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俺が死んでも世界は回る  作者: もちもち物質
第一章:怪物と騎士~A fate worse than DEATH~
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24話

 オーガスが宿に戻った時、ジェットは不在だった。ドアをノックしても返事がない。今は出かけてしまっているらしい。

「全く、つくづく間の悪い……」

 オーガスは悪態をつきながら自分の部屋へ戻り、そこで荷物の整理や武具の手入れをしながらジェットを待つことにした。

 尤も、作業を始めてから、何かしていなければ落ち着かない自分に気付き、余計に苛立つことになったのだが。




 午後の茶の時間ごろ、ようやくドアがノックされた。

「戻ってるか?」

「ああ。入れ」

 剣の手入れをしていたオーガスは顔を上げ……ジェットの姿を認めるや否や、ぎょっとした。

「それは……何があった?」

「ああ、大したことはない。もうほとんど再生してる」

 ジェットは顔も手足も、至るところに包帯を巻き、また、その包帯に血の染みを作っていたのだ。それも、尋常ではない量の。

「……何をしたらそうなるんだ」

「人間惨殺ショーに出演した。詳細を聞きたいか?」

「いや、いい。やめろ。話すな」

 オーガスは手でジェットを留めた。この手の話には首を突っ込まないに限る。

 それはもうここ数日の付き合いで学習していた。


「それで。貴様の方は、目的は達せたのか」

「ああ」

 ジェットは手にしていた紙袋を開けてみせた。中には液体の入った小瓶や錠剤の入った瓶、中身は見えないが、その他にも缶や瓶が大量に入っている。

「これで当面はもつだろう。瓶を割ったり失くしたりしなければ」

「そうか。それはよかったな。そして私の知った事ではないからな。詳細は何も言うなよ?」

 オーガスは特に薬の詳細は聞かなかった。またおぞましい話が出てこないとも限らないので。

 ジェットは何か言いたげだったが、薬の詳細を言うことはなかった。




「で、あんたの方は」

「ああ、話はついた」

 ジェットの方から聞いてきたので、早速、オーガスはユリアスとの会話をざっと説明した。

 即ち、黒幕の正体は碌に分からなかったということ。

 ユリアスは魔虫を勧められていたらしいこと。

 他の貴族にも魔虫を勧めているらしいこと。

 この辺りを話すと、ジェットも難しい顔をした。

「他の貴族にも勧めていた、か……」

「貴様の考えている事は大体分かるぞ。あの盗賊に墜ちた連中もそうだったのではないか、とでも考えているのだろう」

「ああ」

 ジェットは思い出していた。ソルティナへ来る前の、盗賊の根城で起こった惨劇を。

 没落した貴族令嬢。呪いのように彼女を蝕んでいた、魔虫。

 ……魔虫はどこから生まれたのだろうか。そして、誰が生み出しているのか。

 その問いが別の点と結ばれて、一本の線を成す。

「これからも魔虫にはお目に掛かりそうだな」

「……ああ」

 どうやら禁呪を惜しげもなく使う者が、陰にいるようだ。




「話は終わりではないぞ。聞け」

 魔虫について考え始めたジェットに横槍を入れるが如く、オーガスは鋭い声を発した。

 そして、本題を切り出す。

「魔物を生み出す魔術、などというふざけたものがある可能性が高くなってきた」




「……フォレッタの古城にあるはずだった、アレか?」

 ジェットにも覚えがある。

 オーガスは始め、『魔物を生み出す魔術』の調査へ行く、という体でジェットと手を組んだのだ。

「でまかせじゃなかったのか」

「でまかせだと思いたいがな。……フォレッタの古城にあった血の海だが。あれの正体を推測すると、だ。何かの魔術に利用するため、と考えられないか?」


 血を利用する魔術は存在する。召喚士サモナーがその魔術の触媒カタリストとして利用することもあるし、何より、大抵の呪いの代償として、利用できることが多い。

 その呪いも実体は様々だが……瓶に入れて持ち運べないような量、つまり、あの血の海程の量の血を必要とする魔術とは一体、何なのだろうか。

「実際、私達は恐ろしい数の魔物と戦っている。1つの軍にも匹敵するような数の、だ」

「ああ」

 閉じ込められた部屋で。続く、血の海でも。2人は合計して何体の魔物を殺しただろう。

「あの数を集めるのには、さぞ苦労したのだろうな。しかも驚くべきことに、我が兄ユリアスは女密偵が使役する魔物を何体も何体も訓練がてら殺したという」

 ここまでくれば、ジェットもオーガスが何を言いたいのか分かった。

「つまり、『魔物を生み出す魔術』が存在する、と」

 オーガスは重く頷いた。


「これは私の推測だが」

 オーガスは前置きしてから、言う。

「女密偵が腰掛けていた台座。あの上に本来は、何かの術式や装置が設置してあったのではないか、とな。元々、魔物を生み出すための施設だったのだとすれば納得がいく」

 言われて、ジェットは思い出す。

 上の階で集められた血が滴り落ちる先に、あの台座があった。

 元々はあそこに何かがあったのだとしても、何らおかしくはない。

「そして、今回。ソルティナが襲われた」

「ドラゴン、か」

「ああ。そうだ。古代種にしては、それほど強くもなかったが」

 オーガスの言葉に、ジェットは頷いた。

「つまり、あのドラゴンも、誰かの手で生み出されたものだ、と?」

「そういうことだ」

 全ては推測でしかない。確たる根拠はどこにもない。勝手に魔物が集まってフォレッタを襲ったのかもしれない。ドラゴンとて、もしかしたら本当に、古代種が気まぐれにソルティナを襲ったのかもしれない。それはジェット達には分からないことだ。

 だが。

「そして、ドラゴンを投入したのにもかかわらず、戦果が碌に無かったのだ。次に相手は、どうするだろうな?」

 推測を信じずに失敗するよりは、信じて笑いものになった方が良い。慎重であるに越したことはないのだから。




 そうなれば、できることはそう多くない。古代種のドラゴンが討ち取られた事を喜ぶ人々の中に、魔物の軍が襲いかかってくるかもしれないのだ。そう、今にでも。

 やるべきことを絞りに絞れば、2人が取るべき行動も自ずと導き出される。

「とりあえず、俺は飯を食ってきたほうがいいな」

「この期に及んでそれか。……いや、いい。分かっている、分かっているとも。貴様にとって食事は生命線だ。分かっているから腹立たしい釈明などするな。余計に腹が立つ」

 ジェットは黙って頷いた。ジェットとしても、これ以上オーガスの文句など聞きたくない。

「で、あんただが」

 話は早い方がいい。そう考えて、ジェットはさらり、とそれを口にした。

「あんたの兄さんに騎士団を動かせるようにさせておいてくれ」




「……なんだと?」

 オーガスは表情を失って、そう聞き返すに留めた。

「昨日のドラゴンでソルティナの兵は壊滅状態だ。となると、この町に残ってる武力はあんたの兄さんの騎士団くらいしか知らないんだ」

 ジェットは事も無げにそう言って返すが、オーガスの心中は穏やかではない。

 何せ、オーガスはユリアスや他の兄弟と名声を争う仲である。そんなオーガスたちにとって魔物の軍が来るかもしれないという情報は、千金にも値する。そう易々と渡せるものではない。

 そもそもオーガスとしては、ユリアスが活躍するなど、断固として阻止したいのだ。

 ……また、『騎士団を出してくれ』などと頭を下げる気はさらさらない。

「ソルティナが滅ぶぞ」

「貴様は何か勘違いしているようだが。私は名声と地位を手に入れたいだけだ。他がどうなろうと知った事ではない。例え町が潰えようとも、な」

 傲慢な物言いをして、しかし、オーガスは苦りきった顔で続けた。

「だがドラゴンを殺した功績を残すには、この町が存続していた方が都合がいい」




 それから2人は食事処に入る羽目になった。

 ジェットはひたすらに食べ、その横でオーガスは手紙を書いている。

 ……要は、直接会えば口論になることは間違いないのだ。よって、必要な事は手紙に書き、手紙だけ置いてとっとと帰るのが一番良い。

「言っておくが、私からの助言などそうそう聞く奴ではないぞ、兄は」

「言わないよりはマシだろう」

 もし、ユリアスがオーガスの助言を聞かず、騎士団を準備しておかなかったとしても……それは最早、どうしようもない。策を講じたところで、より一層怪しまれるのが関の山である。

「そもそも魔物が本当に来るか、保証はないのだ。推測だけで動くのも馬鹿らしくはあるな」

「それでも動かずにいて魔物に殺されるよりはマシなんじゃないのか」

「ああそうだ。全く以てその通りだとも。だからこそ貴様の食事に付き合ってやっているんだろうが。感謝しろ」

 町の様子は至って平穏である。魔物が襲ってくるような気配はどこにも無い。むしろ、昨夜のジェットとオーガスの活躍(表向きはオーガスのみの活躍ということになっているが)によって町は沸き立ち、昼間から酒を飲む者の姿がいつもの数倍、見受けられた。

 ……そんな中で臨戦態勢を取り続けることのなんと空しいことか。

「魔物の群れ、か。……来るならさっさと来てほしいものだな。ああ、全く」

 オーガスは溜息を吐き、ジェットは溜息を吐く暇もなく食べに食べている。残念ながら、溜息を吐くのも食べるのも同じ口で行う故に、今のジェットには溜息を吐くという選択肢は無い。

 始めこそ会話が多少あった2人だが、その内、手紙を書く者と食事を摂る者、という1人と1人に分かれ、一切の会話も無く、しかし同じテーブルに着いて、お互いの作業を続けることになったのだった。




 ジェットの食事が終わると、2人はソルティナの明るい表通りへと向かう。

 オーガスは表通りの宿に押し入るようにして入り、ユリアスの部屋に押し入るように入り、そして手紙だけ叩きつけてからすぐに宿を出た。

 その間、僅か数分である。ユリアスとの会話など、全く無かった。ユリアスは一方的に混乱し、何事か、と尋ねてきたのだが、それに答えることすらしなかった。多少不親切であったか、とオーガス自身、思わないでもないのだが、ユリアス相手に親切にしてやる義理も無い、と思い当たって勝手に納得した。




「……ところで、よかったのか」

 ほぼほぼ当てもなく、しかしなんとなく街門に向かって歩き始めた2人は、何気なく雑談を始めた。こういう時、先に言葉を発するのはオーガスの役目と定まってきているのだが、今回はジェットが先に声を掛けた。

「何がだ」

「あんたはあんたの兄さんが名声を得るのを阻止したいどころか、もっと純粋に殺したいんだと思っていたが」

 ジェットの言葉に、オーガスは笑う。

 ジェットの浅はかさを笑ったのであり、また、自嘲でもあった。

「私もそう思っていたがな。兄殺しの汚名を着るのは御免だという訳だ。……まあ、今は泳がせておいてもいいだろう。あれが血迷って再び魔物と手を組もうなどとしたならば、それはそれでこちらの手柄の種となる。第一、そうでなくとも兵達の前で糾弾してやったのだ。自分が率いる兵達の信頼を失ってからどう足掻くのか、むしろ見物だな」

 そう言って再び嘲笑を浮かべるオーガスを見て、ジェットはつくづく、感心した。

 負け惜しみなのか、理性から導かれた結論なのかは分からないが、合理的ではある。

「あんた、良い性格してるな」

「どういう意味だ」

「貶してない。褒めてるんだ」

「貴様に褒められたところで何の価値も無いのだがな」

 オーガスは眉を顰めたが、ジェットとしては一向に気にならない。




 ふと、空に遠く、声が響いたような気がして、ジェットとオーガスはほぼ同時に振り向いた。

「おい、化け物」

「何だ」

「フォレッタの古城で戦った時の魔物は、オークやゴブリンだったな」

「スケルトンも居た」

「そうだったか?まあ、どのみち低級な魔物だったが」

 碌に思い出す気も無いままオーガスは歩を進め、そして、言った。

「次、ソルティナに出る魔物は一体、何だろうな」

 ジェットは、決して大きくない声量で発されたその言葉を聞き逃さなかった。

 そして、考え、言う。

「古代種のドラゴンが群れで来る、っていうのは、どうだ」

「はは。それはいいな。誰も生きて帰れはしない」


「……貴様、やはり疫病神だな?」

「多分な」

 ジェットとオーガスが見つめる空の彼方より、飛来する影が、複数。

 2人の目には、それがドラゴンの影に見える。


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