幽霊は何も持っていない
新作です。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
友達というものは都市伝説らしい。
俺の葬式には、友達1人すら来ていない。
生前のSNSの友達は14人。
SNSでしか連絡のとれない友達に、俺の死を知る術はない。複雑なパスワードを設定したスマホは、家族でもロックを解除できていないし。
枕元に立って教えることも考えたが、迷惑だろう。
なにせ服がない。
幽霊って白装束が標準装備だと思っていたけど、そんなことはなかった。せめて頭の白い三角の布があれば、大事な場所を隠せるが、それすらない。
まあ、色々言い訳をしているけど、なにより、認めがたい事実だが、葬式に呼べるほど仲の良い友達など存在しない。
目から水が滴り出そうだ。幽霊に涙は流せないようだが。
まあ、過ぎたことを気にしても心が痛いだけだ。孤高の男だったんだと思い込もう。
そんなことより、死んでから分かった意外な事実のほうが重要だ。おそらく父も母も妹も、霊感がある。
3人は俺が見えているみたいだ。
俺の姿が目に入ると、母も父も妹も目を逸らす。
俺の全裸に、どう見ても反応している。そして、やたらと俺の棺桶に服を入れていた。
そのうえ、話しかけると挙動がおかしくなる。俺が話しかけると同時に、誤魔化すみたいに家族3人の会話を始める。
ひたすら、俺が見えていることを認めない家族。
でも、幽霊として見えているからか、微妙な空気が家族の間に漂っている。
父が母に引きつった慈愛の笑顔を浮かべて、母を抱き寄せた。
「ママ、我慢しないで泣いてもいいんだよ」
母も同じように顔を引きつらせてながら、父を抱きしめる。
「英美の前で泣ける訳ないでしょ。ママなんだから。娘が泣いてないのに、泣くことなんてできないわ」
しばらく引きつった笑顔でお互いを慰めた後、母が妹に声をかけた。
「英美、悲しい時は泣いて乗り越えていくものなの。あなたは泣いていいのよ」
妹は両親と俺(霊体)に背を向けていた。
「私は大丈夫。お兄ちゃんがいないのは悲しいけど、泣かないよ。よく泣くお父さんが泣いてないのに、泣けないからね」
コソッと回り込むとやはり、微妙な顔をしていた。
マジで泣きたくなる。誰か1人でも泣いてほしい。確かに死んだ家族が全裸の幽霊として現れたら、微妙な気分かもしれないけど。
ていうか、みんな俺の姿見えているよね? いいんだよ、反応しても。
ちなみに、お坊さんにはまったく見えていないようだ。目の前で腰振りダンスをしても全く反応がなかった。
今は反省している。
そもそも、まさかこんなに早くあの世に、いやこの世に漂うことになるとは思ってもいなかった。つい、やけになってはっちゃけるのは許してほしい。
誰かに怒られることもなさそうだけど。どうやら、父さんや母さん、妹には、声は届かないようだし。やっぱり、何にも触れられないからかな。音は空気の振動だ。触れられない俺が、声を届けることはできないんだろう。
どうしてこうなったんだ。
現実逃避をしながら、なにが起きたかを思い出してみる。
10Tトラックの前では、男子大学生と自転車など原型すらとどめられない。
ぐちゃぐちゃになっている肉塊は俺だ。なぜか確信できた。
気がついたら、ペシャンコになった俺の体と自転車を見ていた。
その遺体を救急車が運んでいく。
運ばれた先に駆けつけた母が、最初に発した言葉は、幽霊になった俺に向けられていた。
「なんて格好をしているの。恥を知りなさい」
「お母さん、落ち着いてください。受け入れられないのはわかりますが、気をたしかに」
警察は母が現実を受け入れられないのだと思ったようだが、母はハッとした表情を浮かべていた。
すぐさま、「取り乱しました。間違いなく、息子です。まさか、こんな……」と言った。
確実に俺が見えていたと思うんだけど。
そうだよな。警察からお宅の息子さんが亡くなりました、って連絡きて、駆けつけた先で、息子が全裸でいたらそう言うよ、普通。
取り乱している母を見ながら思う。
何というか、思ったより幽霊がたくさんいて、目線の置き場に困る。
俺の遺体が運ばれていくのをずっと見ていたが、思ったよりうじゃうじゃ、町中に幽霊がいる。救急車の中にも5人いた。
全員全裸だ。
四文字熟語みたいだな。どうでもいいけど。
幽霊と生きている人を見分ける方法など知らなかったが、町中にいる全裸の人たちは幽霊だろう。あそこまで開けっぴろげに寝ている人間がいるとは思えない。確実に通報されているはずだ。もちろんそんなことはなく、服を着た人たちは皆スルーしている。幽霊と生きている人間を見分ける簡単な方法が、服を着ているか否かとは。
現実逃避をしてもしょうがない。
さて、これからのことを考えないと。
することもないし、ある意味で自由だ。
そうだ、ほとんどの人には見えていないんだから、ちょっと悪いことをしよう。
俺を振ったあの人を少し覗かせてもらおう。少しくらい、美味しいことがあっても許してもらえるはず。大学入って6ヶ月で死ぬって、それなりに不幸な方だ。これくらいのことは許される、と思いたい。
最後まで読んだいただきありがとうございました。
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