ア ナ タ ハ カ ミ ヲ シ ン ジ マ ス カ ?
なお、これでもマイルドにしている。
こういう話大好きな作者がマイルドにせざるを得なかったリアル先輩の鬼畜ぶりよ……
堺。
戦国時代における国際商業都市であり、畿内物流の要であるこの街は、商人たちの自治によって運営されている。
そんな彼らは今、忙しく商売に精を出している。
売り物は、戦火における代表的な商品である人だった。
「どうだい?景気は?」
「良い訳ないでしょうに」
現れた人買いに、商人が渋い顔をする。
畿内は三好家と反三好勢力の決戦という双方合わせて十万近い兵が暴れた結果、摂津・和泉・河内・山城・大和の五カ国が荒れてしまったのである。
この五カ国は日本における巨大消費地でもあり、その復興は侍に任せられる訳もなく多額の貸し倒れに商人達も頭を抱えていた。
『七度の餓死に遇うとも、一度の戦いに遇うな』
こんな言葉が残るぐらい、合戦の後は悲惨な姿があちこちに出現する。
その光景をある異国の者がこんな風に書き残している。
『合戦後の土地に残る人間は三種類しか居ない。
一つは死体。
一つは病人や老人など売り物にならない者達。
そして最後が兵たちが捕まえた奴隷である』
と。
生きている者は売るだけの価値があったのだ。
奴隷にならなかった者達は死人か死人になる者達でしかない。
「じゃあ、連れてきた連中は買わないのかい?」
「買うよ。
儲けが少なくなるが、売り物がなければ話にならん」
商人の投げやりな声に人買いもニヤリと笑う。
もっとも、彼らとて売らねば損だから内心ホッとしているのだが。
「じゃあ、見せておくれ。
今回の売り物は何だい?」
「戦の後だからいつものとおり後家さ」
戦火の絡む人売りにも流れというものがある。
まず第一段階で戦火で出てきた者、つまり略奪で足軽達が捕まえた者達だ。
女子供が多く戦時中という事もあって、早く換金したい足軽達は足元を見られて安く買い叩かれる。
次に発生するのは合戦によって捕まった捕虜たち。
身代金を払えば釈放されるのだが、払えない、払わない連中もこうやって売られる事になる。
この捕虜の場合、侍クラスではなく足軽や雑兵クラスなので注意。
侍クラスだとまた別の理があるのだ。
で、最後が今回連れてきた侍の後家連中。
旦那が戦で死んで生活ができなくなった後家達が、自らを売るパターンである。
売り物としては一番『使える』のが彼女たちだった。
「今回の戦は大きかった。
三好様もどこから立て直せばよいか頭を抱えておるらしいぞ」
「天下人もご苦労な事で。
そういえば、その幕下で働いて名を轟かせた御方がおったな。
たしか無類の女好きらしいと聞いたが?」
人買いが高く売れると下心丸出しの笑みを見せるが、商人はわざとらしくため息をつきながら首を横に振った。
「あのお方に売るのは諦めなされ。
既に数人女がついておる。
それも極上な女がな」
こういう下衆な話題になると盛り上がるのが男の性というもの。
商売をひとまず置いといて下世話な話題に花が咲く。
「そんなに良い女なのかい?」
「ああ。
まず正室が九州の武家の名家が博多の遊女との間にもうけた姫で、母親が武家に入るのを避けたため姫も遊女となり遊郭で名を知られるようになり、博多一の太夫として名をはせていたそうだ。
その太夫を身請けするために、城を奪ったと九州では有名な話だそうで」
このあたりの話は、噂話として畿内にまで広まっていた。
それに、教興寺合戦の武名がさらに上乗せされる。
「この間の戦であのお方は多大な武功をあげ、それで三好家より姫をもらったそうで。
女中たちも綺麗どころで揃えているから、今回連れてきた後家程度では無理でしょうな」
その女中たちは、合戦後に捕まって陵辱調教の果てに屈服した某家所属の歩き巫女だったのを二人は知らない。
人買いが首を傾げて手を叩き、噂の主を思い出す。
「もしかして、裸の御陣女郎達を連れて戦の最中でもまぐわっていたというあの御陣女郎大将の事か!?」
もちろんやっていないのだが、噂というのはそんなものである。
足軽連中の間では面白おかしく脚色され、編成された騎馬隊の話と混じって『馬上で女とやりながら指揮して勝った大将』という怪しい話に発展していた。
人買いはそんな冗談を笑いながら口に出したが、商人は真顔になって人買いをたしなめる。
「しっ!
その名を堺では言わぬ方がよろしいですぞ。
あの御方は堺の豪商達に貸しがありますのでな」
「貸し?」
人買いの言葉に商人が声を潜める。
この話は彼も大商人の噂話を拾ったものだが、裏は取っているので人買い相手の話題程度には使えると判断していた。
彼もまた堺で商いをしている商人なのである。
「元々その御方は戦に出るつもりはなかったそうな。
こちらに来られたのが、九州の戦で和議を幕府と朝廷に頼む為だったとか。
それを三好殿が引っ張り出したのが久米田合戦で、それを恨んで畠山殿はかの御方を堺から追い出したそうな。
結果、かの御方は三好軍に参加して先の戦の大戦果。
かの御方を追い出した堺の町衆は戦々恐々としている訳で」
声は潜めているのだが、面白おかしそうに言う商人が真顔に戻る。
ここからがこの話の核心であり、交渉という商人達の戦の始まりでもある。
「近く、公方様が徳政令を出す噂が出ております」
「まことか!それは!?」
銭の貸し借りを必然的にする商人たちにとって、徳政令というのは致命傷になりかねない。
当然それを知った以上証文を換金してしまわないと、貸し倒れが発生してしまう。
また、証文取引だとこの徳政令に巻き込まれかねないので、現金決済前提であるという宣言でもある。
「で、三好家を代表して堺の町衆に会いに来られたのが、その御方。
岸和田城代になられた大友鎮成様よ。
大商人達の苦り切った顔が目に浮かびますな」
楽しそうに笑う商人を置いて、人買いは真顔に戻る。
これから売り買いをするという時に、現金決済宣言が出た以上安く買い叩かれるのは目に見えているからだ。
「払いは銭だけでなく、反物や米でも構わない」
「言うと思った。
しばらくは人は安くなるのでお覚悟を」
「またかよ。
ここ最近ずっと相場が下がっているじゃないか!」
「それだけ戦が多い証拠ですな。
日ノ本どこも戦ばかりで、飢えが蔓延している以上、更に安くなるでしょうよ」
人買いから人間を買う商人も相場価格の暴落にため息をつく。
奴隷売買が急増したのは鉄砲伝来と関係がある。
鉄砲という外国産の新兵器に西国の大名は飛びついたが、それを買う資金が無いのだ。
この時期の日本という国は圧倒的な輸入超過の発展途上国でしかなかった。
日本の輸出品といえば、銀や銅という鉱物資源に海産物や刀、工芸品というものだが、工芸品は安全な職人が安心して仕事ができる商業都市でないと生産維持ができない。
堺や博多等の商業都市だけではその数を確保する事はできなかったのである。
で、輸入品を見ると目を覆うばかりの圧倒的な量。
まず通貨。
明帝国が発行している永楽通宝を輸入している時点で、この時期の日本の経済力の貧弱さが分かってしまう。
次に大陸の優れた美術品や書物は仕入れれば仕入れるほど飛ぶように売れる。
この時期に流行しだした茶道にはこの大陸の美術品は欠かせない物になっていた。
そして、各大名が目の色を変えて集め始めたのが鉄砲である。
その威力に大名は鉄砲を欲し、鉄砲の自前製造という形で武器そのものはなんとか確保できるようになっても、火薬は大陸からの輸入に頼っていた。
武器というのは使わないとうまくなれないし、訓練の度に火薬は消費する。
西国の大名たちは鉄砲を手にした瞬間から否応なく奴隷売買に手を染めた。
その大本の大名が三家ある。
鉄砲伝来の地を抱える薩摩国島津家。
大陸、朝鮮半島航路を握る博多を抱えている九州探題大友家。
そして、大内家を継承した形で石火矢や焙烙火矢を使う瀬戸内水軍を抱える毛利家の三家だ。
彼らはいち早く鉄砲の価値に気づきその戦力化に奔走した。
そして千丁規模の鉄砲隊を保有するにあたって、深刻な火薬不足に悩まされる事になる。
これらの家は大規模で強力な鉄砲隊を組織したが、その実戦および訓練に使う火薬を大陸から買い付ける有利な位置にあったというのも見逃してはいけない。
彼らは合戦に勝つ為に鉄砲を欲し、鉄砲を使うために奴隷を売り払い、奴隷を得るために合戦に勝たねばならないという悪循環に陥っていた。
その波は瀬戸内海を通じて畿内にも伝わる。
雑賀衆や根来衆が鉄砲傭兵集団として君臨できたのは宗教勢力というパトロンが居た事と、彼らの拠点の紀伊国が東国との航海路の要衝にあった--東国の奴隷の集積拠点だった--事を指摘しておこう。
「ほら。
並べ」
人買いの言葉に女達が並ぶ。
彼女達は自ら己を売りに来ているので比較的待遇が良い。
足軽に攫われた女達などは衣服を剥ぎ取られ、縄で繋がれて裸でこの場に並ぶ事になる。
そして、商人が転売する際に着せる着物分更に借金が増えるという鬼畜ぶりである。
こうして売られる人たちの末路はいくつかある。
女は遊女として売られるのだが、西国の場合なまじ瀬戸内海で繋がっているから、売られる先がかなり遠いなんてことがざらにある。
一方男は色々と使いみちがあるので、その用途によって売り先が違う。
屈強な男は水夫の漕ぎ手や鉱夫としてこき使われる事に。
足軽崩れはその才を生かして倭寇配下や雑兵として。
子供や売れ残りは解死人として。
男色も流行っているので、そういう風に使われる者も多い。
ちゃんと価値を認め、価格をつけて売り買いが成立する。
「まいど」
「おおきに。
ちなみにこいつらは女郎屋行かい?」
いつもより安い価格で銭束と米と反物を手にして人買いが尋ねる。
買い取った後家達を屋敷に入れながら商人はため息をつく。
「堺の女郎屋はもう一杯ですよ。
売り先を考えないといけないから頭が痛い」
日本は戦国時代だが、世界は大航海時代。
荒くれ男達がロマンと野心と血と硝煙を滾らせて財宝を夢見て命を捨てる時代。
そんな彼らの性欲処理に動物が使われた笑い話が記録に残る時代。
二束三文でヤリ捨てるには持ってこいな女達の供給源でしかなかった、黄金の国ジパングと呼ばれる発展途上国戦国時代日本の闇がそこには存在していた。
女達が屋敷に入ろうとした時、そのやり取りをじっと見ていた異人に気づく。
みずぼらしい衣服を身に纏い、僧侶のような風貌を漂わせながら何かを唱えている。
「なぁ。あんた。
わたしを買ってくれるのかい?」
買ってくれると思った女の一人が異人に声をかける。
女達を哀れみ静かに祈りを唱えていた彼は、女の姿を見るとボロボロの法衣を女にかけてやり、たどたどしく女の国の言葉でこう告げた。
「ア ナ タ ハ カ ミ ヲ シ ン ジ マ ス カ ?」
畿内の楽しい楽しい宗教がらみでとりあえず出さないといけないキリスト教。
この後、一向宗や日蓮宗や比叡山や南都やらの寺社勢力もできるだけ出すつもり。
マイルドにしないと本気で救いがない鬼畜リアル先輩の所業を堪能あれ。
なお、派手な奴隷狩りのレポートはこちら。
しばやんの日々
薩摩に敗れて捕虜にされた多くの豊後の人々は南蛮船に乗せられてどこへ向かったか
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