チートとのお茶会 (三好長慶編) 『修正予定』
摂津国越水城。
この城は四国が本拠地だった三好家の畿内の上陸拠点であり、天守を備える大規模城郭はこの城をめぐって幾度と無く戦いが発生していた証でもある。
軍勢を和泉国に向かわせて俺達がこの城にやってきたのは、まもなく京に上がる新公方足利義栄に挨拶をする為である。
「和泉国守護代、大友主計助鎮成と申します」
「うむ。
若狭と丹後での活躍は聞いておる。
励むが良い」
本当に挨拶だけだった。
第一印象として、この将軍俺が心配するぐらいに青白い。
病弱であるとは聞いていたが、どうも長くはないといやでも感じてしまう見た目だった。
果心が将軍周囲の近習を買収して聞いた所によると、短すぎる挨拶の裏に体調不良を隠す意図があったらしい。
抱えている傀儡としては、これほど脆いものは無い。
「おお。
大友殿か。
幕府への忠節は轟いておりますぞ」
その分、傀儡であるがゆえに実権を握ろうとする輩が必ず近くにいる訳で。
その声の張りに、入れ違いに入ってきたこの男が黒幕だろうと当たりをつける。
「年をとると体の節々が痛くなる。
若いとは羨ましいものよ」
「それでも、長く生きるお方の知恵には勝てませぬ。
どうか、その見識で公方様をお支え頂きたく」
足利義維。
足利義栄の父であり、堺公方・平島公方と呼ばれたお方である。
だからといって傀儡になりきる訳でもなく、三好義賢が阿波守護細川持隆を殺した際には阿波を離れて大内家を頼った経歴を持っている。
「それよ」
足利義維はぽんと手を叩く。
その軽い音がかえって俺に警戒心を植え付ける。
「あれは病がちでな。
長く続けられるか分からぬ。
ならば、災の芽は摘んでおくに越したことはなかろうて」
淡々とした口調でえげつない事をおっしゃるこの人も、幾多の戦乱を乗り越えて来た畿内の人間なのである。
言葉に隠された将軍候補の粛清を、俺は曖昧な笑みで聞き流すことにした。
「ははっ。
堺大樹様はそんな事をおっしゃったのか」
最後の寄り道が摂津飯盛山城に居る三好長慶への挨拶である。
新公方擁立から始まる幕府新体制は息子の三好義興に任せるみたいで、飯盛山城から出て何か指図をするという様子は見えない。
とはいえ、俺みたいに挨拶をする連中でこの城は常に賑わっている。
本丸の奥に作らせた茶室にて三好長慶と二人きり。
それが今の俺の待遇を明確なまでに物語っていた。
「笑い事ではありませぬ。
ごまかしましたが、これ以上血を流すのはろくな事になりませぬ。
釘を刺しておくべきかと」
足利義維が示唆した粛清対象は多分一乗院の門跡である覚慶、後の足利義昭の事だろう。
後の歴史を知るならば、たしかに粛清しておいたほうがいいのは間違いがない。
足利義栄が死んでも、弟の足利義助が阿波に残っているからだ。
「わかった。
儂の方からも一言言っておこう。
かわりに婿殿に聞きたかった事がある」
武野紹鴎の影響を受けた四畳半茶室の中で、茶釜が湯を点てる音を奏でる。
茶を差し出した三好長慶はそのままその問いを俺に告げた。
「どうして婿殿は、我らが織田信長に負けると読んだのだ?」
時が止まる。
まさかここまで核心を突いてくるとは思わなかった。
越前における織田信長側への協力については言い逃れができる言い訳は用意していた。
固まった俺を見て三好長慶は笑う。
「疑ってはおらぬよ。
疑った所で婿殿が若狭と丹後で大功を立てたのは事実だし、それに手をつけなかった事も知っておる。
おまけに、孫次郎からは『和泉守護代を辞したい婿殿を説得してくれ』と泣き言を文で送ってきよった。
婿殿が三好を色々と助けた上で聞きたいのだ」
笑顔のままだが、目は笑っていない。
忘れていた。
彼もまた歴史に名を残した天下人の系譜に連なる人だったという事を。
「我らになくて、織田信長にあるものとは何だ?」
茶を手にとってそれを味わう。
苦いが、その味が緊張を解きほぐす。
茶人としても彼は一流だった。
「逆なのです。
ないからこそ、織田信長は恐ろしく、あるからこそ、三好は負けると」
飲み終えた茶を置いて、俺はこう続けた。
「修理大夫様が四国から来た時であったならば、別だったでしょうに」
俺の例えを三好長慶は的確に理解した。
三好家は織田家以前に下克上を成し遂げた家だったから。
「勝ち過ぎたか……」
組織としての三好家にはいくつか致命的欠点が存在している。
一つは何度も何度も指摘した二重傀儡政権であるという点。
三好家の中を見て思ったが、ただの傀儡だったらまだましで、管領細川家の力がまだ残っているのが話をややこしくしていた。
三好家の根拠地たる阿波国ですら、守護代三好義賢が殺した細川持隆の息子である細川真之を守護として擁立しないといけないあたり、その力は無視できるものではない。
少し話をそらすが、下克上のケースで先に滅んだ朝倉家を引き合いに出そう。
越前守護だった斯波家の混乱に乗じて勢力を広げた朝倉家は、守護代から守護へ代替わりを重ねながら越前国を乗っ取った。
それを例えるならば、三好家は最低でも守護代として力を得て時を重ねて守護にならなければいけなかったのである。
だが、歴史は三好長慶を一気に頂点に押し上げてしまった。
「はい。
今のままでは、多くを守りきれずに負けるでしょう」
そして二つ目は根拠地である阿波と畿内が海で分けられていることだ。
何か畿内で変事が発生しても、一番信頼できる兵を連れてくるのに時間がかかりすぎる。
その為、三好家は本家を摂津国に移してここを本拠地にする事を目指していた。
だが、それは四国三好家と三好本家が距離的に分裂する事を意味する。
史実では何が起こったか?
織田信長が足利義昭を連れて上洛した時、三好三人衆は四国に逃れたが三好義継は織田家についてしまう。
本家と根拠地の分裂した三好家は、その結果として織田信長に敗北する事になる。
守護や守護代を支配しても、最終的に兵を集めて戦うのはその下の国人衆である。
この国人衆相手に信頼できる一門や譜代を配置するというのは、彼ら国人衆の土地を奪うことを意味する。
それがどれだけの血を流すかなんて大友家をみれば十分だ。
関東の名家で源頼朝ご落胤説までつけた大友家は、現在に至るまで大神系国人衆をはじめとした地場国人衆を駆逐できていないのだ。
更に畿内の特殊事情である幕府や公家や寺社の存在が話をややこしくする。
大名以外に頼れる権威があり、その地に長く根付いているからこそ、彼らは大名を信用しない。
「今から一番言いづらいことを言いますがよろしいか?」
あえて間をとった俺の言葉に、三好長慶が苦笑して頷く。
ここまで言っておいて何をと目が笑っているので、三好家最大かつ最悪の弱点を俺は彼に告げることにした。
「一番の理由は、修理大夫様。
貴方様にございまする」
「……儂か?」
きょとんとする三好長慶。
自らを指差すが意味が分かっていないらしい。
「この複雑怪奇な畿内をなんとかまとめられたのは、修理大夫様のお力によるもの。
それゆえ、修理大夫様が居なくなったならば、誰もまとめられずに崩れてしまうでしょう」
三好政権というは、三好長慶という超チート武将の力量によって支えられている。
彼によって三好家、細川管領家、幕府がまがりなりにも意思統一ができて運営されているのだ。
だからこそ、彼の死によって政権が崩壊した。
その単純かつシンプルな理由を俺は三好長慶につきつける。
「修理大夫様のご立場についてはご自身が一番お分かりのはず。
それで、畿内が治まっているのがそもそもおかしいのでございます」
「だが、儂が居なくなって織田が儂の真似をできるとは思えぬぞ」
三好長慶の答えに、チート過ぎた彼の限界を見る。
だからこそ、彼は最後で中世に足を引っ張られたのだ。
「ええ。
無理でしょう。
全てを敵に回して戦い続けるでしょうな。
で、それを最後まで行うでしょう」
中途半端に壊れた家を絶妙なバランス感覚で修理し続けたのが三好長慶だった。
それを織田信長は外から見て、実際に使い出したらこう思うだろう。
「ぶっ壊して、新しく建てた方が良くないか?」
と。
そういう所で織田信長は、複雑怪奇な畿内のルールを良くも悪くも何も知らないがゆえに、最適解に合理的にたどり着いてしまう。
だが、管領細川家を通じて幕府というシステムを熟知していた三好長慶は、それがコントロールできるがゆえに、壊すより修理する方が安いと判断してしまった。
この話は、要するにそういう話なのだ。
「婿殿が孫次郎を助けても無理なのか?」
「圧倒的に時が足りませぬ。
せめて、領地の守護に三好一族をつけるべきでした」
室町幕府をコントロールするには、将軍の傀儡化と同時に実務機関を立ち上げる必要があった。
で、その実務機関に席を置く為には明確な実力が必要で、その実力の裏付けとして守護という名が欲しい。
そこまでして、管領を無力化できる。
けど、これで二重傀儡政権が傀儡政権になるだけである。
統治システムの再構築とは、それぐらい時間がかかるのだ。
「今からそれを成すには、どれほどの時がかかると思う?」
三好長慶は天下人として俺に尋ねる。
だからこそ、俺は嘘偽りなく、それを告げる。
「最低でも五年。
馴染ませるなら十年。
ですが、新公方様はそれまで持たないでしょうな……」
新公方の代替わりで、そのあたりの仕組みは作れないことはない。
だが、それが動き出して実際に有効であると皆が認識する時間が必要だった。
その時間がとにかく圧倒的に三好家には無い。
「なるほどな。
越前を食わせたのは一向宗相手に共食いをさせる腹か」
俺が織田支援の言い訳に使おうとした理由に勝手に繋がってしまうあたり、三好長慶という武将は超チートなのは間違いがない。
そして、彼がそれを見つけてくれたのだから、それに俺は全力で乗ることにした。
「越前の統治に何事も無ければ三年、一向宗と闘いながらでは五年はかかるでしょう。
本願寺の動向も絡み難しい舵取りが求められますが、それだけの時が稼げてようやく戦になるかと」
「その戦。
婿殿は手伝ってくれるのか?」
ここまでの会話は俺にとっては本当に先送りである。
恩がある三好家とチート軍団の織田家の間で天下分け目の決戦なんて見たくな
いのが本音である。
せめて五年この状態が続くなら、三好長慶の死後の混乱から三好家が崩壊し織田信長が覇者として死闘を始めるぐらいの時間が稼げるはずだ。
そこから先については知らん。
何しろその時が史実ならば、俺の首は今山で落ちているだろうから。
「それがしは恩を仇で返すほど薄情ではございませぬ。
とはいえ、お屋形様の許可を得なければ、無理でしょうが」
「あいわかった。
九州探題殿には儂からも文を書こう。
公方様が京に入られたあかつきには、畿内と四国の守護を入れ替える。
婿殿。
和泉国守護、引き受けてくださらぬか?」
やられた。
気づいてみたら和泉守護代を辞めるどころか、和泉守護をもらう羽目になっている。
こっちのしてやられた顔が面白かったらしく、三好長慶は楽しそうに笑う。
「儂も、恩を仇で返す薄情な男ではないのでな」