6話
ジェットが戦い始める。
いつものように、彼にしかできない、それでいて、彼にはそれしかできない、という戦い方で。
結界を張り、魔物を道連れに幾度となく死に、再生し、ひたすらに殺して殺して殺す。
そんな、自棄的で無茶苦茶な戦い方で、早速血と臓物に塗れ始める。
「……馬鹿なのか、貴様は」
ジェットは秒ごとに何所かしらかに傷を負い、返事をする口も、声を聞く耳もあったり無かったりする有様であることは承知の上で、オーガスはそれでも声を発する。
「魔物を殺すために、魔物と共に閉じ込められる、だと?」
当然のように答えは無い。答える機能が失われているのかもしれないし、答える余裕が無いのかもしれないし、そもそもジェットは答える気が無いのかもしれない。
「……狂気の沙汰としか、思えん」
だが、狂気じみた『化け物』が魔物を殺し、血と肉片を撒き散らし、そして再生されてはまた見苦しく戦って魔物を屠っていく様子を見ている内に、オーガスは頭が冷えてきた。
少なくとも、先ほどのような恐慌状態は脱している。状況は変わらず、『死』への恐怖も依然としてそこにあり、しかし……希望もまた、見出していた。
オーガスにとっては皮肉極まりないことに、目の前の化け物が非常に頼もしく見える。
殺しても死なない、不死身の兵士だ。
更にその化け物は、なんとも都合の良いことに、魔物を殺すことしか眼中にないときている。
「おい、ジェット・ガーランド!」
相手は肉塊めいた状態になっていたが、構わずオーガスは続けた。ジェットよりも、自分自身に言うかのように。
「私は!化け物と心中してやる気は無いからな!」
抜いた剣を握る手の震えを鎮め、オーガスは魔物を睨む。
……恐れることはない。目の前にあるものは全て踏み台にすればいい。力が及ばなかったなら、それまでのこと。
改めてオーガスは、ジェットを含めて状況を確認した。
扉を背にして立つ自分。前方には数多の魔物。そして、魔物と自分の間で戦う化け物。
出入り口は先ほど閂を下ろされたばかりの扉しか見当たらない。扉を破壊するのも手だが……オーガスの『予想』が当たっていれば、扉の1枚や2枚、魔術によってとうに強化されているだろう。或いは魔術による罠が仕掛けられていてもおかしくはない。試すのは危険すぎる。
では、生き残るためにはどうすればよいか。
……答えは至極簡単だ。
『部屋の中の魔物の殲滅』である。
自らを脅かす者が居なくなってから、脱出する方法をゆっくり考える。それが最善の策だろう。
もし、この部屋の中に抜け道があるにしろ、魔物がひしめいているこの状況では探索もままならない。
よって、オーガスの当面の目標は、『部屋の中の魔物の殲滅』ということになる。
……そして、幸か不幸か、ジェットの当面の目標もまた、『部屋の中の魔物の殲滅』なのだ。
害はともかく、利は一致している。そもそも特に協力しようなどとしなくても、ジェットは魔物を殺し続けるだろう。オーガスが一方的に利用しても何ら問題はないはずだ。
よってひとまず、戦力はある。だが不足だ。
ジェットが如何に不死身で、のべ人数として無限の兵力だったとしても、同時に存在できるのはたったの1人。オーガスと合わせても2人分である。
ジェット1人であるならば、放っておけばいつかは魔物を全滅させるだろう。現に今も、ドーム状の結界を張っては、中に共に閉じ込められた魔物を屠り、結界を解き、再び結界を張って新たな魔物を閉じ込め……と、いっそ作業めいた殺戮を淡々と行っているのだから。無論、それが永遠に続く保証はない。オーガスはジェットの不死身を未だ、完全には信用していない。
そして、オーガスが生き残ろうとするならば話はまた別だ。オーガスはジェットのような死なない体は持ち合わせていない。
オーガスは考える。
ひとまず、ジェットはどうでもいいとしても、自分が生き残るためには何が必要か、を。
……1つ。オーガスには、大きな武器がある。
それは、武術の才覚であり、魔術の才覚。
ジェットが如何に努力しても手に入れられなかったものを、オーガスは持っていた。
人はそれを、『魔法剣』と呼ぶ。
魔法剣とは、魔術を武術に転用したものの総称だ。
長所は、魔術という圧倒的な力を武術の場へと持ち込むことができることにある。魔術とは本来、大規模なものだ。混戦や1対1の戦いにおいては運用が難しい。
だが、武術という形に落とし込まれた魔術である魔法剣であるならば、その限りではない。
魔術は圧倒的に強い。その強さを小規模に、扱いやすくまとめたものが魔法剣であるといえるかもしれない。
稀に、炎や氷の力を操り、燃え盛る斬撃や凍てつく射撃を行う者も居るが、オーガスを含め、魔法剣を使う者の多くは、純粋な力を扱う魔術を武術へと転用して魔法剣を使う。
かくいうオーガスの魔法剣も、そのような魔術による刃を剣に纏わせて運用するものであった。
例えば、剣の刃渡り以上の距離を超えて斬る。
例えば、鋼では斬れないものを斬る。
……つまり、オーガスは剣を扱う騎士でありながら、剣の届かない距離の敵を斬ることができ、また、多少の鎧、多少の結界を纏った相手であっても、問題なく斬ることができるのだ。
だが逆に短所もある。
短所は、魔法剣が魔術であり、武術でもあるという点にある。要は、魔法剣を使うということは、武術と魔術を同時に扱うということなのだ。
優れた剣士であっても、2つの異なる武器をバラバラに扱うことは難しい。
優れた魔術師であっても、魔術を同時に複数扱うことは難しい。
よって、魔法剣を使う時、使用者はその集中のほぼ全てを魔法剣へと費やすことになる。ほぼ無意識に扱えるような、例えば下級結界のような魔術であっても、魔法剣と同時に維持することは難しい。それ以上の魔術となれば、まず不可能である。
また、魔法剣はあまりにも鋭い。鋼では斬れないもの、剣では届かぬ距離まで斬れるということは、魔物と戦う部下や仲間をも斬りかねないということだ。
更には、魔術でありながら剣でもあるという特殊な性質上、多少の結界程度なら貫通してしまう。守りたい物を意図せずして傷つけることもあるのだ。
よって本来、混戦状態では扱いにくい代物である。
以上を踏まえ、オーガスは弾きだした。
自分だけが生き残るための、自分勝手な方策を。
「おい!ジェット・ガーランド!聞いているか!」
ジェットは、オーガスの声を聞いた。奇跡的に。
何が奇跡かと言えば、耳が再生された直後であり、更に魔物の断末魔の叫びも、ジェット自身の体が潰れる雑音も丁度、途切れたところであったことだ。
だが、奇跡が一度起きれば、後は意図的に奇跡を手繰り寄せられる。集中してさえいれば、声を拾う事はできる。
そしてジェットは、次なる言葉を聞いた。
「お前が張っている結界の形状を変えろ!部屋を分断するように、壁として結界を成せ!」
ジェットが張った結界の形状が変わる。
ジェットが生み出せる結界は、そう大きくない。また、ジェットから遠く離れた位置では結界を維持できない。それは形状がドーム状から一枚の壁へと変わったとしても同じ事である。
だが、幸運なことに、部屋の横幅いっぱいの壁を生み出すことはできた。高さが足りないため、乗り越えようと思えば越えられる結界になってしまったが、それは許容の範囲内ということにした。
……こうして、部屋が2つに分けられる。
奥には魔物とジェットを閉じ込め、手前にはオーガスが取り残される。
無論、ジェットはそんなことには構わず、魔物の相手をし始めたが。
嗜虐と憎悪をない交ぜにした笑みに口元を歪め、オーガスは魔法剣の構えをとった。
……そう。多少の結界も、魔法剣は貫通するのだ。
そして今、『斬ってしまっては困る』ような人間はこの場にオーガス以外、存在していない。




