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俺が死んでも世界は回る  作者: もちもち物質
第二章:邪道聖女~The prayers are NOT answered~
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27話


「舐めた事をしてくれるではないか」

悪魔が笑う。

「我が力を欲する外道のふりをしておいて、まさか、殺そうとしてくるとは」

怒りに歪んだ美しい顔の中で瞳だけが爛々と、地獄の火のように輝いている。

溶けた大地の熱も冷めない空気の中、しかし、オーガスは背筋に氷を当てられたかのような寒気を感じていた。

「よくもまあ、地位と名声だけを欲するなどと言ってくれたものだ。あながち嘘でもないようだったが……なあ、勇者よ?」

悪魔は真っ直ぐに、オーガスを見ている。『勇者』たる彼を。

「……はっ」

引き攣る顔面を皮肉気な嘲笑へと変じて、オーガスは悪魔を見据えた。

そして、凍り付く体も、警鐘を鳴らす本能も、勝算を見出せずにいる理性をも平伏させて、口を開く。

「そうとも。私は地位と名声、そして誇りが欲しい。そして、その為に……悪魔の首を、貰おうか!」

威勢の良い啖呵と共に剣を抜けば、ジェットとリリアナもまた、それぞれの武器を構えた。

それぞれ余裕など持ち合わせてはおらず、ともすれば逃げ出しそうになる脚を叱咤し、それでも。

それでも、彼らは笑う悪魔と相対した。




リリアナは咄嗟に、攻撃よりも防御を優先した。

瞬時に生み出せる限りで最高の結界を張り、あらゆる攻撃に備える。

……概ね、その判断は正しかったと言える。悪魔が放った無数の溶岩の球が、結界に当たってはその度べしゃり、と潰れ、結界を伝い落ちながら煙を上げた。3人はそれを結界越しに見て、身を震わせる。結界がほんの数秒遅れていたならば、今頃、溶岩に押しつぶされ、肉を焼かれていたのだろうから。

だが、結界に守られ、ほっとしたのも束の間。

「……あっ」

リリアナの間の抜けたような声がした直後。

びしびし、と、凍り付くような、それでいてもっと固く鈍い音が響き。


結界は石と化して、砕け散る。

爛とした瞳で結界を睨んでいた悪魔が、にたり、と笑った。




魔術が石になるなど、聞いたこともない。

だが現に、結界は石になり、そして砕かれた。

……相対する悪魔は、石の悪魔であったか、と、リリアナは悟る。だからこそ、石で作られた魔物を操ることができたのか、と。

リリアナは即座に結界を張り直そうとするが……到底、間に合わない。石化して砕けた結界を通り越し、もう目の前に溶岩の球が迫っていた。

迫る熱を感じたその瞬間、リリアナは死を覚悟した。

神に祈る事など、しなかった。


だがリリアナが溶岩の球に焼かれ潰されることはなかった。

彼女の前に飛び込んだ、1人の男によって。

ジェットはリリアナをはじき飛ばし、身代わりとなって溶岩に押しつぶされ、体を焼かれる。じゅ、と、肉が焼ける音が響く。

「……無事か?」

ジェットはそれでも、悲鳴など上げなかった。ただ、多少険しい程度の表情でリリアナを見て、そう言うだけだった。

「……おう」

現実味の無い光景の中、リリアナは地面に尻もちをついたまま、魂を抜かれたように茫然とそう返す。

「何をしている!」

茫然とするリリアナの目の前で、ジェットを押しつぶしていた溶岩の塊が斬られ、吹き飛ぶ。

「さっさと起きろ!貴様は私の盾だろうが!」

オーガスの魔法剣によって溶岩が取り除かれ、ジェットはなんとか、起き上がる。溶岩の下から這い出せば、焼け爛れるどころか部分的に炭化してすらいた体もすぐに再生されていった。

そして走り出したジェットは、次にオーガスを狙った溶岩の球に自らぶつかりに行って、再び熱と質量の下敷きになる。

続いてオーガスはこれまた再び溶岩を斬り……しかし先程とは異なり、そのまま、魔法剣を発動し続けた。

多少の消耗など厭わない。長く伸びた魔術の刃は溶岩を斬り裂き、ジェットを斬り裂き、そして……その先に居た、悪魔をわずか、斬り裂いた。


悪魔の顔に一筋、浅く切り傷が走る。

オーガスは信じられないような心地で、その様子を見ていた。

……ほんの、威嚇のつもりであった。あわよくば、悪魔の手数の1つを消費させられれば、という程度に思っただけだった。そんなつもりで飛ばしただけの、魔法剣だった。

だが、現に悪魔は傷ついた。悪魔も、魔法剣で傷つくのだ。

その事実が希望となり、オーガスの内で燃える。

だが。

「ほう。それで勝ったつもりか?」

低く変じた悪魔の声がそう言って笑い、悪魔の目が爛と輝いてオーガスを睨みつける。

先程、結界を睨みつけていた時のように。


ふと、オーガスは自身の体が重くなったような奇妙な感覚を覚え、ちらりと足元へ視線をやり……目を疑った。

「なっ……!?」

自分自身の脚がじわじわと、石に変わっていた。




「こ、れは……呪い、か!」

原因は無論、悪魔であろう。先程、結界を石化させたものと同様の呪いだ。

だが、オーガスにはどうすることもできない。

どうしようもできないまま、自らの体が、石になっていく。

冷たく凍り付いていくのにも似た感覚で、血が通わなくなり、肉は冷え切り固まって、動かなくなっていく。

……徐々に進行するその呪いは、正に、迫り来る死であった。


オーガスは必死に、助かる方法を探した。

知っている魔術は全て試した。だが、1つとして状況を改善するものはなかった。

身をよじり、悪魔の呪いから逃れようとするも、そもそも逃げる為の脚は既に石化しており動かせない。

石化の呪いはゆっくりと、オーガスを足元から侵食していく。ゆっくりと、しかし確実に侵食していく呪いは、迫り来る死を否が応にも感じさせる。

悪魔の笑い声が響く。死に恐怖し、必死に抗おうとするオーガスを嘲笑う。

「ははは。どうした?威勢が良かったのは始めだけか。無様だなあ、勇者よ」

オーガスは嘲笑われていると知りつつも、しかし、その屈辱を死への恐怖が凌駕した。

そして、そんなオーガスへ、悪魔は甘く、囁く。

「石くれになって朽ちたいなら止めないが、命乞いするなら助けてやらないこともないぞ?」

既に呪いは太腿を超え、腰、腹までもが冷たく硬い石と化している。呪いはやがて、胸へ、心臓へと至るだろう。

……だが。

「はっ」

オーガスは、嘲笑う。

「貴様こそ。成す術もなく封印された挙句、封印を解かれてのこのこ出てきて騙された。無様というなら貴様も負けてはいないぞ?なあ、悪魔よ」

それは勇敢故か、はたまた臆病故か。

屈辱をも凌駕した恐怖は、意地と矜持には及ばなかった。




「へえ。あんた、中々カッコイイじゃん?」

悪魔が何か言うよりも、オーガスが呪いに殺されるよりも先に、煌めく光が場を満たした。


オーガスは先のアマーレンでの戦いで、聖女ロザリエの術を受けている。

聖女の癒しの魔術は、確かにオーガスの傷を癒し、疲労を拭い去り、何度でも戦える体へと戻した。

だが、それだけだった。

摩耗していく何か、魔術で回復しない何かを確かに感じながら、オーガスは幾度となく癒しの術を施され……それを、拷問のようだとすら、思ったのである。

……今、オーガスを包む光は、それとは全く異なる何かだった。

陽光めいた暖かさ。傷は癒されない。疲労も碌に取れない。だが光は体を包み、確かに呪いを解く。

石化した体には気づけば血が巡り、冷たく固まった肉は緩み、意思に従って動くようになっていた。

そして何より……『何か』が。オーガスがオーガスであるために、人間が人間であるために必要な『何か』が、じわり、と、癒されたような。或いはその『何か』に暖かく燃える炎を灯されたような。そんな感覚が、オーガスを満たす。

……『救われた』とは、このような感覚なのだろうか。


「ほら。これで分かっただろ?私は邪道だろうが聖女様なんだぜ?」

邪道聖女はそう言って、ウインクを1つ飛ばした。

「……礼は言わんぞ。リリアナ」

オーガスは剣を構え直しつつ、リリアナの方を見もせずにそう言った。

「おう。礼は言葉じゃなくて働きで頼むわ」

リリアナもまた、にっかりと笑って、前方へと視線をやる。

「全く、小賢しい人間共だ」

そこでは悪魔が腕を組み、悠々と2人を見下ろしていた。


如何にも興醒めだ、とでも言わんばかりの悪魔を揶揄うように、リリアナは笑う。

「おう。大したことない呪いだったなあ、悪魔さんよ。てめーの呪いなんざ、この邪道聖女リリアナ様の手にかかれば一発さ」

胸を張るリリアナを、悪魔は忌々し気に睨みつける。

本調子であれば、呪いは破られなかった自信がある。だが事実、悪魔の呪いは邪道聖女を名乗る聖女によって、見事、祓われてしまった。悪魔にとっては酷く、屈辱的である。

「さーて。助けられっぱなしってのは癪だけどね。それ以上に、やられっぱなしっていうのはもっと癪なんだよ」

リリアナは応えるように太陽の如き眩しく明るい笑みを浮かべて……すぐさま、それを壮絶なものへと変えた。

その笑みはいっそ狂気めいて攻撃的で、しかしそれ故に美しい。

「ってことで反撃開始だ!てめえはこの聖女様がぶっ殺してやるよ!感謝しな!」

啖呵を切ったリリアナの杖が、瞳が、強く輝いた。




悪魔は即座に魔術を行使した。大地から浮かび上がった岩が、次々に3人めがけて落下する。

だが、それらは全て、上空で光線に撃ち抜かれ、爆発四散した。

立て続けに溶岩を飛ばすも、それらもリリアナの魔術に打ち破られて、爆発四散していった。

悪魔のごく近くで砕け散った溶岩の破片が、悪魔の顔を傷つける。

それに悪魔が舌打ちするや否や、今度は悪魔自身を直接狙って光線が飛んできた。これには流石の悪魔も、回避に移る。

しかし逃げた先へも光線が襲い来る。躱しても、躱しても、岩石を盾と成そうとも。それら全て、まるで構うことなく光線が飛んでくる。

それは、あまりにも乱雑だった。乱雑で、狙いなど碌に付けられておらず……しかし、狙いがどうであろうが関係ないほどの速度と数で、光線は悪魔へ飛んでくる。

そうして光線の一条が肩口を掠めて……悪魔は瞬間、ゾッとした。

……ありえない。

人間がかくも強力な魔術を、こうも立て続けに、使うなど。こうも、悪魔が手を出せないなど!

人の身にはあまりあるであろうその負荷を思い、しかし、それでも止むことなく五月雨めいて襲い来る光線に……悪魔は、恐れた。

人間が到底耐えられないであろう程の極度の集中、極度の負荷を自らにかけながら尚、爛々と瞳を光らせて己を睨む、人間の姿を。




悪魔は周囲の石を動かして壁と成し、盾とした。

最早、攻撃に回す力など微塵も無い。全てを防御に集中させて、邪道聖女の妄執めいた攻撃から逃れようと動く。

猛攻は悪魔を恐怖させ、悪魔を追い詰め、時には悪魔に掠っていく。ともすれば、まともに光線を受けてしまいそうだった。

悪魔は必死に逃げ惑い、身を守り、反撃の機会が訪れる可能性に縋って時を過ごす。

悪魔がこのように追い詰められたことなど、悪魔の長い生の中でもたった一度しかなかった。封印される直前、勇者と戦っていた時だ。

悪魔は思い出す。封印される直前に感じた、生きることを諦めた、あの感覚を。死への、恐怖を。

ほんのちっぽけな存在であるはずの人間への、畏怖を。


……かくして悪魔が絶望した時。

唐突に、光線が途絶えた。


悪魔が不審気にリリアナの様子を見やれば……リリアナはじっと、悪魔を睨みつけていた。

だが唐突に、ぱきん、と、軽い音が奇妙なほどよく響いた。

その瞬間……リリアナの手の中で杖が砕け、そして、リリアナは。

悪魔を睨んだまま、ごぷり、と血を吐き……倒れた。




一瞬、悪魔は何が起きたかを理解できなかった。

だが倒れたリリアナと、砕け散った杖を見て、ようやく理解する。

……魔術の負荷に、耐えきれなくなったのだ。

「ふ……ふ、ふは、はははは!やはり人間には過ぎた魔術だったようだなあ、邪道聖女よ!」

悪魔は喜んだ。悪魔たる自分を逃げ回らせ、追い詰め、恐怖させた人間は倒れた。

ほんの一時、威勢のよい事を宣い、多少、悪魔を追い詰めたとしても、人間の根幹は悪魔より遥かに脆く弱い。

あれほどの魔術をあれほどの勢いで行使し続ければ、こうなるのも当然である。

悪魔は笑う。何も恐れることなどなかった。所詮は脆く儚き人間共。傲慢にも悪魔の封印を解き、悪魔を殺そうなどと考えていたようだが、その傲慢の代償は自らの命で償うこととなる。

かくも傲慢な人間達の末路を笑い、そんな人間にちらりとでも恐怖を感じた自らを笑い飛ばし、封印が解け、晴れて自由となったことを大いに笑い。

ふと、笑みを凍りつかせた。


「時間稼ぎ、ご苦労だったな」

倒れたリリアナを省みることもなく、オーガスはそう言って笑うと……剣を、振った。

限界まで、否、オーガス自身の限界など越えて、魔術の刃は研ぎ澄まされている。

魔法剣がありえぬ速度で悪魔に迫る中、ぱきん、と、小さな音がまた響く。

オーガスの持つ勇者のアミュレットが、内に秘めていた加護も魔力も使い果たされて粉々に砕け散った。




悪魔は体に一瞬の痛みを感じた後、自らの体に視線を落とす。

そこにあったのは、虚無。

有るべきものはどこにもない。胸から下に有るべき体はどこにもなかった。

「……は?」

悪魔は間の抜けた声を発した。あまりにも、現実味のない現実を前にして。

だが、ゆるゆると、少しずつ、はっきりと……悪魔は、その現実を知った。そして、自らに死神の指先が触れたことを、確かに感じたのだ。

「こ……の、人間風情、が……!」

何事か、その先を言いかけた悪魔は血を吐き出して言葉を途切れさせた。

思いが目まぐるしく駆け巡る。その大半は、溶岩よりも熱く、どろりとした憎悪。

悪魔は必死に、人間達を睨みつける。

そして、命の最後の一欠片、魔力の全て、それから有り余る程の憎悪を変じて呪いと成す。

即ち、自らを殺す人間達もまた、死ね、と。




悪魔が呪いを放つその直前、悪魔の視界が遮られた。

瞬間、自身に何が起きたのかを悪魔は理解できなかったが、一瞬の後、状況を理解する。

……抱きしめられていた。悪魔の目を覆うように回された手は悪魔の頭をそのまま押さえこみ、もう片方の腕は悪魔の肩を抱き。

そして。

あ。と、悪魔の声が漏れる。

視界を遮られながらも、悪魔は自身の体が後方へと倒れていくのを感じた。

そして、落ちていく。自らを抱きしめる男の体ごと。後方へと倒れ……その先、未だ溶岩が燻る大穴の底へ。

……どうやら、悪魔は道連れにする側ではなく、道連れにされる側らしい。


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