貿易都市ツォルト4
後ろについてくる貴族の娘をちらりと見ながら、メイドのノンは頭を抱えたくなる思いだった。
今回は予定外のことが多かった。
一つは、領主の帰宅。
これは、アルフが早く見つけたおかげで、すぐに念話でメイドたちに指示を飛ばせたからよかった。予定より二週間は早い帰還であったが対応できた。
積み荷を運ぶように貧民街の子供たちに声をかけ、馬車の用意をし、屋敷の手入れを行う。これらを分担して効率良く行い十分に間に合わせた。
いつもなら、その様なこと、船が港についてから、ゆっくり進めていけば十分に間に合う。
領主を待たせたところで、誰も咎めるものはいないからだ。何より、領主が気にしたりしない。
しかし、今回は特別であった。
貿易船に領主と同乗していた女性
アリスバノ国の国王の愛娘、キュール・アリスバノ姫
この都市の上に位置する国家であり、貿易都市はアリスバノ国の一部になる。現在、姫は旅行と称して周辺都市の重要都市の跡取りから婚約者候補を探している。
そんなことを小耳に挟んでしまったメイドたちは何がなんでも、アルフを選ばせると意気込んでいたのだ。
かくいう、それを聞いた料理長や庭師たちもそれはそれは、気合いのこもった掛け声と共に仕事に勤しんだ。
◇
「こんにちは。ほんじつははるばる海をわたりようこそおいでくださいました。」
アルフはつたない言葉で挨拶を行い、頭を下げる。
「いえいえ、本日はお招きいただきありがとうございます。」
キュールはあどけない姿に微笑みながら挨拶を返した。
スカートの裾をつかみ軽く足を曲げて頭を下げた。まるで舞踏会前の挨拶のような姿にノンは関心をしていた。
さすがは王族の直系というべきか。
「アルフ様、私のことご存じですか?」
「アリスバノ王国のおひめさま。年齢は14歳と伺っています。」
アルフは丁寧な言葉で知っていることを明かした。
「アルフ様は物知りなのですね。では、私もあなたのことで知っているものを話させていただきます。年齢は10歳、使える魔法は今のところはゼロ。朝の日課は散歩をして丘の上から貿易船を眺めること。他にも特技や苦手な食べ物。いろいろ存じていますよ。それは、おいおいお話するとして、私、旅で疲れております。少し休ませていただきたいのですが…」
キュールは少し微笑んで見せてそう告げた。
アルフはキュールの近くの椅子を引き彼女へその席へ座るように促した。
キュールはアルフに頭を下げて席へとついた。
アルフも自分の席へ戻りノンに椅子を引いてもらう。
二人が腰かけたところで、銀製のワゴンに載せられたコック長自慢の料理が運ばれてくる。
匂いだけで、食欲をそそるそれらをメイドたちは二人の前に並べていく。キュールにとってそれらの料理はすべて目を見張るものだった。
並べられていく料理は、入手が容易な食材ばかり。しかし、鼻腔を通った香りだけで、確実に美味しいことがわかる。
すべて食材が並んだあと、キュールはおそるおそる料理を口に運んだ。
◇
すべての食材を食べ終えたキュールとアルフは食後のお茶を楽しんでいた。もう、一時間程、お互いが交互に質問をして、それを答えてを繰り返している。
そろそろ、話題もつきてきただろうと、そばで控えていたノンは二人に提案をだした。
「キュール姫様、アルフ様。ちょうど正午を過ぎたころでございますし、食後の散歩にでも行かれませんか?」
ノンの提案にキュールはちらりとアルフの表情を見た。いままでに話していたときと違い、アルフの目は確実に輝いていた。
まだ、10歳の子供だ。じっとして話をしているのも退屈であろう。
そう結論付けてキュールは立ち上がりノンの提案を受け入れるのだった。