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岸和田城代の日々 その2

 和泉国岸和田城は和泉国中央にあり、紀伊国と畿内を繋ぐ要衝の一つである。

 紀伊守護でもあった畠山家が紀伊国人衆や雑賀衆や根来衆を動員した際には、拠点の一つにもなった。

 紀伊国に逃れた畠山軍を追撃する気は今の三好家には無い以上、この岸和田城が三好家の南方の要となるのは必然であった。

 そして、和泉国に潜んでいる畠山軍残党が夜盗や山賊になるのもある意味必然で、その討伐も必然のように行われたのである。


「ひぃぃっ!来るな!!」

「助け……」

「逃げろ!」

「追いつかれるのに何処に逃げろと言うんだ!!」


 俺の目の前の光景は紀伊街道で悪さをしていた夜盗の討伐である。

 その規模は数百で、地元国人衆や街道筋の商人から討伐依頼が来た事による出陣である。


 大友鎮成

  有明・明月・果心 

           馬廻      五十

 大鶴宗秋      浪人衆     二百

 吉弘鎮理      吉弘家郎党   三百

 荒木村重      摂津衆     三百

 島清興       大和門徒    三百

 野口冬長      騎馬隊     二百


 合計             千三百五十


 追加で浪人衆を百ほど雇い、再編途中の一万田鑑実を堺に残して岸和田城に入城した後、島清興と荒木村重の手勢と合流する。

 万一に備えて篠原長房の兵は動かさず、後からやってきた野口冬長の手勢を加えた戦いは、統制の取れた軍と烏合の衆の戦いとなった。

 俺の馬廻の近くに浪人衆を置き、中央を吉弘鎮理、右翼を荒木村重、左翼を島清興の鶴翼の陣で迫ると、将の居ない夜盗連中は右往左往の果てに一戦もせずに潰走する。


「騎馬隊!突っ込めい!!」


 こういう時に騎馬隊は威力を発揮する。

 今回の戦いは俺の軍勢の経験値稼ぎでもあったが、三好長慶直轄で常設される事が決まった三好騎馬隊の経験値稼ぎにと俺が誘ったのである。

 その騎馬隊を率いる野口冬長もなれてきたらしく、その機動力を駆使して潰走した夜盗たちを面白いように潰してゆく。


「凄いものですな。

 騎馬隊というものは」


 一方的な追撃戦になったので、家臣に隊を預けてきた荒木村重が感嘆の声を漏らす。

 一方敵側であの追撃を食らった島清興は苦々しそうな顔をしているのは、自分が食らった追撃を思い出しているのだろう。


「こういう戦いには便利だが、あれも万能ではない。

 足軽と離れるから敵足軽が槍衾を組まれたらどうしようもないし、森や湿地に踏み込めば動けず討ち取られるのはこっちだ。

 それでも、三好家があの騎馬隊を常設したのは、馬の機動力が魅力だったという事さ」


 本拠地が四国にあり、畿内の拠点が摂津国だった三好家は、そこから京をはじめとして四方八方に兵を動かす必要があった。

 そこで、機動力があって、基本侍のみだから戦地で足軽を募集して急造部隊を編成できる騎馬隊を、緊急展開部隊として活用しようと企んでいたのである。

 まぁ、そのあたりの使い方は全部俺の入れ知恵だったりするのだが。

 今回野口冬長が連れてきた騎馬隊は二百。

 彼らを足軽大将や足軽組頭として足軽や雑兵を雇うと、千から三千ぐらいの部隊を編成できる。

 今回は潰す事にしたが、現地で暴れている夜盗や山賊をまとめて雇うから、治安の一時的改善も期待できる。

 その分銭がかかるお大尽アタックではあるが、天下の三好家だからそのあたりは心配しなくても良いだろう。多分。


「伝令!

 吉弘鎮理殿より、敵の降伏した連中の始末を尋ねています!」


「縄で縛って、岸和田城に連れてゆけ。

 見せしめのあと、堺で売り払う」


「かしこまりました!」


 駆けて来た伝令が俺の命を受けて走り去ると、荒木村重から声がかかる。

 その声は、疑問と興味が入り混じっていた。


「失礼ながら、夜盗ごときすぐに首を刎ねてしまって十分なのでは?」


 治安改善の一番手っ取り早い方法は、悪人どもを皆打ち首にしてしまう事である。

 悪さをする連中が消え、悪さをしようとする連中も思い留まるからだ。

 だが、合戦後にそのような厳罰を行うと民が離反する。


「考えても見ろ。

 夜盗の群れが数百も集まれると思うか?

 あれは行き場の無い国人衆の連中も加わっているんだよ。

 岸和田に連れて行って売るのは、国人衆が奴らを買い戻す機会を与えて貸しを作る為なのさ」


 行き場の無いごく潰しである家の次男坊・三男坊が合戦後に帰らずに夜盗や山賊になるのはとてもよくあったりする。

 それを国人衆達が放置していたのは、己の手を汚さずに彼らを消してくれる俺達を待っていたからに他ならない。

 彼らを生かして捕らえて背後関係を俺達が探ると、途端に国人衆達が苦しくなる。

 彼らはいやでも買い戻す必要があった。


「八郎様。

 物見の報告ですが、夜盗達が根城にしていた廃棄された城にかなりの物を溜め込んでいると報告が」


 いつの間にか情報を掴んできた果心が俺の耳元で囁く。

 このあたりの素早さと言葉の甘さは一流くノ一と感心する。


「遠慮なく奪ってしまおう。

 島清興殿。

 一隊を率いて、砦を確保してくれ」


「はっ!」


 島清興が一礼をして馬を自隊に向けて走らせる。

 それを眺めていたら、掃討が終わった野口冬長がこちらにやってきた。


「九騎が討たれ、四騎が馬を失いました。

 計十三騎の損害を大友殿はどうお考えで?」


 どんな戦いでも無傷完勝というのはありえない。

 掃討戦なのに、夜盗の窮鼠に噛まれた騎馬武者が出るのはある意味想定内だった。


「五分の損害ならば十分でしょう。

 ちなみに討たれた連中はどんな状況で?」


「大友殿が危惧していた通り、追いかけて深田にはまったり、林に突っ込んで囲まれたり。

 目の前に手柄首があると追いかけたくなるのは仕方ありますまい」


 野口冬長の言葉に俺はため息をつく。

 このあたりは侍の性なので、こういう訓練や実戦を経てなおしてゆくしかなかった。


「夜盗が根城にしていた砦に夜盗が溜め込んだ宝があるそうで」

「それはありがたいですな。

 遠慮なくいただいてしまいましょう」


 侍とは山賊夜盗の成れの果て。

 そんな言葉を飲み込んで俺は馬を砦の方に向けた。




 蓄えられていたお宝はかなりのものがあった。


「銭が五千貫、兵糧が二千石、反物が四百反に、武具が八百人分、鉄砲が七十丁か」


 捕らえた夜盗たちに話を聞くと、廃棄された城の名前は積善寺城と言い、元々は畠山家に雇われた根来衆が三好軍と戦うために築いた陣城だそうだ。

 そんな根来衆も教興寺合戦の大敗で逃げ出し、廃棄された所に夜盗が巣を作ったという訳だ。

 表向きは。


「じゃあ、裏の理由は何だとお思いで?」


 話を聞いていた大鶴宗秋が誘い水を向け、俺が意地悪そうに笑う。

 雇用テストと感づいた島清興が正解を口にした。


「畠山軍が再度攻める時の為に、国人衆が用意した拠点」


 大敗北を喫した畠山軍だが、三好軍の足を引っ張る程度のことはできた。

 三好軍はこれから京を維持したまま、近江国六角家と対峙しなければならなかったからだ。


「雑賀と根来を再度雇って、数千の兵で和泉国で暴れ続けたら、隣の大和国も動揺する。

 そうなったら三好家と言えども六角相手に全力が出せない。

 和泉国国人衆も完全に三好に従っている訳ではないから、こうして畠山側への繋がりを残そうとしていたという所か」


 こういう時に足を引っ張るのに都合が良いのが、雑賀や根来の傭兵連中だ。

 雇う銭なり米なりを用意すれば良いのだから。

 シナリオ的には、根来衆が畠山家に雇われてこの城を襲撃、占領。

 実際は彼ら夜盗連中が根来衆を城に迎え入れて、溜め込んでいた品を契約金として渡すという感じだろう。

 和泉国国人衆達にとっても、俺達がこんなに早く攻め込むとは考えていなかったみたいだが。

 そんな事を考えながら、この砦最大のお宝たちを眺めた。


「で、その根来を雇う銭の元がこれか」


 砦から連れ出された裸の女達およそ二百人。

 夜盗の拠点となったのをこれ幸いに人買い達の市場と化していた。

 ここから堺に女達は売られてゆき、彼女達は西国一円に散らばって遊女として男の上で腰を振る人生を歩む事になる。


「八郎。

 これどうするの?」


 元遊女の有明が困惑した顔で俺に尋ねる。

 なまじ状況が分かっているからこそ、彼女達には売り払われる事でしか選択肢が無いのが分かっているのだ。


「攫われた連中は帰してもいいが、俺達が売り払うしか無いだろうな」


 夜盗連中は畠山軍への国人衆達への保険だから、貸しという事で国人衆達が買い取る可能性があった。

 だが、ここにいる女たちの多くは売られていた訳で、それは村々に彼女たちを養う余力がなくなっている事を意味している。


「十万の大軍が畿内でぶつかったんだ。

 この景色はおそらくあちこちで見られるだろう……っ!」


 自分の言葉の意味に気づいて俺自身震えが止まらない。

 それが何を意味するのか今まで分かっていなかった。

 占領地である畿内の経済的疲弊は、そのまま覇者三好長慶の足を確実に引っ張るという事を。


「御曹司。

 一つよろしいか?」


 大鶴宗秋が小声で俺に囁く。

 何を言うかと思ったら、その提案に俺は息を飲んだ。


「奪った女たち、堺に売る前に足軽達に使わせてやりたく……」


 教興寺合戦で得た歩き巫女達を、俺は褒美として足軽達に好き勝手嬲らせていた。

 だが、歩き巫女達は六人。

 力関係から足軽頭や馬廻の侍ばかりが使って、自分の番まで回らない事への不満が溜まっていたのである。


「前のように我らの元を去っては居ませんが、それゆえにたまった不満を村々にぶつけられてもまずいかと」


 人とは聖人君子では絶対にない。

 欲もあれば、暴力もある訳で、ましてや今は末法の世。

 大鶴宗秋は俺に決定的な一言を言う。


「有明様を始めとしたお歴々を連れて行った事への嫉妬や不満は銭で解消するのは難しいかと」


 俺はそのまま有明を見る。

 有明もこっちを見るが、たしかに負けたら嬲られる格好で俺の近くを離れないなら、そりゃ嫉妬が貯まる訳だ。

 この手のは理屈ではない。


「分かった。

 とはいえ、売り物だ。

 乱暴に使うなよ」


「はっ」


 大鶴宗秋が去ると、俺は自分の立ち位置が変わった事を今更ながら自覚する。

 ここに来るまでは、精々有明の事だけ考えていれば良かった。

 今は岸和田城代、大友鎮成として、多くの者の上に立っている。

 彼女たちを救えなかった事を忘れず、第二第三の、畿内各地で見られるこのような光景に対処しなければならないと否応なく思い知ったのである。


「侍は、夜盗山賊のなれの果て……か」

「何か言った?八郎?」

「いや。

 俺は一体何になるんだろうなと思ってな」


 遠くから喘ぎ声が聞こえる。

 早くも始まったのだろう欲望の宴を見ずに、俺はその場所から有明を連れて立ち去った。

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