5話
ジェットに魔術の才覚は無いが、それでもある程度の見当をつけて虱潰しに探せば、そう時間もかからずに結界の装置を発見することができた。
漆黒の石板の上に金と銀で描かれた文様。所々に取り付けられた石は恐らく魔石の類なのだろう。
手近な石を拾い上げて石板に数度叩きつければ、その度にジェットの腕が消し飛び、腹が抉られ、時には『粉微塵』になる。
だが、しつこく何度も石板を叩いている内に石板の一部が欠け、それと同時に結界を維持する術式が壊れた。
「……やっと、か」
何度肉塊になったか分からないが、とりあえず結界を崩すことには成功した。
ジェットは息を吐くと大きく伸びをして、若干ふらつく足取りで騎士団のもとへと戻るのだった。
騎士団の待機場所に戻ると、青い顔で蹲る兵が数人見受けられた。どうやら、ジェットが『粉微塵』になる様子を見て気分が悪くなったらしい。
如何に戦場に慣れた兵士達でも、前触れも無く一方的に悲惨なことになる人の姿には耐性が無いようだ。
また、多くの兵はひそひそと、ジェットについて何か囁き合っている。おぞましい、人間じゃない、呪われている、と、一通り言われ慣れた言葉を耳にして、ジェットは特に何も思わず、装備一式を身に着け直す。
「終わったか」
ジェットが装備を整え終えたのを見計らってか、オーガスが近づいてきて尋ねた。苦虫を噛み潰したような顔ではあったが、ジェットの『粉微塵』についてとやかく言うつもりはないらしい。
「ああ。終わった。装置を破壊した。復旧させるにも時間が掛かるだろう」
ジェットが示す方にはもう、光の走る不可視の壁は無い。魔術に心得のあるオーガスは視覚以外からも結界の消滅を悟ったらしい。
「よくやった。見事な働きだったぞ、化け物」
「そいつはどうも」
「進軍は10分後だ。それまで休め」
賛美か悪態か分からない言葉を投げつつもオーガスは渋面であったが、ジェットとしてはこれでひとまず一仕事を終えたことになる。幾分気分も良く、表情も若干明るく、休憩に入ることにした。
「これより城内に突入する。恐らく交戦になる。覚悟して進め。また、城内にも罠が無いとは限らん。この化け物を先頭にして進む。くれぐれもこれの前を行かぬように。いいな?」
オーガスは兵達を慮るような、ジェットを粗雑に扱うような、要は現実的かつ合理的な作戦を伝達しつつ、続けてジェットだけに聞こえるよう、言った。
「もし劣勢になったら、兵は逃がす。その時は貴様が囮となり、盾となれ」
「分かってる」
ジェットとしてはオーガスの命令に従うのは癪だが、人が死なずに済むならそれに越したことはない。
以前、仲間を亡くした経験のあるジェットとしては、やはりどうにも、自分以外の誰かが死ぬのは好ましくなかった。
「……ならいい」
ジェットの返答に、若干、オーガスは虚を突かれる思いがした。悪態の一つも返ってこないとは思わなかった。
だが、既に古城を見据え、戦いの気配に笑みを浮かべてすらいるジェットに、それ以上何かを言う気も起きなかった。
「では、進め!」
オーガスは勇ましく号令を掛け、古城を見据え、進み始めた。
……彼にもたらされた情報によれば、あの中に、憎む相手が居る。
城内は静まり返っていた。
魔物との戦闘を期待していたジェットとしては、拍子抜けもいいところである。がっかりしつつ、しかし魔物を殺す希望を捨てることもなく、警戒も忘れずに、着実に城内を探索していく。
だが、魔物どころか罠すら無い。警戒して進む騎士団を嘲笑うかのようですらある。
「妙だな」
流石にこの静けさを、オーガスも奇妙に思った。先程から魔術の気配を辿っているが、それらしいものが見つからない。
……何も見つからないのではない。『見つかりすぎる』のだ。オーガスが探るところ全てに、何らかの魔術の気配がある。だが、全ての魔術が入り混じって、1つ1つの姿が判然としない。
まるで、巨大過ぎる1つの魔法のようだ。
そう考えて、オーガスは背筋に寒気を感じる。
もし、本当にそうであったとしたら。
……むしろ、好都合だ。倒す敵は強大であればあるほど良い。エメルド家の血を引く者としての力を見せつけるために、そこらの雑魚では役者不足だ。
恐れることはない。目の前にあるものは全て踏み台にすればいい。力が及ばなかったなら……それまでのこと。
オーガスは自らを奮い立たせるように、目の前の壁に向かう。
そこにあったのは、なんということのないレリーフの刻まれた石板だった。壁の飾りだと言えばそれまでだが、魔術による隠し扉だろう。これだけ魔術の気配が異なる。
「下がっていろ」
兵士達を下がらせ、オーガスは1人、壁のレリーフに向かう。魔術を扱える者にしか分からない気配を手繰り寄せ、解く。
綻びた箇所があれば、それほど時間もかからない。魔術で形作られた鍵が回る感覚を得て、オーガスは口元に会心の笑みを浮かべた。
「開いたぞ」
レリーフを押せば、先程まで強固な壁の一部であったものが、あっさりと壁の中に沈み、横へずれた。
ぽっかりと開いた道の先は下り階段らしい。暗く、先に何があるのかまるで見えないが、魔術の気配は一層濃い。
オーガスの指示も待たずにさっさと隠し扉の奥に進んだジェットの後を追うように、オーガス達もまた、先へと進むのだった。
ランプの明かりを頼りに階段を下りていけば、やがて扉に行きあたる。
「おい、開けろ」
ジェットは言われるまでもなく、扉を開ける役を担った。
閂を上げ、扉を引く。重いながらも、扉はすんなり開いた。そして、ジェットは真っ先に扉の向こう側の景色を見る。
「これは」
扉の先に、あったのは。
「……なん、だ、これは」
オーガスも部屋の中を見て、絶句した。
「魔物、か?」
部屋にギッシリと『並べられた』かのように並ぶのは、魔物。
あまりにも統率のとれた整列具合は、いっそ異様なまでである。オーガスが違和感を覚えるのも無理はない。本来、魔物とはこのように統率される程の知能も持たぬものが大半なのだから。
現に、並ぶ魔物の中には知能の低いオークやスライムといったものも混じっている。到底、『並べ』と言って並ぶものではない。
一斉に、魔物がこちらを向いた。
あまりにも揃いすぎたその挙動に、背筋を悪寒が走る。
異質だ。あまりにも、異質である。
揃ってこちらを見、しかし未だ動かぬ魔物の群れは、いっそ生き物というよりは作り物、人形なのではないかと思われる程であった。
だが、それも僅かな間の事。
魔物が一斉に、動き始める。部屋の出口……今、ジェットが開けたばかりの扉に向けて、やはり、統率され過ぎた挙動で。
「おい、一旦……」
オーガスは、騎士団に指示を出そうとした。
『一旦退くぞ』、と。
隠し扉まで戻れば有利な陣形をとれる。狭い通路を抜けてやってきた魔物を出口で囲んで、一斉に叩けばよいのだ。それが最善の策だろう。
だが。
強い衝撃を受け、オーガスは吹き飛ばされた。
咄嗟に何が起きたか分からなかった。
だが、倒れ、起き上がった時には何が起きたか……その全てを察することができた。
「あなたにはここで死んでもらいます」
兵士達は突き飛ばしたばかりのオーガスを見下ろし、厭な笑みを浮かべていた。
「おい、待て!」
……謀られた。裏切られた。
従えてきた部下に。
そう気づいた時にはもう遅く、扉は閉ざされ、閂が下ろされる音が重く響く。
オーガスは扉を叩くが、扉が開く様子は無い。完全に閉じ込められた。
「……冗談だろう?」
発された声は、本人にも分かる程震えていた。
振り返れば、魔物の群れが一丸となって、ゆっくりと、迫り来るのが見える。
そして、魔物と共に、自らに迫り来る『死』をもまた、オーガスは強く感じた。
魔物が武器を、振りかぶる。
オーガスは『死』を覚悟し……。
剣を、抜いた。
だが。
抜いた剣の切っ先は、宙を彷徨うことになった。
斬るべき相手が、消え失せたため。
「……は」
オーガスは恐怖と覚悟に固まった表情を、更に引き攣らせることとなった。
「何故、貴様がこっちに居る」
そこに居たのは……否、『あった』のは、肉塊。
肉塊から伸びた腕がナイフを掴み、魔物の喉を切り裂き、次いで、魔物が落とした槍を拾い上げて力任せに魔物を数体、串刺しにする。
更にもう片方の腕が伸び、魔物の足元を薙ぐ。倒れた魔物には追撃。
あっという間にオーガスを囲まんとしていた魔物数体を屠って、肉塊は人の形を取り戻した。
「言っただろう」
ジェットは再生されたばかりの腕に剣を握り直し、オーガスを振り返った。
「俺の望みは魔物の殲滅だ、と」
敵いようも無いほどの、数多の魔物を前にして……ジェットはむしろ楽しみだ、とでもいうかのように笑みを浮かべていた。




