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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君だけの夏がやってくる。

作者: 遊間ラテ

人間は皆、人生の中でたった一度だけ

“悪魔”と呼ばれるものと契約することが出来る。


その契約では、人間は何でも願い事を叶えることが可能だった。

お金であれ、女であれ、名声であれ。

たとえ、それが死んだ家族であれ。

内容問わず、必ず一つだけ望みが叶う。


ただその見返りとして、

“悪魔”もその度に、契約者の大切な物を一つ奪っていった。

それは当然物理的な物もあれば、実体のない物もあって。

時には寿命を奪われ、死んだ人もいた。


それでも人は、契約者たることを辞めない。

なぜなら人は、欲望にまみれた動物だから。

たとえ何かを失ったとしても絶対に叶えたい望みが、常に心を渦巻いていたから。


俺も溢れることはなく、その内の一人だった。

浅ましくも彼らと契約を交わし、願いを叶え、奪われた内の一人だった。



俺の祈った願いは、

『死んだ彼女を生き返らせること』



奪われた物は

『五十年分の寿命』



俺の命は、残り一年だった。






「ねぇ、翔くん。このパフェすっごい美味しい! 一口食べる?」

「ん? ありがと」


あーん、と。

彼女がスプーンで差し出してくれた生クリームを頬張る。

それは口の中で一瞬で溶け、とろりとした甘さがいっぱいに広がった。


「うまっ……」

「だよね! 本当に来てよかったぁ……」


満面の笑みを浮かべる目の前の少女。

それは、春香という名の俺の彼女だった。

人一倍大きな瞳をさらに見開いて、その頬を仄かに上気させている。

あどけないその姿は、見ている人をも幸せな気持ちにした。


「今日は誘ってくれてありがとね」

「いやいや、俺も春香と来たかったからさ……」


幸せそうなその顔を見れて、俺も心から嬉しかった。

彼女の輝く笑顔が見れて、心から喜ばしかった。


だから俺にはそれが、

寿命五十年分の価値があるようにも思われて。


本当は今、彼女は永遠に笑いかけてくれない状態であるはずだった。

そのことを考えると、

“悪魔”に改めて感謝こそすれ、後悔なんぞするはずもなかった。



未だに記憶は(よみがえ)る。



ある晩のこと。

一緒に手を繋いで歩いていたあの日。

不意に車の光が俺の視界を覆った。

直後、隣で血潮の息吹が(ほとばし)り。

開けた視界には、遠く横たわる見知った姿。


助からないことは明白だった。

その姿を思い出すだけで、未だに鳥肌が立つ。

恐怖で身体が強張り、吐きそうになる。

瞳が涙で覆われ、視界がぼやけだす。

あの日以上の絶望を、俺は知らなかった。


だからあの時、“悪魔”に願ったのは仕方のないことで。

たとえ残り一年の命だと“悪魔”にどんなに嘲笑われようと、俺に一切迷いはなかった。


そのお陰で、今こうして春香とデートすることが出来ているし。

それを改めて実感して、やはり俺は間違えてなどなかったと心底思う。

後悔なんて、するはずない……


だからさ、春香。


「でも、このパフェ夏限定ってもったいないよね」

「……そうだね」


もっと、その眩い笑顔を見せてくれ。

ころころ変わる、その愛しい表情を見せてくれ。

生きているからこそ出来る顔を見せてくれ。


「ふふっ、やっぱ美味しいのになぁ……」


それで、俺の心を溶かしてくれ。

幸せそうに微笑んでくれ。

俺の命五十年分、笑ってくれ。


「じゃあさ、翔くん……来年も一緒に、ここに来ない?」

「……いいね、それ」

「本当? やった。約束だよ?」

「……あぁ」


ごめん、嘘だ。

俺は今、君に嘘をついた。


その約束を守ることは、俺には絶対に出来ない。

その頃には、俺はもうこの世にはいないから。

君は必ず、一人でこの時期を迎えることになる。


ごめんな。

ただ、それを君に告げるには、俺の勇気が足りなくて。

君の悲しむ顔を見る勇気が足りなくて。

俺は嘘を重ねることしか出来ないだけなんだ。


来年、君とまたここで笑い会うことが出来たらなんて幸せだろう。

君の側に居続けられたら、なんて幸せだろう。

そう心から思うのに。


俺には、それが出来ないんだ。

君の笑顔を眺めて、眺めて、眺めて。

この目に焼き付けることしか、出来ないんだ。





君との最後の秋が来た。


君は笑って紅葉の絨毯(じゅうたん)を駆け抜けて。

俺はそれを走って追いかけた。


途中、俺は落ち葉に滑って転けたけれど。

君はそれを笑いながら助けてくれた。


「まったく、ドジだなぁ」

「……恥ずかしいから誰にも言うなよ?」


そう言って再び二人で笑いあった。

俺はこの真っ赤な景色を、君の笑顔を、

死ぬまで。


いや、死んでも忘れないだろう。





君との最後の冬が来た。


クリスマスの日。

君は俺に手編みマフラーを渡してくれて。

俺は君に花の髪止めを渡してあげた。


君は髪止めを見て「なにこれ」って苦笑いしてたけど。

なんだかんだでつけてくれたね。


あの時「似合ってる」って言ったのは、

冗談なんかじゃないんだよ?


とても君に似合ってた。

君のまぶしい笑顔に似合ってた。


この冬が過ぎ、また次の冬が来ても。

その髪止めをつけてくれてたら嬉しいなぁ、って。

俺はそのことだけを考えていたんだ。





君との最後の春が来た。


大きな桜の木の下で。

落ちてくる花びらを捕まえながら、君と二人で子どもみたいにはしゃぎまくってさ。


花の髪止めに紛れて、君の髪に花びらが積もって。

君は笑いながらそれを払っていたけれど。


俺はそれを眺めながら。

花に似合うその笑顔を見ながら。

残り僅かな命の中で。

花びらのように散りゆく命の中で。


君にブーケを持たせてあげられなかったことが、

唯一の心残りだなって、思ったんだ。





君の初めての夏が来る。

俺がいない夏が来る。


君には俺の消失はどう見えるのだろう。

死ぬ間際、君に悟られないように、何も言わずに去るつもりだけれど。

君はどう思うのだろう。


裏切られたと、そう泣き叫んでくれていい。

俺を恨んでくれてもいい。


君は何も真実を知らないまま

笑いながら生きてくれ。

俺の分まで、生きてくれ。

君は笑う顔が、一番可愛いのだから。



これからも俺のいない季節はやってくる。

それでも君は生き続ける。


もう俺はその時期には立ち会えないけれど。

いや、だからこそ。

俺が今願うことはーー




ーー君がこれからも笑顔でいられますように。




ーー君が最後まで健康に生きられますように。



そして、



ーーこんなにも君を思っていた人が、この世にはいたのだと。




いつの日か、

花の髪止めを見て、思い出してくれますように。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かにこれは寿命五十年分の価値がありますね。 悪魔なのか天使なのかわからないほどの良い仕事だと思います。 濃い一年を過ごした主人公には一片の悔いもないことでしょう。
2019/10/25 12:14 退会済み
管理
[良い点] すごく素敵な ポエムですね! 感動しました。 [一言] 僕の小説も感想くださいね。(^^♪
2019/10/25 09:36 退会済み
管理
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