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修羅の国九州のブラック戦国大名一門にチート転生したけど、周りが詰み過ぎてて史実どおりに討ち死にすらできないかもしれない  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)
畿内三好家出会い編 永禄五年(1562年) 春  大規模加筆修正済

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教興寺合戦 前編

 一般的に言われる合戦というのは一日で終わるものではない。

 にも関わらず、合戦が一日で終わると錯覚してしまうのは、その合戦の本番しか取り扱われないからに過ぎない。

 大合戦のように見えた淀川渡河戦だが、それもこれからはじまる本戦の前座でしかない。


「丹波衆を前に出せ!

 先陣にする!」


「本陣を分けろ!

 池田長正隊を右翼、伊丹親興隊を左翼に!」


「渡河で戦った連中は四條畷の方に回せ!」


 赤々と焚かれる明かりの下で必死に陣替えが行われる。

 俺達は渡河戦参加者という事で、四條畷の安宅冬康陣の一つを与えられていた。

 そこで片付けられる仕事をさっさと片付けてしまおう。


「騎馬隊集まれ!!」


 野口冬長の声に揃う騎馬武者達。

 彼らの顔には先の戦でのお褒めの言葉と思っているのが見え見えである。

 だからこそ、野口冬長の怒声に肝が潰れる。


「貴様ら、俺の命に背いて敵正面に突っ込みやがって!

 うまく敵が崩れたから良かったものの、損害が出て敵に抜かれたら、大友殿だけでなく兄者まで危険に晒す所だったのだぞ!

 分かっているのか!!」


 温厚かつ影の薄い野口冬長の真顔の罵倒に声もなく青ざめる三好家中の騎馬武者たち。

 馬に乗るだけの身分だからこそ、三好家の序列は頭に入っている。

 野口冬長は目立たないだけだが、三好一門序列では三好長慶の弟という高位に位置するのだ。

 彼に叱られた事は今後の出世に確実に響く。

 そこまで考えただろう騎馬武者達の青ざめた顔を確認して野口冬長はにこりと先ほどとは打って変わって笑顔を見せる。


「叱るのはここまでだ。

 次の戦は三好の明日を決める戦。

 同じようなことをしなければ良い。

 それと、此度の働きにおいて、大友殿が感状を出してくれたぞ。

 俺の花押もつけたから、己の功績を確認しろ」


 騎馬隊帰還者九十数騎。

 正面からの突撃で突出して足軽に討たれたのが数騎存在していた。

 馬はこの突撃で十数頭使えなくなったが、これは交換が可能なので問題が無い。

 なお、この半分ほどは回復して再度使えるようになる。

 話がそれたが、九十数枚の感状を作ったのは有明とお色と果心で、判子でペッタンの大量生産に俺の花押をつけた急増品。

 褒めることも叱ることも早い方が効果があるので、できあがった感状を野口冬長に渡した先の光景である。

 この人は無能じゃない。

 ちゃんとした三好長慶の弟だ。

 その一言で分かった事なんて、目の前の感状に喜ぶというか怪訝な顔をしている騎馬武者達は知らないのだろう。


「ん?

 突っ込んだ功績じゃないぞ??」


「物見による道の確保?

 山崎に先行した事か!?」


 何が悪かったのかを叱るがそれは記録に残さない。

 だが、何が良かったのかは褒めて記録に残す。

 そうやって騎馬隊の良い点と悪い点を賞罰で周知させるのだ。

 感状を一枚ずつ手渡しする野口冬長の後ろでその光景を眺めていたら、伝令が慌てて駆けてくる。


「申し上げます!

 御大将御来陣との事!!」


「そのまま聞け!

 聞いての通り御大将がお越しになられた!

 皆の働きを賞されての事だろうが、その働きは感状に書かれた事だというのを忘れるな!!」


 感状を渡し終わったのを見て俺が口を挟み、騎馬武者達を整列させる。

 他にも一万田鑑実・明智十兵衛・多胡辰敬・大鶴宗秋達が兵を整列させている。

 陣幕の裏に隠れようとした有明とお色を見つけて二人の手を引っ張る。


「何隠れている。

 俺の隣にいろ」


「だって、八郎。

 お目見えなのに八郎に変な噂が立ったら……」


 お目見え。

 大名や総大将が謁見する事自体がある種の褒美である。

 これで名前とか覚えてもらえるならば出世のチャンスになるからだ。

 だが裏返すと、このお目見えでしくじったら悪い噂がつきまとう事を意味する。


「構わん。

 その功績を賞するのは大将の仕事だ」


 有明とお色を後ろに控えさせ、大鶴宗秋の案内で数人の近習を連れて三好義興が武者姿でこちらにやってくる。

 有明とお色を見て、怪訝な目をしたので非礼ではあるが、先に口を開いて二人の功績を出してしまおう。


「よくぞ参られた!

 ここに居る全ての者は、畠山の猛攻に際して持ち場を離れず三好殿の勝利に貢献した次第!

 それがしはただ床几に座って震えていたに過ぎませぬ。

 どうかそれがしではなくここに居る皆にお褒めのお言葉を」


 そう言って俺は頭を下げれば、三好義興が察して俺の芝居に乗ってくれる。

 実に朗らかな大声で讃えてくれたのだ。


「大友殿が率いられた兵たちは天下にその名を刻んだ!

 たとえ天下が忘れたとしても、この三好義興が忘れぬ!!

 だからこそ、次の戦でもその名を刻んでほしい!」


 皆一斉に頭を下げる。

 ああ。この人は三好長慶の後継者に相応しい。

 だからこそ、早死して三好長慶は狂ったのか。




 三好義興が忙しい中ここにやってきたのは、騎馬隊の評価を聞きたかったからである。

 謁見の後の会見で、案の定こちらが叱った敵陣正面への突撃に食いつく。


「悪くない判断だと思うのだが、駄目なのか?」


「この一戦なら良いでしょうが、この後の戦を考えると損害が多すぎます。

 畠山には雑賀と根来の鉄砲隊がついている事をお忘れなく」


 百騎の騎馬隊の正面突撃で、二割ほどの損害が出ている。

 馬の補充で九割まで戻せるが、馬と騎馬武者を養う時間とコストを考えたら割に合わない。


「騎馬隊の仕事は兵を討つ事ではなく、兵を崩す事なのです。

 だからこそ、横や後ろに回って、敵を動揺させて崩さねばなりませぬ」


 俺の言葉に頷いた三好義興は、本題を口にした。


「安宅の叔父上は此度の働きを見て騎馬隊を増やし、叔父上直轄にしようかと考えている。

 大友殿から騎馬隊を取り上げる事になるので、それはどうだろうと思ってこっちに来たのだ」


「御大将!

 大友殿にその仕打ちはあまりにございますぞ!」


 三好義興の困り果てた顔に、野口冬長が怒り顔で食いつく。

 傍から見たら俺の指揮権を横取りするように見えなくもないからだ。

 戦術レベルでの機動防御から戦略レベルでの機動防御への格上げだから、一軍の大将である安宅冬康直轄は筋が通る話だったりする。


「構いませぬよ。

 何はともあれ、次の戦に勝たねば話になりませぬ。

 それがしが使えば目の前の戦にしか役に立ちませぬが、御大将や安宅殿が使えば戦そのものを左右する。

 あれはそういうものです」


 安宅冬康直属で野口冬長指揮。

 ガチガチの三好一門系列に属す以上、それは決戦戦力や戦略予備として扱われる事を意味する。

 つまり、次の戦いは三好の騎馬隊を畠山の鉄砲隊が崩せるかどうかという戦にも見える訳だ。

 長篠にならぬように気をつければと俺が考えているなんて知らず、三好義興は俺に頭を下げた。 


「感謝する。

 大友殿には恩が貯まるばかりだな」 


「お気になさらず。

 そのうち、どこかで返してもらいますゆえ」


 この三好騎馬隊は安宅冬康直属の野口冬長指揮で拡張されて、三百騎近い数を集めた決戦戦力となる。

 万一に備え俺は何度も騎馬隊の所に足を運んで、迂回による衝撃や機動力で穴の空いた戦線を塞ぐことが目的であるとコンコンと説明したが理解してくれるだろうか?




「申し上げます。

 お味方到着!

 松永久秀様が三千の兵を率いてご到着しましたぞ!!」


 三好義興が帰った後に届いた報告に湧く足軽たちを尻目に俺はぽつりと呟く。

 松永久秀もまた歴史に名を残すネームド武将だからこそ、何を狙っているかなんとなく察する。


「えげつないな」


「何がえげつないので?」


 俺の呟きを聞いていた大鶴宗秋が尋ねる。

 それに俺は心底うんざりした顔で答えた。


「退路を開けたって事さ。

 あのままだったら畠山軍は窮鼠になって猫を噛みかねなかったからな。

 逃げられると分かったなら、畠山軍は崩れるだろうよ」


 淀川渡河戦での追撃中止の遠因の一つだ。

 畠山軍が三万で押してくると思ったのが二万だった理由が、この松永久秀への警戒だったのだろう。

 そして、逃げ場所が無かったからこそ、そのまま追撃していたらかえって大被害を受ける可能性があった。

 

「ここからが見物だぞ。

 毛利元就に匹敵しかねん謀略の主の詰み手だ。

 真綿で首を絞めるように追い詰めてゆくだろうよ」


 夜間なのに派手に焚き木をつけての陣移動もアピールの一つだ。

 夜襲の警戒と飯盛山城に帰った三好義賢とその手勢に目を向けさせないという。


「という事は、明日の合戦はないと?」


 多胡辰敬がいぶかしそうに俺に尋ねる。

 俺を守るためについてきた尼子勢にもかなりの死者と負傷者を出してしまった。

 そんな彼らのためにも功績と褒章を渡さねばと決意しながらそれを隠して俺は二人に断言する。


「畠山軍にはまだ勝ち手がある。

 こちらを上回る紀伊の鉄砲衆だ。

 それを潰さんと、今日みたいに大損害が出るぞ」


 大将クラスの損害が無かった代わりに、三好軍は畠山軍を上回る大損害を受けている。

 その損害のほとんどが鉄砲と渡河によってもたらされていた。


「雨を待つ。

 三好殿には既に伝えているが、それまでおとなしくしている訳無いだろう。

 松永殿の切り崩しを拝見するとしようか」


 翌日。

 畠山軍にこんな噂が流れる。




「三好家に六角家が和議を申し込んだらしいぞ」

「公方様が手打ちを模索して、畠山と三好の間を取り持っているとか」

「安見宗房が裏切るそうな」

「湯川直光も謀反を狙っているとか」

「大和国人衆と松永久秀が和睦したとか」

「大友家が御曹司鎮成殿の為にさらなる後詰を送ったとか」




 探ってきた果心の報告に苦笑を漏らすしかない。

 流言飛語は戦国の嗜みと思っていたがここまですると潔いものがある。


「八郎。

 何がおかしいのよ?」


 スタイリッシュ歩き巫女の影響を受けて、スタイリッシュ遊女にクラスチェンジした有明が尋ねる。

 なお、クラスチェンジすると布面積が少なくなるらしい。


「嘘ってのは本当の事にまぜるからこそ効果がある。

 公方様あたりの話は、本当にやっているかもしれんな」


 擁しているとはいえ、三好長慶と足利義輝の関係は決して良好という訳ではない。

 ここで将軍の権威確立とばかりに三好・六角・畠山の手打ちを主導するなんて可能性は、それほど畿内を知っている訳でもない俺ですらありえると思ってしまう噂だった。

 そういう噂が先に来るから、間に挟まった安見宗房と湯川直光の謀反に信憑性がつく。

 最後が確認のしようがない俺の後詰ときたもんだ。

 畠山自身が俺を三好側に追いやったために、大友を敵にするなんてブーメランを食らう羽目になる。

 大友にここまで後詰を送る能力も意志もないが、俺の存在がその嘘を本当に変えている。


「そんな噂が流れているのを止められない。

 中は相当揉めていはず」


 スタイリッシュ歩き巫女の影響を受けて、スタイリッシュ白拍子にクラスチェンジしたお色が断言する。

 なお、クラスチェンジすると着物が薄く透けるようになるらしい。

 ついでに言うと、三好軍陣中遊女トップ3として三好軍将兵に持ち上げられている。

 負ければSENKAだから勝つための士気高揚とばかりに、この三人惜しげも無く晒すくせに触らせないという鬼畜ぶり。

 足軽たちはその欲求不満を他の遊女にぶつけるという裏取引によってそこそこのマージンを懐に納めていたりする。

 首謀者はエロくノ一こと果心なのだが、嫌っている二人も入ってくる銭には罪はないという姿勢なあたり、女の現実的な一面が垣間見える。


「それでも敵が崩れていないのはどうして?」


 有明の質問に果心が答える。

 俺が一番聞きたかった言葉がそこで出た。


「『淀川の戦いで我らは鉄砲で三好軍に大損害を与えた。

 合戦になれば、鉄砲で三好軍を叩いてみせる』だって」


 自分でも意地悪そうな笑みが浮かぶのが止められない。

 そうだよなぁ。

 いまここで損切りしてしまうのが一番の最善手なのに、『勝っているように見えるから』逃げられないよなぁ。

 損害そのものは、こっちの方が多いのだ。

 陣を組まれて鉄砲に狙い撃ちされるのなら、三好軍は大損害を覚悟する事になる。

 まだ勝ち手があるように見えるからこそ、畠山軍は墓穴に自らはまる事になる。

 畠山家の最善手は、久米田合戦の勝利の後六角軍が京都を占拠した事を利用した三好との和議だった。

 もちろんうまくはいかないだろうが、京都を保持したまま政治に戦いを変えれたならば、最終的に京都を放棄した三好は足利義輝から妥協を求められたはずなのだ。


「まあ、戦国だし、基本脳筋だからな……」


「八郎。

 何か言った?」


「なんでもない」


 有明の言葉をあいまいに答えながらそろそろ現実に戻る。

 有明・お色・果心の三人の笑顔に向かって。

 報告に来た一万田鑑実はこれを見てさっさと逃げ出していた。


「で。

 俺の寝所になんでそんな格好で居るんだ?」


 にっこりと笑う三人。

 有明・お色と果心は笑っているのに絶対に相手の目を見ていない。

 冷戦継続中という訳だ。


「だって……」

「それは……」

「ねぇ……」


「あしからず言っておくが、しばらくいつ合戦があるかわからないから抱かないぞ。

 俺を討ち死にさせたいのなら別だが」


「じゃあ、いつになったら私を抱いていただけるので?」


 瞬間的に殺気があふれる有明とお色を無視した果心に俺はただ天を指差した。

 まだ寒い陣所の上には星空が広がっている。


「雨が降ってからだ。

 その時が合戦時だからな」

8/5 加筆更新して分離

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