34話
ジェットとワイルマンとシーラは、見張りを任されていた。
リリアナ暗殺を目論んだ一派は今、アマーレンの地下牢に閉じ込められた挙句、睡眠薬によって眠りに就かされ、それを更に監視されている、という状態である。
「リリアナ、大丈夫かな」
「まあ、大丈夫でしょう。オーガス君も付いてるんだし」
シーラがぼやけば、ワイルマンがにこにこと微笑んでシーラの頭を撫でた。
「ルーシエさんも居るもんね」
「そ、そ。大丈夫よ」
リリアナの傍にオーガスが居るのと同様に、ロザリエと同席しているのは勇者ルーシエだ。何かあったとしても、対処は十分可能だろう。
「あとは、フェルミーネちゃんもどこかに居るんだろうし」
そしてワイルマンがもう1つ安心していることには、フェルミーネの存在がある。
かの女呪術師は、恐らくこのアマーレンのどこかにて、彼女なりに勇者ルーシエと聖女ロザリエの守護にあたっているものと思われる。アマーレンの結界は既にリリアナが補強した後であるので、結界ではなく、恐らく、より彼女達に近い所にフェルミーネもまた、控えているのだろう。
微かに彼女の魔術の気配を感じて、ワイルマンはにこにこと頷いた。
「さて。リリアナちゃんの叔父さんがどうにかできれば、後はジェット君の悪魔だねえ」
「ああ。手間をかけるが」
ワイルマンはにこにこと上機嫌そうにジェットを振り返る。
「今のところね、考えてるのが2つっくらいあって……」
が、そこでワイルマンは言葉を途切れさせると、はっとした表情で上を見上げた。
そこにあるのは石材の天井であるが……ワイルマンが見ているのは、その更に先。
「……こりゃとんでもないのが来たね?」
リリアナ達が居るであろう、部屋である。
「……こっちも悪魔かい」
リリアナは瞬時に張った結界を強化しつつ、苦々しい表情で舌打ちした。
叔父の姿はそこになく、ただ、悪魔が居るばかり。
「ジェットと同じかい、こりゃ」
おそらく悪魔は、今のジェット同様に叔父の体に巣食っていて……此度、叔父の呼びかけに応じて現れたのだろう。叔父の体を乗っ取る形で。
何故こんなことを、と思わないでもない。だが、それを考えるのは後でいい。
……リリアナは咄嗟に、判断する。
ここから大聖堂の裏手まで、どれくらいの距離か。
今ここで戦った場合、どの程度の被害が出るか。
それらと自分達の危険とを瞬時に天秤にかけたリリアナは、即座に天秤の釣り合いの取れる点を見つけ出し、動き出す。
手にした聖王の杖を掲げ、結界を張る。結界は複雑な形を為して大聖堂の一部を覆った。それは即ち、大聖堂の裏手……ある程度の広さがあり、表からは見えない場所への道となる。
「さーてと、後はどうやってこいつを動かすか、だけど」
リリアナは悪魔と化した叔父と相対し、ほんの1秒思案し……悪魔が自らに襲いかかってくるのを見てにっかりと笑った。
「餌は私で十分か。安上がりでいいねえ」
どうやら敵の目的は、リリアナただ1人であるらしい。
悪魔を結界で防いで凌ぐと、リリアナは声を張る。
「親父!ロザリエ!こいつを大聖堂の裏手まで移動させてから戦う!大聖堂の結界は頼むよ!勇者ルーシエと聖騎士の野郎はロザリエと親父を頼む!オーガスは……」
が、悪魔はさらなる攻撃に出た。リリアナは言葉を途切れさせると、再び襲いかかってきた悪魔の攻撃を結界で半ば無理矢理防ぐ。
無理のある魔術の行使によってよろめいたリリアナだったが、もう一度悪魔が襲いかかってくるより先に、オーガスがさっと横抱きにした。
「お、話が早いね!」
「はっ。お前の言いたいこと程度、そう考えずとも分かる」
オーガスはそのまま、リリアナを攫うように走り出した。その後ろを、悪魔が追いかけてくる。
「以心伝心かぁ。照れるねえ」
「ほざけ。無駄口を叩いている場合か。私は今、お前のせいで両手が塞がっているのだぞ。あれを食い止めるのはお前の役目だ」
オーガスはちらりと後ろを振り返ると、また前を向いて走り出す。
悪魔は確実に追いかけてきていた。身構え、そして次の瞬間にはリリアナとオーガス目掛けて魔術が飛ぶ。
「わーってるっての。あんたに運ばせてる以上、その働きはきっちりさせてもらうさ」
リリアナはにやりと笑うと、杖を握る手に力を込める。
「ってことで叔父上!しっかり付いてこいよ?」
そして、魔術がぶつかりあって激しく干渉した。
悪魔とリリアナの魔術のぶつかり合いは、それは見事なものだった。それが命を賭した戦いの中でなければ、魔術の干渉の美しさに目を奪われただろう。
悪魔となっても叔父の魔力が残っていると見える。親しい魔力同士のぶつかり合いは、一風変わった干渉の具合を見せた。
「あはは、親父もロザリエも真面目に仕事してらあ」
そしてそれら魔術の干渉が廊下の真ん中で起きても、大聖堂の建物自体には傷一つ付かなかった。ロザリエと聖王が補強した結界は、確実に大聖堂を守っているらしい。
「んじゃ、大聖堂の心配は要らねえとして……あとはあいつを裏まで引っ張ってった後、どうすっかだよなあ……」
安堵したのも束の間、再び襲いかかってくる魔術を相殺しながら、リリアナは思案した。
……ひとまず大聖堂や民衆に被害が出ないよう、悪魔を大聖堂の裏手へ誘導することを優先したが、その実、どのように戦えばいいのかなど、まるで考えていなかったのである。
「考えなしに動いていたのか、お前は」
「いや、そうでもないぜ。今考えた」
だが、オーガスに移動を任せ、自身は悪魔の相手に集中すればいい状況だ。この間に思考を巡らし、案を出すことはできた。
「一応、考えたのは2つっくらいあるんだけど……」
リリアナはそう言うと、にやりと笑う。
「ま、ジェットに感謝だな」
かくして、悪魔はリリアナを追って大聖堂の裏手まで導かれる。
そこでオーガスに降ろされたリリアナは杖を構え、悪魔と向かい合った。
「さーて、叔父上。私を殺そうとしたこと、しっかり反省してもらうからな?」
隣でオーガスもまた、剣を抜いて悪魔と対峙する。それを横目に、リリアナは勇ましく杖を振り上げた。
「……加勢に行った方がいいか、これは」
地下牢では、遠くに戦いの気配を感じつつ、しかし動かない3人が居た。
「どうだろねえ。こいつらの所在を有耶無耶にするのが一番良くないし」
ワイルマンの意見は至極尤もである。今回、わざわざリリアナが3人をここに残していった理由は、ここに捕らえている暗殺者達を逃がさない為なのだ。
下手に動いて彼らを逃がしたり死なせたりしようものなら、本末転倒である。
「ボクは別に行かなくていいと思う。だって、リリアナとオーガスでしょ?ルーシエさんも居るんだし、平気だよ、きっと」
シーラは悪魔というものの恐ろしさを今一つ理解できていない故に、気軽にそう発言する。だが、ジェットもワイルマンも頷いた。
「そうねー。ま、大丈夫かね。リリアナちゃんは特に、悪魔の対処なんてお手の物だろうし」
悪魔が如何に恐ろしい相手であろうとも、リリアナとオーガスが組んでいて負けるとは思えない。そう考えたワイルマンは、にこにこと穏やかに笑うと杖を床に突いて、のんびりと魔術を編み始める。
「ってことで、儂の加勢はここからにしようかねえ」
「あっおじいちゃん狡い!」
「魔術師ってのは多かれ少なかれ皆狡いもんよー」
ワイルマンが編み上げる魔術は、結界の一種である。
魔力の気配から、大凡リリアナ達がどこで戦っているのか見当を付け、その近辺に結界を張っていく。
遠隔で結界を張るなど、そうそうできることではないが、それができてしまうのがこの老魔術師である。やがてワイルマンは満足げに頷くと、杖を下ろした。
「よし」
「おじいちゃん、何したの?」
にこにことしているワイルマンにシーラが尋ねると、ワイルマンはより一層笑みを深めながら、答えた。
「折角だから、魔術の練習。どうせジェット君の時にやるんだし、今の内に実験しとこうと思って」
リリアナは、突如現れた魔術の気配を敏感に察知して、一瞬、警戒した。
だが、それも一瞬の事。その魔術の気配が見知ったものであることを確かめると、ただにやりとしてそれを見過ごす。
「オーガス。これから魔法剣使う時は、ちょいと気を付けな。外したら自分が死にかねないよ」
「……一体何だ、これは」
オーガスもまた、自分達を囲むように展開されていく魔術を見て、呆れたような顔をしていた。
魔術の主がワイルマンであろうことは、オーガスにも既に分かっている。
「鏡、だね」
そう。
そこに現れたのは、鏡めいた結界であった。
悪魔を中心にして現れた鏡の結界は、天から降り注ぐ陽光を集めて結界の中を明るく照らし上げる。
……その途端、悪魔の動きが鈍った。
「成程な。悪魔は聖なる陽の光を嫌う、と。その光を集めてしまえば、悪魔を弱らせることも可能だろうな」
「そういうことらしいぜ。あの爺さん、中々やってくれるよなあ。しかもこれ、魔術弾く奴だからね」
けらけら笑いつつ、リリアナは杖を掲げたまま魔術を編み上げていく。
「……ってことで、オーガス。外すなよ?」
「はっ。お前こそな」
リリアナの隣、オーガスもまた、魔法剣の為に意識を集中させ始める。
やがて、悪魔は陽光に照らされ、不快そうに顔を顰め……そして。
「よっしゃ、じゃ、いくぜ!」
リリアナの杖の先から光が迸る。
その魔術は、いつもの光線ではない。激しくなく、ただ温かく柔らかく、それでいて厳かに悪魔を包むだけだ。
だが、悪魔は明らかに狼狽した。そんな馬鹿な、とでも言いたげな様子であったが、オーガスがすかさず悪魔の脚を斬った為に、逃げることもできずにリリアナの魔術を受けることになる。
「……では。これより、てめえに祝福を授ける」
リリアナは厳かにそう言って、にやりと笑う。その横でオーガスは2発目の魔法剣を準備しつつ、やはりにやりと笑った。
「これはてめえを清く正しい神の信徒として認める為の儀式だ。逃げずにしっかり受けるんだぞ?いいな?」
悪魔は、まるで悪魔を見るかのような目でリリアナ達を見た。
リリアナもオーガスも、下手な悪魔より悪魔的な笑みを浮かべて、悪魔を睥睨したのだった。




