4話
翌朝、ジェットはそこそこ体調も良く、目を覚ました。
薬の副作用にも痛みにも、悪夢にも邪魔されずに眠り、目覚める朝は貴重である。
更に今日は、魔物を大量に殺せるであろう日だ。
オーガスと手を組むことについて、ジェットは特に不快には思っていない。否、多少はオーガスの態度に苛つきもしたが、久々に食いたいだけ食って、一晩ゆっくり眠ればもうそんなことは忘れた。
魔虫憑きになる前から、ジェットは比較的、切り替えの早い性質であった。
……よって、手を組む相手については今、どうでもいいのだが。
気になる事は、あった。
兵舎の中の様子を見れば分かる。
恐らく、エメルド家の第三騎士団、とやらの兵士達は、オーガス・エメルドを快く思っていない。
まあそうだろうな、とジェットは納得する。誰彼構わずあの態度なら、好かれる方が難しい。
それはジェットには直接関係無いことなのでとやかく言うつもりは無い。オーガス本人も分かっているだろう。
だが。
……結局明かされなかった情報源。
それが誰かの悪意によるものでなければ、いいが。
朝食もしっかり食べて魔虫共々満腹になったジェットは、己を見るオーガスに気付いた。
「……昨夜あれだけ食っておいて、朝もそれだけ食うのか、貴様は」
オーガスはジェットの食事の量を見て食欲を無くしているらしい。オーガスはショートブレッド1つに紅茶だけ、という簡素な食事を摂りながら、げんなりとジェットを見ている。
「まあ、そういう体だからな」
ジェットが答えれば、オーガスはこれ見よがしにため息を吐いた。
「いっそ貴様の胃袋を切り開いて、中を見てみたいぐらいだな」
「見たければ見てもいいがその分また食料は貰うぞ」
「言葉の綾だ!馬鹿が!やめろ!そのナイフをしまえ!」
会話を重ねれば重ねる程、オーガスはジェットに辟易した。
うっかり手を組んだ相手は不死身の化け物であり、胃袋の化け物であり、更には言葉が通じないときた。これがわざとやっているならただ不愉快なだけだが、恐らくわざとではあるまい。余計に性質が悪い。
「……不死身の化け物というものは皆、こうなのか?」
「何が『こう』なのかは知らんが、俺は俺以外にこんな化け物は知らないな」
「化け物である自覚はあるんだな?」
「何所へ行っても化け物扱いされていれば慣れもするさ」
「そうか。ならそれに加えて、貴様は頭も化け物だということを知っておいた方がいいな」
渋面をジェットに向けつつ紅茶のカップを傾け、オーガスはカップを空けた。
「出発は正午だ。それまでに支度は済ませておけ」
カップを置くと、オーガスはさっさと食堂を出ていった。
それ以降、ジェットに話しかけてくる相手は無かった。
ただジェットは、遠巻きに兵士達が自分を眺め、ひそひそと言葉を交わすのを聞きつつ、食後の茶を無感動に味わうのだった。
正午より少々早い時間、ジェットはさっさと集合場所である兵舎前に移動していた。
荷物は元々多くない。剣とナイフと薬と財布。それだけ持って、ジェットはぼんやりと正午を待った。
「……おい、化け物」
やがて、ジェットに声が掛けられる。
案の定というべきか、声を掛けてきたのはオーガスである。他の兵士は未だ、ジェットに声を掛ける勇気が無いらしい。
「何だ」
「支度をしておけ、と言っただろうが。貴様の装備はそれだけか?」
オーガスが怒りと呆れ半々に言い募るのも無理はない。
鎧兜に身を固め、剣を佩き、盾を背負う騎士の姿に比べて、ジェットはあまりにも軽装過ぎた。
「ああ。これだけだ。必要無い」
ジェットは盾も鎧も身に着けていない。必要ないからだ。盾や鎧は錘になって動きを阻害するだけである。
代わりに、剣の他にナイフを数本、持っている。
武器が腕ごと消えることも珍しくはない。予備の武器が打ち止めになることもままある。そのような時には落ちている他人の死体を漁って武器を借り、それすら無ければ殺した魔物の死体を、何なら自らの骨を武器にすることもあった。
……要は、ジェットに必要な装備など、ほとんど無いのである。
ざっと、そのような事を説明すれば、オーガスはなんとも言えない顔をして頷いた。
「そうか。ならいいが……端から殺される覚悟で居るというのは、いっそ憐れだな」
「現実主義なんでね」
ジェットも、鎧を身に着けていた時期があった。
尤も、魔虫憑きになってからはすぐにやめたが。
……鎧を身に着けることで体が守られても、それだけなのだ。ジェットはそれだけでは、勝てない。普通の人間と同様の戦い方を選んでも、所詮は訓練を積んだ凡人でしかない。だから、勝てない。
なら、初めから化け物としての戦い方を選んだ方が余程、気が楽だった。
「これよりエメルド第三騎士団はフォレッタ北部の古城を制圧する。目的は解かれた封印の調査。そして古城内部の魔物の殲滅である!」
高らかにオーガスが声を張れば、兵士達の背筋が伸びる。
静まり返った空気の中、オーガスは馬に跨り、進むべき方を剣で示し。
「進め!」
号令と共に、馬を駆る。
兵達もジェットも、それについて馬を走らせた。
数度の休憩を挟みながらも行軍は順調であった。
そして夜は当然のように野営することになる。
焚火を囲むように兵士達が休む中、ジェットは離れた位置でぼんやりしていた。
別に不寝番という訳ではない。不寝番は兵士の中から立ててある。睡眠不足による不注意が命取りになるとしても、そもそも取られる命が無いジェットは不寝番に最適なのだが、悲しいかな、騎士団の誰からも『信用ならない』という評価を得ていることで、全く警備・警戒の任を負わされることが無かった。
故にジェットは起きている必要は無い。だが、1人ではない今、眠りたくないのも事実だった。
寝首を掻かれる心配はしていない。寝首を100回掻かれようとも、ジェットは死なない。
では何が心配なのか、といえば……悪夢、である。
ジェットの夢見が悪いのは魔虫憑きになってからこの方、ずっとであった。
これが、ジェットの体に巣食う魔虫によるものなのかは分からない。単に夢見が悪いだけなのかもしれない。
睡眠薬を飲んでしまえば、それほど夢を見ることもなく眠ることができる。普段はそうして眠ることも多い。
だが、下手な服薬は明日の行軍に差し支える。特に、明日は『粉微塵』になる事が決定しているのだ。その時に痛み止めを服用しなければならない以上、それ以外で無駄に薬を飲むべきではない。
ジェットも一応は人間だ。飲み続ければ、薬の効きは次第に悪くなる。
考えた末、ジェットは一晩、横になりながらも眠らないことにした。
ぼんやりしながら、時折意識を手放し、再び緩やかに覚醒し……ずっと、星灯りを眺めていた。
どれくらい時間が経ったか、気がつけば星の位置が変わっていた。
月も低くなり、そう遠くなく夜が明けるのだろう。
それでも未だ白みすらしない空の端をぼんやりと眺め……ジェットはふと、不審な影を見つけた。
星灯りの下、僅かにちらりと光るものがある。
……あれは、ランプか。
見当をつけて、ジェットはそっと、動いた。相手からも、騎士団の兵士達からも見えない位置に動き、気配を潜める。
やがて、ランプの光は規則的に動くようになった。恐らく、予め決めてある合図か何かだろう。
それに合わせてか、不寝番の兵士が1人、ランプの方へと向かっていった。
暗がりの向こうで、ランプの光のもとへ兵士が辿り着いたことは分かった。だが、詳細は何も分からない。
じっと見つめるジェットの視線の先で、やがて、兵士とランプの光の持ち主は別れた。
ゆっくりと気配を殺しながら戻ってくる兵士を、もう1人の不寝番が迎える。
やがて2人の不寝番は何か言葉を交わすと、再び魔物の警戒にあたり始めた。
それら一連の様子を見ていたジェットは、詳細こそ分からなかったものの、1つ、確かに分かったこともあった。
……どうやら自分は、碌でもない奴と手を組んでしまったらしい、と。
翌朝、簡素な朝餉を摂り(流石にジェットは食べる量を抑えた)、再び軍は進む。
「見えたな」
やがて騎士団は、古城を臨む緩い丘の上に出ていた。
木々の間から見える古城こそ、古の魔術を封印していたという、古の城塞である。
「さて、ジェット・ガーランド」
オーガスに呼ばれて、ジェットは嫌々進み出る。
「出番だ。粉微塵になってこい」
オーガスが無造作に示す先に、不可視の壁がある。
不可視ながら時折宙に光が走る様子を見れば分かる通り、これこそが破壊の結界。以前、ジェットを粉微塵にした、恐るべき魔術の結晶である。
ジェットは黙って痛み止めを飲むと、剣とナイフ、その他の荷物をその場に下ろした。
そして、騎士団が見守る中、真っ直ぐ、古城に向かって歩を進め。
結界に触れた瞬間、破壊された。
「……想像以上だった」
余りにも陰惨な光景を前に、騎士団の士気は大いに下がった。
ジェットは原型を留めない程に破壊し尽され、血と肉と骨が入り混じった塊となって結界の内外に降り注ぐ。
成程、『粉微塵』は誇張でもなんでもなかったか、と、オーガスはどこか遠く思った。
そして、斯様な光景を見てしまった事を後悔しつつも、しかし目を逸らすことなくジェット(だったもの)を見守り続ける。
「動いたな」
やがて、肉塊が動く。
骨が飛び出し、肉を纏い、皮膚が形成され。
……少しの後には、全身を概ね復元したジェットが頭を振りつつ、立ち上がったのだった。
「結界を解除してくる」
ジェットはそう言うと、ふらり、と歩き去った。
こうまで強い結界なのだ、恐らくは誰かの手で張られたものではなく、術式と儀式によって起こされ、そして装置によって半永久的に維持されるよう調整された代物なのだろう。
となれば、結界を保つ装置の一部でも破壊してしまえば、結界は消えるはずだ。
昔、魔術を習得することを諦めていなかった頃に学んだ事を思い出しつつ、ジェットは結界の元となる装置を探し始めた。




