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足利義輝の帰還

 京を奪還した三好家によって将軍足利義輝が避難していた石清水八幡宮より帰還する。

 それは必然的に三好家の天下を示す政治的イベントにならなければならない。


「以上になります」


 俺が動いた堺商人との折衝はその認可を得るために、飯盛山城の三好長慶の元に出向いてその報告をする事に。

 一門重臣の評定の中で俺は淡々と説明を続ける。

 かつて会った、大友家中と空気が明らかに違う。


「大友殿動きに感謝する次第。

 かたじけない」


 一門重臣の前で三好長慶が頭を下げる。

 仮にも畿内の覇権を握った人が軽々しく頭を下げる。

 いや、下げられるか。

 これが三好政権の強さであり弱さなのだろう。

 だからこそ、この場にあつまった評定は三好家と細川家と将軍家の家臣が混合した席になっている。

 なお、俺は最初は外様席に座っていたのだ。

 後で報告すればいいという事で。


「おお。

 婿殿。

 そんな所におらずにこっちに来られよ」


 俺を見つけた三好長慶が俺に声をかける。

 これで、俺が功績を立てて三好長慶の娘をもらったという嘘が既成事実化してしまう。

 やられた。

 善意なのだろうが、三好家も戦国大名であるとすっかり忘れていた。


「大友殿。

 こちらに来られよ」


 と、同じ婿殿である松永久秀の案内によって当たり前のように準一門の席に座らされる俺。

 それを当たり前に見ている一門と重臣の視線が俺に集中する。


(あの方が大友鎮成殿か)

(九州の仁将と名高く、義賢様と冬康様の命を救ったという)

(先の戦でも功績を立てたが、お家に忠義を示して領地を貰わなかったそうな。

 それ故に、義賢様が岸和田城代についてくれと懇願し、討死して家に戻っていた秋山教家に嫁いだ娘をもらったとか)

(それで一門衆扱いか)

(松永殿や岩成殿の例もあるでな。

 功績を立てればあの場に座れるか)


 うわさ話はもっと小声で言うことをお勧めする。

 聞こえているから。

 さらりと俺の仁将アピールを使って、その徳をアピールする三好家に苦笑を禁じ得ない。

 彼らの話を聞くと、この準一門が成り上がりの頂点という訳で、松永久秀と岩成友通の前例があったのも大きいのだろう。

 で、この二人の影響力を削ぐという働きも期待されているのだろうなぁ。

 三好政権は細川政権を引き継いでいる為に、その統治形態も細川政権とかぶっている所がある。

 細川政権の強さは、一門衆の結束と彼らを派遣したことによる領国支配にあり、それを三好政権は踏襲していた。

 だが、将軍と管領という二重傀儡政権である三好家はその絶対的な独裁に踏み切れない。

 その象徴が、三好長慶の隣に座る現管領たる細川氏綱の存在だろう。


「大友殿が何かをしたという事はわかるが、それがしは商いの事はまるでわからぬ。

 だが、長慶殿が頭を下げるような事なのだろう。

 それがしからも謝辞を申し上げよう」


 馬鹿殿に見える?

 だとしたら、その目は節穴だろう。

 傀儡に徹しているように見えて、その敬意を受ける程度の振付は自分でやっているという事なのだから。

 あ。

 この政権円満夫婦に例えるとしっくり来た。

 夫を立てる妻に、妻を立てる夫の構図だ。

 それができるのも、幕府という外の敵があるからに他ならない。


「大友殿。

 それがしは、よくわからぬので、もう少し詳しい話を聞かせてもらって構わぬか?」


 その敵役である幕臣兼細川家家臣である細川藤孝が俺にさらなる説明を求める。

 本人、戦国きっての超スーパーチートなので分かっているのだろうが、主君の細川氏綱に恥をかかせないという意図なのだろう。

 細川政権を継承した三好政権は外部の明確な敵と、このような内部の潤滑油によって運営が続けられている。

 だからこそ、三好長慶の死後に崩壊したのだ。


「はっ。

 先の戦の恩賞は既に終わっていると思いますが、その収入は秋の収穫まで待たねばなりませぬ。

 そして、支払いは待ってくれないものです。

 その支払いを長慶様が全て持つという事です」


 一門、重臣達がざわつく。

 この支出と収入のタイムラグが、金融システムが発展しつつあった戦国で銭の重大性を認識させることになる。

 そして、借金の支払いを大名が持つという事は、大名への忠誠が上がると同時に大名に財布の紐を握られる事を意味する。


「それは大いに助かるのだが……」


 末席の武将たちの囁き声が聞こえる。

 借金して出陣して、恩賞が少なかったらそのまま破産一直線というのも戦国ではよくある事なのだ。

 三好長慶の隣りにいた三好義興が胸を叩く。


「安心せよ。

 我が三好の冨はそなたらの借金ごときで揺るぎはせぬ!」


 ここでの発言は、三好義興も連帯保証人に名を連ねる事を意味する。

 武将たちは急場の支払いを免除され、その感謝と忠誠は三好長慶と義興の二人に行くという訳だ。


「三好の冨を減らさぬようにこちらも動きましたゆえ。

 この件とは別になるので後で報告をと思いましたが、今してよろしいでしょうか?」


 せっかくなので、三好家の返済プランについてもある程度の目処を立てておいた。

 あ。

 三好義興の目が驚いている。

 多分、払いきれなかったら武力で徳政令なんて考えていたのだろう。

 せっかくの信用をそんな事で棄損させるまでもない。

 一門衆扱いの恩義ぐらいは返しておくとしよう。


「先の合戦での盗品市にて、武器と防具を買い漁っております。

 そのほとんどは売れて、既に穀物に変えた次第。

 こちらが、三好長慶様にお渡しする堺商人からの銭と穀物の証文になり申す。

 お確かめを」


 万の人間が死んだ教興寺合戦は別の言い方をするとそれだけの人間の武器と防具の持ち主が消えたことを意味する。

 これを数個単位で売り買いしてもおいしくない。

 流民や野盗対策として、大々的に武器と防具の買い取りを行って、一家にまとめて売りつけたのである。

 美濃攻略で戦力の強化に勤しみ、豊かなる濃尾平野を抱える織田家に。

 その交易は海路を使うので、堺商人経由で石山本願寺に声をかけて彼らの仲介で、紀伊の水軍衆と渡りをつける。

 で、長島本願寺に運ばれた武器と防具は津島に運ばれて、輸出可能だった穀物を積んで帰ってくる。

 その穀物を大消費地である畿内で売りさばけば、仲介料をたっぷり取られたが、十二分に元がとれる取引のできあがりである。

 なお、織田信長がこの武器防具一括取引に応じたのは理由がある。

 明智十兵衛が居たというパイプがあったのが一つ。

 武器防具一括販売の目玉である、放棄された数百丁の鉄砲があったのが一つ。

 銭の支払いだけでなく、穀物の支払いで構わないと伝えたのがとどめである。

 信頼性は落ちるし、整備しないと使えないが、鉄砲は大量運用をする事で威力が乗算されていくものだというのは明智十兵衛が教えてくれるだろう。

 なお、その原資は岸和田城の収入の前借り、つまり俺名義の借金であり既に返済は済ませている。


「これで、公方様帰還のおりに、山城・大和国に徳政令を敷く事は可能かと」


 俺はあえて切れ過ぎる事を見せて、これ以上の優遇に釘を刺そうとこういう事をしていた。

 だが、三好長慶はただ笑っただけで俺の企みをご破産にしてみせたのである。


「皆の者、大友殿がわが娘をもらった理由はこれで分かろうというもの。

 戦の功績だけでなく、幕府への忠義も見事。

 覚えておくが良い。

 儂は、皆に支えられてこうしてこの場所に生きながらえている。

 だからこそ、皆が欲しがるものは全て与えよう」


「はっ!」


 これが天下人三好長慶。

 明らかに大友家と空気が違う。

 三好家とて内部粛清やお家争いがなかった訳ではない。

 にも関わらず、ここまで明るいのはどういう事なのだろう?

 俺は大友義鎮を見ている。

 彼の孤独を見ている。

 そして、気づく。

 三好長慶が孤独ではないという事を。

 自慢の息子が居る。

 信頼できる兄弟がいる。

 団結できる敵がある。


「どうなさいましたかな?

 それがしの顔を見て」


「申し訳ない。

 松永殿。

 こちらに流れてきた島清興について詫びをと考えていた次第で」


「大友殿は律義者ですなぁ」


 松永久秀が笑う。

 俺の知っている歴史では、この三好政権は最後崩壊して、三好長慶は自慢の息子と信頼できる兄弟を失って孤独に死ぬ事になる。

 で、その影に暗躍したというのが彼なのだが、それがイメージとして今と繋がらない。

 何があったのだろう?

 何をしたのだろう?

 そんな俺の思考を止めたのは、近習が三好長慶の耳に何事か囁いた時だった。

 明らかに顔色に不快の色が浮かぶ。

 ほんの一瞬だが、準一門の席に座っていたからこそ、その変化に気づけた。

 そして、その不快の理由が堂々と評定の席に入ってくる。


「水臭いではないか!

 修理大夫。

 俺の帰還なのだろう?」


「些事にかかわらせる事を避けようとした結果。

 お許しくだされ」


 入ってきた将軍足利義輝と三好長慶の会話を聞きながら、三角関係という言葉が俺に浮かんでは消えた。

 将軍家と細川管領家と三好家の関係は昼ドラで説明できるなんて当然言える訳もなかった。




「八郎?

 どうしたの?」

「ずっと城から帰ってから考えているけど?」

「問題なくうまくいったとおっしゃっていましたが?」


 言えない。

 俺を三好長慶に置き換えて、女達三人を細川氏綱と足利義輝と松永久秀に当てはめていたなんて言えるわけでないが、中央の関係を体感的に感じ取るのに便利だから女達が首をかしげるのを放置したまま俺は修羅場を考え続けたのだった。




 それから数日後。

 三好軍一万の護衛と共に、三好長慶、三好義興、細川氏綱や松永久秀の護衛と共に足利義輝は京に帰還する。

 それと同時に徳政令が施行され、畿内の覇者が三好長慶であるという事を満天下に知らしめる事になる。

 また、六角家とも和議が成立し、つかの間の平和が畿内に訪れようとしていた。

細川氏綱 ほそかわ うじつな

細川藤孝 ほそかわ ふじたか

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