表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/257

八郎くん家の家臣の事情

 和泉国岸和田城は、一応俺が城代という事で預かっている。

 九州から連れてきた一行と共に城に入ると、荒木村重と島清興が出迎えてくれた。


「お待ちしておりました。御曹司」

「我らが篠原殿の代わりに城を預かってまいりましたが、御曹司にお返し致します」


 この城に入るのは顔見世からこれが二回目なのだが、篠原長房は約束通り岸和田城の黒字分には一切手をつけずに俺に城を引き渡したのだった。

 そして、篠原長房の手腕が優れている所を俺は目の当りにすることになる。


「えらく復興しているな」

「戦が起きなかったのが大きいのでしょうな」


 復興された城下町は人の往来が激しい。

 だが、この賑わいが戦という大量消費行為の為に発生しているのもまた事実で、紀伊畠山家が攻めてきたら灰燼に帰す事になる。


「空堀と木盾でいい。

 城下町も囲んでおけ。

 焼くには惜しい」


「はっ」


 俺は荒木村重に告げて城内に入る。

 水堀に囲まれた二の丸、三の丸には大量に兵を詰められ、石垣土塀で固めている。

 櫓も多く、門も唐門なあたり三好家の権勢と財力を良く表している。

 本丸も凄く、屋形を模した造りになっていた。

 これは、京の花の御所を地方の守護大名が模して造る事で、中央との繋がりをアピールする為で、この時期の大名の呼び方である『お屋形様』の由来の一つではないかと言われているものだ。

 岸和田城は最前線であると同時に、三好家の権威を見せる城としても作られていたのだった。

 俺が率いた将兵も入城し、現在の俺の兵力はこんな感じになる。



 岸和田城 城主 大友鎮成  (有明・明月・果心・井筒女之助・柳生宗厳)

      馬廻 小野鎮幸  300


 豊後衆  家老 大鶴宗秋  300

         雄城長房  300

         吉弘鎮理  300

         一万田鑑実 300


 水軍衆     佐伯惟教  1000 戦力として使用せず


 浪人衆     荒木村重  1000  

         島清興   500


 合計            4000

 実戦力           3000 



 九州帰還時に九州勢は入れ替えや新規参加で再編し、家老である大鶴宗秋に全部任せる事にする。

 これは、実務を全部大鶴宗秋に丸投げする事も意味している。

 雄城長房、吉弘鎮理、一万田鑑実、佐伯惟教が推挙した郎党に九州までついてきた浪人衆を足して、足軽大将の小野鎮幸に率いらせている。

 もちろん、彼の郎党が馬廻の中核になり、俺の護衛に専念できるように戦力化する。

 馬廻は最後の予備兵力でもあるから、戦力化できるのとできないのでは戦が違ってくる。

 堺で雇った浪人衆はまた大鶴宗秋に任せることになるが、予備の補充要員としてであり、馬廻と同じく

小野鎮幸が指揮することになる。

 将が揃ってきたので、大鶴宗秋は侍大将として豊後衆全体を指揮してもらうからだ。

 一方、新設された水軍衆を率いる佐伯惟教だが、畿内と九州を繋ぐ土佐航路の維持のために実戦力としてはほとんど期待できない。

 戦力として手元に置くと、地元の水軍衆を刺激するという裏事情もある。

 よそ者である俺達が勝手に既得権益に手を突っ込んで、彼らを敵に回すなんて事はしたくないのだ。

 一方で、残っていた浪人衆は兵を増やしていたのは嬉しい誤算だった。

 実戦力は三千。

 城での防衛戦ならば十分に戦える。


「籠城用の兵糧はどれぐらいある?」

「半年分は用意しております」


 俺の質問に荒木村重が答える。

 篠原長房の下で実務をしていただけによどみなく言い切る。

 堺が近いから、次の戦を考えて高くても兵糧を買い込んだという。

 いい仕事をしてくれる。

 

「鉄砲はどれぐらいある?」


 次の質問に答えたのは島清興だ。

 寄せ集めの傭兵衆の戦力化は、足軽大将である彼の手腕による所が大きい。


「五百丁用意してございます」

「支払いは俺がするから証文は全部こっちに持って来い。

 弾薬も忘れるな」


 現在の俺はそのあたりの大名並のお金持ちである。

 城の持ち物として用意した鉄砲を買い取って私物化する事で、城の予算で再度鉄砲を買うことができる。


「御曹司。

 和泉国の国人衆達が挨拶に参りたいと申していますが」


 荒木村重の言葉に若干の不信が交じるのは仕方が無い。

 こちらは征服者であり、彼ら国人衆達から見ればよそ者なのだ。

 とはいえ、せっかくの好意を無下にするのも大人げない。


「近く守護殿が和泉国に着任する。

 その時に席を設けると伝えてくれ。

 島清興。

 出かけるので、案内と護衛を頼む」


「どちらに出られるので?」


 戦うにはまずは地理を知らねばならない。

 そして、地の利を得た方が戦いに勝ちやすい。

 そんな要衝が和泉国にもあった。


「貝塚御坊に行く。

 戦う前だからこそ、媚を売っておくさ」




 数日後。

 和泉国守護細川藤賢が五百の兵を連れて岸和田城に入城する。

 彼は岸和田城に詰める訳でなく、お飾りだからこそ堺に滞在してもらう事になっている。

 討死になんてさせて傀儡とはいえ影響力が大きい細川家の機嫌を損ねたくはない。

 新守護と守護代である俺への挨拶という形で、和泉国国人衆の対面が行われた。


「守護様と守護代様に忠誠を誓いまする!」


 代理出席を含めてだが、和泉三十六郷士全員が顔を出してきた。

 これが、九州のよそ者である俺だったらこうは行かないだろう。

 このあたりが、畿内という土地の厄介さでもある。


「守護様は堺に滞在する事になる。

 また、篠原殿の政を踏襲する事を約束しよう。

 揉め事があれば、岸和田城に持って来るように。

 岸和田での仲裁に不服があるのならば、堺に訴えよ」


 俺の台詞の要点は二つ。

 三好家の優れた内政官僚だった篠原長房の統治方針を踏襲するという事と、俺の仲裁が気に入らない場合は堺の守護に上告しろという事で守護の権威を認めた所にある。

 それは、俺が国主ではなく今回の戦の防衛指揮官としてしか振る舞うつもりがないという事を暗に言っているのだが、気づいた奴はいるのだろうか?


「守護代様に申し上げる。

 かつての守護である畠山が和泉河内を狙っていると聞くが、その時は我らを守って頂けるのか?」


 俺に尋ねたのは綾井城主沼間清成。

 和泉国国人衆の旗頭で、国人衆を代表しての質問なのだろう。

 御恩と奉公ではないが、国人衆を守らない大名は、国人衆に見捨てられるのだ。

 とはいえ、俺は大名になったつもりもないので、少しいじわるをする事にした。


「その質問に答える前に、こちらも訪ねたい事がある。

 先の戦の時、俺を堺から追い出した事を覚えているのかと」


 国人衆達が黙りこむ。

 そりゃそうだろう。

 先の戦、つまり三好と畠山の一大決戦だった教興寺合戦の前、三好家よりの中立を維持していた俺は堺を脅した畠山家の圧力によって堺を追われて三好軍に加わった。

 で、三好家の将として今の地位を得ているのだ。

 畠山家が堺を焼く場合にその先鋒として働くことになるのが、目の前に居た彼ら和泉国国人衆達だったのだ。

 要するに、


『お前ら、俺を堺から追い出しておいて、自分たちを守れってか?』


という壮大なあてつけである。

 昨日は敵、今日は味方という離合集散を常とする国人衆達だ。

 この程度で機嫌を損ねたとしても下げる時は頭を下げるのだ。


「その節は敵味方に分かれた時の事。

 されば、此度は味方同士で、守護代様は我らをお守りする立場になられた。

 我らを守って頂けると信じておりますぞ」


 弁明の言葉を出してきたのは、淡輪城主淡輪隆重。

 淡輪水軍を率いる水軍将である。

 こちらとて喧嘩をするつもりも無いので、具体的な話を口にする。


「我らに味方するというのであれば、褒美を約束しよう。

 とはいえ、国境の国衆は荒らされた時に後詰が間に合わぬという事もあろう。

 で、こういうのを用意した」


 彼らに一枚ずつ紙を渡す。

 その紙に書かれていた内容を見て、国衆の目が点になる。


「守護様と俺の花押を押してある赦免状だ。

 書いてある通り、一度だけ裏切りを許す」


「何ですか!

 これは!!

 守護代は、我らを守る気がないとおっしゃるのか!!!」


 激高する沼間清成に俺は冷水を浴びせる。

 それは、彼らが使うロジックの裏返しである。


「守るも何も、攻めてきた時に国境は間に合わぬだろうが。

 無理して味方について負けたらお家滅亡。

 ならばと途中で寝返るぐらいならば、最初から敵についてくれた方が楽なんだよ」


 国人衆の離合集散ぶりは九州だろうと畿内だろうと変わらない。

 で、一番厄介なのが途中で旗を変える事で、戦の最中にこれをやられると戦略が破綻しかねない。

 ここで、この城特有の事情が効果を発揮する。

 守将と守備兵が外からのよそ者なので、地縁血縁という中からの切り崩しに比較的強いのだ。

 その上で俺は彼らを脅すことを忘れてはいない。


「だが、忘れるなよ。

 俺はともかく三好殿がどう思うかをな」


 最初から裏切りの許可をしておきながら、その赦免は俺が生き残らないと意味が無い。

 裏切りながら、俺を生かすというマゾプレイをしないとこの裏切り許可は意味が無いのだ。

 そんな事ができるハイパーチート野郎もいるからこの戦国時代は侮れないのだが。

 毛利元就とか宇喜多直家とか松永久秀とか。


「あと、貝塚御坊に寄進をしておいた。

 卜半斎了珍殿に、何かあったら逃げてきた者を庇護してもらうように頼んでいる。

 この戦で先が見えぬのならば、貝塚に逃げ込んでもらって構わぬぞ」


 貝塚御坊。

 紀伊国境にある本願寺の拠点の一つ。

 ここに寄進し媚を売った事の意味を分からぬ国人衆は居ない。

 三好家は現在宗教勢力と争うつもりはない。

 寺社が持つ中立性を利用するなら、中立という選択肢もあると提示したのだ。

 ついでに言うと、攻めてくるだろう畠山軍の主力の一つが雑賀衆の傭兵部隊である。

 彼らの自主性を尊重する事で、岸和田城だけを守る事に専念する。

 寡兵の畠山軍は三好領の奥に進撃する場合、後方になる岸和田城を放置できない。

 和泉国防衛でなく、岸和田城防衛に視点を切り替える。

 これが、遅滞戦闘を行わねばならぬ俺の方針だった。

 最悪、国人衆全てが敵に回って一万の兵が岸和田城を囲む事態も想定されるが、その為の中立の選択肢だ。

 最初に脅し、次に本命を出す。


「最初からお味方する場合は?」


 沼間清成の声は明らかに戸惑っている。

 三好と畠山を天秤にかけて条件闘争をと考えていたのだろうが、まさかの裏切り容認に中立容認である。

 これではいそうですかと敵対したら、俺の後ろにいる三好家の報復が怖くなる。

 俺は最初から最後まで、今回の戦いにおいて彼らを使うつもりは無かった。

 既得権益に手を突っ込まないのもそれが理由で、そこに手を突っ込めば恨みを買うからだ。

 純粋にしがらみだけで敵味方に別れるならば、和解もまだなんとかできる。


「それぞれの城を守ってもらおう。

 後詰に来て頂けるならばありがたいが、守るのはそれがしではなく堺に居る守護様をお守りせよ」


 後詰を出す時は堺に出してもらい、細川藤賢の旗下に入ってもらう。

 これも俺が指揮して反感を買わない為の措置だ。

 管領家出身の守護の旗下という理由は、味方になる十分な理由になるだろう。

 ここまで言って、俺の真意に気づかない者は居ない。


「守護代様は我らを信じておられないのか?」


 淡輪隆重の質問に俺は笑顔を作る。

 笑顔は本来攻撃的なものらしい。


「親兄弟争うのが戦国の世とは分かってはいるがね。

 父と兄を殺した血の繋がるお屋形様に仕えることになったが、そのお屋形様は親兄弟一門譜代に外様と粛清しまくり。

 何しろお屋形様最初の粛清は傅役だったそうだ。

 そんなお屋形様を恐れてこの地に逃げ出したのが俺だ」


 修羅の国の戦国大名は伊達ではない。

 国人衆だけでなく、細川藤賢や荒木村重や島清興までもドン引き。

 九州勢に至っては、額に手をあてて呻いているので更に説得力が増す。

 身内の血で血を洗う争いはまだ分からんではないが、最初の粛清が後見人である傅役というのはこの戦国時代だからこそ異常にしか見られない。

 自分でも分かる。

 今、俺の顔はとてもいい笑顔だと。


「重ねて問おう。

 こんな俺が、どうして堺を追われた時に何も手を貸さなかった、貴様らを信用できると思う?」


 国人衆達からの答えは帰ってこなかった。

タイトルで八神と思いつくか橘と思いつくかで世代が別れる模様。

私は最初は八神くんだったが、絵師に某JK宰相の絵の注文時にイメージとして提示したのが橘さんだったりする。



沼間清成  ぬま きよなり

淡輪隆重  たんのわ たかしげ

卜半斎了珍 ぼくはんさい りょうちん



4/7 内政シーン追加


12/2

少し加筆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[一言] 橘さんて男性事情?w
[良い点] 面白い。 [一言] 鎮西。
[一言] 岸和田城攻防戦での国人衆との対話 大友の内情をぶっちゃけ過ぎだなぁ 大友からの援軍がくるかも、といった目は無いと 敵味方にバラしてもメリットがない気がする
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ