8話
人が魔物を操る、という話は、しばしば聞く。
魔物使いと呼ばれる魔術師は存在するし、手懐けた翼竜に乗って宙で戦う竜騎士と呼ばれる騎士も存在する。家畜として飼育される魔物も、無いわけではない。
だが、操る魔物は皆、『元々操るために造られた』ような……例えば、ゴーレムなどの魔物であったり、或いは、翼竜などの比較的おとなしく知能の高い魔物が多い。
また、それほど多くの魔物を同時に操ることはできない。どんなに優れた魔術師でも、精々10かそこらの魔物を操るのが限界であろう。
……つまり、あの部屋いっぱいに整列した魔物を説明するには、パズルのピースがいくつか欠落しているのである。
「1つ、聞きたい」
考えた末にジェットが口を開くと、オーガスは少々意外そうにジェットを見た。
「何だ」
「あんたが密偵から得た情報の中に、『魔物を生み出す魔術の封印が解かれた』ともあったよな。それは真実か?」
オーガスはそれを聞くと、眉根を寄せた。
「真実とは思えん。兄が私に真実を教える利は無いからな。だが……」
そして答える傍ら、ジェットと同じ考えに思い至ったらしい。
つまり、『部屋に整列して待機していた魔物』について。
「……案外、嘘から出た真、なのかもしれんな」
オーガスは思い出した。
この古城に張り巡らされて融け合い、大きすぎる故に見ることができない、魔術の存在を。
2人は部屋を出て、魔物と戦った場所まで戻った。
「誰も居ない」
「そうか」
勿論、警戒は怠らなかった。
オーガスの部下(元・部下と言った方がいいのかもしれない)が、オーガス・エメルドの死体を確認しに来ていないとも限らないのだから。
だがそれも杞憂に終わる。室内には魔物の死体以外の物は無かった。
「……改めて見ると、凄まじいな」
「そっちは全部あんたが殺したんだぞ。そっちの山は大体俺だが」
「……実感が湧かん」
極度の集中と疲労から解放された今、改めて室内を見回すと、室内の異様さがよく分かった。
夥しい数の魔物の死体。床は血で染まり、何とも殺伐とした光景であった。
だが、そんな殺伐とした空間であるが故に、『それ』の姿が浮き彫りになる。
血で赤く染まった室内で一点だけ、血に染まらずに白いままの床。
あまりにも異様で、よく目立つ。
そして観察する内に、何故、戦闘の直後にはこの白い床を見つけられなかったか、分かった。
「これ、血を吸ってないか」
白い床は、周囲に溢れた血を吸い込んでいる。
「道理で、見つからなかった訳だ」
この白い床は戦闘直後、血に埋まって見えなかったのだろう。それが、血を吸ったことによって初めて、その姿を現したのだ。
「これも隠し扉か?」
「いや……これ自体は扉らしくないが。少し、見てみるか。貸せ」
オーガスは不気味に白い床の近くに屈むと、床を調べ始めた。
「……よし!」
やがてオーガスは会心の笑みを漏らした。
かなり手こずらされたが、なんとか魔術の一部を解きほぐすことに成功したのだ。
どうやら、この古城を満たす巨大な魔術を織り上げる糸の端が、この白い床であったらしい。
「開いたぞ」
「……何か変わったのか?」
尤も、魔術は解かれたが、白い床に変化はない。
「そこではない。こっちだ」
だが別の個所に変化があった。
オーガスが進んだ先は、先程、2人が休んでいた部屋へと続く通路。そして、細い通路を進んだ先で2つに分かれた道の、もう片方。
「随分と回りくどい仕掛けだったな。余程、大切にしたい何かがこの先にあると見える」
先程までただの行き止まりであったはずの壁に、ぽっかりと穴が開いていた。
ジェットを先頭に、2人は進んだ。
別に進む必要は無かったかもしれない。ジェットはともかく、オーガスは十分な休息を得られた後だ。古城を出た先で兵に囲まれても切り抜けて逃げ切るくらいの事はできるだろうし、そもそも、この先に新たな危険が待ち構えていないとも限らない。
……だが、2人は進んだ。
ジェットが進む理由は至極単純。この先に魔物が居るなら殺す為。
そして、オーガスが進む理由も至極単純であった。この先に手柄があるなら奪う為。
転ぼうが構わず同じ道を進み続けるジェットと、転んでもただでは起きるつもりのないオーガスは、ひとまず利害の一致ということで共に先へ進むこととなったのである。
もしかしたら、運命の導き、とでもいえるのかもしれない。
尤も、両者共に、半分くらいは利害の一致、もう半分は成り行きだ、と思っていたが。
道中には罠が仕掛けられていた。
これらの罠の恐ろしいところは、気配が全く感じられないことである。
魔術仕掛けの罠であることは間違いないのだが、他に魔術の気配が濃すぎて、事前に罠を見つけることが難しいのだ。
そういう訳で、床から槍が突き出してジェットを刺し、天井から落ちてきたギロチンの如き刃がジェットを切断し、前方から飛んできた矢がジェットを貫いた。
「……つくづく、便利だな。貴様」
「まあ、だろうな」
身も蓋も無い感想を漏らしながら、オーガスはジェットから矢を引き抜くのを淡々と手伝った。
オーガスはジェットと共に居ることで人間として大切な感覚か何かが失われていくような心地がしたが、どうしようもない。これが最善の策であるは間違いないのだから。
実際、ジェットは『便利』なのだ。ただ前を歩かせていれば他の犠牲も無く、何の苦労も無く、罠を看破することができる。
「痛みは無いのか」
「有る。多少、慣れて鈍っているかもしれないが」
ジェットは矢を引き抜きながら答える。痛み止めは切れかけている。矢を引き抜く度、疼きのような熱のようなものが体に走った。もうしばらくすればこれらは全て痛みに変わるのだろう。
「それでよくあのような戦い方ができるな」
「ああ、戦う時は薬で誤魔化してる」
薬、というものがどのようなものを指すのかは、オーガスにも分かった。そしてオーガスは、ジェットの言う『薬』とは無縁の人生を歩んできている。多くの人がそうであるように、オーガスも当然、『薬』に対する嫌悪感と忌避感を持っている。
「そうか。精々、身を滅ぼさないようにな」
「ご忠告痛み入る」
オーガスがあからさまに顔を顰める一方、ジェットは涼しい顔で、引き抜いたばかりの矢を前方へ強く放った。
瞬間、壁が動き、矢は壁と壁に挟まれて押しつぶされる。
「再生一回分、儲けたな」
口笛でも吹きそうなほど軽くそう言って、ジェットはまた、進み始めた。
「……利用しておいて言うのもなんだが、貴様の感覚はどうかしているぞ」
オーガスは至極げんなりとしながら、進んだ先でジェットが大鎌によって腕を切り落とされるのを見、その光景に慣れてきてしまっている自分を見つけ、ため息を吐いた。
「貴様が普通の人間だったら何回死んだ?」
「1回だな。始めの1度きりで済んでるはずだ」
「ああそうか」
2人の会話には覇気がない。
通路を抜けるまでに幾度となくジェットは体を甚振られており、オーガスはその衝撃的な場面を見ても最早何とも思わなくなっていた。
ジェットは肉体的な疲労、オーガスは精神的な疲労から、口数も減っていた。元々、仲良く話す間柄でもなかったが。
……だが、それでも2人は無事、罠の通路を抜けた。
そして、通路を抜けた先に広がる光景を目の前にし……また別の理由で、より一層、言葉数を減らすこととなった。
「これ、は……」
オーガスが慄く一方、ジェットは憎悪と嫌悪、それから諦めを強く露わにして、それを見つめる。
床の上、おぞましく蠢くもの。
それは生物でもあり、同時に魔術でもあり、実体があるようでいて、どこにも存在しない。
何にせよ、禁じられた魔術を使って生み出される代物であることは間違いない。
「魔虫、だ」
魔虫が複数匹、そこにあった。




