3話
宿に戻った2人はしっかり眠り、翌朝を迎えた。
だが、ジェットは夢見が悪くなることを予見して、睡眠薬を少々多く入れすぎたらしい。起きてもどこか眠っているような状態ではあったが、体調はそう悪くなかった。
2人は朝食をカウンター席で摂りながら、少々険しい面持ちで話す。
「こんな村にわざわざ魔物が来る理由がまるで分からんな。アマーレンを孤立させるためだとしても、道中の宿場が1つ消えた程度でどうこうなるとは思えん」
「ソルティナからアマーレンまで宿がなかったとしても、2日の道程だからな……後から来る勇者の消耗狙いだとしても、もっとやりようはある……か」
「そもそも勇者はまだソルティナだ。裏通りで『魔物を生み出す魔術』を探しているのだとすれば、当面は動くまい」
「となると、アマーレンが狙いか、全くの偶然か……」
「偶然とは思いにくいがな」
2人が関わることとなった一連の事件、または『魔王』を名乗る何者か。それらの次の狙いが本当にアマーレンなのだとすれば、今回の魔物の襲撃も、無関係であるとは思いにくい。何せ、あれほどのガーゴイルを動員してきたのだ。ただの偶然で、あれほどの魔物達が結界の張られた村を襲おうとするとは思いにくい。
「……出発を遅らせるか?」
「いや。どちらにせよ、真の目的はアマーレンだろう。今回の襲撃も、この村からアマーレンへ応援要請を出させてアマーレンを手薄にする目的だったのかもしれんしな。怪我人が出ている以上、回復の魔術を使える神官が必要なはずだ」
オーガスの言葉に、ジェットは緩慢に頷き返す。
そして、ふと、言った。
「……もし、アマーレンが本当に襲われるなら」
「私の手柄のためにも襲われてもらわねば困るがな」
縁起でもない口を挟まれても尚、ジェットはどこかぼんやりしながら、続けた。
「俺の腕は治さないほうが、いいか」
睡眠薬の残滓がそうさせていると見え、ジェットはふらりふらりと夢か現かを彷徨っているらしい。だがその割にはしっかりしている言葉を聞き、オーガスは溜息を吐いた。
「かもしれんな。その腕は中々使い勝手が良さそうではないか。魔物を殺したいならそのままにしておく方が賢明かもしれんぞ。化け物がもう一歩化け物らしくなったところで大して変わらんだろう」
オーガスがそう言えば、ジェットは頷く。
「……尤も、その腕がお前に何らかの悪影響を及ぼしている可能性も否定はできん。何にせよ、一度神官に診せた方が……おい」
少しばかりジェットの身を案じたオーガスがジェットの方を見れば、ジェットは頷きながら……ゆるゆると、机に突っ伏した。
「起きろ」
憮然とした表情で、オーガスはジェットを乱暴に揺り起こす。
はっとしたように起きるジェットを見て、オーガスは深くため息を吐いた。
宿から村まではそう遠い道程ではない。急がずとも、日暮れには十分間に合う。
2人は馬をのんびりと走らせ、アマーレンへと向かう。
「……既に見えているな」
「まあ、聖都の大聖堂と言えば、聞いたことはあるだろう?あれだ」
向かう先には既に建物が見えている。これほどの距離を置いても見えるのだ。その大きさは容易に想像できる。
「私も聞きかじった程度だが。アマーレンの大聖堂は、その大きさもさることながら、掛けられている守りの術も大層なものらしい。なんなら大聖堂に限らず、街全体が常時結界に覆われているとも聞く」
「流石、神の御膝下、ということか」
ジェットは少しばかり、複雑そうな顔をした。
普通の人間なら神の御腕に守られた聖都をありがたがりはしても疎ましく思うことはないのだが、ジェットは神に見捨てられ、神を棄てたものである。神を信じているかいないかは別としても、信仰に篤い性質ではない。
「それが破られるというのなら、相手はさぞかし強敵なのだろうな」
手柄を思って傲慢な笑みを浮かべるオーガスにしろ、決して敬虔な思想は持ち合わせてはいないだろう。
つくづく、聖都が似つかわしくない2人であった。
そうして日がそろそろ傾くか、という頃、2人はアマーレンへと到着した。
「……聖都、か」
「正にその名が相応しいな」
厳かに重く静かで、しかし決して沈鬱ではない。外から見上げる聖都アマーレンは、そんなように思わせる風貌であった。
清廉で潔癖で公正で融通が利かず、冷酷でいて愛情深い。神の名の元に在るこの町では、全てが愛され、全てが整えられ、全てが正される。
「見ろ。随分と真面目らしいぞ、この町の門番は」
2人が向かう先、聖都の入り口である堅牢な街門には、門番が立っていた。
審査を待つ人の列に並びながら、2人は囁き交わす。
「何を取り締まっているんだろうな」
「さあな。私の知った事か。悪魔か魔物でも取り締まっているんじゃあないのか」
「悪魔も魔物も列に並ぶとは思えないんだが」
「貴様という化け物が現に並んでいるだろうが」
聞くものが聞けば激怒しそうな会話であったが、幸いにも2人の会話を聞いているものは居なかった。
そしてジェットはふと、オーガスの言葉を反芻する。
「これは……俺は通れるのか?」
徐々に人の列が前進していき、自分の審査の番が近づいてくる。そんな中、ジェットが零した言葉に、オーガスは表情を引き攣らせた。
「……そういえば貴様は本当に化け物らしい見た目になっていたな」
言うまでもない、左腕。化け物めいたそれは、悪魔か魔物か、と言われても何ら不思議ではない。
ましてや、門番に止められる材料にならないなど、誰が言えるだろうか。
「いいか、ジェット。……一言も喋るなよ?」
いよいよ近づいてくる審査の順番を前に、オーガスはやや青ざめつつもそう言うのだった。
「聖都アマーレンへようこそ。荷物を拝見します」
門番が2人の荷物をそれぞれ簡単に調べる。そしてまず、ジェットの荷物から大量の薬を発見した。
どう見ても不審な薬物に、門番の表情が険しくなる。
「……この薬は?」
「こいつのものだ。病に侵されている」
「こんなに大量に服薬しているのですか?」
「一度に使う量は多くない。だが最近、こいつ用の薬を作れる薬師が死んだ。死ぬ前に可能な限りこいつの為の薬を作ってから死んだのでな、大量の薬を持ち歩く羽目になっている」
滑らかに嘘を連ねるオーガスを、門番は少々不審気な目で見るが、一応説明は通っている。
「他にも薬を持っていますか?」
「こいつの懐に入れてあるが……ああ、触れないでやってくれ。出すならこいつが出す。こいつの病はうつる病ではないが、病のせいで皮膚が爛れている。下手に触るとこいつの傷に障るのだ」
「アマーレンへは、どのような目的で?」
「こいつの病の治癒と、世話になった薬師の安らかな眠りを神に祈りに」
「ちなみにあなたと彼とのご関係は」
「こいつは私の従者だ。一応は乳兄弟にあたるが」
……それから数度のやり取りを経ても、オーガスは全く淀みなく答えた。
それらの回答は全てが真摯で敬虔なものであったので、門番としても許さざるを得ない。
終いには門番の内の1人がオーガスの鎧に刻まれた紋章がエメルド家のそれであることに気付き、それに押し切られる形で2人の入場は許可されたのだった。
「……口が回るな」
門を抜けてしばらく歩いた後、ようやく口を開いたジェットの第一声はそれだった。感心したように零された言葉に、オーガスは頷く。
「まあ、な。この程度、私の手に掛かればどうということはない。……そもそもお前がこうでなけば、あのような手間はかからなかったのだが」
「初めから貴族だということを明かせば、そう手間でもなかったんじゃないのか」
「どうにも神の僕というものは、権力に対して無意味な抵抗をしようとすることが多い。特にこちらが振りかざせば、な。こちらは隠し通す程度の心持でいて、かつ、相手が自然に気づくのが望ましい。そうすれば勝手にこちらを善良な人間だと思いこむ」
「そういうものか」
ジェットは口数の多い性質ではない。口が上手い訳でもない。だからこそ、オーガスの話術は物珍しく、興味深いものとして素直に受け止められた。
「弁が立つことで避けられる面倒は多いぞ。お前も多少は喋れるようになっておいたらどうだ」
「向き不向きがあるんでね。そういうのはあんたに任せる」
「まあ確かに、お前に向いているとは到底思えんな」
「適材適所、だ」
やり取りしつつ、ジェットはふと、オーガスと組んだのは成功だった、と、思うのだった。
一方でオーガスは度々、ジェットと組んだことを失敗だったのでは、と悩んでいるのだが。
宿を取って、2人は夕食のために町へ出た。昨日の魔物の襲撃もあり、行動をともにした方が良いと判断したために、2人一緒に。一緒に食事を摂ることを、オーガスは多少、渋ったが。
「この町はどこもかしこも、こうなのか。……静かすぎて、妙な感じだな」
「ソルティナの裏通りを基準にするな、と言いたいところだが……確かに、こうまで慎み深い町は他に無いだろうな」
宵闇に沈みゆく時分だが、淫らな格好をした客引き女の姿も無く、酒に溺れた者も無く、絶望に打ちひしがれる者の姿も無い。ソルティナの裏通りで当たり前にあるそれらが無いことは『真っ当な町』であればそう珍しくもない。
だが、ほろ酔い加減で歌を歌う者の姿も無ければ、酒を片手に語り合い、笑い合う者達の姿も無いのだ。そもそもそれ以前に、酒場自体が見当たらない。
『聖都』はその名の通り、非常に慎ましやかな、清く正しい町のようだった。
清く正しく慎み深い町にも、食事処はあった。
2人は適当な店を選んで入ると、落ち着いた雰囲気の店内に少々面食らった。
……その理由はメニューを見てすぐに分かった。どうやら酒を置いていないらしい。昨夜の宿場の食事処とは対極にあるような店である。
オーガスはこういった雰囲気の店は嫌いではない。低俗な場所よりは余程良いと思っている。
一方、ジェットは食事の場所にこだわりは無い。強いて言うならば騒がしい方が自分が目立たなくていいか、という程度である。
ということでお互い特に不満もなく、席に着いて適当に注文したのだが。
「……成程な。さすがは聖都だ」
出てきた料理は皆、野菜や果物や穀物、乳や卵のみを用いたものであった。要は、肉も魚も使われていない。だが、肉も魚も無い代わり、それぞれの料理には趣向が凝らされていた。
ねっとりと甘い芋のスープ。チーズのとろける青菜のオムレツ。新鮮な野菜のサラダは酸味と塩味の効いたドレッシングが絶妙で、木の実を練り込んで焼いたパンは噛みしめるほどに甘く香ばしい。添えられているバターは乳の味が濃く、それでいてくどく感じさせない。
肉も魚も無いが、それほど不満には感じない。そして酒のつまみにするには惜しいとさえ思わせる。そんな食事は実に聖都らしいものだった。
「偶にはこういう食事も悪くないな」
ジェットはそう言いながら、しかし、魔虫としては血の気が足りないらしい、ということも感じていた。……或いは、血を求めるのは化け物めいた左腕か。
聖都の食事は体を作るのに不十分ではないのだろうが、過剰ではない。そしてジェットは過剰さを必要としている。
ジェットは食事に『美味いが、毎日の食事にしていたら魔虫に腹を食い破られそうだ』という評価を下しつつ、しかし、しっかりと異常な分量を平らげることも忘れなかった。
「……それで味が分かっているのか?毎度毎度そんなに食っていて、よく腹も舌もおかしくならないものだな」
「生憎、腹は勿論、舌も死ねないもんでね」
オーガスの皮肉めいた言葉に冗談半分で答えながら、ジェットは、できればこの町に長居はしたくないな、とも思うのだった。
「じゃあ、また明日」
「遅刻するなよ」
食事を終えたら宿に戻り、さっさと寝ることにした。
明朝は大聖堂に赴き、ジェットの解呪の手がかりを探す予定である。
ジェットは1人になった部屋の中、寝台に寝ころぶと、自らの左腕を眺めた。
窓から差し込む月明かりに照らされる腕は、あまりにも人間のそれからかけ離れている。
「……魔虫も反応しないなんてな」
只、肉体を作り替えられただけなら、魔虫が腕を食って、再生し直すはずだ。だが腕を斬り落としても、魔虫は化け物の腕として腕を再生する。
この腕は魔術によって、根本から作り替えられたものなのだろう。
ジェットの腹の中、魔虫が蠢く。食事が不満だったのか、それとも、ジェットの言葉が聞こえているのか。
……魔虫やら腕やらで、大聖堂から入場拒否されなければいいが。
明日を思いやりながら、ジェットは目を閉じた。




