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戦国的銭束でぶん殴る方法教えます

 久しぶりに府内の地を踏んだ俺の目に見えた景色は、大友家の本拠としての繁栄ぶりだった。

 門司合戦の勝利によって大友家は北部九州を確保したように見えたし、毛利が未だ激しく尼子相手に戦っているのに対して、大きな合戦のない大友家はその力を回復に当てていたのである。

 そんな府内に俺達一行は少人数で乗り込んだ。

 佐伯一族を豊後に入れることはできないので、近畿の岸和田城に送って土佐回りの九州航路を担当させる予定である。


「ここまで栄えている街は少ないですよ」


 果心の言葉に俺が質問で返す。


「じゃあ、府内と同じぐらい栄えている街は何処だ?」


 周囲を見渡し、首を少し傾けて考える果心からはある意味予想通りの答えが帰ってきた。


「相模国小田原と駿河国駿府でしょうか」


 この繁栄は数カ国を支配している大名家の街であるという事なのだろう。

 果心が織田信長の治めていた尾張をあげなかったのは、彼が拠点を転々とさせているからか海路で伊勢にあがったからか。

 まあ、どうでもいい事を考えるのを切り上げて、俺は府内の商家の一角に宿を取る。

 もちろん、この宿は博多の神屋からの紹介だったりする。


「お待ちしておりました。御曹司。

 これが神屋より取り返してきた大名物珠光茶碗でございます」


 博多に戻していた柳川調信が宿にて珠光茶碗の入った箱を俺の前に出す。

 毛利家裏書の証文は柳川調信が博多で換金し、借金の返済に利子に色をつけて神屋に返しているので、俺の手持ちは神屋発行の証文およそ一万六千貫である。

 一生遊んで暮らせるどころか、国に大城が建てられる資金を前にしても、目の前にあるのは換金しやすいように数十枚の紙ならばありがたみが薄れるものだ。


「さてと、この後お屋形様に釈明をしないといけないのだが、銭で買収しようかと思う」


 実に身も蓋もない言い草だが、効果的なのは確かである。

 柳川調信がぽんと手を叩く。


「その為に証文を小分けにしたのですな」


 吉弘鎮理もじっとこちらを見ているが何も言うつもりはないらしい。

 少なくとも彼と大鶴宗秋は今日中に俺の所業を報告することになっているからだ。

 勝負は今日から明日までの間に決まる。


「加判衆にそれぞれ五百貫文、寵臣の田原親賢殿と下り衆の斎藤鎮実殿、有明の実家の雄城治景に三百貫文、府内の奉行衆にそれぞれ百貫文ばら撒いてこい。

 重要なのは何も求めるな。

 あくまで府内帰還の挨拶という形で渡すんだ」


 これだけばら撒いても手元には一万貫ほど残る計算になる。

 どれだけあの狂乱相場が恐ろしかったかという証拠なのだが、同時に窮乏している諸将は大友の中にも結構いるだろうと確信していた。

 それを狙わない手はない。


「あら?

 何も求めないんですか?」


 果心が面白そうに俺に尋ねる。

 魚心あれば水心ありとはよく言ったもので、あえて窮状をさらすつもりもない。


「そんな下手な銭のバラ撒き方はしないさ。

 恩を感じれてくれれば上々。

 利があると食いついてくれたら儲けものさ。

 受け取らなかったら、そのまま懐に入れて逃げても構わんぞ」


 冗談に皆が苦笑する。

 それをしない程度の信頼関係はできたからこその苦笑である。

 正直、この額の大金は懐に入れるのには大きすぎるのだ。

 実弾は十二分にある。

 あとはばらまく時間のみ。

 そこだけはコネが必要なだけに最大のネックとなっている。


「時間がないから手分けしてばら撒こう。

 有明は実家になった雄城殿の屋敷へ。

 娘として挨拶をしてこい。

 明月は有明についてくれ」


「分かったわ」

「はい」


 証文を持って二人が出てゆくと次に大鶴宗秋に声をかける。


「大鶴宗秋は臼杵殿と田原殿と戸次殿を頼む。

 柳川調信は、吉岡殿に田北殿と志賀殿だ。

 果心は奉行衆へのばらまきの後、二人を手伝ってくれ」


「承知」

「心得ました」

「畏まりました」


 同じように証文を持って出てゆく三人を見送って、残った吉弘鎮理に証文を手渡す。


「吉弘鎮理は親父殿と斎藤殿にお願いしたい。

 受け取らなかったら懐に入れても構わんぞ」


「……思うのですが、怖くはないので?」


 吉弘鎮理の質問に俺は笑って答える。

 そうしないと、心のなかの恐れが大きくなってしまいそうだったから。


「怖いさ。

 だが、怖がっては何も出来ぬし、腹を切るならば俺一人で済む。

 淀川の戦の後思い知ったよ。

 一人で死ぬ事がどれほど安心できるかという事をな」


「置いていけばよろしいではありませんか?」


 武将であり、大友家に忠誠を尽くしている吉弘鎮理は首をかしげて俺に尋ねる。

 彼にとって、俺という人となりをまだ捉えきれていないのだろう。

 大名家の一門衆にも関わらず、家に忠義を尽くす訳でもなく、武将にならない俺という異物を。


「置いて行かれて、やっと戻れた居場所だ。

 淀川の時、死ぬとしたら一緒に死ぬとあれは笑ったんだ。

 その笑顔を奪う事は俺にはできないよ」


 その言葉を聞いて吉弘鎮理は証文を受け取って笑った。

 そしてこう俺に吐いたのである。


「未だ御曹司の事が分かりませんが、戦人ではあると分かり申した。

 父上より、亡き祖父が勢場ヶ原合戦に行く前にそんな風に笑ったと聞いておりました故」


 つまり、この府内は合戦場なんですね。わかります。

 吉弘鎮理が去ったので、俺も証文を持って部屋を出ようとして隅でいじける男の娘に声をかける。


「井筒女之助。

 何をやっているんだ?」


「……僕呼ばれなかった……

 いいもん。

 このまま壁の染みを数えてみんなの帰りを待つんだ……」


 あざとい。さすが男の娘。

 その物言いがおかしいのでフォローをしてあげよう。


「何言っているんだ?

 俺の護衛にきまっているだろうが。

 出るぞ。ついてこい!」


 ぴょんと跳びはねる男の娘。

 尻に尻尾がぶんぶん揺れているのが見える気がするが、気のせいだろう。


「もちろんだよ!

 ご主人の為だったら火の中!水の中!!閨の中!!!」


「閨はいいと言っているだろうが」


 ちょろい。




 俺が出向いた万寿寺は急な訪問という事もあって少し待たされることになった。

 大友家の菩提寺であり、ここに寄進をする事と大友一族の眠る墓に参る事が目的である。

 墓参りというものは、過去を知り、過去に敬意を払う行為である。

 末法の世だからこそ、このような当たり前のことが善行として伝わるという下心もあったりするが、それはご愛嬌という事で。

 一族の墓に手を合わせていたら、後ろから声をかけられる。


「里帰りですかな?

 畿内での武名は豊後にまで轟いておりますぞ」


 女中姿の井筒女之助が構えるのを手で制し、俺は返事を返す。

 彼に会うために、ここに来たと言っても過言ではないのだから。


「前の時は忘れておりましたからな。

 できる時に善行は積んでおこうかと。

 角隈殿」


「御曹司はよくご存知で」


 角隈石宗。

 大友義鎮の軍師であり、戸次鑑連を弟子に持つという大友家の賢者である。

 それゆえ、家中の権力闘争から一歩退いた所にいて、大友義鎮に適切な助言を送っていたのである。

 彼の助言に大友義鎮が耳を貸さなくなった時から大友家の衰退は始まる。

 だが、まだ彼の助言に今の大友義鎮は耳を傾けていた。

 会わないといけない重要人物である。


「寺に居たからな。

 それなりに耳には聡くなる」


 線香の煙が俺と角隈石宗を分ける。

 なんとなくそれが、お互いの立場を明確に表しているような気がして、俺は苦笑してしまう。


「何か面白きことでも?」


「ああ。

 時々俺は自分が何者であるのか分からなくなるんだ。

 大友鎮成なのか、菊池鎮成なのか、大友一族なのか、三好一族なのかな」


 あやふやであいまいで、それでもなおこの乱世にたゆたんで居る俺という存在を、角隈石宗はどう見ているのだろう?

 顎に手を置いて考えていた角隈石宗は少しの間の後でその問に答えを出した。


「それがしにも分かりませぬな」


「御坊にもわからぬか」


「それがしも分からぬ事は多き故。

 声をかけるまで、色々考えたのでございますよ。

 府内では、御曹司は毛利と繋がったという声もある故」


 少し馴染んできたのか、会話が続く。

 だが、互いに笑顔なだけに、その会話が合戦であるという認識は両方とも持っていた。


「毛利と繋がっているなら、ここに戻りはせぬよ。

 三好とは繋がったがな。

 一族から側室が来て、一応一門衆扱いだ」


「それはよろしき事かと。

 御曹司が畿内で活躍なされたおかげで、幕府相伴衆の座も手に入れられましたからな」


 見ると、井筒女之助の頬に汗が浮かんでいる。

 つまり、囲まれているという訳だ。

 それがなんとなく面白かった。


「帰るつもりはなかったが、佐伯一族から助けを求められてな。

 畿内で使いたいから許可を取りに戻ってきた訳だ」


「そのお言葉、三好の者ゆえに許されましょうが、大友の者でしたら首落とされても文句は言えませぬぞ。

 仲屋殿の助け舟を断ったみたいで、仲屋殿がその才覚を褒めておりましたぞ」


 瞬間的に殺気が高まる。

 やはり、仲屋乾通の仕掛けは大友家の命令だったか。

 ゴミを漁る無能ならばそれでよし、才覚があるようならば手を打つと。 

 あそこで全てをくれてやる選択肢はあった。

 だが、それをすると長宗我部元親に何も渡せなくなってしまう。

 ままならないものだと心のなかで笑うと、殺気に怯える心がなくなっているのに気づく。


「畿内で、双方十万を越える戦を体験した。

 見渡す限り広がる、屍、屍、屍。

 末法の世ここに極まれりとつくづく思い知ったよ。

 そして、俺を守る馬廻りが居ない事に気づいてな。

 彼らを使おうかと思う」


 久米田合戦時に雇った連中で、ここまでついてきたのはおよそ九十人。

 ある者は命を落とし、ある者は戦に出れる体で無くなり、ある者は報酬をもらって去っていった。

 四国に渡るのを嫌がり、土佐に行くのを嫌がり、あげくに九州までついてくる酔狂者しか残らなかったのだ。

 雇うことはできても命をあずけるには怖い。

 角隈石宗もそれは理解しているはずだった。

 だからこそ、監視者として吉弘鎮理をつけたのだろうから。


「こちらからつけた者達だけでは不足ですかな?」


 ここだ。

 この選択は間違えてはいけない。

 だからこそ、俺はその選択を角隈石宗に突きつける。




「毛利が動くぞ」




 どれぐらい時間が経っただろう?

 俺の頬にも汗が垂れる程度の時間が経ったはずなのだが、角隈石宗の返事は出てこない。

 しかたがないので、そのまま話を続けることにした。


「毛利隆元が家臣により謀殺され、瀬戸内水軍衆の証文を中心に不渡りが発生したのは知っているだろう。

 あれで瀬戸内水軍衆の証文を買い漁ったが、畿内への悪影響をさける為の三好の意向だ。

 もっとも、俺は大友の一門でもあるから、大友の水軍衆を助けるために土佐宿毛まで出向いたがな」


 もちろん口から出任せである。

 とはいえ、本題はこの後なので俺はそのまま話を続けた。


「その結果は、毛利軍の出雲白鹿城攻めでの尼子軍後詰失敗という毛利の勝利に終わった。

 毛利家の家督は隆元様の嫡男幸鶴丸が継ぎ、吉川元春も小早川隆景も異を唱えなかった事で証文の信用が回復した。

 博多の商人たちはこの戦いを毛利の勝利と判断したんだよ。

 尼子の先は暗い。

 では問題だ。

 尼子が滅んだ後の毛利はその矛先をどこに向けると思う?

 そして、その時に使う謀略の駒は誰だと思う?」 


 角隈石宗は口を開かない。

 それが彼が現状を認識していると言っているようなものだった。

 だからこそ、俺の言い回しに反論できない。


「その時に戻ったら、それこそ首が落ちる。

 今なんだ。

 毛利が尼子を滅ぼす前に、俺を使って大友領内で乱を起こす策を立てる前に俺が畿内へ逃げ戻れる今だからこそ、お家の危機を伝えることができる。

 だから戻ってきた」


 俺の言葉を角隈石宗は目を閉じて噛みしめる。

 石畳に俺の汗が落ちた時、角隈石宗は抑揚のない声で俺に訪ねてくる。


「そのお言葉、お屋形様の前でも話せますかな?」


 井筒女之助がため息をつく。

 周囲の殺気が消えたから、つまりここで俺を殺す事はないと分かったからに他ならない。

 だからこそ、俺は虚勢を張った。


「だから、そのために帰ってきたと言っただろう?」




 ばらまかれた賄賂の結果は、臼杵・戸次・吉弘・吉岡は受け取らず。

 それ以外は受け取ったという結果に終わった。

 既に俺の帰国は府内の住民の噂になっており、派手なバラマキと畿内の武功で下手に手を出しにくい雰囲気を作ることに成功はしていた。

 こうした下準備の元、俺は大友義鎮に会いに行くことになる。

角隈石宗 つのくま せきそう



12/2

少し加筆

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