剣客崩れと遊び人
二日市温泉の歴史は古い。
古には万葉集にも歌われた記述があるぐらいで、この温泉を中心にした宿場は太宰府の門前町として繁栄していたのである。
そんな所にちょくちょく遊びに行っていた男が居た。
まあ、俺のことなんだが。
監視生活ではあるが、僧侶でもない俺の宙ぶらりんな立場が二日市の遊びを可能にした。
高橋鑑種も知ってはいるが、入り浸るほどでもない気晴らしを少なくとも黙認してくれたのである。
それで俺が愚物になるのを望んでいたのかもしれない。
で、この時代の遊ぶと言えば、『飲む・打つ・買う』だ。
ここで俺は酒を知り、博打を知り、女を知った。
で、薄田七左衛門と出会ったのである。
「何だ?
騒がしいな」
「どうせ賭場で騒ぎがあったのでしょう……」
宿の一室で俺は起き上がると、隣に寝ていた女がいつものことと起きもせずに呟く。
俺の身元は高橋鑑種経由で知らされているらしく、俺は上客として振る舞っていた。
自分で稼いだ銭があり、その分でしか遊ばず借りを作らないスタイルのつもりだったが、色々と優遇されていたのだろう。
何しろ寝ている女も数回寝たら変わってゆく。
情が湧かないようにと女達が何故か去ってゆくのだ。
ある者は侍の嫁に。
ある者は大店の妾に。
旅立って行方知れずという女もいる。
もちろんそういう差配をしているのは俺に悪い虫がつかないようにという高橋鑑種の仕業だ。
「それにしてはいつもと違うな」
着物を着て刀を持ち、女を置いて宿を出る。
剣戟の音が聞こえる。
賭場の用心棒が刀を抜くというのは、尋常ではない事態だ。
退屈していた俺はその騒ぎに興味を持って賭場の前に来ると、男が一人多数を相手に暴れていた。
「てめぇらふざけるんじゃねぇ!
ここまで見え見えないかさまをして、ばれたら力ずくたぁどういう了見だ!!」
山伏姿の若い男が大見得を切っている。
周りを半裸の賭場の連中が長ドスを持って囲んでいるが、山伏姿の男が持つ小太刀の方が幾ばくか長いので中々踏み込めない。
数人同時に刺せばそれで終るのだが、それだとだれか一人は斬られる訳で、賭場の男達は互いを見渡して躊躇するばかり。
あまりに分かりやすくて、思わず声に出してしまう。
「そりゃそうだろう。
賭場ってのはいかに負けるかを決める場所だろうが」
「あん?
そこの男、何か言ったか?」
出た声は思ったより大きく聞こえていたらしく、山伏姿の男が俺の方を見る。
多分俺と同じ年ぐらいだろう。
目つきは向こうの方が鋭い。
「何も。
女抱いて寝ていたら、この騒ぎで見に来た酔狂者だよ。
それよりいいのか?
俺の方を見て」
「うしぁぁぁぁぁぁ!」
「死ねやぁぁぁぁぁぁ!!」
まあそうなる訳だ。
背中を見せた山伏に賭場の男達が長ドスで刺そうとするが、そこからの山伏は俺を見たまま脚を回して後ろに居た男達を転ばした。
無様に転がる男達に、機をうかがっていた他の男達も怯む。
「勝負あったな。
屋敷内で暴れるには小太刀よりも長ドスの方が便利だが、一度外に出てしまうと間合いで動けなくなるか」
「ほぅ。
女を抱いていた割にはそこそこ剣をかじっているようじゃないか。
どうだ?
ここで俺と一勝負するかい?」
明らかに俺に向けられる殺気を俺は手を振って払う。
こんな所で燻っているが、こんな所で死ぬつもりも無い。
「負けたのはいくらだ?
払ってやる」
「理由無き施しは受けん事にしていてな。
暴れたのも、奴らが見え見えのいかさまをするからよ」
この時代の連中、特に刀を差している奴らは妙にプライドが高い。
だからこそ、穏便に事を収める場合、話術に気を使う必要があった。
「それもそうだ。
じゃあ、こうしよう。
賭けをしないか?
負けたら潔く払う。
勝ったら、こちらがお主の負けを払ってやろう」
「そこのへたくそないかさまよりうまい賭けなら乗ってやる」
乗ってきた。
あとは相手が納得できる賭けを提示すればいい。
この手の手合いの処理は高橋鑑種の仕事だ。
この場を治めたら宿の誰が告げに言って捕まるのが落ちだろう。
勝とうが負けようが正直俺の中ではどうでもよかった。
「互いに刀を持っている。
それを使った賭けをするか」
「お。
じゃあ、斬りあうか?」
「阿呆。
俺が斬られたら払いが無くなるだろうが」
会話をしながらさりげなく命綱をつける。
少なくともこれで殺されることはなくなった訳だ。
まぁ、腕一本や足一本もっていかれる可能性もあるが、そんな賭けを提示する気も無い。
俺は遠まわしで見ていた男に銅銭二枚を投げる。
「その銅銭を俺達に向けて投げてくれ。
見事その銅銭を斬り割ったら勝ちと」
「なるほど。
悪くは無いな」
山伏が納得すると周りが騒ぎ出す。
これも宿場の良くある光景だ。
「張った!張った!
どっちが勝つか賭けた!賭けた!」
「俺はあの山伏に賭けるぞ!」
「あたしは八郎にかけるわ!」
山伏が刀を構える。
俺も刀を抜いた。
「お主の名前、八郎というのか」
「ああ。しがない遊び人さ」
「俺の名前は七左衛門だ。
覚えておきな」
集中する。
音が消える感覚。
目は、先にある男の手の銅銭を見てい……っ!
銅銭が宙に放り投げられた瞬間、俺の刀は山伏の小太刀を払っていた。
目で追えないぐらいに速い。
そして、その意図に気づく。
投げられた二枚の銅銭は既に男の間合いにあった。
「あんたもへぼな仕掛けをするが、その剣防いだ事に免じて許してやらぁ」
甲高い音が二回宿に轟き、四つ何かが落ちる音を俺はその場に立ち尽くして聞く。
あいつ、はっきりと俺を殺しに来ていた。
どこかの間者だったのか?
「ま、負けだ。
約束どおり、賭場の負けを払おう。
いくらだ?」
警戒しながらの俺の敗北宣言に、男は賭けの金額を言った。
「十文だ。
払ってくれよな」
あっけに取られる。
一食分程度の掛け金でこの大騒動を引き起こしただと?
なんか全てが馬鹿馬鹿しくなって、俺はやけくそになって叫んだ。
「払ってやるさ!
払ってやるとも!!」
俺には友達が居ない。
大名家の血族として本来ならば近習をつけられる年なのだが、人質生活の為にその手の連中は高橋鑑種によって遠ざけられたからだ。
俺が薄田七左衛門を見たのはそれから数ヶ月経った時の事だった。
「何だ?
騒がしいな……」
「どうせ賭場で騒ぎでもあったのでしょう……」
宿の一室で俺は起き上がると、隣に寝ていたあの時とは違う女がいつものことと起きもせずに呟く。
着物を着て刀を持ち、女を置いて宿を出る。
剣戟の音が聞こえる。
賭場の用心棒が刀を抜くというのは、尋常ではない事態だ。
俺は何だかいやな予感を感じながら賭場の前に来ると、男が一人多数を相手に暴れていた。
「てめぇらふざけるんじゃねぇ!
ここまで見え見えないかさまをして、ばれたら力ずくたぁどういう了見だ!!」
山伏姿の若い男が大見得を切っている。
見た事がある顔だった。
「やかましい!
また十文負けて騒いだか!
薄田七左衛門!!」
「違うぞ!
今日は十五文だ!!」
「変わんねーじゃねーか!!!」
そんな出会いだが、気づいたら数ヶ月に一度やってくる彼と二日市で馬鹿をする仲になっていた。
それがどれだけ楽しかったのか、目の前のこいつにいうつもりはないが。
「で、これからどうするんだ。
八郎」
永禄2年4月。二日市温泉のなじみの宿の部屋にて、とりあえず出会いを祝して乾杯する。
薄田七左衛門は酒だが、俺は白湯である。
下戸なのとこの後の事を考えたいからだ。
「博多に行きたいんだが、すんなりは行けないだろうな。
既に間者らしい奴が目を光らせている」
「ついて行っても良いのか?」
「構わんよ。
むしろ用心棒代わりに雇いたい所だ」
こういう事が言える仲なのがありがたい。
山伏として数ヶ月に一度しかこちらに顔を出さないので居るかどうか怪しかったが、居てくれて本当に助かる。
「で、いつ出るんだ?」
薄田七左衛門の質問に俺は酒を彼の盃に注ぎながら答える。
「日が高くなって。
神屋の商隊に紛れ込もうと思う」
翌日。
二日市から博多までは歩いて半日の距離である。
馬を使えば二刻ほどかかるだろうか。
だが、俺達は馬を使うことをはなから考えていなかった。
船である。
御笠川からの船旅はおよそ一刻ばかり。
筑後からの荷を博多に運ぶこの川は川舟で賑わっている。
だが、今日の荷は違うもので満載だった。
「……鎧に、刀に、槍……この間の戦の奴か」
「だろうな。見てみろよ。寄懸り目結の紋だ。負けた筑紫の奴らからはぎ取って来たんだろうな」
戦は負けた方が悲惨な目に合う。
死体からはぎ取るならまだましで、落ち武者狩りで討たれたやつもこの中に多くあるのだろう。
これらの品は博多に持ち込まれて修理されて売られてゆく。
何しろ、今も門司城にて大友家と毛利家が万を超える兵で戦っているのだから需要は常にあった。
そんな品から船頭が船を操るのに目を移したら、神屋の商隊の頭目が俺に声をかけた。
「御曹司。
御曹司が二日市に預けた銭を引き下ろす時が来たら、次のように伝えよと旦那様より言付を頂いております。
『御曹司が望む物をお買いになられる時、神屋はその銭を全て提供して構わぬ』と」
「……中々神屋もお大尽じゃないか」
隣りにいた薄田七左衛門の皮肉も船頭は聞こえないふりをして続ける。
「博多随一の遊女である有明太夫殿の身請けとなれば、それは噂にもなります故」
遊女に身を堕とした俺の幼なじみだが、その最高位の太夫と呼ばれるまでに上り詰めた。
宿場女郎から太夫の名前を得るまでに彼女が上り詰めた理由は、『本物の姫君』という付加価値に他ならない。
九州でその名前を知らぬ者は居ない大友家中で加判衆まで上り詰めた大神一族という血統は、売られた時から彼女について回ることになる。
そして、そんなブランドに知性と教養と閨房術をつけたのは、彼女を高橋鑑種が囲った為だ。
大名や博多の豪商達が小原家と高橋鑑種の確執を知らぬ訳がない。
血統と身分を仇に保証されて、生きるために磨き上げられた彼女の娼技は博多の夜に名を刻む太夫という大輪の花を咲かせる。
その最絶頂期の彼女を身請けしようと言うのだ。
狙っている大名や豪商達は数多く居るだろう。
「神屋は身請けを狙わないのか?
あれはきっと良い女房になるぞ」
薄田七左衛門の煽りを頭目は苦笑して否定する。
その顔には、ある種の納得が浮かんでいた。
「御曹司の事を知ってなお手を出すつもりはありませんよ。
大名や豪商の間をぬって、有明太夫通いをしていたお方ですからな。
御曹司はそれなりに有名なのですよ」
太夫クラスの遊女の一夜は青天井商売の見本だ。
そんな高値確定の競りを大名や豪商相手に彼女の夜を買うのは無理がある。
だが、どんな商売でもそうだが、必ず誰も取らない日というのが必ずある。
それを俺は年間で押さえることにしたのだ。
乱世の世の中、女に大金をつぎ込み過ぎては家が滅ぶ。
かと言って、遊郭側からすれば空いた日は収入がない。
前世の未来知識である長期契約によるディスカウントだが、遊郭側の抵抗は俺の前金一括払いで沈黙することになる。
それだけやって有名にならない方がおかしい。
「それに、八郎様の蔵を知っておりますからな。
あそこに荷を運んだことがあるので」
頭目の言葉に俺が手をぽんと叩く。
あれを見られたらたしかに手を引くのだろうな。
「だとさ。御曹司。
前々から聞いていたがお前本当に良い所の出だったんだな」
「今まで俺を何だと思っていたんだ?」
「銭払いの良い遊び人」
二人して笑いながら薄田七左衛門が真顔に戻る。
山伏なんぞやっているせいか、このあたりの勘の良さはあなどれない。
「見張られているな。
何度かこっちを見ている釣り人が居た」
「陸路だったら襲われていたか」
現在行われている門司合戦は大友家の苦境が伝えられている。
それは、大友家の統治の緩みが出る事を意味しており、大友家に負けた家や仕方なく従属した家などが次々と不穏な動きを見せようとしていた。
先に侍島合戦で負けた筑紫家もそんな一家という訳だ。
「御曹司の銭払いの良さも博多の者は知っております。
夜盗も多く狙っているでしょう」
俺達の会話に船頭も割り込む。
反大友の旗頭というだけでなく銭狙いの夜盗も狙っている状況。
まさか博多に行く事で既にこんな大事になるとは思っていなかった。
そのあたりを排除し続けた高橋鑑種の偉大さを今更ながら思い知る。
「見えてきましたよ。
博多の町です。
蔵の方にお着けしてよろしいので?」
「頼む」
この時期の博多は戦国時代有数の貿易港であり、九州でも有数の大都市だった。
その大都市でそろばんで財を成した俺が神屋の蔵を借りて彼女の身請けの代金にしようとしたのは米。
東日本が大飢饉と疫病の流行によって悲惨な状況を呈した永禄2年という今は、米の相場が暴騰中で言い値で売れる状況になっていた。
それを知っていたからこそ、蔵を借りて密かに米をかき集めていたのだ。
そして、現在は大友と毛利が北九州の覇権を賭けての門司合戦の真っ只中。
大名や豪商達がそっちに気をとられて身動きができず、俺の種銭が米ころがしで最大値になるように努力した。
知っていたからこそ、全てを賭けたのだ。
この時のために。
「神屋の屋敷に船をつけてくれないか?
神屋殿に話をしておかないとな」
売る相手は神屋紹策しか考えていなかった。
その結果として蔵の兵糧が毛利家に流れたとしても俺はそこまでは知らぬし、言い逃れはいくらでもできる。
だが、神屋に売るという事は、換金性の高い石見銀山の銀で支払われるという事を意味する。
彼女の身請けの為にはその事の方が大事だった。
とりあえず途中まで。
この下に更によそから持ってきたり加筆したりする予定。
3/26
柳町の有明の月から一部を持ってきて加筆修正
6/18
『チート』という言葉を他の言葉に置き換え