表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

95/257

建部山城戦後始末

「俺に一色家の姫と婚姻をあげろと?」


 大友家と一色家には意外な縁があったりする。

 大友義鎮の最初の妻が一色家の姫だったりする。

 結局、彼女は子をなす事無く歴史に消え、大友義鎮はそのまま大友二階崩れを経て今の奈多夫人を継室として迎えるのだ。

 そのわずかな縁を一色家は忘れていなかった。


「はっ。

 一色家から姫を用意し、一色義幸様の養女として嫁がせたいと」


 建部山城の一室、使者としてやってきた稲富祐秀は頭を下げたまま会話を続ける。

 実にわかりやすい政略結婚である。


「また、一色の名前を名乗るのならば、一色家当主として丹後一国全てを差配しても構わないと仰せで」


 こういう時に家というものの柔軟性が現れる。

 分家一門と譜代が下につくから、俺の子にも娘をあてがって血脈を維持できる訳だ。

 こういう事が往々に起こるから、戦国時代は当主と嫡流が違うなんて事もよくあったりする。

 もちろん、お家騒動の種だ。


「一色ねぇ。

 一応、三好の姫をもらっているのは知っててそれを言うのだろうな?」


 名ばかりとはいえ、一色家は足利一門であることから四職の筆頭として将軍家に重用され、室町幕府においては侍所の所司を勤めた武家の名家である。

 それの意味する所は、嫡流である大友宗家を差し置いて幕府要職につけるという事だ。

 現在の三好家の人事は新公方擁立を前に混乱に陥っている。

 幕府の新体制と広がった領地の統治人員に不足をきたし始めていたからだ。

 たとえば、今回獲得した丹後国建部山城の領地三万石は早々に俺の手に渡された。

 畿内周辺から外れたここを統治する人間を俺が決めろという意味である。

 近江宇佐山城の細川藤孝を持ってきてもいいが、そうすると織田家との緩衝地帯が空くだけでなく、三好と織田の連絡役も居なくなる。

 幕府が傀儡とはいえ、傀儡だからこそ現状の幕府影響力は近年屈指の広がりを見ているのだ。

 どういう事かと言うと、畿内の大名や国人衆は三好や織田に忠誠を誓ったのではなく、武家の棟梁である公方様に忠誠を誓っているからだ。

 これは、今回の戦いで屈服した若狭武田家や一色家に幕府の忠誠を誓わせた事にも絡んでくる。

 このあたりの武家の名家にとって、元陪臣の三好に頭を下げるというのは気分がいいものではないのだ。

 たとえ傀儡とはいえ、公方様の命ならばそのヘイトがある程度三好に行く事を軽減できる。

 再三再四言っているしここでも強調したいが、三好政権というものの実態は幕府を傀儡にする管領を傀儡にして操っている二重傀儡政権である。

 その分、公方様や管領が独自行動を取った時に制御できるかという構造的欠陥を抱えるのだが。

 これを嫌った織田信長は、史実において将軍足利義昭を追放して、壮絶なしっぺ返しを食らう事になる。

 話がそれた。


「それはもちろんの事。

 必要でしたら縁のある山名家にも公方様に忠誠を誓わせましょう」


 なんとなく一色家が考えている事の想像がついた。

 要するに幕府という虚構に俺を押し上げて、そこから三好を追い出す腹か。

 畿内の権力闘争というのはこんなのばかりである。


「お断りさせてもらおう」


 稲富祐秀が顔を上げるが驚きを隠せない。

 そんな彼に、わざとらしく嫌味を言ってやる事にした。


「俺が武田高信殿と同じにならない保証がないからな」


 武田高信というのは若狭武田家庶流の出で、因幡山名家に仕えていた武将である。

 有能であったが為に独立を画策し、守護である因幡山名家を乗っ取って但馬山名家と激しく対立していたのである。

 で、ここからが面白いのだが、武田高信が後ろ盾にしているのが毛利家。

 これは隣が伯耆国で尼子家対策という縁がある。

 だが、尼子家が出雲国まで攻められている現状で俺が畿内でうろちょろした結果、但馬山名家に毛利家が接触。

 武田高信の存在が宙に浮いてしまったのである。

 そんな彼を引き合いに出した事で稲富祐秀は何も返事が出来ずに引き上げることになった。




「いいの?

 私達の事だったら気にしなくていいけど?」


 その日の夜。

 閨での睦事で有明が俺に尋ねる。


「構わんよ。

 正直増えたら俺がもたん」


 俺のおどけた口調に有明だけでなく明月や果心も笑う。

 もちろん全員何もつけていない。


「子供ができれば良かったんだけどね」


 有明の申し訳無さそうな言葉を俺が手で塞ぐ。

 有明は博多の遊女に落ち、名が知られるほどに多くの男に抱かれた。

 避妊や堕胎技術が発達していなかったこの時代でそれは、子供が出来ない体になったという事を意味している。


「できないって訳ではございませぬ。

 できにくいのは事実ですが」


 有明の体を見たのは果心である。

 で、エロくノ一の果心の技術は今でもフルに使われている。

 でも子供が出来ない理由を有明自身の口から告げられる。


「怖いのよ。

 置いて行かれることが。

 私を残して、八郎が討ち死にしてしまう事が」


 当たり前だが、子供ができてしまえば今のようについてゆく事はできない。

 できてしまえば、城の奥にかしづかれながら俺の帰りを待つ事になるなるだろう。

 岸和田城ならばまだいい。

 大友家血族の誕生を大友家から来た家臣たちが岸和田城においておく訳が無い。

 まず間違いなく有明は九州に帰される。


「だから八郎と子供のどちらを取るかって言ったら、八郎を取ったわけ。

 だから気にしなくていいから、大名の跡取りが欲しかったら妾でも作っちゃってよ」


「まあこんな訳で」

「私達が先に孕むのもどうかという訳で」


 有明の言葉に明月と果心が続く。

 なお、明月は祟り払いで、果心はくノ一の修行として有明と同じぐらい男に抱かれている。

 三人でやっているのにできないのはこの辺りの連携があったのだろう。

 それに気づいたというか気づかされたのは、閨に入れないのに男性経験豊富な男の娘の指摘である。


「大名か。

 とうとうそんな所にきちまったなぁ……」


 九州の猫城はともかくとして、畿内における俺の領地はこの城だけでなく和泉国守護代職として一国を差配している。

 ここは飛び地になってしまうので代官を置くか、誰かにくれてやるかを考えないといけない。


「このままだと荒木村重にこの城をくれてやる事になるだろうなぁ」


 俺が管理している和泉国守護代職を彼にやるつもりだったが、完全に手が回らない状況になりつつあった。

 遠隔地の領地である以上、信頼できる者に渡さないと今までの苦労が水の泡になる。

 三好政権の南部方面は、松永久秀が幕府に入ったことで大和方面がまだ空いているのだ。

 建部山城の件と一緒に来た松永久秀からの書状には、手が回らない河内方面も頼みたいという事まで書かれていた。

 案が無い訳ではない。

 今回、名目上の大将になってもらった野口冬長に和泉国を渡すという事も考えたのだ。

 だが、そうなると俺が河内国か大和国に送られかねない。

 野口冬長には河内国高屋城に入ってもらって、俺が引き続き和泉国を預かるのがベターな案になる。

 なお、大和方面は松永久秀預かりで、筒井家との和睦を持ちかけているらしい。

 紀伊国畠山家と大和国筒井家が連動するなんて事は避けたいので、新公方就任を名目にこの二家と和睦を狙っているそうだ。


「いざとなったら、またどこかに逃げるか」


 俺の言い方が面白かったのか、有明が笑う。


「あら、更に東にでも行くのかしら?」


 若狭湾を抑えたことで、望むならば更に東に北に行くことができる。

 だが、逃げたとしてももはや大名は俺をほおってはくれないだろう。

 逃げるにせよとどまるにせよ、堺がある和泉国というのは便利であり、それを見越したであろう和泉国守護代を渡してきた三好家の温情と打算に舌を巻くしか無い。


「まあいいさ」


 その一言で有明と明月と果心を抱く。

 長い戦も終わったのだ。

 次の戦まで爛れた日々を楽しむことにしよう。




「……と、そんな事を考えておりました。

 それが夢だと分かっていたんですけどね」


 翌日。

 昼まで寝て起きてからのこの書類の山を見ての一言である。

 端的に言って、丹後国が俺になびいたのは一色家の失政のせいであり、その打開を民から求められたゆえのこの嘆願の山である。

 で、丸投げしようとした荒木村重が機先を制す。


「殿。

 どうかこれらの嘆願について差配を命じて頂きたく」


 若狭後詰の戦において、多くの将兵が俺のことを「殿」と呼ぶようになった。

 それは、俺を一家の主人と認めた証でもある。

 もちろん、俺自身は変わった覚えはない。


「先に言っておく。

 領地を含めてこの城を荒木村重に渡すつもりだ。

 好きにやって構わぬぞ」


「ありがたき幸せ。

 ですが、今の主は殿でございます」


 荒木村重の平伏に俺は苦笑しつつ、控えていた大鶴宗秋に尋ねる。

 こちらに話を持ってくる前に大体根回しが済んでいるのが日本的組織というものなのだから。


「丹後の状況は悪いですな。

 一色家はその打開に戦を選び……」


「俺に敗れて全てを失ったか」


 失政というよりも不況といった方がいいだろう。

 若狭湾の交易に絡めなくなったというのがその背景にある。

 若狭湾の西よりにある丹後国は西回りの交易路の要衝だ。

 主な商品は、出雲の鉄と石見の銀。

 この二つの商品が毛利と尼子の戦で安定供給が滞っていたのである。

 それだけではない。

 若狭湾に卸された商品は大消費地である京に向かうのが常だ。

 だが、一色家は若狭武田家と戦を繰り返しており、京への最短ルートである琵琶湖ルートが使えなくなっていた。

 ならば丹波ルートで京に運ぶという手段もあったが、丹波は荻野直政と波多野元秀の蜂起によってルートとして使えなくなっていた。

 そして、俺に敗れた結果として琵琶湖ルートが使えるようになったという訳で、この嘆願はその便宜を図ってくれという意味である。


「わかった。

 若狭武田家と話しをしよう。

 織田家にも俺の方から文を送っておく」


「この城にやってきた名主達についてはどういたしましょうか?」


 戦が終わるとすぐに、直訴という形で村長や名主達が押しかけてきていた。

 田中久兵衛に話を聞かせているが、経済状況の悪化を重税で賄おうとして民心を失ったという訳だ。

 で、戦で荒れた結果年貢が払える訳もなく、年貢の猶予と戦で発生した人狩りで捉えられた領民の返還を嘆願しに来たらしい。

 一色家は戦の前に負けていたのだ。


「人買いを釈放したら、商人たちが害を被るだろう。

 俺が買い取ってそれを名主達に引き渡すが、その支払いは証文にする。

 年貢も三年は免除してやれ。

 銭は商人たちから出させろ」


 この辺りの処理をせずに後任に任せると大体ろくな事にならない。

 どうせあぶく銭と割りきって、そのあたりの処理を全部俺の方で抱え込むことにした。

 荒木村重が平伏したまま声を張り上げる。


「殿のご配慮感謝いたします!

 城代としてしかとこの地を治めて見せまする!!」


「何を言っているんだ?

 渡すと言っただろう?

 城主としてだ。

 大名としてしかと治めてみせよ」


 俺の言葉を聞いた荒木村重が震えている。

 大名。

 多くの侍が憧れる一国一城の主。

 それは彼にとっても例外ではない。

 平伏したまま涙を床に落す荒木村重の肩を軽く叩いて、俺は大鶴宗秋を連れて部屋から出る。

 大鶴宗秋は何か言いたげそうな顔をしているがあえて無視していたら、ついに彼の方から声が出る。


「気前がよろしゅうございますな」


「ここを抱え込んでみろ。

 確実に毛利の戦に巻き込まれるぞ」


 この戦において、杉谷善住坊をヒットマンとして送り込んだ以外に毛利の動向が聞こえてこなかった。

 あの毛利元就があんな直接的な手を出してくるとは正直考えにくい。

 そして、ここを拠点に尼子支援を始めようものなら、ほぼ確実に全面戦争に移り全力で俺を潰しに来るだろう。

 警戒しつつも毛利の動向が分からない現状で、落ち目の尼子にこれ以上の賭け札を賭けるつもりはない。


「尼子の戦。

 このままでよろしいので?」


 大鶴宗秋の念押しに俺は即答する。

 関与した時の未来が俺には見ていたからだ。


「これ以上の名を上げてみろ。

 お屋形様が俺を消しに来るぞ。

 一色家の一件も遠からず耳に入るだろうからな」


 俺が一色家の姫を嫁にと断ったのはここにも理由がある。

 足利一門一色家という格は地方大名にとってあまりに大きすぎるのだ。

 大友義鎮が粛清を考えかねないほどに。


「ご主人!

 ご主人!!」


 女中姿の井筒女之助が俺を見つけて駆けてくる。

 実によく似合っているが、小姓だと男どもの視線が凄いことになったので女中姿にしたという何か色々駄目な理由があったりする。

 そんな男の娘が真顔で俺に文を差し出した。


「港に来ていた鉢屋衆の忍がこれをと」


 さっそく尼子家から支援を求められたかと内心苦虫を噛み潰しながら文を開く。

 その文字を読んで、俺は時間を忘れた。


「御曹司?」

「ご主人?」


 俺の異変に気づいた二人が声をかけ、やっと俺は我に返る。

 そういう事か。


「尼子家から来た超極秘情報だ」


 その言葉を告げて井筒女之助に目配せをすると、男の娘はただ頷いた。

 つまり、この場所には間者が居ないと確認して、二人にそれを告げる。


「出雲攻めの陣中にて毛利元就が病に倒れたらしい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ