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カイルの不眠不休の仕事が始まった……。

 普通、大臣クラスや王族には、自分の家や王家ならその象徴とする紋章が描かれた印がある。

 そして、それは大きすぎず、指輪サイズだったりすることが多い。

 そうすれば身に付けておくことができ、すぐに裁断に入れるからである。

 それは、一応一財産になる純金や銀だったりすることが多い。

 それに、それは手紙の封蝋の上に押し付けることも多く、それはそれは貴重な上に身分を示すので大事なものだが、カイルは元婿養子で、実家からは半分追い出され、自分の身分を示すものはない。

 その為、頭をかきむしりつつ、一つ一つ裁断を始めサインを書いていく。


「クッソー‼ 我儘ついでに印章を作って貰うからな‼ うん。安くていい……金じゃなく銀でもいい‼ 絶対に‼」


 しかし、カイルは書類を見て次第にアホらしくなってくる……いや、どうして、こんなに重要な書類が積み上がっているんだ⁉


「大臣も大臣‼ それに、前の王太子も王太子だ‼ 王弟殿下も何だ? はぁ? 町は活気がないって言うのに『シェールドの地域から産出される宝石を手に入れたい』……? それに『シェールドの王にお願いして、竜を一つがいに珍しい乗獣を貰って欲しい』……死ね‼ 乗獣のナムグは金持ちのおもちゃか‼ 竜族の誇り高さと美しさ、賢さに蹴られて死ね‼ あぁ、死んでいいとも‼ あぁ? さっきからこんなのばかり『高級家具』だの、『年に一回しか行かねぇ別荘を改修したい』だ? 王弟殿下もバカなんだな‼」


 罵りながら書きなぐる。


「あぁ、俺の乗獣のランス……畏れ多くもシェールドの王太子殿下のセカンドネームを頂いた、賢い上に珍しい奴だったから、泣く泣く別れてきたのに‼ 俺があっちに残っておきさえすれば‼」

「はぁ? お前、乗獣知ってんの?」


 その声に顔をあげると、エレメンティアがキョトンとした顔で立っていた。

 一応、その後ろにタイムが額を押さえている。

 カイルは元々、短気な方でカッとなると即、腕か足が出る。

 スートとつるむようになったのも、そしてタイム達と仲良くなったのも、外面は温厚そうな青年が、人混みの中で財布をすっていたスリを、一瞬にして蹴りあげ、鳩尾に拳で一撃してくれたお陰である。

 最近は婿養子に入らされ、イライラがかなり増していた。

 ここで腕を振るうこともできず、暴言となったらしい。


「え?あぁ……そーです。俺の乗獣いますよ。ランスロットと言います。ランスロットは、シェールドの王太子殿下のセカンドネームで、元々は今のカズール伯爵の曾祖父に当たられるランスロット卿と言う騎士団長の名前です。とても賢い相棒ですね。3年……前ですね。別れたのは。もう、他の新しい主の元に……」


 遠い目をすると、一瞬にしてその瞳は陰る。


「まぁ、それはそれで……殿下? このアホな書類もう決裁したくないです。何ですか? これは‼」

「ん? あぁ、叔父上の散財だろう? あぁ、カイル。明日、お客人が来るんだ。その前で突っ返してくれるか?」

「はぁ? 嫌ですよ。バカと同レベル。虫酸が走る‼」


 本気で嫌そうに答えつつ手は動く。

 が、まじまじとカイルの作業を見つめると、


「……お前、速読?」

「一行じゃなく一枚をパッと見て……『コレコレこういう理由で必要』か『金を出せ』かを判断してます。殆どがバカ親子です。あ、陛下も一度使い込みたいと書いていますが、どう見ても額が少ない上に『エレメンティアが落ち込んでいるので、喜びそうなビニールハウスを作りたい。予算の半分は私の資産を使ってくれ』と書いてました。額を計算した上に、お客人のもてなしや、もしくは客がいない間はこの城を奥以外の表だけ開放し、イベントをしたりして、入場料金を頂くことで収入を賄うのは如何かと」

「はぁ? 大丈夫なのか?」


タイムは目を見開く。

 真顔で、


「シェールドの王宮は、広大な図書館や芸術的に価値のある宝物を納めた宝物館を有料で開放している。その有料と言っても、図書館は一回申し込んだだけで永久利用で、宝物館は一回一番安いコイン一枚。それだけで一日いられる。レストランや一般の官吏などが利用するカフェも、かなりお得に利用できるんだ」

「えぇぇ?それで国はやっていけるのか?」

「国王は税金を払わない代わりに、国から一枚のコインも受け取らないんです。国王は代々ギルドに在籍し、執務をする代わりに代々受け継いでいる広大な平原と幾つかの鉱山で暮らしを成り立たせています。と言っても、平原は開拓しない。自然を保つ。鉱山も国王の子供達に与える装飾品のみ。それ以外はギルドの仕事をこなすことで収入を得るか、自分の住んでいると言うか、王宮やその前の広大な庭を開放するしかないでしょう? 余分な欲はかかないのだそうです」

「でも、食事に服や、色々といるだろう?」

「それは、5爵から贈られてくるものですね。国王が税を徴収しない代わりに、5爵がそれぞれ5つに分けられた地域を治め、税金を国庫に納めて、国の為の運用に回します。特に収入の少ない南のファルト領にお金が届くように調整し、それぞれの地域の為に使ったお金の残りで王宮の中を綺麗にしたり、古くなった家具を修理したりしている訳です」


書き込みつつ、答える。


「ですから、王族の仕事をしつつ、王太子殿下や弟王子は騎士の館に入って、騎士になったんです。騎士になれば収入が入るでしょ?」

「王って普通……」

「あそこは普通と思っていて、こちらの国は変わっていると思っています。特に国王はかなり変わっていて、まぁ、女性好きの欠点もありますが、ストリートチルドレンや、あの国の最も困っていること……人身売買組織を壊滅させたりしてました。ストリートチルドレンは手に職をつけさせたり、その子の生まれ故郷を調べさせて帰せるようなら送り届けたり、ダメな場合はしっかりとした養子先を見つけたり……それが普通なんですよ」


 カイルの言葉に、エレメンティアは呟く。


「まるで夢の国だな……」

「あぁ、そうでした。騎士の館では、食事に服、寮完備で毎月1ルード(10万円程)のお金を寮生一人一人に渡すんです。それをどう使うかはその子供次第。使い方も先生に後でここをこうすればいい。と金銭感覚も養われるようにするんです。そのお金は国のお金で、必死に働いた人から戴いていると感謝するように。それに、騎士になる子供も、代々騎士の家系にとらわれず、一般の家の子供にも試験を受けさせて貰えるんですよ。それに、お金持ちの子供は寮の掃除など出来ませんから、それを一般の家の子に教わり、お金持ちの子供は、逆にマナーとかを教えることで仲良くなっていくんです」

「……羨ましい」

「……と言うよりも、ここはシェールドではありませんからね?この国で出来ることをしましょう。良いですね?じゃぁ、タイム‼ これは普通の書類。通していいから、その棚に‼ このアホな書類は明日と言うよりも今日じゃないですか……あぁぁ。見て損した。それより殿下。少しは寝て下さい。目が真っ赤、目の下にくまは国賓を迎える王太子として恥ずかしいですよ⁉」

「な、何ぃぃ‼」

「女性をやめると言っても、最低限必要なのはマナーと身だしなみです。さぁ、休んで下さい。タイム送って」


 俯いたまま書面を見いるカイルに、


「あ、明日か明後日かには、印章を作るからな‼ 安心しろ‼」

「期待しないで待っていますよ」

「このぉ‼」




 プリプリしつつ部屋を出ていったエレメンティアを先導しながら、タイムは告げた。


「殿下は、カイルを良く解っていらっしゃる。良かったです」

「何をだ?」

「兄上に追い出されるように婿養子に入ってからは、本当に無表情に口数も減っていました。私たちのことも避けていました」

「……それは、お前達のこと嫌いじゃないと思う」

「そうですね……でも、文句や辛い苦しいと言ってくれないのを、見るのは辛かったです」


 タイムは頭を下げる。


「殿下のお陰です。私たちのことを救ってくれた……心の傷は、本当にいつ治るかも、開くかも解らない……殿下は私たちの恩人です」

「利用してるんだぞ? 怒ったりないのか?」

「仕事もさせて貰えず、バカにされ、制服もろくな武器や防具すら揃えて貰えない……その空しさにさいなまれるよりも、悪い意味ではなく、新しい仕事を与えて貰えるのは、声をかけて下さるだけでも全く違います」

「……」

「殿下。お休み下さいませ。むさ苦しい男ばかりで申し訳ありません。ミィどのが起こしに参りますので、しばらく……」


 エレメンティアはタイムを見上げると、ニッコリと笑う。


「ありがとう。ミィや他の女官達がいてくれるが、タイム達も守ってくれると安心だ。これからもよろしく頼む」

「はい」




 ワーズやナイアのいる部屋の奥の扉を開き、笑いながら3人に手を振り、扉を閉じたエレメンティアを3人は見守っていたのだった。

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