人の行く裏に道あり花の山
何かをする時に気をつけないといけない事は何か?
準備とか情報とか心構えとか多くの人が多くの言葉を思い浮かべるだろう。
そんな人たちの中で、成功したという人たちにはある特徴がある。
その気をつけないといけない事を簡潔に言う事ができるのだ。
つまり、何をするかという『目的』を明確に理解している。
これが成功の、いや、失敗しない秘訣なのだろう。
「大友主計助鎮成と申します」
「大友殿の名はここ中村でも聞こえておる。
長宗我部殿の紹介でこちらに参られたそうだが、何をするつもりなのでおじゃる?」
俺の前にいる公家様は一条兼定。
れっきとした一条家の公卿なのだが、土佐の地にて大名なんてやっていたりする。
なお、現在この貴種の血を入れるべく、大友家はこの家に嫁を送る交渉をしていたり。
西日本全体に広がりつつある信用不安を止めるには、今の俺には経済力も信用もまったく足りない。
だが、豊前と豊後の大友家水軍衆を救うだけならば、選択肢が無いわけではないのだ。
土佐一条家に出向いたのは理由が二つ。
一つは大友家からの粛清を避ける為。
一条兼定は俺以上に歴史に名が残る凡将だが、それゆえに俺の行動を理解できない。
一万田鑑実や吉弘鎮理の大友家の目付達も表向きは『一条家に益を渡す事で、一条家の婚儀を支援する』という建前を崩せない。
まあ、崩したとしてもそこから先の証文取引の複雑化についてゆけるか気になる所ではあるがひとまずおいておこう。
もう一つは、この一条領の港街に用があったから。
宇和海に面し豊後と伊予の交易の要衝だけでなく、琉球や南蛮船が黒潮に乗って近畿にやってくる黒潮ルートの中継拠点として栄えていた港町。
宿毛。
そこが、今回の仕手戦の舞台である。
「まずは、豊後の水軍衆を助けるぞ」
方針を話し合う場にいるのは、女達+男の娘二人。
夜に寝所での密談だが、傍目から見てハーレム乱交にしか見えないのが困る。
もちろん全員着衣を着ているので真面目な話をするのだが、遠慮なく隠れ蓑に使わせてもらっている。
圧倒的女子率の高さからか、有明が最初に疑問を口にする。
「助けるってどうやって?」
なお、現状の危機を正しく認識しているのは、俺と果心と凛々しい男の娘のみ。
果心は柳川調信からの報告を聞いて俺以上に顔面が真っ青になったから、こいつも大概おかしいチート具合である。
「豊後水軍衆が抱える村上水軍衆の証文を引き取る」
「いや、引き取るってどれぐらいの証文が出回っているか、分かって言っているのですか?」
俺の答えに果心が呆れ声をあげる。
戦国時代はとにかく天候が安定しなかった事もあり、二・三年に一度飢饉や天災がやってきていた。
そんな年は当然全部借金なので、出回っている証文は大雑把に石高の二・三倍はあるだろう。
豊後の石高はおよそ四十万石。
つまり豊後だけで八十万から百二十万石の証文が出回り、そのある程度の割合を水軍衆が抱えている計算になる。
到底、俺個人で買い取れる金額ではない。
「まあ、無理だな。
だから、柳川調信を博多に走らせて資金を用意させている。
悪銭をな」
「悪銭!?」
「何で?
あれ使い勝手が凄く悪いのに!?」
俺の悪銭という言葉に反応したのは、明月とかわいい男の娘。
この二人の反応が、この当時の悪銭というものを如実に現している。
だからこそ、商機がある。
「まあ、見ていろ。
ちなみに、わらしべ長者の話は知っているか?」
数日後。
宿毛に着いた俺達の所に、柳川調信を乗せた神屋の船団がやってくる。
荷は全て博多でかき集めた悪銭だ。
「よくまあこれだけかき集めたもんだ」
「博多は石見の銀が流れてきますからね。
悪銭なんて見向きもされませんよ。
神屋殿の協力で、悪銭二万貫。
大名物珠光茶椀を担保に借りてまいりました」
柳川調信は懐疑的な声とともに借用証文を俺に手渡す。
精銭でもこの大名物ならば、二千貫、無理すれば三千貫は貸してくれただろうからだ。
だが、それでは種銭としては足りないのだ。
錬金術というものは、ただ同然の物を高値で売りつける事に価値が出るのだから。
「まあ、見ていろ。
もう一方は?」
「ええ。
豊前と豊後の水軍衆に話を振っておきましたよ。
『土佐宿毛の新興商家が、村上水軍衆の証文を悪銭でいいなら引き取る』と」
籠脱け詐欺の亜種だが、今回は最初に一条家に話を通して宿毛商人という役回りでこの仕掛けを作っていた。
その為協力した一条家にはある程度のキックバックを払わないといけないが、身分保障と粛清回避の大義名分を考えたら必要経費として割り切るしか無い。
餌は撒いた。
珠光茶碗を使って調べた、悪銭と精銭のレートは博多で10:1。
だが、一貫=一石とみれば、二万石。
レバレッジをかければ、なんとか豊後の水軍衆を救済できる種銭になる。
「ご主人!
お客様だよ!!
証文を引き取ってもらいたいって!!!」
「ほらな」
かわいい男の娘こと井筒女之助の声に柳川調信に向けてドヤ顔を見せながら俺は客人の所に出向く。
さぁ。
商売という戦を始めよう。
最初に食いついた客は、柳川調信が乗ってきた船団の雇われ水夫達だった。
ある意味、想定していた客でもある。
「本当に、この証文を引き取ってもらえるのか?」
差し出した小口の証文を果心が確認する。
こういう時の彼女のチートが実に助かる。
「間違いなく村上水軍衆が出した証文です。
毛利家の裏書もここに」
現在の西瀬戸内海の信用不安の元凶の証文が俺の手の中にあった。
この証文の価値が無くなったのは裏書している毛利家の信用が落ちているからで、それは毛利軍が尼子攻めの途中だったのもある。
なお、この信用不安を毛利家は過去盛大にやらかしているのだ。
大内家滅亡である。
大名家を会社にたとえたら分かりやすいだろう。
西日本を代表する超有名企業大内家が滅亡という名の倒産に追い込まれた時、大内家が出していた証文の類はごみと化して西瀬戸内海の水軍衆に多大な被害を与えていた。
周防長門を中心に大内家復興の乱が頻発したのは、そんな理由がある。
だからこそ、毛利家は大内家を継承するという形を取って、その債務を引き受けざるを得なかったのだ。
毛利隆元の妻は大内義隆の養女という事で、大内家の継承についてはギリ筋が通せるラインを超えていた。
あとは、その筋を黙らせるだけの実力を示さないといけない。
その実力を示す大内家継承の暗黙的条件は、博多の支配と尼子の打倒。
毛利家は大内家を滅ぼしたゆえに、必然的に戦略を縛られる事になった。
博多支配は大友家相手に門司合戦で敗北した為に一時撤退し尼子攻めに全力を注いでいたが、あまり良い状況に見えない。
石見銀山は確保したがその代償に石見国人衆を敵に回し、出雲に攻め込んだはいいが後継者の毛利隆元が謀殺。
かつて大内家がやらかした月山富田城攻めに被って見える。
「確かに。
悪銭で良いならば、この証文を半額で引き取りますがいかが?」
にこやかな俺の言葉に水夫達の顔色が変わる。
ただ同然の証文が少し価値を持つ悪銭に変わるのだから皆の顔が喜んでいる。
持ち込んでいる証文は小口ばかりだが、これは大物を釣るための撒き餌に近い。
「はい。
確かにお支払いしましたのでご確認を」
俺が悪銭を水夫たちに手渡したと同時に、今度は有明が声を張り上げる。
はめ込みはストレートな方がわかりやすい。
「さぁさぁ!
旦那がた!!
陸にあがったんだから、酒や女はいかが?
賭場も用意しているわ!!!
もちろん、今替えたばかりの悪銭は使えるわよ!」
うん。
悪銭は使える。
だが、価格を言っていないのが罠である。
「高いぞ!おい!!」
水夫達の抗議に有明が愛嬌よく言い返す。
このあたりは勝手知ったる昔の稼業というやつだ。
「あら、悪銭を額面どおり受け取るからこの価格なのよ。
これを精銭で払えって言わない事を考えてよ」
「うーむ」
「まぁ、それだったら悪くはないか」
「悪銭はさっきただ同然で手に入れたからな」
価格は悪銭支払い+水夫の手持ちで相場より高く設定しているが、悪銭支払いを考えたら普通の支払いより少し安くなっているのがポイントである。
酒や食料は阿波で買ったやつを使い、賭場と女は一条兼定に許可をもらって宿毛の周囲からかき集めた。
なお、最初にサービスしてガチャ地獄に落としこむ商法とまったく同じなのだが、それを指摘する人間は戦国時代には居ない。
「おい。
ねーちゃんいくらだ?」
小銭持ちの水夫が有明や明月に絡もうとするが、
「失礼。
こちらの方は既に買われておりまして」
低い声で柳生宗厳が説明すれば、皆すごすごと引き下がらざるを得ない。
彼らは酒や女を買いに来たのであって、喧嘩を買いに来たわけではない。
こうして、大暴落中の毛利家の証文に買いを入れた。
その反応は数日後に大きくなって現れる。
「ご主人!
お客様だよ!!
証文を引き取ってもらいたいって!!!」
井筒女之助と共にやってきたのは明らかに身なりの良い商人だった。
当然、持ち込んだ証文の額は大きくなっている。
この信用不安に耐え切れる連中はそのまま証文を塩漬けにすればいい。
だが、耐え切れない連中はなんとかして手持ちの資金繰りの為に売り払いたいと考える。
俺が狙った連中はそんな彼らだった。
「本当に引き取っていただけるので?」
顔色が悪い商人は、豊後国府内で商いをしていたが船が難破して財政危機に陥っていたという。
大口の債権だった毛利家裏書の証文が信用不安に陥っている今、資金繰りに藁をも縋る思いでここにやってきたという訳だ。
「確かに。
悪銭で良いならば、この証文を七割引で引き取りますがいかがで?」
「っ!」
ふっかけるが彼に選択肢は無い。
このままだったらただの紙だが、悪銭とはいえ三割で引き受けてくれるのだ。
実は、宇和海では悪銭の使用が急速に広がっていた。
俺が宿毛でやっている悪銭回収が地域通貨として機能しだしているからだ。
飲む打つ買うで悪銭が使えるならば、一般人には悪銭も精銭も関係は無い。
これは想定外なのだが、宿毛での水夫相手の飲む打つ買うの取引の為に酒や食料を府内から調達した結果、悪銭での取引で良いという商家も現れる。
最終的な消費地があるのならば、悪銭にも信用がつくという一例である。
「ええ。
それで構いませぬとも」
背に腹は変えられない商人の同意を確認して、俺は手を叩く。
障子が開いて、そこに現れたのは凛々しい男の娘たる長宗我部元親。
「お支払いの前に、商いの話をいたしませぬか?
実は土佐の木材を売る商売をしており、買い手を探していたのですよ。
お支払いは、今、手元にあるその悪銭こみで構いませんよ」
土佐の木材と言えば、買い手が必ずつく超優良商品だ。
それを悪銭こみで少し安く仕入れられるのだから、悪い話ではない。
何よりも手持ちの資金をあまり減らさずに、優良商品が手に入るのだから。
先に苦味や渋味を味わったからからこそ、甘味というのは増すのだ。
「そ、それは本当ですかな?」
美味しい話には罠がある。
それを知っている商人の猜疑心いっぱいの声も長宗我部元親は笑顔を崩さずに一枚の証文を差し出す。
「お確かめを」
「っ!
これは、長宗我部家発行の証文で一条家の裏書まである……」
超優良商品である土佐の木材を割り引いて出している長宗我部元親のメリットは二つ。
一つは販路の開拓で、優良商品を持ってはいるが国人衆レベルでしか無い長宗我部家は決定的に信用がない。
その信用を一条家の裏書の元で補完させる事で信用を上積みさせる。
同時に、外交関係を構築中の大友家と一条家が長宗我部家に経済的鎖をつけた事を意味するが、長宗我部元親はそれを理解した上でこの提案を飲んだ。
もう一つの理由、つまり俺との関係というメリットを取ったがゆえに。
この仕手戦においては、途中でどうしても優良商品を入手する必要があった。
そして、長宗我部家にそれがある以上、仕掛けの最初から最後までを長宗我部元親に全部見せることを意味する。
このチート武将の一角である長宗我部元親は、俺の仕掛けを全部見て、学習して、吸収するだろう。
だが、それを割引いても現在進行形で広がっている西瀬戸内海の信用不安は止めないといけなかった。
「取引成立ですね。
お互い、良き商いを」
悪銭という見せ金を常時回収しながら、それに上乗せする形で商品を売る。
これが今回の仕掛けだ。
当然、こちらの本当の種である長宗我部家の木材が無くなればおしまいなんだが、その反応はじわじわと現れる。
豊後府内での村上水軍衆の証文の価格が上昇に転じたのだ。
宿毛で換金でき、土佐の木材が買える話が広がった証拠である。
相場は噂が作る。
博多でも毛利家の証文は持ち直しの気配を見せたのを確認して、俺は宿毛での商いを手仕舞いにする。
狂乱相場におけるささやかな仕掛けの結果は、悪銭三万貫と精銭二千貫に村上水軍衆の証文四万貫分。
適度に抜き、過度にぼったくったが、長宗我部家の土佐の木材がなければこの仕掛けは成功しなかっただろう。
そして、最後の戦が始まる。
「ご主人!
お客様だよ!!
ご主人に会いたいって!!!」
こういう事をしているならば、必ず出てくるのが地場の大商人である。
つまり、仲屋乾通だ。
「お久しゅうございます。御曹司。
随分商いが巧みになられて」
仲屋乾通は大友家の御用商人として、毛利家の証文暴落に賭けている。
俺は、博多救済の為に、それを邪魔する立場になっていた。
出てくるのは必然だっただろう。
「畿内で三好殿から色々学ばせてもらったよ。
おかげでこういう事もできる」
既に挨拶からして互いの言葉に毒が乗っている。
互いに数万貫もの銭が絡む大戦だ。
笑顔を張り付かせながらも目は笑っていない。
「此度の一件、お屋形様にご報告できるので?」
「もちろんだ。
堺の、ひいては東瀬戸内海の安定を鑑みて三好家の利として動いている。
また、商いそのものは一条殿に許可を頂いており、こちらに書状がある。
三好家の方も必要ならば三好義賢殿に書状を書いてもらうがどうだ?」
まずは大友義鎮に報告するという仲屋乾通の初撃に対して、三好+一条という外交案件で防ぐ。
ただの口約束ならこれも怪しいが、ここで一条兼定の書状を出せた事で仲屋乾通は切り口を変えた。
「では、我らが抱えている証文について御曹司は引き取って頂けるので?」
「額は?」
「村上水軍衆の証文八万貫。
毛利家の裏書ありで」
巨額の証文に俺の体が震える。
さすが豊後の豪商。
おそらくは大友家の威光を背景に豊後水軍衆から捨て値で買い取ったのだろう。
その分豊後水軍衆は仲屋から銭を借りる事になり、大友家水軍衆の統制に寄与しているという訳だ。
「よろしければ、御曹司の抱えた証文もこちらで引き取りましょうか?」
つまり、彼はこれを言いに来たのだ。
俺が抱え込んだ不良債権の救済という形で、俺に鎖をはめるという事を。
俺は獰猛な笑みを浮かべて、その救済の手を拒否した。
「お断りする。
俺の空証文で良かったら、そちらの八万貫全て引き取るがどうだ?」
仲屋乾通の顔から商人の面が落ちるがすぐにかぶり直す。
大友家政商だからこそこの八万貫は不良債権化しても痛くはあるが元は取れる計算なのだろう。
だが、俺の背後が分からないから、俺が大枚をはたいてゴミを買い漁っているようにしか見えない。
何よりもたとえこれらの証文が紙くずになっても、俺が破滅しない事がこれ以上の追撃を不能にしていた。
「この話はここまでのようですな」
仲屋乾通のため息と共にこの商談が決裂する。
だが、俺は笑顔で彼を見送ったのである。
「ええ。
掛札は出揃いました。
あとは壺が開くのを待ちましょう」
と。
仲屋乾通を港まで見送った後、そのまま港を眺めていたら長宗我部元親がやってきたので、彼に話しかける。
「長宗我部殿。
貴殿のおかげで、良い商いができた。
本当に感謝する。
とりあえず、これを受け取ってくれ。
残りは三好家から支払わせるので、証文を書いておこう」
場所代として一条家に支払った精銭一千貫を除いた悪銭と精銭の全てに、木材支払いの証文を長宗我部元親に手渡す。
長宗我部家の木材はこの取引でかなり売れたが、その支払いが村上水軍衆の証文という形になっている。
万一の不渡りを避けるために、手伝った長宗我部元親の債務を全部肩代わりする俺の証文を長宗我部元親は受け取らなかった。
「結構ですよ。
ここまで来たら一蓮托生じゃないですか。
大友殿がここまでしてかき集めた村上水軍衆の証文にそれがしも賭けましょう」
作りものでない笑顔を浮かべた長宗我部元親を見て、俺は三好長慶の笑顔を思い出す。
この二人史実では最後は人間不信のどん底に陥っていた。
それだけの不幸があったという事だ。
そして、大友義鎮の目を思い出す。
何も信じない、信じられない彼の目は何を見てきたのだろう?
長宗我部元親も、三好長慶も、最後は大友義鎮のような目になるのだろうか?
「御曹司!
大変です!!
御曹司!!!」
物思いにふけっていた俺を我に返したのは、港についた船から柳川調信の叫び声。
顔色を見ると喜色満面だから、悪い報告ではないのだろう。
事実、走ってきた彼の報告は、俺が賭けに勝った知らせだったのだから。
「毛利軍の出雲白鹿城攻めにて、尼子軍後詰に失敗!
白鹿城は開城し、毛利軍大勝利にございます!!
毛利家の家督は隆元様の嫡男幸鶴丸様が継ぎ、吉川元春殿も小早川隆景殿も異を唱えなかった事で、動揺が収まっておりますぞ!」
信用不安が収まると、待っているのは急騰である。
額面の三割で買い取った村上水軍衆の証文四万貫分は、ほぼそれに等しい価値を持つ事が確定する。
長宗我部元親は儲けの山分けとなる証文二万貫を手にして、俺に囁いた。
「毛利が勝つ事を最初から知って居ましたね?」
これだからチートってのは。
歴史を知っているからなんて本当の答えは言っても無駄だろう。
「っ!」
「……どうなさいました?」
この情報は仲屋乾通が去ってからほぼ入れ違いに流れてきた。
この時代の情報の伝わり方にはタイムラグがある。
もしも、仲屋乾通が毛利元就の勝利を知っていた上で俺に接触していたとしたら……
大金が懐に転がり込む事を大友義鎮が警戒していたとしたら……
「何でもない。
まあ、毛利が勝つ可能性は高いと踏んではいたがね」
長宗我部元親に悟られぬように、適当に理由をでっちあげる。
あえて海を眺めて呟くように。
「大友も三好も尼子が潰れては困るから、毛利の負けを期待していた。
だが、あの老人は大内家の月山富田城攻めの体験者だ。
二の舞は無いと確信していたよ」
わざと視線をそらすことで間を作る。
その間で長宗我部元親に考える時間を与えた上で、更に話をでっちあげてゆく。
それらしい話をでっち上げるのならば、体験談を語るのが一番だ。
「毛利と大友が争った門司城の合戦の時、尼子晴久殿が亡くなったと見るや即座に負け戦を損切りして尼子に攻めかかった。
二兎を追う者は一兎も得ずとは良く聞く言葉だが、実際にそれができるか?
あの老人、俺を使って大友家中に謀反を起こす段取りまで組んでいたんだぞ。
負けることはないと踏んでいたよ」
「……」
さすがの長宗我部元親も声を失う。
チート能力持ちの男の娘の事だ。
俺が三好に居る理由も察しただろう。
「そういう事だ。
大友に居たら粛清されかねんから、俺は畿内に逃げ出した。
とはいえ、こいつを換金せねばならぬから博多には行かねばならぬし、そのついでにお屋形様には釈明しておくさ。
折角だから、この証文を使って、毛利に伝を作っておけ。
一条家を攻める時には必ず大友がしゃしゃり出るからな」
長宗我部元親は呆れたように笑う。
彼のことだ。
俺のアドバイスには従うだろうが、俺が釘を刺したと考えるだろう。
事実、その後の言葉はそれをものがたっていた。
「ご冗談を。
その時に出て来るのは貴方でしょうに。
貴方相手に勝てる筋は、それがしには見つけられませぬよ」
余談だが、長宗我部元親はここで手に入れた悪銭を地域通貨として使う術を身につけ、領内の浦戸に宿毛でやったような水夫相手の歓楽街を創設。
領内の生活は大きく改善する。
これによって、領地は小さいながらも長宗我部家の動員は土佐随一となり、土佐統一戦にて大いにその力を発揮するのだがそれは後の話。
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大規模加筆