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俺が死んでも世界は回る  作者: もちもち物質
第一章:怪物と騎士~A fate worse than DEATH~
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15話

「危なかったな」

「なんとか間に合ったか。やれやれ」

 そうして夕刻、太陽が傾き、赤い光を投げかける頃になってようやく、2人は街道沿いの宿場へ到着した。

 予定ではもう少しばかり早く到着できるはずだったのだが。

「まさか盗賊に襲われるとはな……」

 そう。2人は道中で盗賊に襲われ、そのせいで時間を食ったのである。無論、襲ってきた盗賊については返り討ちにしたが。

「貴様が疫病神に憑りつかれていたとしても何ら不思議には思わん」

「それは俺も思う。だが盗賊についてはあんたの身なりがいいから目についたんだろう」

 疲労のせいで多少やり取りが剣呑になるが、お互いそれすら気にならない。

 まずは2人とも眠りたかった。まともなベッドで眠るのは、フォレッタの兵舎以来である。

「……飯は勝手に各自で摂るってことでいいか」

「ああ、是非そうしてくれ。貴様と食卓を共にしたいとは思わん」

 適当なやりとりをしながら、宿帳にジェットが必要事項を記入していく。

 そして。

「では2部屋分で銀貨5枚頂きます」

 宿の主人の言葉を聞いて、ふと、2人は気づいた。

 ……金が無い。




 オーガスは言わずもがなである。

 荷物は部下に預けていた。部下には裏切られた。荷物は無い。

 よって、懐に入れてあった金貨1枚のみが彼の手持ち金である。

 ジェットについても似たようなものである。

 大体はフォレッタで食費として消えた。報酬は得られる予定だったが、雇い主であったオーガスがこの様なので、結局古城戦の報酬は得られなかった。更に、どこかの戦いで財布が破損したらしく、銀貨が数枚消えていた。

 よって、財布に残っていた銅貨3枚と銀貨2枚のみが彼の手持ち金である。

 合計して、銀貨換算11.3枚。食費を一切考慮せず、素泊まりだけで考えたとしても、2日分にしかならない金額である。


 ひとまず、その日は宿を取り、それぞれの部屋に荷物(と呼べるものも碌に無いが)を置くと、一旦話し合いの席を設けた。

「……金の事などすっかり忘れていた」

「流石貴族だな」

 オーガスは頭を抱えんばかりである。何せ、生まれてこの方、金銭面での悩みに直面したことなど無かったのだ。

 遠出している最中、金は部下に預けていたし、そもそも屋敷に戻れば潤沢にある。

 ……だが、今回ばかりはそうもいかない。

「ツケにしておくわけにもいかないのか」

「今、兄達はまさか私が生きているとは思っていまい。できればこの状況を逆手にとって動きたいところだが、ツケにすると当然、私が生きていることが知れる」

 オーガスとしては、自分が生きていることを可能な限り隠しておきたかった。

 そうすれば命を狙われることはないし、情報も引き出しやすい。死んだ人間に配慮する者など居はしないのだから。

 ……が、ツケにするということは、エメルド家に連絡と請求が行く、ということになる。そうするとオーガスの生存だけではなく、所在地も露見することになるのだ。命を狙われかねない身としては、危険極まりない。

 そもそも王都イスメリア内、或いは近郊の都市ならともかく、大分離れた宿場町でツケにすることが可能かどうかはまた別の話であるが。


「大体、何故貴様はそんなに金を持っていないのだ。財布を持っていない私よりも財布を持っている貴様の方が所持金が少ないのが解せん」

「俺としては懐に金貨が無造作に入ってる奴の方が解せないがね」

「あれか。食費だな?さては食費に消えているんだな、貴様の金は」

「そうだな。あとは時々戦場で落とすこともある」

「それでよく今まで生きてこれたな」

「死ななかっただけさ」

 2人はほぼ同時にため息を吐いて、会話をやめた。このまま詮の無い話をしていても仕方がない。

「とりあえず今日と明日は素泊まりできるが、2日分の宿代をとるとなると、碌な食事にはありつけないな」

「私はそれでも構わんが、貴様はそういう訳にもいかんのだろう?」

「最悪、獣を仕留めてなんとかするが、できればきちんとした食事を摂りたい」

 戦士は体が資本である。たとえ魔虫が大食らいでなかったとしても、食事を疎かにすべきではないだろう。


「……ああ、あと、部屋を1部屋にすれば2日分の宿と食事は何とかなるかもしれないが」

「貴様と同室など断る」

「俺もだ。寝る時は1人がいい。珍しく気が合ったな」

 そして、部屋を同室にするのも互いの精神衛生上、良くないときている。

 ジェットは例の如く夢見が悪いこともあり、1人で眠ることを好む。そしてオーガスもやはり、1人で居たい性質であった。


「他は、売れるものを売る程度か。……あんたの剣、高く売れそうだな」

「ふざけるな!騎士が自らの誇りたる剣を手放すとでも思っているのか!?この剣を売れと言うならいいだろう、私は貴様を見世物小屋にでも売り飛ばしてやる!」

「ああ、案外それもいいかもしれないな。稼げる気がする」

「はっ。なら決まりだな、貴様をどこぞに売り飛ばす」

「だが、見世物小屋なんて大都市にしか無い。となると、結局はソルティナまでの道中の金が無い、ということになるが」

「……つくづく貴様のそれは冗談なのか本気なのか分からんな。不愉快であることは間違いないが」




 ということで。

「なら、どこかで金策に励まないといけないな」

 このような結論に至るまでに、そう時間はかからなかった。




「……金策、か」

 ジェットの提案に対して、オーガスは浮かない顔をしている。

「俺はあんたの貴族の誇りとかそういったものはどうでもいいと思っているからな。あんたにも働いてもらうぞ」

「つくづく腹立たしいな、貴様は!」

 青筋を立てつつ、しかし、オーガスはそれ以上何かを言うでもなく、何かを言い淀むように口ごもり……ジェットが見守っていると、やがて口を開いた。

「……して、金策、というと。貴様は、どのようなものを考えている?」

「……ああ、成程」

 そこでようやく、ジェットは気づいた。

「あんた、どうやって金を稼ぐか知らないんだな」

 オーガスは貴族であるが故に、一般的な知識を所々、持ち合わせていない、ということに。


「で。貴様はどのように考えている」

 くつくつ笑うジェットを不機嫌そうに見ながらオーガスが再び問えば、ジェットはなんとか笑いを収めて答えた。

「そうだな。ここらだったら今の季節、どこでも農園の人手は足りてないはずだ。うまくすれば短期間だけ雇ってもらうこともできるだろう」

「雇われて農夫紛いの事をするだと?何故私がそんな……」

 言いかけて、オーガスは口を噤んだ。

 つい先程、ジェットが『あんたの貴族の誇りとかそういったものはどうでもいい』と言ったばかりである。

 正論だ。今のオーガスは、農作業に文句を言える立場ではないのだから。

 そうして口を噤むオーガスを見て、ジェットはにやり、と笑った。

「だが、当面の金を工面するだけでも数日かかる。ということで、もう一つは手っ取り早い方だが」

 別の手段、ということでオーガスが期待のこもった眼差しを向ける中、ジェットは、言った。

「とりあえず、盗賊を襲う」




「今日襲ってきた盗賊を見る限り、多分、大元が居る。そこを当たれば金品の1つや2つは隠し持っているだろうし、そうでなくとも」

「待て。何故そうなる。いくら盗賊相手とはいえ、歯向かってきた訳でも無いものを、わざわざ見つけ出して襲うのか?……貴様には善悪の感覚が無いのか?不死身だからか?」

「不死身は関係ないが」

 ジェットは少し考える。自分が当たり前に当たり前だと思っていることを言葉にするということは、存外難しい。

「まあ、必要なら仕方ないだろう。お互い生きる為にやっている事だからな。盗賊の方も討伐されることを覚悟して盗賊稼業に勤しんでる。討伐されたくなければ盗賊以外の生き方を選べばいい」

「……そういうものか」

「そういうものだと俺は思っている」

「そう、か」

 釈然としないような、納得したような、複雑な表情でオーガスは頷く。

 それを見てジェットは苦笑いしつつ、もう一言、付け加えることにした。

「自分を正当化する訳じゃないが、多分、ここらは盗賊の被害が大きいだろうからな。この宿場の立場からすれば、盗賊は討伐された方がいい」

 善悪など、必ずしも一義的に決められるものではない。人間は神ではないのだから。

 だからこそ、自分の中に善悪の確固たる基準があるべきであり、また、他者との善悪の違いを許す寛容さが必要なのだろう。

「……まあ、分かった」

 そうして、オーガスは頷いた。

「盗賊討伐、だな。近隣の者のためと思えば、義は通るか」

 オーガスは今まで、自分に立ちはだかるものは踏み潰し、踏み台にできるものは踏み台にして生きてきた。だが、そこには彼なりに筋が通っている。

 今回の盗賊討伐も、一応はオーガスなりに整理がついたらしい。

「だが、矜持は通させてもらうからな」

 オーガスの言葉の意味を図りかねる部分もあったが、ジェットはそれでも頷いた。

「ああ。好きにすればいい」




 その日は『まともな食事』にありついて、さっさと眠ってしまった。

 1人1部屋取ったこともあり、概ね心地よく眠ることができたといえる。

 ジェットは例の如く、悪夢に一度起こされたが、それ以降は特に夢も見ず、それなりに疲労も回復して目覚めることができたのだった。


 ジェットが目覚めたのは、少しばかり早い時間だった。だが、三度寝をする気にもなれず、そのまま身支度して部屋を出る。食堂で食事を摂るためだ。

 食堂に入ると、やや早い時間にもかかわらず、人が多く入っていた。これでは空いている席を見つけるのは骨だな、と思って食堂を見回し……見覚えのある人影を見つける。

「早いな」

 そこには、完璧に身支度を終えて食事を摂っているオーガスが居た。

 オーガスは近づいてくるジェットの姿を認めるや否や、不快を露わにした。

「貴様と食堂で鉢合わせしたくないが為に早く起きたのだがな」

「そうか」

 ジェットは気にせず、食事の盆をオーガスの前の席に置いた。

「おい、分かっているなら相席するな。どこかへ行け」

「悪いが他に空いている席が無いんでね」

 邪険な言葉もどこ吹く風といった調子で、ジェットは構わず食事を始める。

「……よく食うな」

 オーガスはげんなりとしながらジェットの食事を眺めた。

 フォレッタの兵舎で食べた時よりは控えめではあるが、それにしても異常な量の食事である。これ以上見ていると食欲を失う、と判断して、オーガスは視線を自らの食事へ戻す。

 ジェットは食べ方こそ綺麗なものだ。貴族のような上品さがあるわけではないが、決して見苦しくはない。ほんの1分程度眺める程度には、別に何の問題もないだろう。

 しかし、淡々と同じペースで大量の食事を食らっていく様子、そして食卓の上に並んだ大量の食事を見ていると、どうしても食欲が削がれる。


 よって、会話はお互いにお互いの食事のみを見つめて行うことになる。

「それで。今日はどうする。まさか虱潰しにこの辺りで盗賊の根城を探すつもりか?」

「いや。街道から少し外れて次の宿場まで歩けばいい。出くわした奴からアジトを聞けば済む話だ」

「そんなことで本当に盗賊が見つかるのか?」

「ああ。あんたが居ればすぐ引っかかるだろう。貴族だとすぐ分かる恰好だからな。ありがたいことに」

 褒められているのか貶されているのか。オーガスは複雑な心境で言葉を受け止めたが、言葉を放ったジェットとしては特に褒めても貶してもいないのだった。

「……ああ。あと1つ、忘れていた」

 そしてふと、ジェットは思い出したように付け加える。

「向こうはこっちを殺す気でかかってくる。こちらに相手を殺す気が無くても、だ。気を抜くな」

 オーガスは一瞬、痛いところを突かれたような表情を見せたが、すぐにその表情は隠した。

「分かっている」

「ならいい」

 そうしてお互いにお互い(というよりはお互いの食事)を見ない会話は終了し、後はお互い、黙って食べるのみとなったのだった。


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― 新着の感想 ―
面白いです。 銀貨の合計枚数に違和感があります。金貨1枚=銀貨9枚分ということなら理解できます。
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