可愛い可愛いお姫様と騎士
「あ、そうだった」
セディはポケットに仕舞っていたものを取り出す。
「おーい‼父さん‼こっちに到着したよ~‼」
『はいはーい‼』
それは、丸い鏡……しかし、磨かれた面は何故かゆらゆら揺れて、次の瞬間、
「……どっこいしょ……華奢だからお前がいけって、ないよね~?」
両手が出てきて、鏡の縁を抑えることで体を引き上げるのは、小柄な青年。
スルッと飛び降りると、続いて水面のようなそれに手を突っ込み、
「はーい、六槻~?父さまの所においで」
「ふ、ふあぁぁぁん‼こあいよぉぉ」
青年に抱えあげられて出てきた、小さな子供のびえびえ泣き出した声に慌ててアイドが抱き上げて、
「よく来たね?六槻。長旅だから、ショートカットさせたいからと思って、ビックリした?」
「にーちゃぁぁぁ~‼ねんねしゅー」
「あ、そうか、早朝も早朝だもんね……」
「……真夜中だけど……。僕、眠たい……」
かなりご機嫌斜めな声と共に、鏡をすり抜け登場したのは、エレメンティアと然程目線の変わらない少年。
豪奢なはちみつ色の髪と瞳は、両目がわずかに違うオッドアイ。
顔立ちは端正と言うよりも愛らしい。
……が、キラン‼とカイルを見つめ、ニッコリと笑いかける。
「久しぶり~‼だね?カイル?もう眠るのやーめた‼騎士の訓練場に案内しな?」
「ダァァァ~‼団長~‼」
青ざめ、後ずさるカイルに、
「あれ?僕は同僚のはずだけど?3年の間に脳が退化した?」
「いえ‼いえいえいえ‼徹夜に大掃除していましたが……退化はしておりません‼」
「……あ、お兄ちゃんだぁぁ‼」
アイドの腕の中で、あやしてもらっていた少女が声をあげる。
「わーい‼お兄ちゃん‼」
顔をあげた少女は、同性のエレメンティアが羨ましくなる程、愛らしい顔立ちをしていた。
大きな瞳は深紅、まつげは長く、顔立ちは幼いが相当の美少女で、肌は抜けるように白い。
そして柔らかそうなウェーブのかかった髪の毛は、純白……。
「お兄ちゃん~‼」
「……カイル?うちの可愛い六槻と、仲良く出来て良かったね~?」
「ヒィィ‼伯爵閣下~‼」
こちらは金髪に大きなたれた緑の目、顔立ちはシェールドの人間の中では平凡だが、この国の人間には端正な青年である。
腕を組み、微笑むと、
「フィア?カイル連れて徹底的にここの騎士団を、しつけておいで」
「えぇぇ~?兄さま‼」
「適度な運動したら、六槻とお昼寝していいからね?」
「やったぁ‼カイル、行くよ‼カイルの知人の騎士たちも、一緒に遊んであげるから」
「仕事が溜まってるんですぅ‼」
必死に訴えると、振り返ったフィアが、
「へぇー……僕のお願いはダメなのかなぁ?」
にこにこと笑っているが、かなりの迫力にがっくりと……。
「エレメンティアさま、申し訳ありません。スートとタイムをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わない」
「殿下?」
「頼む‼一人で、団長に向かったら三日は寝込んでしまう~‼スート、タイム‼例の『ハニードラゴン』団長だ‼無理だぁぁ‼」
幼馴染みに訴える。
「失礼だね……もう過去のことなのに……あ、アイドも行く?」
「あ、そうする。あ、そうでした。陛下?エレメンティア殿下?」
抱いていた六槻を弟に抱っこさせて、首を傾げる。
「もしよろしければ、こちらの騎士団の精鋭を選ばせて頂いてよろしいでしょうか?陛下や殿下をお守りする意識の低い馬鹿どもを、排除させて頂きますね?」
「あぁ、どうぞ存分にやって下され」
「ありがとうございます。じゃぁ、六槻?蒼記と遊んでね?」
「あーい‼にーちゃぁ、フィアちゃん、行ってらっしゃい‼お兄ちゃんたちも頑張ってね~‼ヴァーロにーちゃまも‼」
手を振る愛らしい少女に見送られて出ていったのを見送り、童顔のセディが『父さん』と呼んでいた青年が、国王に優雅に頭を下げる。
「お久しぶりです。ジェラード陛下」
「あぁ‼あの、リュー団長に甘えていた、シエラシールさまか?」
「止めて下さいよ~‼私は、もう、51なんですよ」
「あぁ、グランディアへの任務で……」
「そうなんです。あ、改めまして、王太子殿下には初めてお目にかかります。カズール伯爵家当主シエラシール・クリスティーンと申します。我国の王太子、アルドリー殿下とアーサー殿下の養父であり、守役となっております」
エレメンティアは立ちあがり、
「申し訳ございません。私はエレメンティアと申します。閣下のお噂はかねがね伺っております。よろしくお願い致します」
「あ、そして……六槻?」
「あい‼」
立ち上がると優雅に頭を下げる。
「初めてお目にかかりましゅ。私は、カズール伯爵家長女六槻・アエラ・アルカサールと申しましゅ。8の月に19歳になりましゅ」
「エェェェェ‼」
エレメンティアは、愕然とする。
「と、年上……‼わ、私も童顔で、年齢に見られないけれど……」
「綺麗なお姉ちゃまでしゅ~‼」
目をキラキラさせる六槻に、
「あ、お姉さまは六槻さまの方です。私は今度18になりますので……」
「わぁぁ……さーちゃんと同じお歳なの~‼とーちゃ……えっと、えっと、ジェラード陛下、エレメンティアさまとお友だちになってもいいでしゅか?」
舌っ足らずらしく『す』がどうしても『しゅ』になるらしいが、小柄なエレメンティアよりも小さい少女が上目使いで首をかしげる姿に、ジェラードや花や植物にのみ興味のあるナイアですら、魂が抜ける思いである。
「ありがとうございます。とても嬉しいです。お姉さまとお呼びしても……?」
「むーちゃんでいいでしゅよ?とーちゃ。エレメンティアさまとお話ししたいでしゅ‼」
「良いよ~?」
「あ、あの……」
「エレメンティアさま?可愛い娘ですのでよろしくお願い致します。代わりに、セディ?私と一緒に仕事~‼」
セディは、目を見開く。
「えぇぇぇ‼何で~?」
「……アイドに仕事を押し付けている罰‼ついでに、この国の内情を知って、自国との違いを理解すること……出来なければ、リー兄上の元に5年程留学~‼リジーももう適齢期だし……」
「ぎゃぁぁぁ‼ごめんなさい‼それだけは止めて‼父さん‼ごめんなさい‼」
「……じゃぁ来るよね~?」
「はい……」
半泣きのセディは着いていく。
「エレメンティアさま、一応二人である程度さばいておきますので、ご安心下さいね?ミューも仕事頑張って~‼」
言いながら部屋を出ていった。
「大丈夫ですか?陛下……?」
心配げに父親を見るエレメンティアに、ジェラードは楽しげに、
「構わん。シエラシール卿はシェールドでも唯一と言っていい程の天才児。6才になったばかりでシェールドの大祭で史上最年少で優勝を重ねた上に、お父上に叩き込まれたと言う知識を持っている……。それに、王太子殿下の養父としてお二人を育てられた。この地域の内情は従兄弟であるマルムスティーン侯爵閣下より伺っておられるだろう。恥は十分さらした……変わるまい」
「ですが……」
「エレメンティアしゃま?とーちゃ……父と殿下やフィアちゃんは大丈夫でしゅよ?」
「あ、六槻さま、お座りになって下さいませ」
古いもののどっしりとしたソファに案内して、ミィや数人の侍女が運んできたティセットを示す。
「大丈夫ですか?お食事はまた後でお持ちします」
「あ……」
ごそごそと持っていたポーチを探すと、封筒を差し出す。
「エレメンティアさま、じーちゃまが言ってましゅた。これは、寒い地域でも育つ植物で、大きな根の部分も葉っぱも食べられましゅ。保管は、雪に埋めて保管可能だそうでしゅ。育て方も書いてましゅ。育ててみてくだしゃい」
「えっ?」
ナイアが目を輝かせる。
「そんな植物が⁉」
「あい、お兄しゃまが学者しゃんでしゅか?どうじょ」
「あ、ありがとうございます‼」
「それと……あった‼これは、ザットとグランディアのハクサイと言う野菜を交配したもので、まだ研究は進んでいないのでしゅ。でも、研究として使ってくらしゃい」
「お金は……」
「それは逆に成長記録とかを頂けないかと言ってましゅ。それと、んしょ、んしょ、あい‼」
ポーチの中から書面と、皮袋を差し出す。
「研究費だしょうでしゅ。契約書を陛下にお願いしましゅ」