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岸和田城籠城戦

「物見を出せ!」

「周辺諸城に伝令を走らせよ!

 敵味方の確認を怠るな!!」

「女達で城を出るものは申し出よ!

 護衛をつけて堺に送るぞ!!」

「合戦準備!

 持ち場につけ!」


 戦と聞いて城内が慌ただしくなる。

 相手は蛇谷城城主松浦信輝。

 こちらが一番想定していなかった相手である。

 何故かと言うと、松浦信輝は三好一族だったからだ。

 父親の名前は十河一存。

 三好政権で武を担当した三好兄弟の四男の子が松浦家に養子に入ったのだ。

 だからこそ、紀伊との国境の要衝である蛇谷城を任せていたのに、一番裏切らないと思っていた所が裏切った。


「大鶴宗秋。

 松浦信輝は先の席に来ていたか?」


「いえ。

 お体がすぐれぬと家老の寺田宗清殿が代理として来ておりました」


 本人は来ていなかったか。

 俺は怨恨の線を考える。


「恨まれたかも知れぬな」


「和泉国を抑えていた十河殿のお子。

 己が大将になると思っていたでしょうに、我らがやって来ましたからな」


 俺のため息に、大鶴宗秋も苦笑で返す。

 松浦家は和泉国守護代の家系で、この岸和田城城主でもあった。

 だが、久米田合戦の三好軍敗北によって城を追われ、教興寺合戦の勝利で三好家が和泉国を制圧すると俺という傀儡の下で篠原長房が統治する形が作られた。

 面白いわけではないだろう。


「だが、謀反に走るか?

 正直な所、戦が終わったら守護代なんて返上するつもりだったんだぞ?」


「御曹司。

 普通はそのまま領国として支配するものでございます」


 戦国武将の常識を諭されて、俺も苦笑するしかない。

 そんな常識を持っていたら、こんな所でこんな戦などせずに筑前国猫城あたりで大友と毛利に怯えながら暮らしていただろう。

 そのあたりのフォローをするべきだったかと後悔するが後の祭りである。


「下手な討伐はまずいな」


 一応優遇されているとはいえ、三好一族相手の戦である。

 松永久秀どころか、三好長慶にまで話が行く厄介事に頭が痛くなる。

 そして三好家は、一族の内訌で没落した管領細川家を見ているだけに、一族の粛清については恐ろしいぐらいに気を使う家だった。


「畠山の奴ら、これを知って謀反をけしかけたんじゃないだろうな?」


「ありえるかも知れませぬ。

 我らはよそ者故、そのあたりの機微が分かりませぬ」


 よそ者ゆえの欠点がここで露呈する。

 地縁・血縁から切り離されているから、ご近所付き合いにトラブルを抱え込みやすいのだ。

 けど、一つだけ納得した事がある。

 畠山軍の主力は和泉国に入っていない。

 今のままだと三好一族松浦信輝の謀反だが、畠山軍主力が入ると三好家VS畠山家という形になって、松浦信輝の処分がぐっと楽になるのだ。

 ぶっちゃけると合戦のドサクサにかこつけて殺っちゃうという奴だ。

 そんな割に合わないことを、畠山家はしないだろう。

 松浦信輝の謀反のままの方が三好家の足は止まるのだ。


「そうなれば、畠山の狙いは河内か大和か」


「公方様との合流が一番でしょうな。

 御曹司も松永殿も攻められる状況ではありませぬからな」


「わかった。

 籠城の手筈は任せる」


「はっ」


 大鶴宗秋と別れて俺は本丸の奥に戻る。

 籠城みたいな『待ち』の戦いにおいて重要なのは、情報が入らなくなることである。

 特に情報入手にタイムラグがあるこの時代では致命的な事になりかねないので、どうやって情報を入手するかは死活問題と言っていいだろう。

 本多正行がくれた鷹もそうだし、柳生宗厳に頼んで雇った忍者も包囲網をかいくぐって味方の城との連絡に使えるのだ。

 その為、どれだけ優れた忍者を雇うかと多くの忍者を使えるかが情報戦の勝敗を決める。

 その点において、俺はトップクラスくノ一の果心を抑え、伊賀と甲賀の中忍四組の十数人を戦前に抑えることができた。

 城内防諜戦要員だけでなく、外に偵察に出せる間者の確保で、こちらの選択肢はぐっと楽になる。


「果心。

 城内の間者排除は任せる。

 それと城に繋がる隠し通路を潰せ」


 よそ者ゆえ、岸和田城を完全に把握していない。

 この手の城には隠し通路があるものだし、勝手知ったる松浦家にとって、搦め手からこの城を攻め落とすのは不可能ではないのだ。

 その攻め手を完全に潰す。


「お任せ下さい」


 頭を下げた果心以下くノ一数人を見てある事に気づく。

 くノ一達は、皆美女で肌の露出が多い衣装を身に着けているのだ。

 というか、お前ら城に臨時で作った遊郭の遊女じゃねーか!

 こっちのジト目視線で察したのだろう。

 果心が余計な一言を付け加える。


「ご安心下さい。

 皆、私が技を確認しました。

 安心してお使いくださいませ」


 違う。

 というか、誰がハニトラ要員を雇えと言ったと目で語らったらしらじらしくすまして言ってのける。


「優れたくノ一は体を使って情報を稼ぎますのよ」


 何も言い返せなかったので、俺は果心にまかせてその場を後にした。

 今度は井筒女之助に預けた忍数人に命令する。


「井筒女ノ助。

 兵の物見とは別に忍も物見に出せ。

 戦力などは兵に任せ、蛇谷城城主松浦信輝が攻め手に来ているかどうかだけを確認しろ」


「まかせて!」


 可愛い顔してこういう時はくノ一らしい。

 あれ?

 何か間違ったような気がしたが、ひとまず置いておこう。

 この謀反が三好一族の粛清になりかねないから、こちらからの積極攻勢はしない。

 松浦信輝本人が出てくるかどうかで対応が違ってくるので、その確認のために貴重な忍びを使うことにする。


「八郎。

 ちょっといい?」


 タイミングを見計らって、有明が声をかけてくる。

 振り向くと、遊女の避難の報告だった。


「逃げたい遊女は、あらかた城を出たわよ。

 残ったのは三十人ぐらい。

 奥の取締役として明月にまとめてもらっているわ」


「で、その内の四分の一ぐらいは果心配下のくノ一だ。

 知っていたか?」


 俺の軽口に有明も苦笑する。

 有明も知った上での了解だったという事か。


「ええ。

 抱いてもいいけど、その時は私も一緒ね」


「それ、俺に死ねと言ってないか?」


 二人同時に吹き出す。

 少しだけ戦前の緊張が軽くなった。

 そんな心遣いが嬉しい。


「戦で死ぬなんて御免だな。

 俺は畳の上で死ぬことにしているんだ」


 砕けた口調で冗談を言えば、有明も似たような口調で返す。

 そんなやりとりがこのまま続けばいいと思った。


「駄目よ。

 八郎を畳の上で死なせるものですか。

 八郎は私の上で死ぬの」


「やっぱり、俺に死ねと言っているだろう」


 有明を抱きしめて髪を撫でる。

 有明は俺に胸を押し付ける。


「だから、この戦も早く終わらせて。八郎」


「ああ。

 あいにく、俺の槍は女にしか刺さらないんだ」




 岸和田城から蛇谷城まで大雑把に三里ほどある。

 戦において無理すれば一日で届く距離なのだが、俺達が籠城しているために間にある千石堀城に陣を置く。

 この為、物見や忍を使った情報収集で以下の事が分かった。

 それを本丸の広間にて守将達に伝える。


「物見の報告です。

 千石堀城に居る兵力は、およそ三千ぐらい。

 その兵のほとんどは雑賀衆と根来衆の傭兵で、松浦家の手勢は少ない模様」


 物見の報告を島清興が告げる。

 案の定、傭兵部隊が主体で畠山軍は来ていない。

 今度は国人衆との取次をしていた荒木村重が報告をする。


「国人衆は三好一族の争いという事で、どちらにもついておりませぬ。

 領内の門徒もおとなしく、参加する様子は見受けられませぬ」


 最後に忍を派遣した井筒女之助がぴょんと立ち上がって報告する。

 この時、忍者を雇ってよかったと切実に思った。


「松浦軍を率いているのは、家老の寺田様だそうだよ。

 松浦軍の足軽に話を聞いたけど、お殿様は病で城から出られないって」


 怪しい。

 謀反なんて乾坤一擲の大博打に本人が出てこない。

 それどころか城から出てこないなんてありえない。

 という事は……


「下克上か?」


 一万田鑑実がぽつりと呟く。

 俺も同じことを思ったので、頷くことで賛同した。


「御曹司。

 松永様は何と?」


 雄城長房が俺に尋ねたのは、松永久秀に飛ばした鷹がさっき戻ってきたからだった。

 その足にくくりつけられた文を俺は取り出して皆に読み上げる。


「『大和国および河内国に畠山勢の姿なし。

 謀反の件は了解したが一門ゆえ修理大夫様に報告し、軽々しく動かぬよう』だそうだ」


 第一報からすれば、十分なコミュニケーションだ。

 問題は重要情報が出てくる第二報以降。

 明日には松浦軍は城を囲むから、今日の夜に伝令を走らせないといけない。

 そして、敵はそれを確実に邪魔しに来るだろう。


「夜のうちに早馬を出す。

 一つは堺の守護様に、もう一つは松永殿に。

 襲われる事を考えて、それぞれに一人ずつ忍もつける。

 果心。

 城内の間者は排除できたか?」


「一応は。

 抜け穴も見つけ、兵達の協力でふさいでおきました」


「上出来だ。

 早馬を出す前に城の周囲を警戒させろ。

 書状は確実に届けるぞ」


 控えていた明月が書いた書状に俺の花押を書き込む。

 この文が届けば、


1)畠山軍は和泉国に侵入していない

2)寺田宗清が指揮をとっており松浦信輝が病で城に篭っている

3)兵の殆どが雑賀衆と根来衆でおよそ三千程度


 という情報が三好家中枢に伝わる事になる。

 公方様の朝倉討伐後の事を考えると、三万近い兵を動員できる三好家だが南部戦線に兵を割く必要が無くなり、他の場所に兵を回して戦を有利に進められるのだ。

 だからこそ岸和田城城外の夜に行われた忍同士の争いは苛烈を極めた。

 こちらの伝令二人と忍一人の犠牲があったが、なんとか敵忍者の監視包囲網を突破して情報を三好家に送り出したのである。




「見えました!

 松浦軍およそ三千!!」


 小野鎮幸の言葉に俺はこちらに向かってくる軍勢を眺める。

 吉弘鎮理とその手勢はただ静かにこれから殺し合うかもしれない敵を静かに睨みつけていた。

 太陽が中天にさしかかる頃、松浦軍が岸和田城を囲む。

 こうして、岸和田城籠城戦は始まった。

ノリは『信○の野望 蒼天録』。

忍者ゲーとして名高く、忍者が居ないと人間不信の果てに簡単に詰む。



寺田宗清 てらだ むねきよ

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