら女性らしい。
階段をもう少しで降り切るところで、そのもう1人を見て驚いた。
昨日のブレスレット少女だ。
まさかあいつもここに泊まっていたとは……
親切心とは言え、この宿を勧めたポールさんを心底恨む。
しかし、顔は見られていないはずだから、大丈夫。
「落ち着け、相手は知らない人、知らない人……」
階段を降り、ロビーに出る。
「あ、リョウタロウさん。おはようございます。今、朝食用意しますねー」
そう言って受付の人は奥へ行った。
俺は適当な席につき、朝食を待った。
しかし、昨日のブレスレット少女、よく見るとすごいな。
異世界で、日本では無いのだから当たり前かもしれないが、金髪のブロンドヘアーというものを生まれて初めて見た。
昨日はそこまで気にしていなかったが、きっと良いシャンプーを使っているに違いない。
少しすると、受付の人が、お盆にご飯を乗せてきた。
メニューはパン、スープ、そして、ソテーだろうか、何か野菜の炒め物だ。
「そういえば、名前言ってなかったですね。私はカミラ。ここのオーナー兼看板娘です。あ、そうだ。昼食はどうします?」
「いや、外で食べてくるから良いよ。改めてどうも」
一応のあいさつを交わし、朝食を食べる。
うん。美味しい。スープは野菜や溶き卵とかが入っているし、野菜の炒め物も味がしっかりしている。
しかし、使われている食材は知らないものばかりだ。
午後に市場を覗いてみよう。この世界の食材はどのようなものか興味がある。
食べてる最中、カミラとブレスレット少女が話しているのが聞こえた。
「それで、気がついたらポッケにブレスレットが返ってきていたんだ」
「でもたしかに取られたんだよね。んー、不思議なこともあるねー」
話題はまさに昨日の件のようだ。正直、居心地が悪い。
「もしかして、そのブレスレット魔法がかかっていて、手元に戻るようになっているとか?」
違います。俺がスってそこの少女のポッケに入れました。魔法なんかじゃないです。
そんな話をしていると、玄関の扉が開いた。
俺はその客に口に入れたスープを吹き出しかけたが、なんとか耐えた。
「じゃまするぞー」
昨日の男3人組だ。
まさかこの女のブレスレット追ってきたのか?
執着心が強いのか、はたまた強欲なだけか。とりあえず、居心地が悪いのが、さらに悪くなった。
「やっぱり持っていたか、さあ、早くそのブレスレット返しな!」
「待て! そもそも奪ったのはそっちだろう!」
「どんな事したかは知らねぇが、依頼はこなした。だから報酬はもらって当然だろう?」
「だから、あれは“黒魔石”じゃなかっただろう! 依頼はこなされていない。だから報酬も払わないと昨日言っただろう!」
口論が始まったが、その中の“黒魔石”が少し気になった。
響き的に麻薬とかそういう類のものかと思うが、それにしてもなんでこんな少女がそんなものを?
口論は続いており、ついにカミラが止めに入った。
「店の中で喧嘩はやめてください!」
「関係無いやつは引っ込んでろ!」
そう言ってリーダー格の男がカミラを突き飛ばした。
俺の近くに転がってきたため、とっさに駆け寄る。
「おいあんた、さすがにやり過ぎじゃ無いのか?」
思わず声が出た。
「あ? 誰だテメェ、あ、それとも、テメェが俺からブレスレットを盗んだのか!?」
「違っ! こいつはここに泊まってるただの客だ!」
いえ、全く持ってその通りなんですよ。
ブレスレット盗ったのも俺だし、泊まってるのも俺だし。
図星を突かれて、なんとも言えない心情になった。
「いいからとっととブレスレット寄越しやがれ!」
そう言って男の1人が少女に襲ってかかる。
この調子だとどっちにしろ巻き込まれそうなので、それならいっそ自分から行こう。
襲った男を横から頭に飛び蹴りをして吹っ飛ばす。
俊敏のステータスにより鍛えられた足からの蹴りは強烈だったようで、男は一撃でKOだ。
正直やった自分が一番驚いた。
「テメェ! 何しやがる!」
そう言って2人目の男が襲ってきた。
俊敏ステータスは、身体能力の“速さ”に関わるもの全てに影響する。
勿論、“反応速度”も例外では無い。
俺は襲ってきた男の右ストレートを躱し、鳩尾に膝蹴り、屈んだところをアッパーで無力化した。
と、かっこよく決まれば良かったのだが、意外と殴った拳が痛い。
今度手にはめるグローブというか、手袋買おうと決めた。
「お前、すごいな……」
後ろでブレスレット少女驚いている。
純粋「ありがとう」と言いたいところだが、右手が痛い。
「テメェ! 死にたいらしいな!」
そう言ってリーダーが襲ってきた。
躱そうとしたが、手が痛くて反応が遅れ、体当たりを喰らい、そこから持ち上げられ、宿の外に扉を突き破って投げ出された。
めちゃめちゃ痛い。
体育の柔道の授業で受け身失敗したとかそういう次元じゃなく痛い。
宿からリーダー格が出てきて、追撃を狙っている。
痛いのを堪え、なんとか立ち上がる。
通行人は逃げ、周りは俺とリーダー格の男だけになった。
リーダーがまた突進してきたところを、今度は跳び箱のようにして躱す。
相手が止まって、振り向いた瞬間に、顔面に蹴りを入れる。
そのまま、スネ、つまりは「弁慶の泣き所」を思い切り蹴り飛ばし、屈んだところを、アッパーだと痛いので、サマーソルトを喰らわせる。
その蹴りは、確実に顎を捉え、男は後ろに反りながら少し飛んだ。
人相手にナイフを使うわけにも行かないからな。
あとは騒ぎを聞きつけた衛兵がなんとかしてくれるだろう。
宿の中に戻ろうとすると、リーダーが起き上がった。
「クッソォォォ! お前! 絶対に殺してやる!」
負けた奴の捨て台詞かと思いきや、リーダーは何やら黒い石を出した。
「まずい!」
後ろからブレスレット少女の声が聞こえたが、視線を戻すと、リーダーはその石を体に突き刺した。
すると、リーダーは苦しみ出し、体が変異し始めた。
筋肉が隆起し、体のサイズは2倍ほどに増え、肌の色が黒ずんでいき、あっという間に筋肉モリモリ真っ黒マッチョマンのが出来上がり。そして、すぐにその場で暴れ出した。
(いやいやいや、出るところ間違えてるだろ!バイ◯◯ザードとかに出てくる奴じゃん!)
俺はとっさに逃げようとしたが、ブレスレット少女は違った。
彼女はハ◯ー◯ッターに出てくるような杖を取り出した。
「おい! カミラ連れて逃げるぞ!」
そう声をかけたが、どうやらやる気のようだ。
「やらなくては、やらなくてはならないんだ!」
馬鹿だ。こいつは命が惜しく無い馬鹿だ。
俺は宿の中のカミラを担いだ。
(重っ。)
筋力ステータスが低い弊害か、見た目以上にカミラが重く感じた。
本人の前では決して言えないけど。
外に出ると、少女が必死に魔法で応戦しているのが見えた。
俺はカミラを担いだまま、少し走ったが、頭の中は、あの少女のことでいっぱいだ。
こうなったのは俺にも原因がある。
俺が余計な手を出さなければ、俺が変なお節介をしなければこうはならなかった。
もしこれで彼女が死んだら俺のせいだ。
それは嫌だ。
赤の他人だし、面倒は嫌いだが、それ以上に自分のせいで無関係な人が死ぬのはもっと嫌だ。
ここで逃げれば、現世の3人や両親に笑われる。
そうと決まればやることは1つだ。
俺はカミラを道端に置き(正直これも嫌だが)さっきの場所に戻った。
少なくともこうして異世界に来た以上(ダメな神のせいだが)、みんなに恥ずかしくない第2の人生を送りたい。
次回、ボス戦?




