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戦国証文恐慌概論

 経済の話をしよう。

 価値の話をしよう。

 信用の話をしよう。


 銭の話をしよう。



 人には個性があり、それぞれがそれぞれの価値を持つ。

 そして、その価値の違いを均一化させるのが経済というものである。

 では、人々が持つ千差万別の価値をどのように均一化させるのかというと、ここで信用というものが出てくるのだ。

 高い価値には余剰分の信用が生まれ、低い価値には信用を付け足すことによって価値を底上げする。

 こうした信用を可視化したものが銭と呼ばれるものである。

 この銭によって貨幣経済は幕を開けたのだが、それが戦国時代を導いたと言っても過言ではない。

 古くは平安末期。

 宋銭を独占した平家は土地を持つ武士達の恨みを買って、宋銭がやってくる壇ノ浦で一門共々海の底に沈んだ。

 古くは鎌倉末期。

 借金に押しつぶされかかった武士達と徳政令に恨みを持つ商人達は鎌倉幕府に見切りをつけて、新たな旗頭として足利尊氏を選んだ。

 そして、現在の戦国。

 ヒャッハー達の楽園は同時にハゲタカ達の宴としておよそ百年近く人の血肉を啄ばみ続けている。



 この話をする為に、もう少し具体例を出すことにしよう。

 と言うわけで、西日本の流通と商業について簡略化して語る事にする。

 まず、支配階級である武士達だが、その武力によって土地を支配し、そこから上がる収穫物によって生計を立てている。

 収穫物は収穫時期というものがあり、豊作不作に左右されるが戦などの出費は待ってくれない。

 その為、『収穫日が来たら収穫物で支払う』なんて証文をその土地の商人に渡して借金をする訳だ。

 くどいようだが、ここが分からないとここから先の話がまったく理解できないのでご容赦願いたい。

 さて問題だ。

 ヒャッハー全盛期の末法の世である戦国時代の武士達が、期日になってちゃんと支払うのだろうか?

 答えはNOだ。

 武力を持っているのはこっちなのだ。

 力にものを言わせて踏み倒すなんて事が多々あった。

 これが徳政令の本質である。

 だが、商人達も馬鹿ではない。

 何度も何度も踏み倒されたらこっちの商売が成り立たない。

 と言うわけで、彼らは武士達が踏み倒さないように策を練った。

 武士達の上に掛け合ったのである。

 武士達の上。つまり大名だ。

 大名は己の支配の正統性と直轄地の拡大を望める商人達の嘆願を諸手をあげて歓迎した。

 大名達は武士達の借金に喜んで裏書という名前の債務保証をした。

 差し押さえ=武力占領による大名直轄化であり、大名達はそれを狙ったのである。

 こうして、大名の権力を拡大させた守護大名と、大名に抵抗して大名に成り代わった武士達が戦国大名と成る。




 さて、大名の裏書が書かれた証文が大名領内で流通すると、商人達はこう考えるようになる。



「銭は重くて持ち歩くのめんどいし、悪銭もあるから、証文でよくね?」



と。

 一つの例として、某九州在住の戦国大名を例に出そう。

 趣味が高じた茶狂いで博多で高価な茶器を買って、府内にルンルン気分で帰るのだが、支払いはクレカよろしく証文支払いである。

 何しろこの某大名さんは九州探題なんてものになっているから、その信用力は北部九州を中心に六カ国に効く。

 さて、茶器を売った商人はこの証文を換金しないといけない。

 で、商人は大名の領地に行って、その証文分だけ収穫物を取り立てるのだ。

 その収穫物を売って、やっと商人は銭を手にする事ができる。

 読んだ貴方はこう思っただろう。


「めんどくさい」


と。

 語っている俺もめんどくさいと思っているのだ。

 だが、安心して欲しい。

 人の欲深さと手抜きの才覚は間違いなく、現在の生物の中で頂点に君臨している。

 ちゃんと、欲深さと手抜きを商売として成立させたのである。


「なあ。

 その証文二割引で、今この場所で換金するで」


 これを金融用語で手形割引という。

 ここでは証文割引として用語を統一するのであしからず。

 こうして商業都市なるものがこの戦国日本に出現する。

 代表的な所を上げるならば、博多、堺、直江津、津島等。

 商人達の楽園が、当時の主要交通路である海路の要衝の港に現れたのは決して偶然ではない。  

 こういう商業都市に、銭と物が集まる。

 そして、それは証文という大名の『信用』によって流通する事になる。

 え?

 何で商業都市なのに、銭で流通しないのかって?

 先にちらりと書いたが悪銭という問題があるのだ。

 悪銭。

 読んで字のごとく『悪い銭』。

 中華冊封体制の辺境部に位置する戦国日本は、中国というハードカレンシーに対抗できる訳も無く、日本国内の地域通貨では買える物が限られているからだ。

 おまけに、偽者というか一応銅なので価値はある私鋳銭なんてものが流通するので、銭そのものにリスクがある始末。

 たとえば、先の九州の戦国大名さんが買った茶器は朝鮮磁器だったりする訳で、朝鮮商人相手に日本の銭なんて受け取ってもらえる訳が無い。

 当時の支払いは、明帝国が出していた永楽銭が主流である。 

 大量の銭の良し悪しを全部チェックする手間を考えたら、大名の信用というのは分かりやすいのだ。

 ぶっちゃけると、戦の勝敗で信用を見ればいいのだから。

 すると、人間よくできたもので、欲深さと手抜きの才覚で新たな商売が発明される。


「さぁ!張った!張った!!

 この合戦で、この大名は勝つか負けるか!

 今だったら、この大名の手形を四割引きで引き取るぞ!

 負けたらこの大名の手形はお断りだ!」


 証文による金融市場の成立である。

 普通だったら二割引の手形が四割引。

 二割の損であるが、合戦に大名が負けようものなら、証文が紙くずに変わる。

 こうやって、リスクを回避すると同時に、引き受けた人間は大名が合戦に勝ったら四割分の富を得ることができるのだ。




 ここまでで、実はこの話まだ半分でしかない。

 と言う訳で、後半の話をする為に、畿内在住の某戦国大名に登場してもらうとしよう。

 この戦国大名も教養人で茶器を集めていたりするのだ。

 前半との対比の為に、同じ茶器を買ってもらう事にしよう。

 この戦国大名は室町幕府を操っている管領を操っているので、畿内と東瀬戸内海に絶大な影響力がある。

 茶器を買うための証文を堺商人に渡す。

 この証文の流れを見てみよう。

 商人の船は西へ向かい、西瀬戸内海に入る。

 ここは、勢力圏ではないので某戦国大名の証文の影響力は落ちる。

 その為この証文を持っていってもかなり割り引かれる。

 そこで、別の商人がこう囁くのだ。


「なあ、あんたが持っている三好家の証文、毛利家の証文と同額の価値で交換しないか?」


 やっている事はまんま外国為替取引である。

 なお、この商人は博多に行くと、毛利家の証文を大友家の証文に変えて、この茶器を購入する訳だ。

 繰り返して念を押して言う。

 これでも、『超簡略化した』戦国西日本の経済流通なのだ。

 プレイヤーが大友と毛利と三好しか出てないし。


 という訳で。

 話を戻すことにする。

 俺としては戻したくは無かったのだが。

 



 毛利隆元。家臣により謀殺。

 瀬戸内水軍衆の証文を中心に不渡り発生。




 まずい。

 まずい。まずい。まずい。

 瀬戸内海交易の主要プレイヤーである毛利家の信用不安が、取引先の瀬戸内水軍に波及して信用不安が広がっている。

 どれぐらいやばいかなんて歴史では学ばなかったが、現在進行形で実体験しているとその空気のヤバさがいやでも伝わって来る。

 信用収縮による交易の停滞は、巨大消費地である畿内には打撃しか与えない。

 九州だってそうだ。

 南蛮からの交易品を畿内に流すことで、多くの博多商人達は潤っているからだ。

 俺は柳川調信に耳打ちする。

 できるだけ小声で核心部分を尋ねた。


「神屋殿は持ちこたえているのか?」

「石見の銀を垂れ流してどうにか。

 ですが、豊前・豊後・伊予・周防・長門・安芸・備後の水軍衆は悲鳴が出ており、しくじった商人は既に店をたたむ所も」


 資本集積地である博多がある筑前はまだ持ちこたえている。

 だが、そこから先の西瀬戸内海の動揺が凄いことになっていた。

 高橋鑑種と立花鑑載の謀反の原因の一つに、大友家からの戦費負担に耐えかねたというのがある。

 それは商業都市博多を抱えた彼らの懐に入るはずだった銭が、豊後の大友家の方に流れてゆく事を意味する。

 

「お屋形様はどうなされている?」

「お武家様がこれを解決できるとお思いですか?

 毛利の没落は大友の隆盛とたかをくくっておりますとも」

「……俺も、一応そのお武家様なんだけどな」


 御屋形様こと大友義鎮の対策を尋ねたが、柳川調信は俺の設定ガン無視の回答をぶん投げてくるから苦笑するしか無い。

 大友家からすれば、毛利家の窮乏は喜びこそすれ、手を助ける義理も恩も無い。

 おまけに、船底一枚は海の底である水軍衆は、同胞意識が強く同紋衆の支配が届かない実力社会でもある。

 さらに付け加えるならば、大友家の積年の敵である大神系国人衆は、水軍持ちで長く海上交易によってその冨を築いていた。

 とどめに、大友家の本拠地は豊後。

 筑前国にある商都博多の動揺より豊後の繁栄の方が優先されるのは自明の理。


「豊後について聞きたい。

 仲屋殿は動かれているのか?」


「もちろん。

 ですが、豊後が優先されて博多は二の次でしょう」


 豊後の豪商仲屋乾通にとっても、この信用不安は無視できるものではない。

 だが、彼の本拠は豊後であって博多ではない。

 博多にも支店はあるが、豊後の本店を優先させるなら、博多の支店をたたむことぐらいは考えるだろう。

 この仲屋の動きが博多の動揺を更に激しくしていた。

 仲屋乾通は大友家の政商であり、この信用不安で敵対している毛利家が弱体化するのを理解している。

 ついでに、博多の打撃は神屋をはじめとした毛利家にも通じる博多商人の没落を招き、大友側御用商人がその後釜に座ることも夢ではない。

 その夢が叶うためには、博多が致命的な金融恐慌に叩き落されることを意味している。

 だから、柳川調信がこんな所にまで俺を探しに来たのだろう。

 東瀬戸内海に決定的な影響力を持つ、三好家と繋がっている俺を。

 東瀬戸内海が動揺していないのは、三好家が盤石に見えるからで、史実よろしく三好家が動揺していたらこの混乱は何処まで広がるか見当がつかない。

 あくまで想像の域だが、三好家崩壊フラグの一つがこれだと俺は思っている。

 瀬戸内海交易の動揺は三好家が抑えないといけない訳で、それは後継者に急遽なった三好義継という不安材料ではなく、水軍衆のトップである安宅冬康に権限が集中せざるを得ない。

 末期の三好家は三好家中の序列が完全に崩壊していた。

 安宅冬康は粛清されるべくして粛清されたのだ。

 そして、三好政権の崩壊と共に利用価値が無くなった足利義輝は、三好三人衆と松永久秀に襲撃されてその生命を終わらせることになる。

 三好家のフラグは現在折っているから、東瀬戸内海は動揺していない。

 放置してもよいのではという考えがちらと浮かんだが、首を振ってその考えを打ち消す。

 この時代の信用不安の恐ろしい所は、法律が整備されていないから最後は自力解決、つまり武力によって解決される所にある。

 柳川調信をじっと見る。


「貴方だけなんですよ。

 大友でも毛利でもない『博多』の事を考えて動いてくれた方は」


 そう言って柳川調信は、何を信じていいか分からなかった俺に最初に利害関係という条件付の判断基準を提示してくれたのだ。

 その恩は猫城で返したとしても、こうして俺を頼ってきた。

 ここで俺の脳裏に戦国の闇が囁く。


「毛利の助けを借りて俺を探したか?」


 果心の線も考えたが、三好家の姫となった今では毛利家に肩入れする理由はない。

 そして、大友家はこの毛利家の窮乏を傍観する気満々である。

 だったら、柳川調信の背後には毛利の影がある。

 それぐらい、毛利は追い込まれているのだ。

 そして、毛利の窮乏は博多に悪影響を及ぼす。


「ええ。

 神屋殿だけでなく、博多に居た恵心殿の伝も借りて。

 小早川殿が絶賛していましたよ。

 ちゃんと仁義を知る将だと」


 楽しそうに笑いながら、柳川調信はあっさりと俺を探す雇い主をバラす。

 その賞賛は粛清フラグだから、できれば聞こえないようにしてほしいものである。


「俺が断ったらどうするんだ?」


 当たり前の質問に、柳川調信は真顔で断言する。

 それは、彼の俺という評価でもある。


「それはないでしょう。

 三好殿を助け、琵琶湖から大阪湾にかけての淀川河川交易を一体化した立役者が御曹司と知って確信しましたとも。

 その恩恵を受けるのは堺。

 そして、堺の繁栄には博多は欠かせない。

 御曹司は、毛利の為ではなく博多の為にきっと動いてくださる。

 だからこそ、それがしはついてきたのです」


 誰も信用しない、できない大友義鎮という男を見た。

 誰でも信用しようとする三好長慶という男を見た。

 そして俺は、柳川調信の信用に何を返せばいいのだろう?

 ため息をついて、周囲を見渡し、隠れている誰かに声をかける事にした。


「長宗我部殿。

 貴方だったらどうしますか?」


と。

 ずっと侍装束なのだが、男装しているようにしか見えない姿で長宗我部元親は姿を表して、俺の質問に答えた。

 とても綺麗な笑顔で。


「家臣が助けてくれと手を差し伸べている。

 その手を取らねば、我が身に危険が及んだ時に誰が手を差し伸べましょうか。

 九州の仁将殿らしくもない事をおっしゃられるな」


「その仁将とやらは恥ずかしいので本人を前にして言わないで欲しいのですが」


「そうは参りませぬ。

 何の義理もなく三好の戦に巻き込まれたのに、手をつくして助けた貴殿の忠義は見習おうと思っているので」


 その悪戯っぽく笑う長宗我部元親の笑顔になんとなく救われた気がした。

 そして、長宗我部元親の当たり前の言葉にすとんと心が落ちた。

 だから、長宗我部元親に柳川調信を紹介する。


「ここに居る柳川調信は、それがしに最初に仕官した家臣で。

 その最初の家臣が助けてくれと言っているのならば、助けなければいけませんな」


「おおっ!

 御曹司!!」


 涙が出かかっている柳川調信に釘を刺すのも忘れない。

 義理人情は大事だが、それだけでは生きていけないのが戦国時代というものなのだ。


「俺も大友家の一族だから、毛利の影響下までは救わんぞ。

 豊前と豊後の水軍衆を助ける。

 それがお屋形様への忠義だからこそ」


「ええ。ええ。

 それで構いませんとも」


 上で長く説明したが、海は繋がっているのでどこかの信用が回復できれば、連鎖して信用が回復するのだ。

 東瀬戸内海は三好が押さえているから、そこから回復するだろう。

 問題は毛利が信用危機なのに、隣の大友が放置する気満々の西瀬戸内海。

 その大友領である豊前・豊後の水軍衆を救済するという建前を崩したら、俺が大友家から粛清されかねない。

 そこだけは譲れない俺の最低線は柳川調信も分かっているのだろう。

 で、長宗我部元親に俺は雑談のように陰謀の糸を巻きつけた。


「ところで長宗我部殿。

 京までの旅路は色々入用があるでしょう。

 よろしければ、それがしと共に銭儲けをしませんかな?」


 俺は大友までしか助けない。

 毛利の救済とその利益は全部やるから、名前を貸せという俺の言下の取引に長宗我部元親はとてもいい笑顔で乗った。


「ええ。

 九州の仁将のお手並み、拝見させていただきます」

Q 結局、何が起こったの?


柳川調信「現代風に言ってリー○ンが飛びました」


某歩く中央銀行の姫「ダイジョーブ!私がなんとかするから!!」

某中央銀行の母のJK「信用は統合王国に作らせます!!」


八郎「あんたらと一緒にするなぁ!!!

   こっちは、権力と直結してねぇし、やらかしたら粛清コースなんだぞ!!!!」


 こんな所も難易度ルナティック。



12/1

少し加筆

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦国時代にも信用に価値があるという考えがあり、大名の趨勢が金融市場に影響を与えるってのが面白かったです。大名が勝ち続けなければならなかったというのも商人との結び付きを考えたらなるほどなと思…
2020/06/23 23:05 センゴクスキー
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