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第1話 騒がしい人は苦手なのです。



「ぁっ……あなたの事が、ずっと前から好きでした。私と付き合ってください。お願いします」



胸の痛みを必死に押さえつけて、私がどうにかそう『告白』すると、彼はまずぽかんと口を半開きにしました。


百年間ずっと温め続けてきた恋心もすぅっと冷めてしまいそうな、とてもお間抜けな表情でした。


人気がなく夕闇が迫りつつある放課後の教室での密会という、王道的なロマンティックさをものの見事にぶち壊してくれます。



「ぅえぇっ!? うっそ、マジで? マジで俺が好きなんか? うわっ! うっわー! ははは!」



一拍遅れで目をキラキラと輝かせた彼は、何故かその場で忙しなく足踏みしながら高らかに笑いました。


『少女漫画の主役級男子は務まりそうにはありませんね』というのが、私の心に浮かび上がった率直な感想。


まぁ、こういったタイプの男子が好きな人も世にはいるのでしょうけれども、私は正直遠慮したいところです。


騒がしい人は苦手なのです。


――――――えぇ、嘘です。全てが嘘。


私は彼の事など、好きでも何でもありません。


ずっとも何も、今日の昼休みまで関心を抱いた事なんて一度もありませんでした。




私はどこにでもいる『普通の少女』です。


より正確に言い表すのなら『平均よりもいささか格が低い女の子』でしょうか?


周りの空気を乱さないよう、皆の輪から外れてしまわないよう、日々周囲を窺う……そんな地味で臆病な人間なのですよ、私は。


よってグループの中心人物から『アンタもさ、恋とかしなきゃ。勇気出して告白とかしてみたらどぉ? ほら、アイツとかさ? お似合いっしょ?』と持ちかけられれば、頷くしかないのです。


『え? 急に何を言い出すんですか? 嫌です。無理です。お断りです。突拍子もない提案は止めてください』

それは私にとっての紛れもない本心であり正論なのですが、周囲からすれば分を弁えないワガママになってしまいます。


もし私が首を横に振ったなら、瞬間『皆が盛り上がっているところに水を差すな。白けさせるな。空気を読め』と、それまでの和気藹々さが嘘のように一同から冷たい視線を向けられてしまった事でしょう。


教師陣は『友達同士なんだろう? 遠慮せずにぶつかっていきなさい。本音で語り合った方が友情も深まるぞ』なんて理想論をよく口にしますが、では貴方たちは学生時代に本音を口にしまくっていたのかと。そんなに心が強かったのですかと、そう問い詰めたいです。


いえ、大人の不興を買いたくはないので、実際に口に出しはしませんけれど。


昨日も今日も明日も、弱い私は本音を口にせずに力ない愛想笑いを浮かべ続けます。




まぁ、そんなこんなで……場の空気やら見えない階級というものは確かに存在していて。


あの瞬間、私に与えられた選択肢はYESかNOかで。そしてNOを選べば、その後の自身の扱いが悪化する可能性は濃厚で。


そもそもにして、周囲は『奥手なあの子の背を押してあげよう』とか『絶対、あの2人なら上手くいくよね』とか、そんな善意や確信なんて持ってはいないのです。ただ単に下級な私を困らせて楽しみたいだけなのです。


端的に言って……オモチャですよね。


でもまぁ、まだイジメというほどではありませんし? このくらいなら、どうにか苦笑いで済ませられますし? 本格的な排除を喰らってしまう事を思えば……えぇ、マシなのです。



私が告白した理由は、保身と妥協。


恋する乙女チックな麗しい感情なんて欠片もありません。


先にも考えた通り、私はオモチャ。現状は一種のゲームなのでしょう。


私は皆の意見を受けて行動するプレイヤーキャラクターで、私に告白されてしまった彼は攻略対象キャラクター?


皆の暇を潰すために、私は恋模様を描かなくてはならないのです。


実際、私の生まれて初めての告白シーンも『ちゃんと見守ってあげるから!』とのありがたいお言葉のもと、モバイルを通じて中継されています。きっと皆はどこぞのファーストフード店でポテトでも摘みながらに、あれこれ感想を呟いているのでしょう。


言うまでもない事ですが、私は『見守っていて欲しい』などと願った覚えはありません。とんだ羞恥プレイです。



まだ該当しないと考えていましたが、現時点で既にイジメなのではないでしょうか?


いえ……実害がないからセーフです。多分。ギリギリの瀬戸際ですが、どうにか。


自分の机だけ教室外に追い出されたり、私物がなくなったり壊されたり、水をかけられたり、階段から突き落とされたり、殴られたり、蹴られたり……私はしていませんから、セーフ。セーフなのです。



「おーい? どうしたんだ?」


「……ぁっ。いえ、何でもありません」


「そうか? ちょい顔色が悪いっつーか、上の空っつーか? ほんとに大丈夫か?」


「それは……告白したばかりですから。好きな人が、目の前にいますから。どうしても緊張してしまうのです」



まったく恋慕はありませんし、性格的に苦手な部類ですらありますけれど、別に私は彼が嫌いではありません。


こんなくだらない事に巻き込み、さらにぬか喜びをさせてしまった事を、申し訳なくも思っています。


というか、こんな私なんかに『好き』と言われて喜ぶのだから、彼も存外ちょろい人なのですね。


男は皆バカばっか。

えぇ、事実かもしれません。


でも、そんなお馬鹿さんは私の周りにいる女子一同と違って、顔色の悪さを心配してくれるんですよね。



「んじゃ、帰るか。女子と帰るなんて小学校以来―――あっ! 手ぇ繋ぐ? つーか家どっち方面? いや、どこだろうと家まで送ってくべきなのか? 彼氏的なマナーとして」



本音を言えば、手を繋ぎたくはありません。嫌悪感はなくとも抵抗感はあります。自宅までずーっとついて来られるというのも、嫌です。お断りです。


けれども……今の私は彼に恋する少女。すぱっと断るのはあまりに不自然ですよね?


皆が飽きるか、彼が私に愛想を尽かすかするまでは我慢しなければなりません。



「えっと、手は……お好きにどうぞ。私からは恥ずかしいので……握れません」


「あーもー! 何この可愛いイキモノ!」


いえ、あなたがときめいている眼前の生き物の内心は、まったく褒められたものではないのですが。お腹も真っ黒なのですよ?


彼の将来にちょっぴり不安を覚えます。

彼は悪い女の人にころっと騙されて、身包み剥がれてしまうタイプの人間ではないでしょうか?


まぁ、未来の彼がどうなろうとも、私には関係のない話ですけれど。



「あの……自宅までの付き添いは不要です。子供ではありませんし、今まで普通に帰っていましたし」



私の反応は少し冷ややか過ぎるでしょうか?


『お付き合い』の期間は出来るだけ短くしたいところですが、あまりに早くフられても皆を白けさせてしまいます。


万が一にも、今ここで『本当は俺の事好きじゃないだろ? 告白は罰ゲームか何かか?』などと見抜かれるわけにはいかないのです。



「わ、私も出来るだけ長く、あなたと一緒に歩きたくはあるのです、けど」



偽りを口にしながら、私は彼の指先を摘まみます。そちらからぎゅっと握り返して欲しいと伝えるように、ひどくか弱く。


これで殿方の心はくすぐられるのでしょうか?



「うん、俺もだ!」



くすぐれました。

釣れました。

ちょろいです。

彼風に言うならば『何この面白いイキモノ』です。


勢いよく頷いた彼は、私の手に己が手をいそいそと絡ませてきます。いわゆる『恋人繋ぎ』ですね。


やはり結婚詐欺などにあっさり引っかかってしまうタイプではないでしょうか、この人。






告白して、OKをもらって、手を繋いで、仲良く並んで下校。


本当に好きな相手とする事が出来たのであれば、きっともっと嬉しく、照れくさく、そして緊張してしまうイベントだったのでしょう。

私の気分は、さながら隣国の放蕩王子の篭絡を試みるハニートラップ要員でしたけれども。


…………ときめきって、なんでしょうね?


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