若狭後詰 その2 【地図あり】
若狭戦線の勢力を海岸線沿いに大雑把にまとめるとこんな感じになる。
西 日本海 東
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一色義道 逸見昌経 武田義統 粟屋勝久 朝倉義景
敵の敵は味方というが、親三好勢力は粟屋勝久と逸見昌経で、武田義統と朝倉義景が組んで粟屋勝久を挟撃していた。
俺達が向かう後詰というのはこの粟屋勝久の所だ。
一色義道は武田義統に因縁があるが、かといって武田家家臣である逸見昌経と仲が良いという訳でもなく、逸見昌経はこの攻撃に丹波三好領に逃げる羽目になった。
で、武田義統と争っていた武田信豊も身の危険を感じて三好家に逃亡。
今回の俺の軍勢の先手として参加する予定である。
なお、未だ挟まれて頑張っている粟屋勝久も逃げてくれれば色々楽なのだがと言ってはいけない。言いたいが。ものすごく言いたいのだが。
彼の奮戦の結果、今回の後詰の進撃路が決まってしまったのだから。
「いやぁ、大友殿の軍勢は華やかですなぁ」
案内役の木下秀吉の声に適当に返事を返しながら俺はため息をついた。
俺達がいるのは近江国坂本。
比叡山延暦寺のお膝元である。
粟屋勝久の領地は越前と若狭の国境にある。
その為、近江国琵琶湖西岸を北上するルートを選んだのだ。
このルートならば、琵琶湖の水運が利用できるからだ。
そして、織田家に南近江の通行を申請した結果が、この木下秀吉の道案内である。
「女連れの従軍とは羨ましい限りで。
それがしも陣中で女と寝たいものです」
これも知った事なのだが、俺の軍勢には商人や御陣女郎達が勝手についてくる。
仕事ができる御陣女郎も商人も大規模消費行為の塊である軍勢に勝手についてくるのも分からないではないが、その規模が他所と明らかに違う。
「それはそうでしょう。
こちらの陣では奥方達が取り仕切っておりますからな。
安心して商いができるというもの」
だから勝手に心を読むな。木下秀吉よ。
で、いつのまにか来て説明に入る果心。流石元くノ一。
「それはそうですもの。
八郎様の命を受けて我々で管理しようと」
あれ?
俺そんな命令出したっけ?
首をひねる俺に果心が種明かしをする。
「ほら。
岸和田城に籠城した時に、女中の管理の際に」
なお、これは惚気話である。
だから俺は白目で愚痴っておく。
「それ、閨で俺の上で跨ってた時だよな」
「はい。
おかげで色々揃えることができまして皆感謝しております」
すごく嫌な汗が流れる。
果心の事だから、こっちの損にはならないように図っているのだろうが、一体何をやらかしたのやら。
で、そういう時に頷いているから、下手な返しもできる訳もなく。
「仲がよろしいですなぁ」
「ええ。
毎夜朝まで凄いんですのよ」
「……毎夜?」
「はい。
毎夜北の方を含めた三人で夜伽をしておりますが、眠らせて頂けませぬの」
引いてる。
女好きの木下秀吉だけに、それが分かるからドン引きしてやがる。
毎夜している訳じゃないから。
戦の前とか休むから。
なんか俺以上の女好きが居たとか顔で語らないで。
泣くから。
という訳で、何か言いたげな木下秀吉がついてくるのを黙認しながら、出陣準備中の陣に戻ると唖然とするしか無い。
「八郎!
これいいでしょ!!」
「よい品を果心殿のおかげで大量に入手する事ができました」
そこには有明と明月を始めとした、薙刀御陣女郎軍団がずらりと。
百人ばかりの御陣女郎がずらりと並ぶと、肌色率が凄いことになって色気とかも凄いことに。
あと、いつ作ったよ。
薙刀御陣女郎軍団が持っているうちの片鷹羽片杏葉の大旗は。
「説明。
してくれるよな」
こっちのジト目をまったく気にしていない果心があっさりと種をバラす。
これが冗談だったら笑っておしまいなのだが、背後にガチの防諜があるから困る。
「歩き巫女対策です」
その一言で、この色物集団を見る目が変わる。
華やかな一群の姿が獲物を狙う食虫植物の姿に。
「来るか?」
「間違いなく」
武田家の諜報集団の一つである歩き巫女は春を売りながら諸国を歩き、その情報を武田家に送り続けてきた。
武田家も京の政変を見逃すような大名ではなく、確実に情報を得ようとするだろう。
その時に果心の身元がバレるという事は、武田家と諜報面で全面衝突する事を意味する。
わざわざ敵を増やす必要もない。
だからこっちで遊女達を管理するという訳だ。
ちなみに、チート果心は別として武家の姫出身の明月が有明以下薙刀指導をするらしい。
「それと、八郎様を狙う噂を耳にしました」
木下秀吉の前でこれを言うのだから、果心も肝が座っているというか。
木下秀吉の驚く顔を見て、白と分かった上で俺達は堂々とその話を続ける。
「雇い主は誰だと思う?」
「朝倉義景に一色義道が第一候補。
畠山高政が第二候補という所でしょうか。
勘で良ければ別の名前をあげますが?」
つまり、果心的にはこれ以外の本命が居る。
それを口に出さない事でいやでも俺には分かってしまった。
暗殺者の雇い主は毛利元就だと。
何が毛利元就の逆鱗に触れたのか?
考えられることと言ったら、一つしか無い。
「若狭そのものか」
「何か言いましたか?
大友殿?」
「いや。
気にしないでくだされ。
木下殿」
若狭を制圧するという事は、日本海交易路の要衝を抑えることを意味する。
つまり、やろうと思えば若狭から一気に出雲国尼子家へ支援を出す事が可能なのだ。
その可能性が毛利元就の逆鱗に触れたという所だろう。
尼子家を滅ぼそうと激しい死闘を繰り広げている毛利元就にとって、海路による支援が入って尼子家の継戦能力が維持されるのを恐れている。
だから、俺が九州の地で謀反を起こして粛清されるのを待てないという事と京まで影響力を行使できないから暗殺者を雇ったという訳だ。
暗殺者は畿内ならば雇いやすいし。
俺は果心に対策だけを命じる。
「どうせそのあたりが臭いのは分かっている。
追加で忍びを雇っても構わないから警戒を頼む」
果心は頷いたが、その視線が御陣女郎の方に向けられる。
岸和田城で雇った連中がそのまま入っていた。
一体、御陣女郎のどれがくノ一なのやら……
それで話はおしまいという事にしながら、俺は話を逸らすことにする。
で、御陣女郎達が持つ薙刀に目が行く。
「しかし良く集めたなこれ」
「叡山の霊験あらかたな薙刀ですので、加護もありと思いますわ」
納得。
比叡山の僧兵の横流し品かよ。これ。
となると薙刀さばきが妙に様になっている連中はと気づいて口を閉じる。
そりゃ、織田信長に焼かれるわな。比叡山延暦寺よ。
そこ出身の御陣女郎かよ。
「しかし、何で皆薙刀なんだ?
槍の方が使いやすいだろうに」
「戦に出て戦う訳ではないし、使うとすれば陣中の諍い事だろう。
振り回せる薙刀は足軽には脅威だろうよ。
する時は裸だろうからな。
それよりも後ろの箱を見ろ。
あれ、多分種子島だ」
「なんと!
流石は大友殿。
御陣女郎にまで種子島をもたせるとは……」
気づいたら、木下秀吉が彼付きの侍と御陣女郎談義に花を咲かせている。
ちょうど良いタイミングなので、話に加わる事にする。
「さすがに撃たせないよ。
顔に火傷をつけるわけにも行かないだろう」
種子島は派手に火を吹くから火傷ができる。
鉄砲撃ちが仕事ではないだろうと俺が口を挟んだら果心が即座に突っ込む。
「あら?
白粉で隠せますわよ。
雑賀の女には名手もいるとか」
鉄砲の便利さは、訓練次第で誰でも習得できる容易さにある。
女達も鉄砲が使えるという事実は戦を確実に変えてゆくのだろう。
そんな事を思いながら、木下秀吉と話していた侍に話を振る。
「木下殿。
こちらの方は?」
「これは挨拶もせずにご無礼仕った。
織田家家臣、前田又左衞門利家と申しまする。
此度は、木下殿の目付として参陣しております」
歴史が変わっている影響がこんな所にも出ている。
前田利家は信長の同朋衆の拾阿弥と諍いを起こして彼を斬殺したまま出奔した事がある。
美濃制圧戦で一応許されたが、その美濃戦が史実より早い。
出戻りの前田利家とすれば、更なる勲功をという所にこの若狭後詰である。
木下秀吉と前田利家は仲が良かったらしいし、奥方同士も付き合いがあったとか。
そのあたりの縁なのだろう。
「今回は若狭の後詰なので、織田家の皆様の先導は有り難い限り」
もちろん、裏が無い訳ではない。
若狭の隣である越前国敦賀郡は若狭湾で一二を争う敦賀港がある。
ここを三好が取るか織田が取るかで今後の情勢に影響が出るのだ。
そして、粟屋勝久への後詰の本命はこの敦賀港の帰属にある。
三好がここを抑えたら、堺-京-琵琶湖-若狭という交易路が完成するし、織田がこれに噛む為には出口である敦賀港は是が非でも抑えないと行けなかったのだ。
そして、朝倉家がまだ滅んでいない現在、敦賀港はある意味早い者勝ちという感じになっている。
「我らは若狭への後詰ですから、先陣は譲りませぬぞ。
そこから先は知りませぬが」
「大友殿のお心づかい感謝する次第」
こっちは織田家と争うつもりはない。
敦賀港は惜しいが、かといってこの港をめぐって織田家と決裂するつもりは毛頭ないのだ。
だからこそこの狸芝居が意味を持つ。
『最初に若狭を攻める。それは三好家で行い、同時刻に越前で何かやってようと俺は関知しない』という俺の裏の意味を木下秀吉は的確に理解した。
「木下殿に前田殿。
お二方はどれほどの兵を連れてゆくので?」
織田家の二人に有明・明月・果心を連れて陣中を歩く。
これも兵たちのいい見世物として士気高揚になっていたりする。
で、ついてくる御陣女郎たちを買って、そのマージンが三人の懐に入るのだから上手くできていると感心するしか無い。
「ははっ。
お恥ずかしい限りで、墨俣に城を持ってまだ一年ばかり。
思うように兵が集まりませんでな。
身内ばかりですわ」
その木下陣だが、たしかに兵の武装が他陣より悪い。
急造部隊というのがはっきりと見て取れる。
その監視としての前田隊なのだろう。こっちはちゃんと装備が揃っているように見える。
話を聞くと、兵は前田隊を入れて千人ばかり。
その主力は蜂須賀正勝と前野長康が率いる川並衆らしい。
城の方は奥方ねねの実家から来た浅野長吉が留守を任され、木下秀長や竹中重治というチート連中とも顔を合わせる。
傍から見ても、木下秀吉がこの一戦に賭けているのが分かる。
織田家はその急拡大から一気に武将達を抜擢して占領地統治に当たらせている。
北伊勢には滝川一益が、南近江には佐久間信盛、柴田勝家、中川重政らが配置されたのだ。
これに他の武将が奮起しない訳がない。
次の城持ちは誰になるのか?
織田家特有の功名心と野心が織田家を天下へと飛翔させている。
その次の候補に居るのが、明智光秀だ。
来るべき朝倉攻めに功績を立てられるならば、それはほぼ確定するだろう。
天下人にまで成り上がった木下秀吉がこの動きに刺激されない訳がない。
彼はこの出陣に賭けている。
その賭けに乗るべきか、押しとどめるべきか?
あえてその答えを出すことを俺は避けることにした。
「道中は一緒なので互いに仲良くやって行きましょう。
うちの御陣女郎達は使っても構いませぬぞ」
「それは有り難いのですが、大友殿は使わぬので?」
木下秀吉の返しに、見せつけるように俺は有明と明月と果心を抱きしめて言い切る。
驚き、呆然とし、呆れながらも彼女たちは俺から離れようとしない。
「それがしにはこの三輪の花で十分にて」
その夜。
三輪の花は朝まで咲き誇って、俺は干乾びる事になるがいつもの事なので慣れた。
ついでに言うと、男振りがいいと御陣女郎達からモーションかけられまくるのだが、それも慣れるようになるだろう。
段々チートどもが現れてくる。
そりゃ、チートの巣に居れば、チートとのエンカウントも高くなる訳で。
前田利家 まえだ としいえ
蜂須賀正勝 はちすか まさかつ
前野長康 まえの ながやす
浅野長吉 あさの ながよし
木下秀長 きのした ひでなが
竹中重治 たけなか しげはる
佐久間信盛 さくま のぶもり
柴田勝家 しばた かついえ
中川重政 なかがわ しげまさ