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第2話 でも私は今、あなたを可愛いと思ったのです


彼と恋人同士になってから、早くも3日が経過しました。


まだ3日。

たったの3日。

しかし、それまで平淡な日々を過ごしていた私にとっては、ショッキングピンクのペンキを容赦なくぶち撒かれたかのような濃厚な3日間。




まず告白した翌日に、彼はHR前の教室で『はっはっは! 俺、彼女出来たわー! 羨め!』と朗らかに宣言してくれやがりました。


私と恋人同士になれた事を大喜びしてくれるというのは、まぁ……悪い気はしませんけれどね?


しかし何も大々的に発表する必要はないでしょう? 彼に羞恥心はないのでしょうか?


…………ないのかもしれません。あと、ついでにデリカシーなども。


きっと彼は応援している球団が優勝したら、はしゃぎ回った末に川に飛び込んでしまうタイプなのです。後先考えずに。



結果として私たち2人は両想いになった事を、クラスの皆から温かく祝福されてしまいました。


私の胸の中に恋慕などないと重々承知しているはずの友達一同も、ここぞとばかりに悪ノリして盛り上げてくれました。


私は騒がしいのは苦手なのです。

注目される事も得意ではないのです。


もう朝から1日分の精神力を使い果たしてしまった心地でした。


…………にもかかわらず、彼は休み時間の度にこちらを構いに来ますし。昼休みも『飯食いに行こうぜ!』と、こちらの答えも待たずに手を引っ張ってくれやがりますし。さらには放課後も、下校デートと称して無駄にあちこち寄り道をしてくれやがりますし。挙句の果てに『彼女の手作り弁当とか食ってみたいんだけど』と、図々しいお願いをしてきやがりますし。



彼女が出来た。


その事実のおかげで、彼のテンションは天井を突き破って登り続けるウナギのごとし。


おそらく私以外の誰かに告白された場合でも、彼は今と同様にテンションを上げまくったのでしょうけれども。


偶然にも私が特に好みのタイプであったとか、別にそんな事はなく? ただ女の子と触れ合えるだけで嬉しいというか?


彼だって、どうせならばもっと可愛らしい娘に告白されたかったですよね? 愛想がよくて、話も面白くて……あと、胸も大き目で?


顔もスタイルも地味でボリュームに欠けますしね、私は。


……………………あれ? 何故でしょう? 今ほんの少しだけですけど、イラッとしたというか、チクッとしたというか?




まぁ、とにもかくにも――――――本日で4日目。


ご要望のお弁当も、仕方がないので作ってきてあげました。


設定上こちらには『惚れた弱み』があるわけですし、ささやかなお願い事くらいは喜んで叶えてあげなくてはなりません。



他の場所よりもほんの少しだけ空に近い屋上で、私は彼と隣り合って座ります。


周囲には私たち以外にも何組か、寄り添う男女の姿が見受けられます。きっと私などとは違い、本当の想いを告げて仲を深めた人たちなのでしょう。


もしもこの場にいる全員が、嘘の告白で偽りの関係を構築しているのだとしたら……ちょっと怖い想像ですよね。



「おぉー、マジで作って来てくれたんか。アイツらのアドバイス通り、まずは言ってみるもんだな」


「……あいつら?」


「告白でパワー使い果たして奥手状態に戻ってるだろうから、そっちの方からガンガン歩み寄ってけ。遠慮なくいけって感じの事言われてさ。だからダメもとで頼んでみたんだ」



こちらの質問に対する答えになっていないのですが……まぁ、彼の背中を押した黒幕については容易く察せます。


彼に助言を囁いたのは、私の『友達』なのでしょう。彼を加熱すれば私がより翻弄され、観客である自分たちも一層面白おかしく楽しめる、と。



「弁当、あんがとな!」


「そんなに喜んでもらえるほど、手は込んでいませんけど」



おかずは基本的に冷凍食品です。肉巻きポテトやらミニハンバーグやら、適当に買い込んでお弁当箱の中にそのままイン。自然解凍でお昼時までには食べ頃になっているという、現代文明バンザイと諸手を上げたくなるようなお手軽さ。



「……でもまぁ、かなり恥ずかしかったので。私の心労分、きちんと味わってくださいね」


「んむ? どーゆー事だ?」


「私は普段、お弁当をお母さんに任せています。料理もあまりしません。そんな娘がこそこそと食材を買って、冷凍庫の奥に隠すのです。あぁ、ついでに新しいお弁当箱まで買っていましたね。明らかに自分用ではない、大き目の。そしていつもより少し早起きして、せっせとお弁当を詰めているのです。これで何かあったなと勘付かれないはずがないでしょう? 実際、私はお母さんに微笑ましげに見つめられてしまいました」


「はふぅ、ごちそうさまー」


「えっ?」


「ん?」


「私、きちんと味わってって言いましたよね!?」


「ちゃんと味わったって。うん、美味かった!」


「…………はぁ。今後はもう少しよく噛んで食べてください」



ニパァ~っとこの上なく能天気に笑われて追及しづらくなった私は、嘆息しつつ水筒のキャップにお茶を注ぎます。


そっと差し出せば、彼はさっと掴み取り―――ぐびり。一瞬で飲み干します。


誰かと競争しているわけでもないのに、どうしてひとつひとつの動作がこうも無駄に機敏なのでしょうか? こちらはまだ膝元のお弁当に、まったく手を付けていませんのに……。



「遅ればせながら、いただきます」



手を合わせて軽く頭を下げ、私はまずミニハンバーグに箸を伸ばします。


ふと視線を感じてちらりと横を見れば、彼がじぃぃ~~~っとこちらを見つめていました。



「あの、そんなに見られると食べづらいんですけど」


「おぉっ、すまん。いやさ、ちょーっと食い足りなかったから、つい……」


「きちんと噛まないから、満腹感が薄くなってしまうのです」



ご飯もおかずも、私の倍の量を詰めておきました。


昨日までの昼食内容から推測しても、今日のお弁当の量は決して少な過ぎるという事はないはずです。


しかし、現に彼はひどく物欲しげな眼差しで私のお弁当を見ています。


…………彼氏が飢えている場合、彼女である私が取るべき行動は?



「もう一口だけですよ?」



仕方がないので、私は摘まんだミニハンバーグを彼に差し出します。


パァァッと表情を晴れ渡らせて大きく口を開く彼を見ていると、人懐っこい大型犬を連想してしまいます。


このいやしんぼワンコめ。


これですか?


これが欲しいのですか?


ねだるのならば、きちんとお座りして、そして―――。



「お手」


「わん!」



くだらない想像の一端を、私はうっかり口にしてしまいました。


しかし彼は怒るどころかノリノリで軽く握った拳を持ち上げ、お弁当箱を持つ私の手の甲にちょこんと乗せます。



「……はい」


「わふっ」



私のミニハンバーグは、無事に彼の口の中に収まりました。



「どうよ、俺の名犬っぷりは!」


「すっごく馬鹿犬っぽいですよね」


「えぇ? ちゃんとお手したのに? ひどくね?」


「イイ意味でのお馬鹿っぽさです。愛嬌があるっていうか」


「そっか。ならいいか」



いいんですか?

内心に小さな呆れを浮かべる私を尻目に、うんうんと満足そうに頷く彼はやっぱりお馬鹿さんっぽかったです。


……悪い人ではないんですよね。常々テンションが高く、騒々しい人ではありますけれど。



先の言葉に嘘はなくて。


愛嬌があると思ったのは、確かで。


彼のお馬鹿っぽさを好ましく思っている自分が、心のどこかにはいて。


正直『友達』よりも、こうして『彼氏』と一緒にいる方が気は楽なのかもしれません。



「しっかし、結構ツッコミきついよな? 告白してきた時はかなり儚げだったのに」


「緊張していましたから。今の方が素です。幻滅しましたか?」


「んにゃ、全然。こんくらいの方が、俺としても話しやすいしイイ感じだ」



『やっぱ付き合ってくの無理だわ。この辺でもう終わりにしねぇか?』とでも言ってもらえれば、茶番を終えられて楽だったのに。


そう思うと同時に、私は彼が『全然』と言い切ってくれた事に安堵したのかもしれません。



「そっちはどうよ? 俺と実際に付き合い始めてみて」


「……悪くはないと思います」


「えーっと? それって思ってたほどよくもなかったと?」


「いえ、そんな事は。この感覚はどう伝えればいいのか……」



面倒臭いだけだと思っていました。


実際、私はあなたに振り回されて心労を重ねています。


しかし……悪い気分ばかりが胸に広がっているわけではないのです。


今もあなたとの会話を、私はそれなりに楽しんでいるのです。


周囲の顔色や空気をうかがいつつ過ごしていた以前の私は、絶対に『お手』だなどとは口にしませんでした。


ついうっかり馬鹿な事を言う。それは私が気を抜いている証。彼に心を許している証。



「ん~、確かに俺らって恋人っぽいしっとり感が薄いか。悪くはないけど、これでよしとは言い辛いっつーか?」


「ラブコメの、ラブではなくコメばかりが強調されている今日この頃ですよね」


「そう、それだ! 今も『あーん』してもらったのに、ラブラブな感じがあんましなかったし!」


「……ぁ、改めて言わないでください。恥ずかしくなるじゃないですか」



お箸の先は彼の唇に接触していなかった……ですよね?


えぇ。ここは『していなかった』と結論付けておきましょう。


変に意識してしまうと、お弁当を食べ進め辛くなってしまいます。


たかが間接キス、されど間接キス。男子に耐性のない私にとっては、結構な大事なのですよ。


気にしないでさらっと流せてしまう性格なら、そもそも現状に至らないでしょうし?



「おっ、ちょっとだけラブな空気が醸し出されたっぽい?」


「あの……そーゆー事を口に出すから、空気がコメディ寄りになるのでは?」



こちらとしては、茶化してもらえて助かりましたけれど。


もしかして私がこれ以上照れないようにと、彼は気を利かせてくれたのでしょうか?



「まぁ、俺ってどっちかっつーと、根がギャグキャラだからな」


「知っています」


「そこはそんな事ありませんよって言って欲しかったぞ、彼氏的に」


「ありのままの彼氏を受け入れる彼女は、素敵な女の子なのではないでしょうか?」


「それは……んん? 確かに? ずっと格好つけ続けなきゃダメってのはキツいしな」



彼がまたもあっさりと納得してしまった事で、私はくすりと笑いを零してしまいます。


相変わらずちょろい人です。しかし、それは根が素直だからなのかもしれません。


まだ心から『好きです』だなんて言う気は、全くしませんけれど、それでも―――。



「可愛いと思います」


「え? 何が?」


「私は、あなたの事を、です」


「いや……俺、男だぞ?」


「知っています。でも私は今、あなたを可愛いと思ったのです」


「ありがとうって言うべきなんか? 喜びづらいんだけど」



視線を虚空に彷徨わせ、眉間に浅いしわを作って見せる彼を、私はやっぱり可愛いと思ったのでした。


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