【プロローグ(2)】
…法律を破った者がどうなるかは基本的に国民に知らされていない故に魔法による犯罪の数は平均的である。しかし、偶に恐ろしい魔法犯罪を起こすものがいるのだ。またそれが人間界に関するものであるのならば第四魔法使いの座の誰かが人間界に降り、一度犯罪者をアリシアに連れてくる。アリシアで裁判を行い、罪を決定する。ただし、罪が確定した時点で犯罪者は魔術神達に「どこか」へ連れて行かれるが、そのあと犯罪者の姿を見るものはいないとされている。
そして、噂では「魔術神王」直々に死刑されているという話もある。魔術神王がどんな人物かは基本的に国民に知らされる権利はない。また魔術神でも知らないものがほとんどだと言う。わかっているのは「フルール・ルパラディ」という名前だけで、男性なのか女性なのかもハッキリしていない。
ラフィはその魔術神王の姿を見てみたいと思った。知りたいと思ったのだった。どんな人か、どんな性格なのか、どんな声なのか、誰もが知らないことを知ろうとするから人も魔法使いも進歩してきたが故、ラフィの考え方は正しいともされるが、基本的に魔術神王の姿を見てみたいから上の階級を目指す、というのは明らかに侮辱にあたり、魔法使いの恥ともされる為にラフィの母、ロージーはラフィに外ではその考えを口に出さないように念を押している。
「魔術神王…優しい人なのかなぁ?」
そんな幼心の素朴な疑問さえ、この国では時に大惨事となることもある。
「きっと優しい人よ、この国を作ってくれた方だもの。」
母・ロージーの声は常に落ち着き優しい。ラフィはそういえば、とロージーに質問をする。
「アリアを卒業したら私はどこの学校に行けばいいのー?」
「…お好きなところにお行き。呪い系の魔法なんかも、使い方を間違えなければ正しい魔法でもあるしね。」
「…ふーん」
ラフィ・ドゥ・ペレファン。10歳にしてはラフィは他の魔法使いに比べて多くの本を読んでいた為に、少し頭が良いのと、更に次のことを知ろうという興味の対象も多いのだ。ラフィはまた質問をする。
「ねーママー、人間界見せてー!」
この国で人間界を見ることは別に犯罪ではない。しかし見たことが周りに知られれば社会的に死ぬ、といった状況になる。
「ダーメ、大人になって自分で鏡買いなさい?」
人間界を覗き込める鏡。それは何の変哲もない鏡で本来は魔具ではない。しかし鏡に特定の魔術をかけることで人間界を覗き込めるという鏡になる、いわゆる魔術と魔導の両方を駆使した技だ。ロージーはラフィに言う。
「ほら、庭へ出て飛ぶ練習をしましょう?」
「私、もうちゃんと飛べるもん!」
まだラフィはほうきで飛ぶことに完全に慣れたとは言えず、やはり少しぐらつきがあり、一歩間違うと死ぬ危険性もある。ロージーとラフィは庭へ出る。
「落ちたら怪我じゃ済まないんだから。」
「…はーい」
ロージーはラフィにほうきを渡すと、ラフィはほうきにまたがる。このほうきは特殊加工をされておりサドルのようなものがつけられている。故に乗りやすく、また飛びやすい。
「じゃあ飛ぶよ…!」
ほうきは魔具でありながら魔力を込めなければ空には浮かない。ラフィは魔力放出の呪文を唱える。
「マジック・ポイント・リリース!」
勿論詠唱するだけで魔力がほうきに送られるわけではなく、本人にその気がなければ送ることはできない。ほうきは魔力放出により空へ浮かび上がる。ロージーはラフィに指摘する。
「魔力出しすぎよー、もっと抑えてー」
その声は高く飛んだラフィには聞こえていないのかラフィはどんどん高度を上げていく。ロージーは呆れた顔をするが、しばらくすると「よし」と言い助走をつけ走りだす。そしてロージーは庭の芝生を強く踏むと同時に呪文を唱える。
「マジック・ブースト」
その声は大きくも小さくもなく、普段会話するときの声量だ。そしてロージーが踏んだ芝生は普通に踏んだ状態の二倍凹むとロージーの体は空へ高く舞い上がる。そしてロージーはラフィとほうきをキャッチすると空中でラフィの手を掴むと再び詠唱する。
「マジック・ポイント・クロージア…!」
するとほうきは力をなくし地へと落ちていく。勿論彼女達の体も地へ近付いていくが、ロージーはラフィを抱えたまま更に唱える。
「…フローティング・ザ・マギカ」
地に落ちる直前で彼女達の体はふわりと空へ浮き、ゆっくりと地に降り立つ。
「ねーママー?これ覚えたらほうきいらないんじゃないの?」
誰もが思うことを口にするがロージーは答える。
「…ほうきは、速いのよ、速度がね。移動に便利よ。」
「へー…」
ラフィは適当に返す。
「さ、練習はこれで終わり、この年齢でほうきなんて使ってるの貴女だけなんだから。さ、夕食がそろそろ出来上がるわよ!」
「やったー!…シチューの匂い…」
「正解!」
二人の声は空に響く。二人は家に入り、手を洗うと食卓の準備を整えるとシチューの入ったお皿を机に置く。
「それじゃ、いただきまーす!」
「いただきまーす!」
二人は黙々とシチューを食べる。ラフィは呟く。
「…パパ、天国で見守ってくれるかな?…私のこと」
するとロージーはラフィに微笑み、言葉を返す。
「えぇ、きっと。」
「それなら良かったよ!」
二人はまたシチューを食べ始める。
「私、やっぱり不安だよ…」
「大丈夫よ、手紙、送るわね。」
いつのまにか二人はシチューを食べ終わる。ラフィはバタバタと足音を鳴らし自室へ行くとパンパンに中身の詰まった大きなカバンを持ってきて玄関に置く。
「それじゃ、お風呂に入ってくるね」
ラフィはロージーにそういうがロージーは目を見開いて驚く。
「あら!今日は一人で入るの?…珍しいわね…」
「うん!もう明日から学校だもん!」
ラフィはお風呂場に走って行くが、しばらくすると戻ってくると小声でロージーに言う。
「やっぱり…一緒に入ろ…?」
ロージーはふふ、と笑うとラフィとお風呂場に行くと二人は服を脱ぎシャワーを浴びシャンプーを使用する。
「ママ…シャンプーが目に…」
「がーまーん。」
勿論ラフィは自分で自分の頭を洗っているが、まだ慣れていないようだ。
「もう10歳でしょ?…一人で出来ないと笑われるわよ?」
「…むー。」
ラフィはシャンプーを流すとタオルを取り、石鹸と擦り合わせ泡立たせると体を洗う。ロージーは先に洗い終わったのか湯船に浸かる。ラフィもしばらく体を洗うと、シャワーで泡を流し湯船に浸かる。
「お風呂、気持ちいいね。」
ラフィが呟くとロージーも「ね。」とだけ答える。風呂場の天井近くにある小さな窓から満月の光が少しだけ射し込む。もうすっかり暗くなった様だ。二人はしばらくの間、会話の一つもなくそのまま湯船から上がる。
「今日は寝たくないなぁ…」
そう言う不安そうなラフィにロージーはラフィの濡れた頭を撫でて言う。
「…少しだけ、お話、読んであげるわね。」
「やったー!」
二人はパジャマに着替えるとラフィの部屋へ行く。ロージーは手に本を持っている。ラフィは布団に潜ると、早く読んで、と手を上下させるが、ラフィは目を輝かせながらロージーの方を見る。ラフィが落ち着いたのを確認するとロージーは本を読み始める。
「…シンデレラ。」
そうして、二人の長い夜は過ぎ去っていったのだった。