25話
王都ヴィレシュタルの町並みは、決して華美ではなかった。どこにでもありそうな平凡な町並み。そこを行き交う、平凡な人々。
取り立てて見所がある町ではなかったが、見ていて落ち着く景色ではあった。
……のどか、という言葉のよく似合う町は、しかし、少しばかり物々しい。
鎧を纏って武器を持つ者達がちらほらと見受けられる。それから、町に入ってすぐの辺りでは、町の破損の箇所が見つかった。
「あー……こりゃ、外から投石でも食らったか?賢い魔物も多いしなあ……」
どうやらこれらは、魔物の影響であるらしい。
魔物が増えれば、戦士も増えざるを得ない。そして戦いがあったならば、それは町や人を傷つけていく。
なまじのどかで穏やかな町並みである為に、ちらほらと見える戦いの陰が余計に暗く見えた。
「さて、ここです!」
やがて、町の端の方にある建物に辿り着く。
煉瓦造りの、如何にも頑丈そうな建物には、『セルグ製作所』という看板が掛けられていた。
「今日中にジェットさんの腕、測らせてください」
「それは構わないが」
振り返ったフェリクスにそう返事をして、ジェットは他の3人へ目配せした。
すると3人はジェットの意図を組んで頷く。
「分かった。なら、ジェットが腕測ってる間に、私達は宿、取ってきちまうわ」
既に夕暮れ時である。下手をすると、宿の部屋がとれなくなりそうだ。それこそ、スティーリアを出てからの旅路での如く。
「ああ、それでしたら。もしよかったら今日はうちに泊まっていってください」
だが、フェリクスがそう、申し出る。
「不便な土地ですが、まあ町外れなもんで、広さだけはそこそこにあるんですよ。余ってる部屋もある。あなた達を泊めるっくらいなら、問題なくできますとも」
「あら、ありがとー。わーい、宿賃浮いちゃった」
「おい、ワイルマン」
「ま、いいじゃねえか。フェリクス達がいいっつってくれてるなら。ってことでお邪魔しまーす」
オーガスは躊躇う様子を見せたが、ワイルマンとリリアナが嬉々として建物の中へ入っていくのを見て、ため息交じりに後へ続く。その後ろからジェットも付いて入り、結局、なし崩しにセルグ製作所で宿を借りることになったのであった。
「はーい、とりあえずジェットさんの腕、見せてくださいねー」
「おい、アンネマリー!ひとまず右と左両方測っといてくれ!」
「はいはい、分かってますよ、フェリクスさん!」
製作所内に入ると、早速ジェットの義手のため、諸々の測定が始まった。
アンネマリー、というらしい女性に連れていかれて、ジェットは店の奥の椅子に座らされる。
そこで服の袖を捲られ、腕に巻き尺を宛がわれ、太さや長さを細かく測定されていった。
「あらー……ジェットさん、腕、なくしちゃったのって割と最近ですかー?」
「ああ」
「道理で。左腕、あんまり筋肉、落ちてないですね」
記録を付けた帳面を見ながら、アンネマリーは微笑む。
「腕とか脚とかって、切断しちゃうと切断した箇所だけでなく、全体的に筋肉が落ちやすいんです。ほら、動かさなくなるでしょう?」
「ああ……成程」
その理屈はジェットにも理解できる。尤も、ジェットは鍛えようが鍛えまいが、魔虫によって筋肉どころか全身全てを維持されているような有様である。腕を失った時期はあまり関係無いようにも思ったが。
「これなら、義手を使うのも心配要らないと思います。義手って要は、金属の塊をなくした腕の代わりに着けるようなものだから、筋力、そこそこ要るんですけれどね。ジェットさんなら大丈夫そう」
アンネマリーの言葉に、ジェットは多少、安堵する。
ジェットは、義手と言われても、今一つ実感が湧かないままでいた。
金属で作られた腕が、動くのか。自分が潰された時、義手はどうなるのか。魔虫によって再生するのか。
……だが、諸々の不安も、今はそう大きくない。
セルグ製作所の面々はジェットに不安を感じさせないような対応をしてくれる。職人としての腕も確かであろうことは、オーガスの鎧を見れば分かった。
「よーし。最高の義手、作りますからね。お楽しみに!」
「ああ。……楽しみにしてる」
ジェットは嘘偽りなくそう言って、自然に笑みを浮かべることができた。
ジェットが腕を測っている間、他の3人はやや手持ち無沙汰となる。リリアナはセルグ製作所の面子と雑談に興じ、オーガスはその横に居たところ、見事、リリアナによって雑談の輪の中に巻き込まれ、そして。
「おもしろいねー、こんな武器、初めて見た」
「ああ、スクロペタムですか」
ワイルマンは、店内に置いてある道具の類を見ては、感嘆の声を漏らしていた。
今、ワイルマンが見ているのは、筒のような道具である。
大きいものは、肘から指先まで程度の大きさがあり、小さいものは手首から指先程度の大きさしかない。
本体となる筒に握る部分が付いているが、その意匠は様々だ。本体に持ち手となるよう布を巻いただけのものもあれば、本体に垂直になるように棒を取り付けたようなものもある。
総じて、筒の先には魔術を刻んだ金属板か魔石の類が嵌め込まれている。筒内部にも緻密な魔術が刻まれているのだろうが、そこは企業秘密だろう。分解して中を見てみたい、とも思ったワイルマンだが、その願いを口に出すのはやめておくことにした。
「魔法剣に似てるね」
それでも、老魔術師の目にかかれば、ある程度、それがどのようなものなのかは想像が付く。
「おっ。鋭いですね、ご老人!そうなんです。スクロペタムは魔法剣の才能が無い人にも高度な戦闘技術を、ということで作ったものでして」
フェリクスが1つ、棚にあったスクロペタムをワイルマンに渡す。ワイルマンはありがたくそれを受け取り、触れてじっくりと観察した。
「ほー……斬る力のない魔法剣、みたいな。発生させてすぐに切り離して、飛んでくのかしら、これは」
「ま、そんなもんです。魔術による投石、みたいなところが落としどころだったので。斬れるようにはできなかったんですよねえ」
「だろうねえ。うんうん。多分、魔法剣をこうやって道具で再現しようとしたら、まるで実用性のないものができると思うよ、儂。ね、これ、使ってみてもいい?」
「勿論!試射でしたら外ですね。あ、だったら明日の昼の方がいいですね。もうそろそろ暗くなる。下手に町の者を脅かす訳にもいかないですし」
面白いものを見て、ワイルマンはほくほくと笑みを浮かべる。
元々が研究肌で、好奇心旺盛なこの老魔術師は、こうした新たな技術を見るのが好きだった。そこから新たなものを生み出せるなら、尚更楽しい。そして、特に何も生むことのない知識であっても、それを得るという事自体が、非常に楽しい。
……自分自身が何かすることよりも、若い者達が新しいものを作り出していくのを見るのが楽しくなったのは、いつからだったか。
ワイルマンは、スクロペタムについて熱く明るく語るフェリクスの話を聞きつつ、ただただ満面の笑みを浮かべていた。
ジェットの腕も測り終わり、数名の作業員達が早速何かの作業に入り始めたのを横目に、一団は食事と相成った。
根菜と腸詰めを煮込んだものとパンとバター、という決して豪勢ではない食事であったが、十分に煮込まれた根菜の甘みに腸詰めから溢れる肉汁と脂の旨味が合わさり、素朴ながらもしみじみと美味かった。
……ただ、その中で1人、食事に満足できない者が居る。
「あー……ジェット。大丈夫かい?」
「ああ」
美味いが、足りない。ジェットからすれば、どうにも、食事の量が足りないのである。
だが、宿を提供してもらう上に食事まで振る舞われている状況である。ただでさえ、アイゼニカ国内はどこも食料が不足気味なのだ。我儘は言えない。
最悪の場合は外に出て、草か土でも食べて誤魔化すか、などと考えながら、ジェットは空になった皿を見るのだった。
その夜、それぞれに部屋を借り受けて、それぞれに眠りに就いた。
久しぶりに1人部屋で羽を伸ばせる、ということで、オーガスやジェットには中々嬉しい宿泊となった訳だが。
ジェットは強い空腹感によって目を覚ました。次いで、腹の中を灼くような、刺すような、そんな痛みに小さく呻く。
魔虫が暴れているのだろう。痛み止めを効かしていない体には少々厳しい痛みだが、慣れた感覚ではある。
フラーエルツで魔物の肉を食い漁ったというのに、あれではまだ足りないらしい。ここ最近の無理が一度に回ってきたのかもしれない。
ひとまず、水差しから水を飲み、荷物袋から干し肉の欠片を取り出して齧る。
それで幾分痛みの治まった腹を押さえつつ、ジェットは建物の外に出た。
建物の裏手には雑草が茂り、朝露に湿った土には生き物の気配がある。
『食事』には悪くない裏庭であった。
見当をつけて大きめの石をひっくり返せば、そこに数匹の虫が居た。顔を顰めつつそれらを腹に収めていく。薬草などの特殊な草でもない限りは、植物よりも動物の方が、多少は魔虫の腹の足しになる。
美味くもなく、食べたいとも思わないものを、空腹に任せて無理矢理口へ運び、飲み込む。そうして一通り虫の類を獲り終えると、今度は雑草へと手を伸ばす。
苦く固く青臭く、やはり美味くもない代物であったが、虫を食うよりは多少、精神に優しい。
できるだけ柔らかそうな葉を選んで口に運び、咀嚼し、飲み込み。
「……何してるの?」
ふと気づけば、少女が、不審げにジェットを見ていた。
まさか、腹が減って雑草を食べている、などと言えるはずもない。ジェットが返事に困っていると、少女はジェットの横へやってきて屈み、雑草の葉を一枚千切った。
そしてそれを口へ運ぼうとしたのを見て、慌ててジェットは少女の手を掴んで止めた。
「止めておけ」
「食べてたじゃん」
「美味くないぞ」
「じゃあなんで草なんて食べてたの」
「……俺には必要なんだ」
「ふうん」
納得したのか、していないのか。だがひとまず、少女は千切った葉を地面に放った。それを見てジェットは、ひとまず安堵する。あどけない少女に雑草など、食べさせたくはない。
「ねえ」
地面に落ちた葉からジェットへと視線を移して、少女は唐突に問うてきた。
「死なないんでしょ?」
「見てたよ。刺されても千切られても、すぐに治るとこ」
ジェットは多少、申し訳ない気分になる。自分の体が致命傷を負い、その度に再生する様子など、人に見せるべきではない。ましてや、その相手が幼さの残る少女であるならば、尚更だ。
「……見苦しいものを見せたな」
「別に?ああいうの、見るの初めてじゃないし。死なないのは初めて見たけど」
少女の答えは、刺々しく、痛々しい。昨日、フェリクスが言っていたこと……少女シーラが仲間達を喪ったことを思い出し、それから、その前にシーラが口にした魔物への怒りを思い出し……ジェットは只々、居たたまれなくなる。
「なんで死なないの?」
「そういう『虫』を身体に飼ってる。呪いみたいなものだ」
「ふうん」
ふわふわとして、どこか地に足がついていないような、それでいてどこか危ういような、そんな受け答えをする中で、少女はふと、ため息交じりに呟いた。
「……いいな」
表情をなくして、ぼんやりと暗い瞳をここではないどこかへと向けている。
その瞳が、どうにも、見覚えがあるような気がしてならない。
……ふとした時に見る、鏡に映った自分の、その瞳の暗さ。
それと同種の暗さが、少女の瞳を彩っている。
「……死なないんじゃない。死ねないんだ。決して、いいもんじゃない」
「そうだろうね。ボクだって、死ねないのはゴメンだもん」
諫めるようにジェットが言えば、少女は嘲笑うように明るく言って立ち上がる。
そしてジェットから離れて数歩分歩いて、振り返った。
「ボクこれから井戸まで水汲みに行くんだけど。手伝ってよ」
「ああ」
振り返った少女の瞳にはもう、先ほどの暗さは見当たらなかった。
その日の朝から、ジェットの義手づくりは始まった。
何やら図面を引き、金属の板を加工し始め、魔石の類か何かを磨き始め。
セルグ製作所の面々は、それぞれに義手の部品を作ったり、互いに相談したりして作業を進めていく。
「……私達がここに居ても邪魔だよなあ」
「ま、待ってる以外にやる事、無いものねえ」
そして、それらの作業の間、4人にはやることが無い。しかし、ただ作業が終わるのを待っているのも、時間の無駄である。
「町の外に出るぞ」
そこで、オーガスがそう、提案する。
「魔物に襲われていると名高いアイゼニカだ。町の外ならば、それなりに魔物も居よう?」
「おっ、いいねえ。魔物狩りってことかい?」
「そういうことだ」
憂さ晴らし。暇つぶし。そんなことの為に、わざわざ町の外へ出る。命を危険に晒して、わざわざ魔物と戦う。
酔狂と言われてもおかしくない行動であるが、この4人の中に、反対する者は居なかった。




