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足利呪縛迷宮 京都 その4 2019/4/29 追加

 間者の地位は基本高くない。

 捕まっても切り捨てられるし、守ってもらえるわけでもない。

 その分、利にシビアで勝つ方につく傾向がある。

 考えれば当たり前で、負ける方につけば報酬なしどころか、自分の命すら危ないからだ。

 という訳で、翌日。

 昼になろうかという時に起きた俺は果心にたずねてみる。


「捨て値で動く輩は何処にでも居ます。

 問題は、そんな輩にできる仕事はさほど多くはないというだけで」


「つまり、幕府政所代蜷川親世を襲う馬鹿は集められる訳だ」


「そこは少し違います」


 三好邸の死角には櫓が建てられ、郎党が弓を持って警戒している。

 騒動は起こらなかったとは言え、未だ問題は解決していないのだ。


「蜷川様ぐらいだと、必ず郎党が護衛につきます。

 つまり、襲うならばその護衛を排除せねば襲えないという事です」


 相手が一人夜を歩くならばともかく、郎党が護衛についている。

 おそらくは数人から十数人を相手にして蜷川親世を襲うとなると、結構な数が必要になる。

 そして、この手の襲撃は人数が多ければ多いほど漏洩が発生する。

 この京に留まっている連中は馬鹿ではないので、襲撃失敗という事実が明らかになった今なら背後までたぐれるのではないかという果心の読みは見事に外れた。

 蜷川親世側が、襲撃者は伊勢貞孝の手の者であるとついに言わなかったからである。

 かくて、事件は迷宮に入ろうとしていた。


「妙だな。

 蜷川側の動きがえらく鈍い」


 三好家郎党を捕まえて情報収集にあたる俺や果心の報告をまとめると俺はそう言わざるを得ない。

 自力救済が原則で、襲撃者を送ったなんて舐めた真似をした伊勢貞孝を放置すれば、自分が舐められるからだ。

 それにも関わらず、蜷川親世は邸に郎党を集めたまま、事態収拾に動いた松永久秀や細川藤孝の使者とのやり取りで事件を穏便に片付けようとしているように見える。


「三好様の手勢が怖いんじゃないの?」


 お出かけなしなので、部屋でおとなしくしていた有明が適当に俺の言葉を茶化す。

 固まった思考をほぐせるから、有明との会話に俺は乗ることにした。


「だったら、政所執事を告発なんてしないさ。

 これは謀反と同じで一気呵成に行わないと、己が腹を切る事になる。

 告発をした段階で、詰みの手になってなければならないんだよ」


 有明に説明しながら、俺の頭の中に疑問点が湧く。

 伊勢貞孝の失脚は現在の京を支配する三好政権にとって決定事項だ。

 その意味では、蜷川親世の告発は三好政権の了解もしくは黙認が無ければ成立しないのだ。

 そして、その告発の行方は現在わからなくなっている。

 襲撃事件から双方が兵を集めたので合戦になりかねず、まずは双方の兵を退かせる所から始めないといけないからだ。


「御曹司。

 只今戻りましてございます」


 今村城に行っていた大鶴宗秋が戻ってくる。

 その顔色は厳しい。


「ご苦労だった。

 それで話を聞こう」


 俺が話を振ると、大鶴宗秋はとんでもない爆弾を投げつけてくれた。

 向こうに居た御陣女郎の客の一人が、蜷川家の郎党だったというのだ。

 その彼から聞いた一言が、話を更にややこしくさせた。


「その者が申すには、あの騒動。

 狂言の可能性があると」


「狂言だと!?」


 俺のあげた声が上ずる。

 少なくとも、ここで襲撃者うんぬんの話がすっ飛ぶ重要情報だった。


「はっ。

 その者は郎党の下働きらしく、彼には声がかけられなかったとの事。

 それで夜間にうちの御陣女郎の所に」


 合戦は数が勝負を決めることが多い。

 数が多ければ士気が維持できるし、少ない方は負け戦を避けるから逃げ出す事も期待できるのだ。

 その為、この手の動員に際しては郎党だけでなくその下働きとかにも声をかけるのが普通である。

 もちろん、声をかけておいてタダ働きなんてさせたら次から来てもらえないので、銭なり米なり渡す費用が発生する。

 それをケチった事でこういう所からボロが出る。


「考えられることはいくつかある。

 一つは、蜷川家が基本三好政権の意向と同じだったから、三好家や管領細川家の支援を受けられるという事」


 つまり、蜷川家を前に立てて、三好家と細川家の連合軍で伊勢貞孝を攻めて潰してしまうという奴だ。

 だが、その格好のチャンスだった昨日の夜に三好家も細川家も動かなかった。

 松永久秀と細川藤孝という戦国時代トップクラスの謀将達がそろっていたのに動かなかったという事は、少なくとも彼らは昨日の夜に襲撃するという策を立てていなかったと状況証拠から察する事ができる。


「つまり、その三好家と細川家が動かなかったから、火付け役だった蜷川家が梯子を外された?」


 明月の言葉に頷く俺。

 筋が通る説明ではあるが、今度はどうして三好家と細川家が動かなかったのかという謎が出るのだがひとまず置いておこう。


「次に、この仕掛けが公方様の差配したものだと考えると、昨日の三好家と細川家の動きも説明はできなくは無い」


 公方様こと足利義輝の近習である細川隆是が持ってきた書状には、


『公方様は政所執事の罷免を決め、その決定に従わない場合は政所執事を討てとの御内意である。

 ついては、率いた兵を持って政所執事の邸を囲むように』


と書かれていた。

 つまり、一連の筋書きは公方様が書いて、その過程で将軍権力が強化されるのを嫌った三好家と細川家が動かなかったという説だ。

 

「という事は、蜷川親世への襲撃も狂言だったと?」

「それは多分無いでしょう」


 大鶴宗秋の質問に果心が返事をする。

 現在俺の手駒の中で、最も京に詳しいのは果心なので、基本彼女の情報を前提に動かざるを得ない。

 裏取り用の人材が居ないのがこんな時に響く。


「大鶴様の報告よろしく、襲撃そのものが狂言だった場合、バレたら蜷川家が伊勢家からの報復を受けます。

 たとえ三好様や管領様や公方様が庇おうとしても、政所代はお辞めにならざるを得ないかと」


「つまり、襲撃そのものはあったと考えるべきだな」


 俺の確認に果心はにっこりと微笑む。

 やっと、この話の裏がなんか見えてきたような気がした。


「はい。

 襲撃はあったと考えるべきです。

 その上で、襲撃の被害がこちらに流れてきていない事は、もっと気にするべきかもしれません」


 はっとする一同。

 刀を持って襲撃するのだから、人死にはともかく怪我人が出ている可能性はあるはすだ。

 大鶴宗秋に俺は即座に指示を出す。


「大鶴宗秋。

 三好家の郎党を連れて、京の薬師にそれとなく当たれ。

 蜷川様の邸に行った者が居るかをな」


「承知いたしました」


 一礼して俺の所から去ってゆく大鶴宗秋を見送って、俺は更に思考を進める。

 ここで、考えが最初に戻るのだ。


「襲撃者は誰だ?」


という所に。

 それを考えようとした所に、こちらに近づいてくる足音が一つ。

 障子の前で止まると、三好家の郎党の声が聞こえてきた。


「大友様。

 先程、下女がこのような歌を大友様に届けて欲しいという事で」


 果心が障子を少し開けてその短冊を受取る。

 それを確認した果心はニコリと微笑んで、その短冊を俺に差し出した。

 その短冊にはこのような歌が書かれていた。



『み吉野の山のあなたに宿もがな 世のうき時の隠れ家にせむ』

  (吉野の山の向こう側に宿があったらいいのに、そうしたら世の中が嫌になった時の隠れ家にするのに)



 もちろん、この歌の意味はそんな意味だけではない。

 状況と掛詞でまったく意味の違う言葉になるのだ。

 大雑把に訳すとこんな感じになる。


「世の中が嫌になった時の隠れ家に、どうか私吉野の躰を宿になさってくださいませ」


と。

 さすが京都。

 向こうから雅なお誘いがやってきやがった。

 短冊を見た有明の顔が膨れているので、俺は有明を抱いて頭を撫でてやる。


「あいにく、山の中では朝の月が見えん」

「そういう事をいいながら両方頂くんでしょう?

 負けないんだから!」


 両手の拳を胸に当てて奮起する有明を抱きながら果心の方に話を振る。

 この手のアプローチは果心に任せていたからだが、昨日からの流れの中で、このお誘いが偶然であるとは俺は考えないし、果心も考えては居ない。


「罠かな?」

「罠ですね」


 こういうお誘いにも雅なルールが有る。

 歌をもらったら返歌をしてOKを言ってから訪ねるというのが基本なので、返歌を俺は考えねばならない。

 さて、どういう歌を返そうかと考えようとしてまた足音がする。

 先程と同じ三好家の郎党が障子越しに声をかけてきた。


「失礼いたします。

 大友様。

 筑前守様がお呼びでございます」



 郎党に連れられて筑前守こと三好義興の部屋に行くと、三好義興だけでなく松永久秀と細川藤孝までが揃っていた。

 そして、三人の機嫌はとてつもなく悪い。


「何事ですか?」


 触れなければ話が進まないのだろうと思って、俺は座ると同時に三好義興に尋ねる。

 憤懣やるかたない声で、三好義興はそれを口にした。


「公方様だよ。

 昨夜からの騒動で公方様が動いているのは知っているとは思うが、昨夜の騒動を御前沙汰で片づけると言い出してきかんのだ!

 何がたちが悪いかと言うと、基本我らにとって良い事と思っているからなおたちが悪い!!」


 言い放つ三好義興に細川藤孝が疲れ切った声で補足する。


「問題なのは、伊勢貞孝と蜷川親世がこれを受けようとしている事なのだ。

 『管領が何も言わぬ以上、公方様の沙汰なら従う用意がある』と」


 最後に松永久秀が邪悪な笑みを浮かべて怒りをぶちまけた。

 それは、この御前沙汰を止められないという事を意味する。


「飯盛山城に送った早馬だが、洛外で殺されているのを発見した。

 替わりの早馬を出したが、着くのは今日の夜半。

 それにまた襲われぬとも限らぬ。

 御前沙汰はこの後、夜に公方様の邸である武衛陣で行われる予定だ」


 事、ここに至って、幕府政所執事伊勢貞孝の解任問題は、幕府権力を巡る公方足利義輝と畿内の覇者三好家との政治問題として発火したのだった。

今回の歌の出典 『古今和歌集』

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