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クロスアイズの魔砲使い  作者: 九尾ルカ
ハロウィン特別番外編
8/8

復興街で仮装祭!!

木の葉が赤や黄へと色付く季節。


 収穫の宴も終わり、空気は日に日に冷たくなってきている。

 それに伴って空気は澄み始め、夜には月が綺麗に見えるようになってきていた。


 それは美しくもあるが、長い長い冬の到来を人々に予感させる物でもある。


 復興支援ギルド【グラース】。


 木椅子に座って読書をしていた一人の美女が、手にしていた本をたたみ、黄金色の長髪を揺らして顔を上げた。

 右の瞳は宝玉のような青色であり、もう片側、左の瞳は緑色で十字の模様が浮かんでいる。


 彼女……いや、彼、クロイツはまるで当然のように自室でくつろぐ銀のエルフを見て溜め息を洩らしていた。



「アルシェ、なんで毎度毎度お前は俺の部屋に来るんだ」



 クロイツが外套を脱いで過ごしやすい格好で居る事は珍しい。

 と言うのも、その体は大戦時代に多くの戦場で暴れまわった狂人クリスベリルの物だからだ。


 クロイツの本体は左手に嵌められた黒い手甲。

 これを身に付けた生物の体を借りる事でしか活動ができない。



「んー? いいじゃない。暇なんだもん」



 丈の短いスカートだというのに床に広げたボロ絨毯に胡座をかきながら、小さなナイフで木を削っている少女はアルシェ。


 大戦で滅ぼされたはずのエルフ。

 そのただ一人の生き残りだ。


 作り物に集中する為なのか、ガラス細工のように美しい銀色の髪は赤い紐で括られている。



「アルシェ」


「なーに?」



 名前を呼ばれたアルシェが顔を上げる。


 クロイツは手甲に覆われた左で彼女の脚を指差した。

 一瞬、首を傾げたアルシェだったが、数刻後に中身が見えているぞという指摘だと気付き、顔を真っ赤にしながら慌ててスカートを押さえて座り方を変えた。



「……見た?」


「ああ」


「じゃあもっと嬉しそうにしなさいよ!」


「そっちかよ!? やっぱりお前バカだろ!?」


「バカよ!」



 理不尽な怒り方をするアルシェに、呆れながらもどこか微笑ましくも思えてしまう。

 初めて出会った頃のアルシェは、まるで張り続ける弓の弦のように、何かの拍子に切れてしまいそうな程追い詰められていた。


 人を許そうとせず、自分の夢の中に閉じ籠り続けていたのはまだ記憶に新しい。

 そんな彼女を、無理矢理外の世界へ連れ出したのがクロイツだった。


 それはエゴでしかない選択。

 都合の良い夢だけを見続けていた方が幸せだったのかもしれないと、何度思ったことか。



「何よ」



 ただ、今こうしてコロコロと表情を変える彼女を見ていると、その選択は決して間違いではなかったのだと思える。



「見られたくないなら部屋でやれ」


「その発想は無かったわ」



 部屋のドアが叩かれる。

 アルシェが視線を下へ向けて、もうスカートは捲れていないかを確認するのと、クロイツが短い返事をするのとはほぼ同時だった。



「やあ二人とも。お話し中だった?」


「セクハラされていた所だ」


「しとらんわい!」



 入ってきた眼鏡の男が苦笑する。


 彼はグラースのギルドマスターを勤める人物。

 名前をルクスという。


 気の弱そうな長身の男だが、その正体は訳あって身分を捨てたネレグレス王国の第一王子ルーカス。

 その芯の強さは本物であり、クロイツやアルシェを始めとするギルドの構成員誰もが認めるリーダーだ。



「まあ、手が空いていたなら良かったよ。城……というか、レーヴェと騎士団から荷物と手紙が届いてね。内容が内容だったから、クロイツに意見を聞きたかったんだ」


「俺に?」


 ――あら?



 クロイツが怪訝な表情を浮かべる。

 同時に、頭の中にこの体の持ち主……クリスベリルの声が響いた。


 先の一件で国との仲は良好であり、ネレグレスの領土内であればクリスベリルもグラースの一員としてであれば自由に動ける身にはなっている。

 だが、それでも彼女の姿は極力外では出さない方が良い。


 この美しい女は、その顔と気配だけで民衆をパニックに陥れるには十分な知名度を持ってしまっているのだから。

 そんな彼女の体を借りるクロイツを動かすとなれば、きっと穏やかな話ではないのだろう。


 ……と、思ったのもつい先程の事。


 ルクスは困ったように笑いながら、国から送られてきたという手紙をクロイツに差し出した。



「……は?」


 ――ふふふ、流石はカルメリア様。楽しそうな事を提案なされますわね。


「何? 何? 何て書いてあるの?」



 アルシェがクロイツの横から手紙を覗き込む。

 まあ、彼女は文字が読めないのだが。


 何度も読み直すが、書いてある内容に間違いはなさそうだ。

 クロイツは小さな声で、しかし静かな自室の面々に伝わるには十分な声で呟いた。



「復興街でハロウィンを開催……?」


          ◆


「……で、なんで俺はこんな事になってんだ……?」



 襟足程度の長さで整えた黒髪の女性が肩を震わせ、不機嫌そうな声でそう洩らした。

 銀と赤のドレスアーマーの上から黒と金の外套を被り、そのフードを目深に被っている。


 外套に隠れて見づらいが、その左手には黒い手甲が嵌められており、不服を洩らしたのがクロイツであることが見て取れる。



 ――すみませんクロイツさん。どうしてもご協力願いたい事がありまして。ちょっとそこの大鎌を持ってもらえませんか?



 頭の中に響くのは体の持ち主、カルメリアと呼ばれた女騎士の声だ。

 渋々ではあるが、クロイツは彼女に指示されるまま近くにあった――なんでこんなものが王宮にあるのかは謎だが――大鎌を持ち上げた。



 ――そうしたら、クロスアイズを起動してみてください。



 再度指示通りに動く。


 十字模様の瞳、クロスアイズで近くに居たアルシェを捉える。

 すると、緑色だった瞳は赤く光りを放ち始めた。

 黒いローブ、赤く光る瞳、大鎌……死神の完成である。



「あ、これ泣くわ。子供泣くわ」


「俺は小道具か」



 引き気味のアルシェと、呆れ気味なツッコミを入れる死神……もといクロイツ。


 ちなみにだが、アルシェも控え目ながら仮装をしている。


 黒いとんがり帽子とローブ。

 どうやら魔女の格好らしい。



「クロイツ、アルシェ殿、王がお呼びだ」


「ぎゃあああああああ! 首無し騎士ぃぃ!」


「よく見ろアルシェ。エメリスだ」


「え? あの人死んだの? 殺しても死ななそうだったのに?」


 ――いえ、団長の耐久力ならば首を跳ねられても生きているかと思います。


「おいクロイツ。カルメリアが失礼な事を考えてないか?」


「知るか。さっさと行くぞアルシェ」



 手紙を受け取ったグラースの面々は、細かい打ち合わせの為にネレグレス王国の城へと招待されていた。


 国王レーヴェフリードが執務の合間に時間を取る関係で、彼が空くまでの間にアルシェにハロウィンという文化を説明しがてら、城で衣装を借りて仮装を楽しんでいたという訳だ。


 そして、カルメリアが自分のしようとしてる仮装のクオリティーを上げるために、丁度別件でルクス共々席を外そうとしていたクリスベリルからクロイツを貸してもらった……というのが、ここまでの顛末である。



「よくぞ参った。黒騎士と銀王」



 そしてカルメリアの体のまま玉座の前へと通される。

 眼前の玉座には、ぼんやりと光って見える薄緑色の瞳と、女性のように長い麗美な黄金の髪をした青年が座っていた。


 堅物のエメリスですらも頭に迷彩の魔術を施し、首無し騎士の姿を模していたにも関わらず、玉座に座るレーヴェフリードはいつもと変わらない服装だ。



「エメリスの事は残念だったわね……」


「レーヴェフリード。どういうつもりだ? 俺達の世界の祭りをこっちでもやろうなんて」


「む? カルメリアから聞いておらぬのか?」


「無視されたわ……」



 復興街では毎年収穫祭が行われている。

 昼間から日が暮れるまで、飲めや歌えやの大騒ぎだ。


 これにはクロイツも覚えがある。


 だが、この収穫祭に乗じて毎年人さらいが発生しているのだとか。


 町全体が浮かれ、人混みに紛れ込める祭りはそういった輩にとっても都合が良いらしい。特に、復興街はその成り立ち上治安が良いとは言えない街だ。

 かといって、祭りを中止させてしまえば民衆の活気が逃げ、復興が遅れてしまう。


 そこで、その収穫祭に合わせて仮装が主となるハロウィンを執り行い、騎士を群衆に紛れ込ませて人さらいを阻止しようという目論見なのだとか。


 甲冑を脱ぎ、普通に祭りに紛れ込むのでもよさそうなのだが、どうにも人さらいを行っている組織は常習な上に警戒心が強いらしく、騎士の素顔まで記憶してるとの噂もある。


 事実、毎年騎士を送り込んでも行方不明者は絶えていない。



「なるほど。考えたな」


「カルメリアからハロウィンなる祭りの話を聞いた際に閃いたのだ」


 ――てへり。



 無視だ。



「だが、これを行うには民にも仮装をしてもらわねば困る」


「そこで復興街への影響力が強い俺達グラースに協力を持ち掛けたのか」


「然り」



 クロイツは来訪者の世界の物をこちらに広める事に抵抗がある。

 かつて、自分が広めた武器で世界を大混乱に陥れたかもしれないという恐怖が、いまだ彼の心には巣喰っている。


 だが、不敵に嗤う紫の王は、きっとクロイツは断らないと考えているのだろう。


 いや、仮に断ったとしても次の手があるといった様子か。



「…………わかった。最終決定はルクスに任せるが、指示があるなら俺は従おう」


「って事はハロ……ウィン? それができるのね!」


「そういうことになりますわね」



 いつの間にそこに居たのか、クリスベリルが部屋の入り口に立っていた。

 服装はいつもクロイツが体を借りるときのままだが、手には袋のような物を提げている。



「クリスベリル。ルクスとの話は終わったのか?」


「あら、まだカルメリア様の体に入ったままでしたのね?」


「クーリースーベーリールー」


「失礼。ええ、終わりましたわ。当日の配置等、諸々把握いたしました」


「じゃあさっさとそっちの体に戻してくれ」


「それなのですが、クロイツ様?」


「なんだ?」


「わたくし、しばらく一人で行動する許可をいただきましたの」


「!? レーヴェフリード! 正気か!?」



 外套のフードを勢いよく脱ぎ、灼鉄のような橙色の瞳と緑色の瞳を紫の王へと向けた。


 ん? 至って正気であるが?


 そんな声が聞こえそうな顔でただこちらを見ているばかりだ。



「おいおい、じゃあしばらくはアルシェの体を借りるのか?」


「え? 私?」


「否」


「は? じゃあこの体か?」


 ――カルメリアです。


「それも否」


「じゃあエメリスか? それともルクスか?」



 レーヴェフリードは玉座からゆっくり立ち上がり、一歩、また一歩と二人に近付いてくる。

 紫色の覇気を漂わせながら、王はその左手を差し出す。



「まさか……」


「光栄に思え黒騎士。貴様が供するはこの紫王レーヴェフリードよ」


           ◆


 文を受け取ってからあれよあれよの内に7日が過ぎた。

 騒がしい銀のエルフを迎えてから、こうも長い期間別行動したのは初めてかもしれない。


 復興街のハロウィンはレーヴェフリードの指示の下着実に準備が進められていた。

 ハロウィンの開催と内容の説明は国からの声明として開催の5日前に発表。


 衣装はある程度貸し出しもできるが、仮装コンテストへの参加はできないとの制約が課せられる。



「国で用意できる衣装にも限りがある故な」


 ――コンテストに絡めることで民衆自ら用意する意欲を高めさせるのか。


「それだけではない。体が弱い、子を身籠っている、老い……様々な理由で働けぬ者が各地には存在する。無論、あの復興街にもな。この風習が広まれば、翌年に備えて衣装を用意したがる者が現れる。そうなれば、弱き者が座りながらでもできる仕事の足掛かりにもなろう」


 ――なるほど……。



 レーヴェフリードは書類に目を通し、サインと印を打ちながら内のクロイツと会話をしている。

 信じられないほど器用な男だ。


 7日間、行動を共にしているが多忙などという生易しい物ではない。

 素早く正確に書面を読み取り、その傍らで騎士達の報告を受け、即座に次なる指示を出す。


 時折、王女ルナリアの部屋を覗いては彼女の研究資料に目を通し、必要とあらば助言を与える。

 その過密な労働環境の中でも集中力の乱れをまるで感じないのだ。


 人間であることを疑いたくなってくる。



 ――明日だな。


「うむ。果たして上手くいってくれるか」


 ――お前でも不安になることがあるの?


「あるとも」



 まだ途中だというのに、レーヴェフリードは筆を置いて椅子を立つ。

 窓を開き、涼しい夜の風に髪を靡かせる。

 不意に、体の主導権を渡された。



「どういうつもりだ?」


 ――誰に聞かれるとも分からないだろう? 王としては、弱音も吐けないだけさ。


 頭の中で響く声には、いつもの覇気が感じられない。



「難儀な物だ……あ、いや、難儀な物であるな」



 レーヴェフリードが主導権を渡した意図を汲み、慣れないながらに喋り方を真似る。



 ――俺は迷いっぱなしだ。前王を殺し、王位を継いだ後も何が正解で何が間違いなのかさっぱり分からない。


 ――だけどな。エメリスが、カルメリアが、ルナリアが……兄さんが俺ならできるって信じてくれてる。


 ――だから、やれるだけやってみたい。


「ふん」



 レーヴェフリードの言葉に、クロイツは満足そうに笑う。

 柔らかな夜風が止み、紫王の体に再び紫の王気が立ち上る。



「故、明日は頼むぞ」



 その言葉は果たしてどちらが言ったのか。

 知るのは紫王と黒騎士だけだった。


          ◆


「トリック・オア・トリート!」


「…………」



 銀の髪を揺らすとんがり帽子のエルフに、クロスアイズを浮かべたレーヴェフリードは冷たい視線を送っていた。


 言うまでもなくクロイツである。


 さて、このバカはどこでその言葉を覚えたのか。

 というか、意味まで知っているのだろうか。

 ふと半目で親指を立てるカルメリアが脳裏に浮かんだ。


 あ、ダメだ。


 あの女が絡んでいるならお菓子をやらねばイタズラをされる。



「ほら、焼き菓子だ」


「イヤッホォーイ! あの赤騎士の言う通り本当に貰えたわ! 他にも回ってこようかしら!」


「それはやめよ銀王。この祭りは【仮装祭】と名付けたハロウィンなる催しとは厳密には別の物故な。カルメリアを警戒したこやつくらいしか菓子など持ち歩いておらぬよ」


「えー……残念」



 そう、あくまでも復興街で行われるのは騎士が紛れ込みやすくする為の仮装が主目的。


 魔除けを意識したハロウィンとはまた別の物な上に、来訪者の世界とは違い、魔物が空想の存在ではないのだ。


 だから、あくまでも皆で普段着ない服を着て大騒ぎする祭として、恒例化させるつもりらしい。



「この後はメインイベントの仮装コンテストだな」

「ええ! いやー楽しみだわー。エルフの仮装って言ったら優勝できないかしら!」


「それはズルだろ」



 本物のエルフがエルフの真似をしたら誰も勝てない。



「じゃあ、俺達はやることがあるからまた後でな」


「うん。気を付けてね」



 アルシェと別れた後、クロイツは辺りを歩いて回る。

 中央広場へと人が集まっているせいか、辺りの人影はまばらだ。

 周囲を見渡しながら歩いていた矢先だった。



「――ッ!?」



 後頭部に激しい衝撃を受け、意識が揺れる。

 朦朧とする視界の中、数名の男の姿を見たのを最後に、視界は暗転した。


           ◆


 目を覚ましたのは、暗く狭い空間。

 後頭部には鈍痛が残り、布のようなもので視界を塞がれている。



「……予定通り」


 ――だな。



 この状況にあって二人は落ち着いていた。

 国王のレーヴェフリードが祭りの視察に訪れると言う噂は念入りに流した。


 もしも、人さらいがいつものように動けない中、万が一国王を誘拐できるならば、国を相手に莫大な身代金を要求できると想像する事だろう。

 しかし、騎士が紛れる仮装集団の中、個人を狙うのは難しい。



 ――だからって、仮装コンテストに人が集まるのを逆手に取って、単独行動をして囮をやろうとするなんてな。


「武装は全て奪われるであろうが、意識を失っている宿主からそなたは離れられぬ。であれば、無限の銃を持ったまま敵の本拠地に迎え入れてもらえるも同義であろう? ――形成・サプレッサーハンドガン」



 当然のように嵌められていた手枷は、器用に銃を操って撃ち砕く。


 目隠しを外し、そのまま足枷も破壊する。


 クロイツは悠然と立ち上がり、いまだ緑色のクロスアイズで辺りを見渡した。

 自分以外に拐われた人間は見当たらない。



「王族待遇だな」


 ――ふん。分かっておるではないか。



 出入り口は目の前にある。

 消音器を着けているとは言え、銃撃の音に反応が無い事を考えると見張りは居ないようだ。



「どうする? レーヴェフリード」


 ――無論、正面突破せよ。


「御意に」



 二丁のマシンガンを形成し、それを左右の手に持つ。

 扉を蹴破り、明るい廊下を見上げればどうやら木造の建物らしい。

 クロイツは両手の銃を真上に向かって乱射する。



「な、なんだ!?」


「あいつ! 閉じ込めてた国王じゃねぇか!」



 けたたましい銃声はすぐに誘拐組織のメンバーを駆け付けさせた。

 臨戦態勢に入られるよりも速く、クロイツは彼らの足を撃ち抜いて行く。


 この場で命は奪わない。

 あくまでも、捕縛が狙いだ。



「ぐあ!」


「な、なんで銃なんか!」



 その射撃精度は正確無比。


 どんなに必死に避けようとしても、弾丸の発射を見てから避けるのでも無い限りは必中だ。

 廊下を曲がった先、雰囲気の違う男が待ち構えていた。



「くらえ!」


「!?」



 男はかざした手の平から水流を放つ。

 クロイツの放った弾丸は水面に弾かれ、男には届かない。

 いや、それだけではない。



 ――曲がり角へ戻れ!



 放たれた水流は勢いが強く、間一髪で避けたものの壁を粉砕して外へと流れ出していた。



「魔法が使えるやつが居るとは思っていたが、あの立地で陣取られるとやっかいだな」



 加えて水の魔法はクロイツのスキルと相性がよくない。


 弾丸は水に阻まれると見る間に減速し、たった1メートルを進まない内に動きを止めてしまう。


 廊下の距離を考えれば、クロイツの姿を見てから即座に水を放たれれば十分に無力化できてしまうだろう。



「おい! 今の内に馬車を出せ! 騎士団に感付かれる前に少しでも運び出せ!」



 水魔法の男が怒鳴る。


 程なくして遠くから馬の嘶きが聞こえた。

 どうやら、拐った人々を乗せた馬車を出されたらしい。

 それも、おそらく一台や二台ではないだろう。



 ――余が出よう。


「レーヴェフリード? どうにかできるのか?」


 ――余が守られるだけの非力な王と思うておったか? 良いから任せよ。



 クロイツは体の主導権をレーヴェフリードへ渡す。

 マシンガンを床に置き、レーヴェフリードは両手を握ったり開いたりを繰り返して何かを確認している。



「あの枷……魔力を乱す力を持っておってな。復調するまで暫し掛かってしもうたわ」



 黒い手甲に覆われた左手を一度強く握り、レーヴェフリードは武器も持たずに角から姿を出した。



「のこのこと!」



 すぐさま砲弾のような水流が放たれる。

 ……だが……



「ふん」



 右手を横に払うと同時に突風が巻き起こり、水の砲弾を真っ二つに割り弾いた。


 この世界の者には伝わらないだろうが、モーセが海を割った逸話を彷彿とさせる。


 立て続けに放たれたいくつもの水弾は、そのただの一つも、ただの一滴も紫王へ届くことはなかった。

 水の割り、一歩ずつ着実に、王は男へと近付いて行く。



「随分と楽しませてくれたな」


「ひっ……!」


「怯えるでない。褒美を賜ろうと言うのだ」



 壁際に追い詰められた男の首元を掴み、レーヴェフリードは空いた手を柔らかく開く。

 そこに紫色の炎が立ち上ぼり、やがて剣の形に姿を変えて行く。



 ――おいレーヴェフリード……それは……それは、何だ?


「王族に伝わる闇の魔法。魂を対価にして対象から力を奪う邪法があるのは知っておろう? 余は思ったよ。なんと非効率的なのかと」



 ゆっくり、その紫炎の剣を男の胸元へと向け、囁くような声でレーヴェフリードは続けた。



「これは余が改良した闇魔法。魂を砕き、永久的に力を略すのではなく、別の魔力を根幹へと叩き込むことで魔法としての発現を妨害させる術……名付けるならば――」



 そして勢いよく紫炎の剣を突き刺した。

 血は流れないが、直後に男が悶え苦しみ始める。


 漏らす声は言葉にならず、ひたすらに床をのたうち回る。

 やがて意識を失った男を見下ろしながら、レーヴェフリードは囁く。



「――紫魔法であろうか?」


          ◆


 捕らえた筈の商品から反撃を受けたのは予想外だった。

 しかし、1人が足止めしてくれている間に馬車を出せたのは幸いだ。



「脱出できたのは5台。十分だな! いやはや、欲張っちゃいけねぇな!」



 それぞれの馬車には各地で拐った人々と誘拐組織のメンバーが乗っている。

 騒ぎを嗅ぎ付けた騎士団の追っ手が来ようとも、今からではもう追い付くことはできまい。


 幸運だった。


 たまたま王の監禁部屋から離れた場所にいて、こうして離脱まで行けたのだ。


 この馬車に乗っている連中を売り捌き、遠く別の街で、あるいは別の国でまた1から始めれば良い。

 自分達には、それができるチャンスが残ったのだから。



「うあああああ!」


「あ?」



 隣を走っていた筈の馬車から、悲鳴が聞こえた。

 そちらを見るも、並走していたはずの馬車が見当たらない。



「バカが……木の根に馬の脚でも引っ掻けたか?」



 商品が一台分減ったことに毒づいて、そしてある事に気付く。

 蹄の音が、自分の馬車の分しか聞こえないのだ。



「な、なんだ!? 何が起きている!?」



 だが、馬車を止める訳にはいかない。

 彼はそのまま木々の繁る道を走る。


 ここを抜ければ荒野だ。

 そこならば、もう木の根に脚を取られる心配もなくなる。


 月明かりに照らされる道が木々の隙間に見え始めた。

 嫌な予感に早鐘を打つ心臓を落ち着かせるように、大きく息を吸って吐く。


 そしてようやく、荒野に出た瞬間――




 ――目の前には四台分の馬車の残骸の上に佇む、黄金色の髪を靡かせる狐面の女に出会った。





「俺達の……馬車……!?」


「馬と拐われた人々は無事ですわ? お仲間は……ふふふ、どういたしましたっけ?」



 長いローブのようにも見える見慣れない薄黄色の服。

 長い袖で口許を抑え、圧し殺すように笑う女に、背筋が寒くなる。


 美しいのだ。

 この世の物とは思えないほどに。



「さて、あなた方で最後ですわね?」


「くっ!」



 ただならぬ様子の女を前に、彼は仕方なく馬を止めた。

 様子を見ていたらしい仲間が荷台から降りてきて、それぞれに獲物を構える。



「これだけの人数だ! 囲めばどうにかなる!」


「ふ……ふふふ……あぁ、愚かしい……」


「え……?」



 一瞬だけ、女の姿が黄色い光を纏って揺らいだと思った矢先だった。


 取り囲んでいた仲間は全てが意識を失ったように倒れ伏し、背後で馬車の荷台が砕ける音がした。



「は……はは……こ、これは……夢だ。悪い夢だ……」



 揺らぐようにふらふらと歩み寄る女から、後退りながら距離を取ろうとするも、上手く足が動かない。

 もはや何が起きているのかも理解ができないでいた。



「ハロウィンの夜に仮装もせずに悪いことをすると、悪魔に拐われる……らしいですわよ?」



 靡く黄金の髪。


 狐の面と異国の服。


 恐怖のあまり、涙で顔をぐちゃぐちゃにしているというのに、目の前の女はすぐ側にまで顔を近付けてきた。


 怖くてならないのに、何故だかとても良い匂いがする。

 狐の面に女は手を掛け、ゆっくりとそれを外す。



「ひっ……う、嘘だ……なんで……なんでこんなところに……」


 宝玉のような青い瞳。


 あまりに美しいの金の髪。


 人間離れした強さ。


 目の前の女の正体に、ようやく思い当たった。

 幸運だったなど、冗談ではない。

 口許を吊り上げて笑う目の前の女は……人さらいを拐いに来た悪魔だ。



「トリック・オア・トリート」



 クリスベリルの顔を見た瞬間、彼は意識を失った。


          ◆


 レーヴェフリードの作戦は大成功だったと言えるだろう。

 アジトの面々だけでなく、逃亡した者を含めてメンバーの全てを捕らえることに成功したのだから。


 しかし、作戦の全貌を聞かされていなかったとはいえ、和装のクリスベリルが巨大な袋を引き摺って現れた時には驚いた。


 さながらサンタクロースだ。


 いや、サンタクロースか。



「おかえりなさいませ。クロイツ様」



 レーヴェフリードから手甲を受け取ったクリスベリルは、愛おしそうにそれを装着した。


 片目の瞳孔が十字に広がり、色が緑に変わって行く。

 そして、彼女の纏っていた雰囲気がガラリと変わる。



「やっぱりこの体が落ち着く」


 ――ふふふ、喜んでしまいますわよ?


「おーい! クロイツー! クリスー! あとレーヴェフリードー!」



 狐の面を横にずらして顔が見えるように被る。

 そして、遠く聞こえたアルシェに顔を向けた。



「余はおまけか」


「二人と比べたらおまけよ。お・ま・け!」


「はは、手厳しい。余はこやつらの後始末がある故、ここでお別れだ」



 楽しんでこいと。

 それだけ言い残すとレーヴェフリードは誘拐組織の包まれた袋を取り囲む騎士の中に紛れて行った。



「クリスその格好すごく綺麗……」


「ふふふ、ありがとう。アルシェちゃんも似合ってますわ」


「ふふん! 師匠の真似よ!」



 さて、この後はどうしようか。

 仮装祭の夜はまだまだ続きそうだ。

 クロイツは和装から覗く黒い手をアルシェに差し出した。


 彼女は無言でその手を取る。


 悪魔と呼ばれるクリスベリル。

 だが、こんな夜くらい、外を歩いても良いだろう。



「少し回るか」


「……うん!」


 クロイツは仮面を付け、二人……いや、三人は町の人混みへと消えていった。


          ◆


「まさか私が優勝してしまうとは……」

「団長に負けて準優勝は悔しいですね」

「そしてまさか僕が三位だなんて……」


                   ――fin

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