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百里を行く者は九十を半ばとせよ

 早々に教興寺合戦から離脱した俺達だが、裏返せばまだ継戦能力を維持しているとも言うわけで、堺に着いてもその警戒を解いては居なかった。

 大鶴宗秋と一万田鑑実、多胡辰敬と明智十兵衛、有明とお色を呼ぶと懸念していた事を口にした。


「まずは此度の合戦ご苦労だった。

 恩賞は期待してくれ」


 ねぎらった後俺は本題を口にする。

 今回起きると思っていたのに起きなかった事への確認の為に。


「で、皆に聞きたいのだが、俺への狙撃、もしくは襲撃を耳にした者はいるか?」


 この合戦の最中、間者働きをしていた坊主が仕掛けるとしたらここだと俺は確信していた。

 にも関わらず、俺への襲撃は起きなかった。

 ここに居る大鶴宗秋と一万田鑑実が未然に防いだのかも知れないと思っての確認である。


「いいえ」

「こちらもそれらしい動きはありませんでした」


 二人がそれぞれ首を横に振るのを見て、俺は顎に手を置いて考える。

 あれだけ目立つ間者働きをしていたのにその後の動きが無い。

 鉄砲玉の確保に失敗した?

 それは無いだろう。

 あの後で、俺は浪人の大量募兵に踏み切っている。

 その中に紛れ込ませる事は容易だったはずなのだ。


「おかしいな。

 動くとしたらここだと思っていたが……?」


「御曹司。

 前にも申し上げたとおり、この状況こそが間者の狙いと考えるべきかと」


 明智十兵衛の言葉に多胡辰敬が何か言おうとするのを俺は手で制する。

 俺の制止を確認した明智十兵衛は、己の目的と現状を口にする。


「それがしは美濃国の生まれで、その可児郡の明智城という所で暮らしておったのですが、城を落とされて流浪の身に。

 お家の再興を目指してこうして働いておるのです」


 城の名前と名字が同じ場合、ほぼ間違いなく城主一族の人間である。

 明智十兵衛もまた貴種であったという訳だ。


「それがしの経験からの話になりますが、城を奪った連中が間者を雇って手を出してくる事は珍しくはありませぬ。

 ですが、その目的として命を取るという所まではなかなか行かない事も多いのです」


「どうして?

 滅ぼした方が楽じゃないの?」


 有明が首をかしげるが明智十兵衛は自嘲してその答えを口に出す。

 その自嘲に彼の辛酸がこめられていた。


「領民にどれだけこちらを慕う者がいるかどうかが分からないのが一つ。

 そして、他の領主が関与する事があるのが一つ」


「明智十兵衛殿を残す事で領内をまとめようとしているのでしょうな」


 多胡辰敬が察したように呟く。

 潰せる敵の存在というのは体制を固めるのに都合が良い。

 日本は長く同族同士で殺し合いをしてきたので、敵味方に身内がいるというのもある。

 そんな状況で領土を奪った側からすれば、一つにまとまらないと奪還されるおそれがあり、仮想敵の存在は大事だったのである。

 で、平家しかり、鎌倉幕府しかりと大逆転を決められる事も多々あったりするのだが。


「どうしたの?八郎?」

「気にするな。

 ただお前の顔が見たかっただけだ」


 強引にごまかしたが、有明の父親である小原鑑元はそれにしくじって滅亡に追い込まれた。

 肥後国大津山城を居城に肥後方分として肥後統治をしたが、その過程でその土地の土豪である大津山家を追い出したのである。

 彼らは高橋鑑種の支援の元、大津山城落城に決定的な働きをするのだが、それはひとまず置いておこう。


「もう一つあるわよ。

 祟り」


 その祟りの代行者だったお色が忌々しそうに言い放つ。

 彼女の人生は祟りによって歪められたのだ。


「一族皆殺しにして祟られてごらんなさい。

 何をやっても怨霊が邪魔をする」


 この時代の信心深さを含めて、滅んだ家の祟りというのは民が手にする逆転の鬼札のようなものだ。

 派手に滅ぼした家の領地を統治する際に『祟りのせい』と民が言えば、大概その家を黙らせられるからだ。

 そんな状況を今の俺に当てはめてみる。


「つまり、俺に疑心暗鬼の花を咲かせて、大友を見限らせる腹か」


「府内ではさぞ楽しく流言が飛び交っているのでしょうなぁ」


 俺のぼやきに大鶴宗秋が苦笑する。

 要するに、


『奈多夫人を擁する奈多家は八郎様の排除を狙って間者を送った』


という状況があればいいのだ。

 それだけで、田原親賢と大友家同紋衆は対立する。

 ついでに俺がそれで大友家を見限ってくれたら万々歳とでも考えているのだろう。

 毛利元就は。 


「失礼します。

 八郎様にお話があるのですが」


 障子向こうから果心の声がする。

 男達が刀を持つのを俺は手で制して障子向こうに声をかける。


「すまないな。

 今は大事な話の最中なんだ」


「その話についてお役に立てる事があろうかと」


 果心が三好家の間者であるというのは、ここに居る連中には知られている。

 この状況での話ともなると三好家がらみの話しか考えられない。


「いいだろう。入ってこい」


 そうして招き入れた果心の口から出て来たのは残敵掃討の依頼だった。


「落ち武者刈りなら今も派手にやっているだろうに」


「そちらではなく、八郎様に消してほしいのは武田の歩き巫女とそれについていた鉄砲衆です」


 教興寺合戦において的確に池田隊と伊丹隊を崩した奴らである。

 武田の歩き巫女という間者が居たので、その多くが合戦場から逃れて来たらしい。

 そんな彼らが逃れてきたのが堺。

 入ってしまえば、海路で紀伊国に逃れられるという訳だ。


「それを俺がする必要があるのか?」


 理由は分かったが俺が絡む必要がない。

 もちろん、果心はそれに対する理由もちゃんと用意していた。


「ありますよ。

 この合戦で三好軍は勝ちすぎました。

 三好家の勢いを抑えるためにも、三好一門の誰かを狙うことになるでしょう」


「それに従う連中でもないだろうに」


 一万田鑑実が果心に否定的返事を返したのに、俺は果心のある言葉に引っかかりを覚える。

 その言葉がこの状況で出てくるのがおかしいからだ。


「『勝ちすぎた』?」


 間者働きのしくみを思い出す。

 情報収集、調略準備、調略実行。

 それに忍者の地位の低さとフリーの下請けとしての果心の存在が導く答えは、額に手を当てて呻きたくなるおぞましいものだった。


「奴ら、公方様の依頼も受けていたのか……」


 公方様こと足利義輝と三好長慶の仲は決して良くはない。

 というより双方刺客を放つ仲である。

 公方を畿内における正当性の担保としてしか見ていない三好長慶と、傀儡からの独立を狙うために三好家の力を弱めたい足利義輝はそもそも同じ陣営なのに利害が対立している。

 そうなると、この三好家と反三好勢力の決戦で糸を引いていたのは足利義輝で、三好長慶は彼を石清水八幡宮に避難というより監禁したという訳だ。

 足利義輝にとってはこの三好家大勝利は許容できない。


「え?

 ちょっと待って。

 たしか、公方様って上杉と仲が良いってこの人が言っていたじゃない!?

 どうして、公方様が武田の歩き巫女とつながっているの?」


「こやつ、上杉の為に働きながら、三好の為にも働いていたのですぞ。

 武田の歩き巫女が武田の命を受けながら、他の仕事をしてもおかしくはないでしょう」


 有明の言葉に大鶴宗秋が返す。

 忍者の専門性の高さに寄る希少さと、地位の低さゆえの依頼の重複がこの状況を表していた。

 契約で縛られないバイトやパートが敵対企業に情報を流してリベートをもらっているようなもので、先の未来ならば法で規制されるものがこの末法の世では身を守る手段として機能して……


「……俺たちにちょっかいをかけていた間者もここか」


 俺が果心を睨みつけるが果心はニコリと微笑むのみ。

 それが妙に美しいから腹が立つ。

 戦場で俺が狙われなかった理由も分かった。

 戦場での勝利が優先されて、俺まで手が回らなかったのだろう。


「なるほど。

 御曹司を狙う場合は毛利が喜び、大友が激怒して南蛮交易の富を堺に渡さずに堺商人が困る。

 三好と仲が良かった御曹司を守れなかったと三好家の威信も落ちるでしょうな」


 明智十兵衛が納得したような顔で俺が殺られた時の影響を語る。

 名前が売れたことで、勝手に背後にまで影響を与えるという悪い例である。


「この状況で動かせる兵はどれぐらい居る?」


 俺の質問にそれぞれの将が残っている兵をまとめる。

 戦も終わったと見て落ち武者刈りに出たり、酒や女に溺れてない連中をまとめるとこうなった。



大友鎮成・有明・お色・果心

  馬廻           四十

 一万田鑑実

  豊後衆         百三十

 明智十兵衛      

  鉄砲組          六十

 多胡辰敬

  尼子勢         百五十

 大鶴宗秋

  浪人衆           百


 合計          四百八十 



 なんとか一戦戦う事ができる兵力が残っている。

 合戦後の逆襲等で負けるという事もあるから、こういう形で待機できているというのが優れた軍隊と言えよう。

 浪人衆はそのあたり契約で縛ってないので、遊びに行ったり落ち武者刈りに参加したりしているのだろうが。

 で、果心が掴んだ武田歩き巫女とそれについた鉄砲衆の人数がこんな感じ。


 武田歩き巫女         十

 鉄砲衆           七十


 鉄砲衆は落ち武者刈りを警戒して堺に入らずに堺郊外の廃寺に身を潜め、歩き巫女達は遊女として堺に入り木賃宿に宿泊しているらしい。

 襲撃自体は、鉄砲衆は落ち武者刈りと称して大鶴宗秋と多胡辰敬を向かわせ、明智十兵衛と一万田鑑実が果心の手引で歩き巫女の捕縛に向かう。

 俺達は仲屋乾通の屋敷で馬廻と共に待機し、万一敵が襲撃してくる事を警戒する。


「あ。

 一つお願いがあるのですが、歩き巫女達の処遇、私に預けていただけないでしょうか?」


 実にわざとらしく手を叩きながら、果心が俺におねだりをする。

 状況が状況だけに処断やむなしという命を出そうとした俺がその意図を尋ねたら、返事はこちらの予想を越えるものだった。


「どうしてだ?」


「殺そうとするとかえって逃げられるんですよ。

 間者は生きて帰る事で情報を持って帰るのが仕事です。

 殺す場合、女なので雑兵に使わせてから殺すでしょう?

 その間に雑兵をたらしこんでしまうんです」


 こえー。

 女ってこえー。

 こっちの内心を見透かしたように果心は微笑む。


「彼女たちを色狂いにした上でこちらに寝返らせます。

 全員甲斐国に帰さぬ事で、あの望月千代女の鼻も明かせられますし。

 もちろん、褒美として彼女たちを嬲る事もできるようにしますわよ♪」


 結果だけ書こう。

 鉄砲衆襲撃の方は、二十名ほどの損害を出したが残りは降伏し制圧。

 歩き巫女の方は、七名降伏、三名逃亡という結果に終わり、歩き巫女達が持っていた荷物の中からいくつもの書状が発見される。

 その中で見逃せない物があった。


 足利義輝の花押が押された、三好長慶暗殺の依頼。


 その日付は、教興寺合戦の前日。

 三好軍の勝利は決まったが、合戦そのものはまだ終わっていなかった。

捕まった歩き巫女の末路 果心によって感度三千倍

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