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俺が死んでも世界は回る  作者: もちもち物質
第一章:怪物と騎士~A fate worse than DEATH~
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31話

「以前、見世物小屋に売り飛ばしてやる、と言ったが。貴様、どうせ何をされても死にはしないのだろう?首輪も手枷も自らを切断すれば外せるし、檻に入れられても鉄格子を潜れる大きさに自らを切り刻めばいい訳だ」

「……まあ、そうだが」

「一度売られているなら二度売られても大して変わらないだろう」

「……まあ、そうかもしれないが」

「ということで貴様、売られろ。そうすれば最奥へ侵入できるはずだ」

「俺は魔物じゃないんだが」

「デュラハーンのふりでもすればいいだろう。首を斬るだけだ」

「……あんた、俺よりも俺の扱いが雑だな」

「当たり前だ。不死の貴様を大切に扱う意味が無い」

「ごもっともだ」

 天井を仰いで、ジェットは少しばかり、反省した。

 オーガスを焚きつけたのは失敗だったかもしれない、と。




 だが、ジェットの人としての尊厳の事を考えなければ、そう悪い案ではない。

 あの薬屋の地下で買い取りも行っているかは分からない。だが、もしジェットが『買われて』しまえたなら、それは敵地の最奥へと侵入できるということだ。

 ましてやジェットならば死なず、捕らえられても脱出が容易であり、今更何をされても構わない程度には既に散々酷い目に遭っている。最早、自らが切り刻まれようと燃やされようと潰されようと、特に何の感慨も無い。

 というわけで実質、労力も対価も碌に要らない、ということになる。最早対価としてのジェットの価値など、それこそ碌に無いのだから。

「……で。貴様はこの策に乗るか?」

「乗る」

 結局。ジェットもまた、ジェット自身の扱いが大分雑なのである。




「ではいくぞ」

「ああ。できるだけ綺麗に斬ってくれ」

 オーガスが剣を構えると、タライに頭を突っ込んだ体勢のジェットが頷く。

 それを見るや否や、オーガスは剣を一閃させ、ジェットの首をすぱり、と刎ねた。

 才能と努力のなせる業か、ジェットの首の切断面は至極滑らかであり、また、必要以上に血を飛び散らせることも無く、ジェットの首は綺麗にタライの中へと納まった。

「……成程。これだけだと駄目だな」

 オーガスは顔を顰めながらジェットの首と体を眺めた。

 ジェットの首の切断面からはとめどなく血が流れ出し、噴き出し続けている。恐らく、魔虫が空腹になるまでこの調子だろう。

「おい、化け物。貴様、血は止められんのか」

 オーガスが尋ねるも、ジェットからの返事は無い。当然である。ジェットの首は切断されてタライの中に納まっているのだから。

 オーガスは舌打ちしつつ、ジェットの首を持ち上げて、切断面同士を繋ぎ合わせた。

 すると、魔虫が働いたらしい。ジェットの首は目を開けた。

「……どうだった」

「まるで駄目だな。出血し続けるデュラハーンがどこに居る」

「ここに居る、っていうのは駄目か」

「微塵も説得力が無いな。貴様は自分の意思で血を止めたりはできんのか」

「再生を少し遅らせるくらいはできるが……何せ、俺の体が再生するのは俺の意思じゃないからな」

「不便な奴め」

 自らの血に塗れたジェットは、少し考えて、そして、言った。

「なら血を止めよう。傷口を焼けばいい」


「……それを私にやれと?」

「他に誰が居るんだ」

 ジェットはランプに火を灯し、その横にナイフを置いた。ナイフの刃を熱して焼き鏝代わりにしろ、ということらしい。

「早くやってくれ」

 ジェットがタライに首を突っ込んで催促すると、オーガスは憮然とした表情でもう一度剣を振るい、ジェットの首を刎ね、それから傷口を焼いて塞いだ。

「……ふむ」

 焼け爛れた傷口は、確かに出血こそ止まったが、首を繋げてしまったらすぐにそのまま再生してしまいそうだ。

 そうでなくとも、放っておけば首の切断面から頭が生えてきそうなのだから、もう少し、再生を遅らせる工夫をした方がいいだろう。

 オーガスは部屋を見回すと、蝋燭に目を留めた。手頃である。

 ジェットの首の切断面に蝋燭を傾けると、滴り落ちた蝋が傷口を塞いでいく。

 痛みは痛み止めによって感じないらしいが、蝋が傷口に滴る感触は感じるらしい。時折、首を竦めるように体が動いたり、指先がピクリと動いたりした。

 どうやら、頭が無くても思考はしているらしい。一体どうなっているのやら。


「よし、これでとりあえず、傷口を焼いた上で蝋で固めたが……中々におぞましいな」

 勝手な感想を漏らしながら、オーガスはジェットの様子を仔細に観察した。落ち度があってはいけない。完璧なデュラハーンに化ける必要があるのだから。

「よし、まあ、及第だ。売ってから少しの間は化けていられるだろう」

 オーガスの言葉に、ジェットは反応しない。

 体に触れれば反応するのだが、どうやら目は見えておらず、耳も聞こえていないらしかった。切り離された頭と体は連動していないらしい。

「ほら、立て」

 オーガスはジェットの腕を掴んで立ち上がらせる。するとジェットは動作の意図が分かったのか、オーガスに引かれるままに立ち上がった。

「とりあえず、動かせはするか」

 引きずれば歩かせることはできるだろう。だが、それ以上の細かい指示となると難しい。

 ……オーガスは少し考えると、ジェットの前腕の内側に指を走らせ、『わかるか?』と、文字を書く。すると、ややあってからジェットの指が動く。

『意識はあるか?』と文字を書くと、指がまた動く。

『話せるか?』と書けば、今度は指が横に振られた。どうやら『否』を表現しているらしい。それと同時に、意識がきちんとあることも証明された。

 どうやら、頭が無い割に思考はできるようだ。これは魔虫によるものなのかもしれないが。

「……中途半端に便利だな」

 そうして一通り実験を終えた2人は、首の切断面を綺麗に切断し直し、首を繋げて正常な状態に戻してから食事を目いっぱい摂り、目いっぱい眠り……。


 翌日の夜、諸々の細工を施して、2人は再び薬屋の扉を叩いたのだった。

 ……否。『1人と1体』と言うにふさわしい有様であったが。




 間を置いてから、扉が開く。

「お客様、大変申し訳ございませんが、本日は閉店……」

「ドラゴンの鱗3枚と妖精の鱗粉1瓶、よく眠れる睡眠薬をできるだけ欲しいのだが、その前に聞きたいことがある」

 店員の言葉を遮るように合言葉で前置きしてから、オーガスは尋ねた。

「『買い取り』は、しているか?」




 店員はオーガスと『連れられている魔物』を店内に案内すると、そこで『魔物』を改め始めた。

「成程、デュラハーン、ですか?珍しいですね。……首は無いようですが」

「最初から無かった」

 ジェットの首は置いてきた。一度、ジェット自身がここに来ている以上、顔が割れている可能性は高い。だが、首なし戦士であれば、顔を見て同一人物だと思われる心配も無いのだ。

「そうですか。それは残念ですが……ふむ、人間の言葉は分からないのでしょうか?」

「そうらしいな」

 店員は紙に何か書きつけていき、そして、ふと、尋ねる。

「ところで、どうしてこのデュラハーンを手放そうと思われたのですか?」

 オーガスに向けられる視線は、真偽を問うように鋭く油断無い。

 だが、オーガスはこの程度で怯まない。この手のやり取り、腹の探り合いには慣れている。

「飽きたというだけの事だ。大して面白味も無いしな。連れていても邪魔なだけだ」

「そうですか。……このデュラハーン、元々はどこでご購入なさったのですか?」

「それを答える義理は無い。お互いに知らない方がいい事もあるだろう?」

 のらりくらり、店員の追及を躱しながら、オーガスは平然とした態度を崩さない。

 ……そうして、先に折れたのは店員の方だった。

「分かりました。では、金額はこれで、いかがでしょう?」

 提示された金額は、それほど多くない。

「随分と足元を見るんだな」

「申し訳ありませんが、やはり品質の不確かなものですと……」

 嫌味を言いつつも、オーガスはジェットを突き飛ばすように店員の方へ押しやった。

 店員もそれを契約成立と見たのだろう。ジェットを店の奥へ引っ張っていき、そして、金貨の袋を持って戻ってきた。

 オーガスはそれを黙って受け取り、さっさと店を出ようとし。

「……ああ、そうだ。次の競売は何時だ?」

 戸口で振り返り、店員へ尋ねる。

「次、ですか?次は5日後となりますが……」

「そうか」

 オーガスは適当に相槌を打つと、薬屋を出て、ソルティナの表通りの華やぎの中へと消えていった。




 オーガスが立ち去った後、ジェットは手枷を掛けられた。

「随分と大人しいな。まあ念のため、後で使役の術は掛け直させておくか……」

 ぼやく店員に枷の鎖を引っ張られてつんのめりながら歩き、そしておとなしく檻の中に入れられた。

 ガチャリ、という重い音とともに檻の鍵が掛けられ、やがて店員も去っていく。

 店員が部屋の扉を閉める音を最後、1人取り残されたジェットは、しばらくそのままじっとしていたが……やがて、首の断面を覆う蝋を剥がし、静かに床へ横たわって再生を待つ。

 ……やがて、頭部が再生された。それと同時に、視覚や聴覚も無事、戻ってくる。

 やれやれ、とため息を吐きつつ、ジェットはようやく周囲を観察し始めた。


 周囲は暗くて良く見えないが、魔物が数体、ジェットと同じように鎖に繋がれ、檻に入れられていることだけは分かった。

 だが、その数はあまり多くない。またオークションを開くというのならば、この倍か3倍の数が必要だろう。

 そう考えると、やはり魔物を生み出す魔術を使っているのだろうと思われる。そうでなけば到底、魔物の準備が間に合わないはずだ。

「……きゅ?」

 鳴き声に振り向けば、隣の檻の魔物が興味深そうにジェットを見ていた。それなりの大きさの翼竜だ。じっとこちらを見つめてくる様は、どこか愛嬌がある。

「悪いが、お前を助けてやるつもりはないからな」

 ジェットの言葉を理解しているのかいないのか。翼竜は懐っこく首を傾げつつ、また1つ、鳴き声を上げた。




 翼竜の他、数体の魔物に見守られながらジェットの解体ショーは始まった。

 ジェットは左の腕の中に埋め込んで隠しておいたナイフを取り出すと、少しずつ、自らの体を切り刻んでいく。

 切り刻まれるのは慣れているが、切り刻むのはそれほど慣れていない。無論、初めての経験でもないが。

 鉄格子を通り抜けられるように肉を削ぎ、関節を切り離し……少しずつ、少しずつ、ジェットは鉄格子の向こう側へと体を移していった。


 そうしている間に、ジェットはなんとか檻の外に出た。

 首を倒したり肩を回したりして体の調子を整えると、早速、室内の探索を始める。


 最初に手に取ったのは、小さなランプだ。

『栄光の手』のレプリカだというそれは、正に、敵地での隠密な探索にうってつけである。

 灯りを点ければ、ジェットにしか見えない灯りが辺りを照らす。

 ……そうしてようやく、室内の全貌が分かった。

 部屋の中央には、巨大な魔法陣。魔術に明るくないジェットでも、大掛かりな魔術の代物だということは分かった。

 そして魔法陣の中央には水盆があり、水盆の中に、黒く重たげな石が静置されている。

 ジェットはなんとなく、この黒い石は元々、フォレッタ古城の血の池の中央にあったのではないか、と感じた。

 何故ならば、黒い石が入れられている水盆に湛えられているものは、水ではなく……赤黒くどろり、とした、血液であったので。


 ……推測混じりにはなるが。これが、魔物を生み出す魔術とやらなのだろう。




「……あら?」

 突如、ジェットの耳に、女の声……否、少女の声と言ってもいいような、高く軽く澄んだ声が聞こえた。

「あなた、どこから入ったの?……それから、何をするつもり?」

 ジェットは、声の人物を見て、少しばかり驚くこととなった。


 油断なくジェットを睨みつけているのは、ジェットが馬車で血を売ってやったあの少女だったのである。


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