雪女
「あんたってさ、雪みたいだよね」
貴女がそんな表情をするのを初めて見た。笑うでもなく、泣くでもなく、じっとどこか遠くを見つめていた。
後ろには、二人でつけた沢山の足跡が残っている。靴の輪郭に沿った泥汚れはまだ新しかったが、ふわふわと降り積もる結晶に覆われて、すぐに見えなくなった。
「傘、入る?」
「いい」
ぎこちなく差し出した手は簡単にあしらわれた。貴女の背中には既に雪が積もっている。足を止めて、軽く払おうとした。けれど、貴女は避けた。私が最初からそうすると分かっていたみたいに。
ここはY字路。右に行けば私の家。左に行けば貴女の家。そして今日は、貴女がうちへ泊りにくる約束をしていた。
「手のひらに降った雪って、熱ですぐ溶けちゃうじゃん。水は少し残るけど、それもすぐに乾いて、なかったことになっちゃう」
「そうだね」
白い空気を残して、言葉が溶ける。先を聞きたくなかった。けれど、時間は止まらない。降り積もる雪を止められないように、離れていく貴女の心を止める術などどこにもないのだ。
「あのさ」
不意に貴女が振り向いた。好きだった切れ長の相貌が、私ではない誰かを見ている。きっとそれは私なんかより可愛くて、美しくて───飽きさせない、相手。
「別れよ」
氷柱のような声が、胸に深く突き刺さった。
「なんで、って、聞いてもいい?」
用意した台詞をゆっくりと吐き出す。
「ダメ」
「そう」
分かっていたのに。連絡を無視されるようになってどれぐらい経っただろう。会えたのも数か月ぶりだった。言われるなら、今日だと思った。だから覚悟してきたのに。
もう一緒にいられないなら、せめて、綺麗な思い出として貴女の中に残りたい。
止まれ。はらはらと落ちる涙に念じる。震える肩に、痛くなる心臓に念じる。でも誰も私の言うことを聞いてくれない。私の思うようになってくれない。
駄目だ。また私、面倒な女になっている。
「じゃ」
左を向いて、貴女は進む。二人で進んだ足跡は、別々に離れていく。
「あんたのこと、嫌いじゃなかったよ」
慰めのような、決別のような、曖昧な言葉。何度も咀嚼して、ようやく頭を上げたときには、貴女はとっくに消えていた。
灰色の空が私を覆っている。雪は降り止む気配を見せない。手のひらに降った雪が熱を奪って、指先を凍らせる。
ゆっくりと足を動かす。一歩。また、一歩。二度と交わらない直線が、泥と共に描かれる。
頬に触れた結晶が、涙と混ざって爪先に落ちた。
震える息を吐きだした。
ああ、これじゃ私は、雪女だ。