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俺が死んでも世界は回る  作者: もちもち物質
第一章:怪物と騎士~A fate worse than DEATH~
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7話

 暫く、戦闘が続いた。

 魔物が結界を抜けるまでの間に、魔法剣が魔物を殺す。

 向こうが手出ししてくる前に、殺す。

 オーガスは紙一重でオークの斧槍を躱し、力任せにゴブリンを数体まとめて刺し貫いた。後先を考えず、精神を削って魔術の剣を振るい続けた。時には、自分が多少傷つくことも厭わずに戦った。

 戦鬼の如き戦闘は、時々途切れ、しかし、その度に復旧された。

 ……要は、ジェットは魔物に殺されても、オーガスの魔法剣に殺されても、結界を途切れさせることなく耐え続け、結界が途切れてもすぐに張り直した。オーガスもまた、結界が途切れて溢れる魔物に対処するだけの技量があった。

 そして、両者の集中が切れるよりも、室内の魔物がまばらになる方が早かったのであった。




 オーガスは最後の一匹になったオークを袈裟切りにする。

 戦闘が終わった。

 荒い呼吸を繰り返し、熱に霞む意識と冷えた手足を放り出して床に倒れ込む。極度の緊張から解放されて、指先が震えていた。

 こんなに消耗したのは初めてだった。こんな数の魔物と戦ったのも、こんなに体と精神を酷使したのも、こんなに魔法剣を遠慮なく振り回したのも、全てが初めての経験だった。

 自分がこのように戦える事を、オーガスは今、初めて知ったのだ。

 自分の知らない自分を垣間見て、達成感のような、恐ろしさのようなものを感じて、しかし考える余力などとうに無い。今はただ、全てを放り出して眠ってしまいたかった。

「おい」

 だが、それを許さない化け物が居る。

「ここは危険だ。何があるか分からない。一旦出るぞ」

 ジェットに声を掛けられ、オーガスは渋々起き上がった。

 極度の緊張と消耗によって痛む頭を押さえながら、それでも立ち上がり、歩く。

「そっちじゃない」

 だが、出口へ向かったオーガスは、外套の裾を掴まれて危うく転倒しかける。

「……何をする」

 大声で文句を言う気力も体力などとうに無く、声を出すのも億劫だという調子で問えば、ジェットは出口とは反対方向……部屋の奥を示した。

「向こうにさっきと同じレリーフがあった。魔術による隠し扉なんじゃないか?」

 ジェットの言葉を理解するために、オーガスは数秒を要した。

「……貴様はこの期に及んで先へ進むと?」

 自らの理解を否定したいとでも言うように、嫌々そう確認すれば。

「外より安全だろう。特に。あんたにとっては」

 夜より暗い瞳に何の感情も見せず、ジェットはそう言う。


 オーガスは頭の芯が冷えた。

 ……そうだ。オーガスは、『殺されかけた』のである。

 信用していた部下達の裏切りによって、魔物の溢れる室内に閉じ込められ。

 ……もし、隠し部屋を出たところで彼らが待ち構えていたら。

 考えて、オーガスはぞっとする。この消耗しきった体と精神では、一兵卒相手にも勝てるかどうか分からない。

「この先の安全を確かめて、ここで休むか、奥で休むかした方がいいだろう。この先の状況によっては挟み撃ちにされる危険もある」

 ジェットの言葉にも、ジェットの考えに至らなかった自分にも苛立ちながら、オーガスはしかし、舌打ちするのみに留めた。今は悪態をつく余裕すら無い。

「ああその通りだな」

 オーガスは投げやりな語調で返事をし、ジェットが示す隠し扉へと向かったのだった。




 結論から言えば、隠し扉の先に敵はなかった。細い通路の先が2つに分かれ、片方は行き止まりであり、もう片方は小さな部屋。

 部屋の中も探索したが、完全な行き止まりであった。

「とりあえずはここで休めるか」

 入り口が一か所しかないということは、敵の侵入を阻むのも簡単だということだ。尤も、籠城戦になればまず間違いなく負けるだろうが。

 だがどのみち、今は休む以外の選択は無い。オーガスの消耗は言うまでもなく、また、ジェットも数多の再生を重ねて疲弊していた。

「結界を張る」

「待て。私がやる。先程見ていて分かったが、貴様の張る結界はあまりにもお粗末だからな」

 オーガスは消耗しきった精神に鞭打って、何とか結界を1つ、出入り口に張り終える。普段のオーガスからは考えられない程に投げやりで粗雑な術の組み方だったが、それでもジェットが生み出すより高度で緻密な結界が張られた。

「これで当面は持つだろう」

 ジェットは結界を見て、言い表せない感情をちらり、と過らせる。

 だがそれを口に出すことは無く、また、表情にもほとんど表さなかった。

 代わりに、剣をすぐ取れる位置に置いて結界前に陣取る。

「寝ていていい。何かあったら起こす」

 不死身の人間は不寝番に向いているので。


 ジェットも疲弊はしていたが、オーガスよりはマシだろう、と結論を出した。

 このような状況に置かれることも慣れている。自らを使い果たすような戦いを潜り抜けてきた経験は多い。むしろ、ジェットの場合は戦闘のほぼ全てがそうであるのだが。

 ……また、ジェットは此度の戦闘で、オーガスの有用性を多分に理解していた。

 己が習得できなかった魔法剣を使いこなし、片手間にでも十分に強固な結界を編む。

 単純な強さだけで言えば、ジェットよりもオーガスの方が、強い。

 だからこそ、この『後』の事を考えると、オーガスを温存しておきたかった。最悪、ジェット自身は使い物にならないような状態でも、一応、盾か囮にはなる。だから、休める時には休んだ方がいい。

「馬鹿言え。貴様のような化け物を前に眠れるか」

 ……だが、ジェットの気遣いに対しての、この言い様であった。

 オーガスはぐったりと壁に凭れながらも、警戒からか剣を手放さない。

 何を警戒しているのか、といえば……当然、ジェットを、ということになる。


 ジェットはため息を吐きつつも、当然だな、と思う。

 もしジェットがオーガスと同じ立場に置かれたならば、やはり、無防備に眠るような事はできないだろう。

 何せ相手は『化け物』なのだから。

「そうか。なら別に構わないけれどな」

 少し考えて、ジェットはそう言う。

 そして自分の荷物を漁り……目的の物を取り出した。

「眠らないならせめて、休んでおけ。この後も戦闘になる可能性はある」

 ジェットは手にした水筒の中身を自分で飲んでみせてから、オーガスに手渡した。

「……毒は入っていない。安心しろ。俺は不死身だが、毒が効かない体じゃないんだ。毒を飲めば当然、体に変調をきたす。すぐに戻るってだけで」

 オーガスは信用ならない、とでも言いたげにジェットを睨んでいたが、それも数秒の事。乱暴に水筒を受け取ると、中身を飲んだ。

 何を隠そう、オーガス自身は荷物の運搬を部下に担わせていた。よって今、水も食料も、彼自身は碌に持ち合わせてはいないのだ。

 そして何より、消耗した体は、水を欲していた。

 ……それから、水以上に、睡眠も。




「この量でもこれだけ効くのか」

 ジェットは確かに、水に毒は盛らなかった。ただ、睡眠薬をほんの少々、加えはしたが。

 自分が眠るには全く足りない程度の量しか加えていないのに、見事、オーガスは眠りに落ちてしまった。

 勿論、オーガスが消耗しきっていたこともあるだろうが、それ以上に。

「……俺が効かなすぎるだけか」

 薬を飲み慣れ過ぎて、睡眠薬が効きにくくなっている。ジェット自身、その自覚はあった。

 溜息を吐くと、ジェットは壁に背中を預けて座り込む。

 ……オーガスを騙すような事をしたが、仕方ない。

 まだオーガスには働いてもらわなければならないのだから。




 オーガスはぼんやりと、微睡みの淵から這い出すように目を覚ました。

 目覚めて尚、どこか現実感が無く、ぼんやりと虚空を見つめ、視線は天井を、壁を伝って動き、そして。

「……っ!?」

 突如、覚醒して、がばり、と身を起こした。

「起きたか」

 不死身の化け物が、オーガスを現実に呼び戻す。

 夢に紛れて薄れていた記憶を、オーガスはしかと思い出した。

 続いて、化け物を前にして無防備に眠り込んだ事実にぞっとし、しかし何事も無かったことに安堵し、そして何より、あれだけ警戒を露わにしたにもかかわらず無様に眠り込んだ自分を恥じた。

「……貴様、何故起こさなかった」

「起こす理由が無い」

 自分への苛立ちをぶつけてみるも、ジェットの反応は薄い。そのことにより一層苛立ちを募らせつつ、しかしオーガスは、目の前の苛立ちよりも大きな問題に向き合うことにする。

 ……実際、睡眠というものの効果は大きい。眠る前には考えられなかったことも考える余裕が生まれていた。生まれてしまった、とも言えるかもしれない。

 それによってオーガスは、考える。戦っている間は忘れていられたことを。

 当面の問題としては、いかにしてこの古城を安全に脱出するか、だが。

 だが、それ以上に……自分は今後、一体、どうやって生きていけばいいか、と。


 重い面持ちで考え始めたオーガスに、ジェットは口を開く。聞いておいた方が今後、ジェット自身も動きやすいと考えたためだ。

「……どうしても話したくなければ、話さなくてもいいが」

 一応、前置きをしつつ、問う。

「あんた、この古城の情報をどこから手に入れた?……誰に、嵌められた?」




「兄のどれかだろう。兄は3人居るが、まあ、不仲でな」

 あっさりと返ってきた答えに、ジェットは少しばかり拍子抜けする。

 もっと言い渋ると思っていた。もしかしたら、オーガスはジェットが思う以上に自棄になっているのかもしれない。『化け物』に身の上を話す程に。

「元々、エメルド家は騎士の家系だ。武勲を上げることで身を立ててきた。……私は魔法剣を使えるが、エメルド家の男児は皆、大なり小なり魔法剣を扱える。尊い血というものはそういうものだ」

 オーガスはそう、事も無げに言う。

 悲しいかな、魔術および魔法剣の才能というものは、血筋によって決まることが多い。そしてオーガスをはじめとしたエメルド家に名を連ねる者達は皆、幸運にもその血に恵まれた者達なのである。その点は、決定的にジェットとは違う。

「長兄はエリオドールの騎士として仕官している。次期騎士団長と名高い。残り2人はそれぞれ騎士だ。エメルド家の第一騎士団と第二騎士団を率いている。……中の兄2人とは事あるごとに衝突している。同じ家の中、武勲を争う仲だからな」

 そういえば、オーガスが率いる騎士団は、エメルド家『第三』騎士団だったか、と、ジェットは思い起こした。今となってはどうでもいい情報だが。

「兄達からすれば私はさぞかし目障りなんだろうな。私が居なければ、と思うことは多かっただろう。実際、今までにも数度、謀られたことはある。私が謀ったことも。……だから、まあ……こうなっても文句は言えんな。まさか、魔物と手を組んでまで私を殺そうとしてくるとは思わなかったが」

 自嘲気味に笑いながら、オーガスはつらつら言葉を紡いでいく。

 ジェットに向けて話しているというよりは、自分の中で整理しているような話しぶりであった。

「どうしてそこまで疎まれているんだ?一応、兄弟なんだろう」

 ジェットが尋ねると、オーガスは虚を突かれたように一瞬怯み、言い淀み、渋々、といった様子で答えた。

「……まあ、なんだ。私が有能だからだ。兄の立場を脅かしかねないと判断されたんだろうよ。事実、今までに上げた武勲にそれほど違いは無い。このままいけば、私が兄達を超えることも十分あり得るし、私はそうしてやるつもりでいるからな」

「……そうか」

 返答が真実かどうかは、ジェットには分からない。だが、本人が言いたがらないならこれ以上聞くべきではないと判断した。そして、特に掛けるべき言葉も見つけられず、黙る。


「ああ、そういえば、情報をどこから手に入れたか、とも聞いていたか」

 ジェットの沈黙に耐えかねたのか、オーガスはまた喋り出した。

「どうも最近、兄の動きがおかしかったのでな、密偵を雇って探りを入れたところ、ここの情報を手に入れた、という訳だ。手柄を横取りしてやろうと思ったが……まあ、今思えば、兄はわざとおかしな動きを私に見せていたのだろうし、あの密偵も兄側の人間だったのだろうが」

 オーガスはそこまで話すと、話は以上だ、とでも言うように壁に凭れる。

「成程な。大体分かった」

 ジェットはそう言って、考える。

 オーガスが嵌められたのは分かった。それがオーガスの兄達のいずれかの手によるものであろうこともほぼ間違いない。

 要は、オーガスは外堀を埋められた状態で踊らされた、ということになるだろう。

 兵士達の様子を見る限り、遅くともフォレッタ到着時には既にオーガスの兄に寝返っていたのだろうし、その前から古城の準備は進められていたのだろう。

 だが。


 これが人の手による謀略ならば、部屋にきっちりと整列した、あの魔物は一体、何だったのか。


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